第20話 前にもあったよね…?
『…あれ?私、呼んだっけ??』
『いや、俺も知らない。』
『あー……なるほど……??』
この草原、空気、全て思い出した。
前にも来たはず…。
『マーレ神…だっけ?』
『お、覚えていられたとは!嬉しいなー。何人ぶりかなー!』
『……とりあえず、ここに来た理由がわからないんだけど…』
『………なるほど。魔王か…。奴は相変わらずだね。今も昔も君が大好きで仕方ないんだよ。』
知り合いなのか…?
『ふふ…っ!知り合い、確かにそうかもね?』
濁した…
教えてはくれないらしい。
『賢者になって、まだ3ヶ月の子に何させるつもりかなぁ…。まぁ、気持ちはわかるけど。』
どういうことかわからないが、とりあえず無茶やらせようとしてることはわかった。
『私はあまり勧めないやり方だけど、あと9ヶ月で聖女の子とやり合うなら、早めた方がいいのは賛成…かな…?あぁ、聖女が嫌いだって言ってたから、あの子は私の加護から外したよ。』
『全て知ってるんだな…。いつも見てるのか…?』
『まあね。暇だし。』
にやりと笑い、何やら指をくるくるさせて、俺の周りに精霊を集め始める。
『私が君を護るのにも、限界があるからね。君が知ることで、自衛が出来るならその分安心できるし、私も心を鬼にして試練を課そう。』
え…いらん…。
『さぁ、行っておいで。』
『……っ!』
俺の周りだけ急激に光り出し、思わず目をつぶる。
光りが収まり、目を開けると、そこは戦場だった。
あぁ、初めて賢者として出陣した人…。に俺はなっていた。
「《賢者》殿!次はいかがされる?!我が軍は既に6割の兵を犠牲にしているのだ…っ!」
「もう前線を下げるしかありませぬ!《賢者》殿っ!」
「《賢者》殿!!」
『…前線を下げてはならぬ。』
口が勝手に話してる。
指先が白くなるくらい、拳を握りしめてる。
自分がこんな作戦しか立てられないのが、申しわけない。そして悔しい…。
「なっ…!これ以上、兵を失っては…国を守れなくなります!!」
「前線にいた副団長と隊員も、連絡がとれず生死不明です。せめて、ここから増援を送ることは出来ませんか…?」
『ここから動いてはならん。奇襲に備えねばならぬ。』
ここが要であることは明白。
敵に取られたらお終いだ。
「そんな……。副団長が……、前線の隊員を見捨てるのですか!?」
「団長として…確かにまだ兵としてあまり訓練していない者も、戦場に出なければならない状況になってしまったことは、心苦しい。…今回前線に出た隊員はまだ若いやつらばかりだ、増援する必要があると思うが…?」
『……ならぬ。我らは国を守るべく、命をかけるため騎士となったのであって、コマに同情はしてはならない。』
「……コマ…?今…そう言ったか?…ベール。」
『もちろん。国を守るためのコマだ。』
自分に言い聞かせる。
でないとこんな戦は出来ない。したくない。
「……!!ふざけるな!!」
思いっきり殴られて倒れ込む。
そして……
「…戦場では、無能な指揮官から死んでいく。なんでか知ってるか…《賢者》?」
『……っう!』
「後ろから刺されるからだ…。」
自分の腹部に団長の剣が刺さってる。
そのまま引き抜かれ、真っ赤な血が溢れ出てくる。
これは…死ぬな……。
痛み。死の恐怖…。それでも冷静に状況が見えてしまう。賢者ゆえか…。
「《賢者》殿は乱戦の最中、潜伏していた敵に殺された。…以上だ。」
『………これでは国は守れない……』
「民あっての国だ。部下を守れずに国は守れない…ベール。…………眠れ、我が友よ。」
『……馬鹿者が…………。』
あぁ、この団長は親友だった…そして初の男性の聖女。
そして俺が引くに引けなくて、兵に死にに行くように命令しているのも悟られてた。
だから引かせた。
命と引き換えに、俺は名誉を手に入れ、親友は無能な指揮者としてバッシングをうけた。
ここまでで、この代の《賢者》の命は尽きたのだが、その後のことは次の代で少しだけ情報を拾った。
