第10話 魔物とスライム


「美味しいですね」


 魔物は目を細めて噛みしめるように言うとゆっくりと机にマグカップを置いた。

 アップルティーが気に入ったんだ。まぁ美味しいからな。再びコップに口をつける。ん? 何か忘れているような。

 あっ。そうだ。この魔物について聞かないと。魔物のペースに乗せられすぎだ。ずっとはぐらかされてここまで来てしまったし、今度こそ。

 まずは零さないように机の上にコップを置いた。


「魔物さん」

「はい。なんでしょう」

「あなたは何者ですか?」


 もうはぐらかされないぞ。そう思いながら魔物をじっと見つめる。

 魔物は少しの間の後に微笑むと机の上にカップを置き、ゆっくりと口を開いた。


「ふふっ、慌ただしくて自己紹介が遅れてしまいましたね。僕はリンドヴルムと言います。種族としては竜になりますね。末永くよろしくお願いします」

「リンドヴルム? 竜王!?」


 今まで引き伸ばしていたのが、何だったのかと思うほどにあっさりしていた。思わずそうなんですか。と言いそうになったが、そんな軽く流して良い内容じゃない。


 リンドヴルム。光の魔力を持つ日本橋ダンジョンジョンの支配者だ。


 そんな凄い竜が眷属になるのは普通ならあり得ない。だけどどこか納得する自分もいる。

 変異種に詳しく、キングゴブリンが逃げだす魔物。それに光を扱っていた。

 スライムの形状をしていたのは謎だが、リンドヴルムだと思う部分もたくさんある。


「竜ですが、王ではないですよ。ダンジョンを管理してますが、支配しているのは別の魔物ですし。日本橋には僕より強い魔物が四、いや三匹いるんですよ」


 ん? 今さらっととてつもない事を言っている気がする。この辺りの話は魔衛庁の人に聞いて貰おう。

 情報量が多すぎて頭の中がこんがらがりそうだ。とりあえず、頭の中に浮かんだ順番に聞いていくしかないか。


「リンドヴルムさんは竜、ですよね」

「はい。竜です」

「でしたら最初はどうしてスライムの形をしていたんですか?」

「ある程度形を自由に変えられるからです。竜だからと言って常に竜の姿をしているわけではないですよ」

「自由に……」


 自由に姿を変えられるからスライムになっていた。良くわからない。


「さらに良くわからなくなったのですが」

「地上では眷属は小さな動物になっているでしょう。あれと同じです。僕も人の形を取ったり、スライム状になったり出来るんですよ」

「あ、いえ。そうではなくて、竜の姿が一番強そうですしたので」


 私の話した内容が理解しにくかったのか、リンドヴルムさんが一瞬ポカンとした表情をする。けどそれはほんの僅かですぐに楽しそうに笑った。

 なんかバカにされている気がする。リンドヴルムさんは一応私の事を主人だと思っているよね。私は認めていないけど。


「竜が一番強いって言ってくれるのは嬉しいですが、力ではどうにかならない時はあの姿になって、魔力を吸収するんです」

「魔物の力を吸収? していたんですね。その魔物は」

「真白の火で死にました」


 死にました。死にました。……もしかして核を壊した魔物かな。

 リンドヴルムさんが戦っていた魔物を私の火で倒した。ん? いや待って。どんな魔物かわからないが、そもそもリンドヴルムさんが苦戦する魔物だ。私に倒される程弱くないはずだ。


「なんで私が倒せたんですか?」

「魔物の弱点が火だったって言っても説得力がないですね」

「はい!」


 いくら弱点でも無理だ。はっきりと言うとリンドヴルムさんが笑う。


「そんな自信満々に言わないで下さいよ。僕がその魔物から吸収していた力をあなたに渡したからですよ。今のあなたなら、日本橋の魔物はだいたい討伐出来ますよ」

「えっ? いやいや、日本橋にはキングゴブリンもいますよ」

「圧勝です。経験は足りませんが、今の真白は火のレベル42。魔力だけだと中堅クラスですよね」

「そうですが……」


 火のレベル42。他の冒険者さんの話だったら強いと思うが、自分がそうだと言われてもな。そもそも今朝までレベル15だったし実感が湧かない。


「レベルが上がったばかりで実感が湧かないようですが、あなたは僕に取り憑いていた魔物を倒した。あなたが僕の恩人なのは事実ですよ。そして僕は恩人に気に入られるようにこの姿になりました」


 リンドヴルムさんがふわりと笑いながら話した。未だに納得はいかないが受け入れるしかなさそうだ。

 それよりも気になる事がある。さらっと話しているが、なんで私の好みを知っている前提で話しているんだ? そもそも初対面だ。伝説の竜王に会うなんてそうそうない。


「リンドヴルムさんはなんで私の好みを知っているんですか?」

「真白の記憶を見たからです」

「記憶を?」


 いやいやいや。さらっと言っているけど、なんで勝手に私の記憶を見ているんだ。

 さっきからずっと一緒にいたような感覚だったのは本当に私の記憶を見たからだったんだ。……ヤバくない? さりげなく距離を取る。

 リンドヴルムさんはそんな私の態度など気にせずに未だにふわふわと笑いながら口を開いた。


「ええ、あなたに触れた時に見てしまいました。僕は会話をしたつもりだったんですが、人は口づけと言うんですよね」


 口づけ? ……もしかして、口の中に入ってきた時のか。あれは乗っ取りでしょ。


「いやいやいや。あれは乗っ取りですよ。乗っ取り! 頭は痛くなるし、意識も飛びそうになるし、気持ち悪くなるし」

「すみません。人がそんなに弱いとは思わなかったんですよ。あなたの考えが複雑で全部を理解しようとしていたら、体の中に入っていたんです」

「なんでそこで私の体に入るんですか!」


 複雑だから体に入った? 意味がわからない。そのままリンドヴルムさんを見ているとゆっくりと言葉を続ける。


「魔物は体に触れて相手の感情を知るんです。魔物同士なら単純なので額に触れるくらいでわかるのですが、真白の言葉や感情は複雑で、深く知るために奥へ奥へ触れていたらいつの間にか」

「いつの間にかじゃないですよ!」


 こっちはたまったものじゃない。文句を言うように気持ち強めに言うとリンドヴルムさんが目を伏せ、困ったように笑う。


「不快なことをしてしまったとは思っています。だけど僕も真白が僕と一緒にいてくれるかどうか知りたかった。それだけは知って欲しい」

「言葉で言ってください」

「魔物は言葉を知らないんです。真白の記憶で知ったこの姿とこの言葉で何とか伝えられたのですが、今度は警戒して僕の話を信じてくれないし、人間ってなんでこんなに複雑なんですか」


 リンドヴルムさんが拗ねたような表情で言った。


「目的がわからないからですよ。そもそも何で私と一緒にいたいんですか?」

「僕が真白に……えーっと……」


 何か考えているようだった。少し様子を見ると何か思いついたのか、「これですね」とふわりと笑いながら言った。


「僕が真白に恋をしたからですね」


 照れくさそうに笑いながら続けるリンドヴルムさんを見ていると僅かに胸の鼓動が早くなった気がするが、それは気のせいと思うことにした。

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