第9話 魔物と帰宅


 配信が終わり、ダンジョンから帰還したが、そのまま家に帰宅せず、一旦ガードマンさんの指示を待つ事になった。

 やっぱりまずは魔衛庁に行くことになるのかな。この魔物がどこまで答えてくれるかわからないが、無事話をしてくれる事を願うしかない。


 これからの事を考えながらガードマンさんの指示を待つ。

 ガードマンさん達でも判断出来ないようで、眼鏡の方が誰かとスマホで話をしているようだった。

 少ししたら通話が終わったのか、スマホを耳から遠ざけた。


「羊川さん。今日はこの魔物と帰宅して下さい」

「帰宅、ですか? 魔衛庁へは」

「魔衛庁の前は人が多いので、今来たら騒ぎになるとの事でした。改めて日程を連絡します」

「はい」


 そっか。眷属とは言え、わけのわからない魔物がダンジョンの外に出ているし、やっぱり大騒ぎになっているんだな。

 この魔物も目的もわからない以上。人の多いところへ行くのは危険だ。


「来庁の日時は決まり次第連絡します。後はこれからの生活ですね。私共としては普段通りと言いたいのですが、無理でしょうね」


 ガードマンさんが魔物を見て、ため息をついた。

 イケメンの姿は歩いているだけで目立つ。私も顔を出しているし、昨日と同じ生活は出来ないな。


「そう、ですね」

「それでしたら、僕に考えがあります」

 

 魔物を見ると微笑みながら小さく手を挙げていた。そんな空気ではないのに。相変わらず何を考えているかわからない。

 何を言い出すんだろう。全く想像がつかないからか、不安になる。変な事は言わないだろうか? 恐る恐るガードマンさん達の様子を窺うように視線を移す。相変わらず大剣の方が怖い表情でこちらを見ていた。怖すぎて心臓がきゅっとする。


「まずは話してください」


 そう言ったのは眼鏡の方だ。この方は無表情なのでまだ話を聞いていられる。少し安心。


「僕の能力の一つに識別阻害があります。それを使えば、普段通りの生活を送れると思いますよ」

「識別阻害? どう言った能力ですか?」

「個の識別を希薄にする能力です。対象を目立たなくすると言った方が良いでしょうか」

「目立たなく……。長官。どうされますか?」


 持っていたスマホに向けて眼鏡のガードマンさんが言った。


『わかった。許可する。快く思わない国民が貴様の所に襲撃するのも避けたいからな』


 スマホから渋い声が聞こえた。聞いた事がない声だが、長官と言っていたし、きっと偉い人だろう。


「ありがとうございます。あっ、そうだ。他の能力を使う予定はないですが、何か禁止事項はありますか?」

『他の眷属と同様だ。犯罪行為およびそれに近い行為は禁止。貴様は主人の命令に従っていろ』

「はい。もちろんです」


 眷属と同じと言われても、眷属なんてまだ先の話だったから覚えていない。家に帰ったら教科書を引っ張りだそう。


『羊川真白』

「はい!」


 突然呼ばれるとびっくりする。呼ばれた方向にあるスマホを見る。そのままじっと見ているとスマホから声が聞こえた。


『その魔物に言いくるめられないようにしろ』

「は、はい!」

「僕は真白を利用するつもりはないので、それは問題ないですよ」


 魔物はそう言っているが信用は出来ない。油断をしないようにしよう。


『その言葉に似合った行動をしてくれ。私の話は以上だ』

「はい。僕の質問も以上ですが、そちらの方々は他にありますか?」

「今日はございません。まだあなたに関しては確認中の部分もありますからね。決まり次第招集をかけますかた、必ず来庁して下さい」

「はい。でしたら僕達は帰りますね。真白。帰りますので、識別阻害の許可をお願いします」

「魔物さん。それってやばい魔法ではないんですよね」


 識別阻害。聞いた事がない。ガードマンさん達が許可しても警戒してしまう。


「ええ。もちろんです」

「私の寿命が縮んだりとか」

「ないですよ。ペットがご主人様を傷つける事はないので、安心して下さい」

「……そしたら、お願いします」


 ペットを肯定したくはないが、早くこの場から立ち去りたい。ペットの部分には触れずに魔物に伝えると、魔物は嬉しそうに笑った。

 私は嬉しくない。そう言いたいが、そんな空気ではなかった。


「はい」


 返事をすると共に私の視界が光に包まれる。だがそれは一瞬で、光が消えたと思ったら、先ほどと同じ光景が広がっていた。


「本当にかかったのか?」


 私達の事を見ながらガードマンさん達が言った。どうやらガードマンさん達は気づいているようだった。


「ええ。最初から識別されている者には効果は薄いですからね。気になるのでしたら、今夜僕達の家を突き止める輩がいないか確認して下さい」

「……そうですか。羊川さん。もしもの時はここに連絡して下さい」


 そう言いながら眼鏡のガードマンさんが魔物に警戒しながら、私に近づく。

 そして胸ポケットから何かを出す。

 名刺だ。ゆっくりと受け取るとそこには”魔物防衛庁 特殊対策係 次長 杉村大樹”と携帯電話番号が書かれていた。


「はい。杉村さん。ありがとうございます」

「いえ。これが仕事です。眷属とは言え、未知の魔物。国民もどう動くかわからない。あなたの手に負えない事態が起きた場合は私達が保護します」

「僕がいるから大丈夫ですよ」

「貴様がいるからだ」


 大剣のガードマンさんが言った。確かにこの魔物に危害を加える人もいそうだ。帰り道気を付けないと。


「杉村さん。ガードマンさん。ありがとうございます。気を付けます」

「はい。どうぞお気をつけて」

「真白。今度こそ帰りますよ」


 嬉しそうにダンジョンの外へと向かう魔物とは正反対で家に帰る道の一歩一歩が憂鬱だった。


 ***


 日本橋はいつもよりも人が多かった。もしかしたらこの魔物を見に来たのかもしれない。そう思ったが、誰も私達に気付くことはなかった。

 すれ違う人達が私達をよけてくれるので、私という人は存在しているが、声をかける人はいない。まるで今日は何もなかったようだった。


 識別阻害の影響かな? 再度確認するようにまわりを見渡すと魔物が私に笑いかけ、口に指を当ててウィンクした。

 自分の顔の良さに自信がないと出来ない仕草だ、思わずときめそうになったが、気のせいと視線を帰り道へ移した。


 電車に乗り、自宅に帰る。

 私がお金を出してはいるが、魔物は自分で切符を買えて電車に乗れる。途中スーパーで買い物をしていた時も違和感はなかったし、気味が悪いくらいに人の文化に詳しすぎる。


 それに私の自宅もだ。マンションの場所にエントランスの暗証番号まで私に聞かずに解除していた。

 この魔物。もしダンジョンに置いてきても、うちの玄関の前で待っていそうだな。もしかしたら下手に距離を置くよりも目で見える範囲で監視していた方が良いかもしれない。


「ただいま」


 うちに入りながら魔物が言った。私の家だ。なんて言う気も削がれた。それから「真白」と私の名前を呼ぶ。なんだろう。魔物の方向に振り向く。


「はい?」

「真白もおかえりなさい」

「あ、はい。ただ、いま」


 ただいま。なんて言ったのは久しぶりだな。って相手は魔物だ。そんな風に思うのは良くない。なんか気まずくなって視線をそらそうとしたら再び「真白」と私の名前を呼ぶ。


「なんですか?」

「飲み物を貰っても良いですか?」

「はい」

「ありがとうございます。僕。アップルティーを飲んでみたかったんですよ」


 魔物はそう言うとステップをしていきそうな勢いで台所へと向かった。間取りも知っているのか。


 私が居間に入ると既に魔物は台所でお湯を沸かしていた、その横には紅茶のティーバッグとコップが二つ。私がいつも使っているコップとお兄ちゃんが置いていったコップだ。

 先ほどから一緒に暮らしていたような行動に頭をバグって来そうだ。


「真白もアップルティーを飲みますよね」

「は、い」

「ふふっ。一緒に淹れますね。ソファーに座って待っていてくださいね」

「はい」


 居間にあるソファーに座りながら様子を見る。

 本当に手慣れているな。内袋を切ってティーバッグを取り出し、コップへ入れる。お湯をコップに注ぐ。当たり前の光景かもしれないけれど、それをしているのは魔物。不思議な光景だ。


 しばらくして、丁度良い濃さになったのか、ティーパックを流しに捨てると、コップを二つ持って、私の所に来た。そしてソファーの前にある机の上にマグカップを置きながら私の横に座った。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」

「あっ。その前に」


 魔物がポケットから私のスマホを出すと机の上にあるカップ二つを写真に撮った。撮った写真を確認しているのか、撮り終わった後もスマホを操作していた。

 写真が気に入ったのかスマホを見ながら微笑むとそのままスマホをポケットにしまった。


「一緒に暮らしているみたいですね」

「見張っていないといけませんからね」

「つれないですね。ふふっ、紅茶が冷める前に飲んでくださいね」

「は、はい」


 机が小さいからか、コップを取ろうとすると自然と距離が近くなる。

 魔物の顔は至近距離だと更に攻撃力が強い。そっと視線を外そうとしたら魔物が私に声をかけた。


「あっ、だからと言って急いで飲むと火傷しちゃうので気をつけて下さいね」


 魔物は私がコップを取った事を確認すると優しい口調で言った。

 そしてそのままお兄ちゃんのカップを持ち、ふうふうと冷ますように息を吹きかけるとゆっくりとアップルティーを飲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る