この時は、奇襲があったものの、なんとかギリギリ、魔族討伐は出来た。が、魔王までは届かず、攻め込まれ、国は縮小してしまった。当時の団長は賢者に敬意を示して、毎年命日には花を添えていたという。
今では森に飲み込まれつつある場所の出来事。
手に爪が食い込んだ痕。
痛みとゆっくり体温が下がる感覚が、今あったことが自分のことのように思いかえされる。
『こんな過去のことを見せてどうするんだ?』
『まぁ、戦場に出るまでの心得かな?…これから必要な最低限の知識は体感して貰わないと。……私から語ることはできないからね。』
『つまり、お前からは言えないが、歴代の賢者が体験したことの中に、俺の成長に必要な事があるってことか?』
『……そうだね。《賢者》としての役割を、かなり答えに近い所まで考えられた子もいたから。…順番に見せてあげるね。』
また光る。俺はまた目をつぶり、開く。
豊かな森の中、黒い狼が足と首に怪我をして瀕死状態だった。
獣にやられたのか、とりあえずゆっくり近づき、水を与えるために広めの皿に水を入れる。
『君の傷を手当てしたいんだ。……怖いだろうけど…触っていいかい?』
横たわり、こちらに視線だけを向ける。
目を見開くも、好きにしろと言わんばかりに、目を伏せた。
『痛いかもしれないが…少し傷を洗うぞ。』
人間用だが、傷に効く薬草もある。
そっと背中に触れ、優しく撫でる。
抵抗しないので、水を取り出し傷口を洗い、薬草を傷に当てる。
狼の足と首に包帯を巻いたが、特に嫌がらず傷みに顔を少し歪めたくらいで、大人しかった。
『お前、さては賢いな?……このあとどうする?俺、この近くの小屋で見張りしてるんだ。魔族とか大型の獣とかが村にくると大変だからな。』
そう、この時の賢者は選定の儀を受けられないほど、王都から遠く、山も険しく深かった
から気づかれずに過ごしていたんだ。
『俺は一人だし、お前を賄える飯くらいあるから一緒にくるか?元気になったら出て行ってもいいし。』
狼に話しかけると、まるで理解したかのように首を縦に小さく動かしたため、抱いて連れて行き、この黒い狼と1ヶ月ほど、スローライフを共に楽しんだ。
最初はあまり動かず、食事以外は部屋の隅でじっとしていたが、徐々に傷が癒えてきたのか、昼間だけは外のドア横に丸まって寝ていた。
包帯が取れると、足が少し覚束無いものの、歩くには問題ないらしく、森の見回りについてきた。
そして、一ヶ月立つ頃。
夜寝る前の読書中に、急に俺の上に乗ったかと思ったら、鼻を頬にすり寄らせ、ペロリと口を舐めて小さく鳴いた。
『ん?なんだ…?寒いのか?』
初めてのスキンシップに、懐いてくれているのかと喜び、その日は一緒に寝た。
朝起きると、狼の姿はどこにもなく、何故かイノシシ肉が血抜きされた状態でドア横に置かれていた。
まだ温かいので今朝仕留めたようだ。
昨日は無かったので、きっとあの狼がお礼に持ってきたのだろう。……と思うことにした。
そして、月日がたち、狼ともあれから会うこともなく過ごしていた。
歳が上がり、森の見張りは若いやつらに譲り、俺は村に戻った。
25歳になると恋人もでき、結婚し、番となった。幸せだった。
結婚式を終え、数日後、突如魔族が現れ、村に火を放った。
俺は妻の手を引いて逃げる。森にまで火が燃え移っている。
前にお世話になった小屋も近い。
そこで、手を握っていた感触がなくなった。
目の前にいるのは鎧を着けた魔族。
そして人質に取られているのは、妻。
背後には火の手が回り、木々に燃え広がった森。一緒に逃げてきた数人が血溜まりのなかに倒れている。
鎧の魔族が俺に問いかける。
「魔族側に協力するつもりはないか?」
『何を言っている?!お前達はただ人々を蹂躙するだけだ!妻を離せ!死神めっ!!』
「残念だ。……さぁ、愛する者との別れだ。」
「……サビアス…愛してるわ。」
『……よ…せ、やめろ……っ!』
ザシュッ
首に添えられた長い爪で、妻の首を切られる。赤い血と飛沫、笑った顔が苦痛に耐えるように歪む様子。
全てがスローモーションで流れる中、妻の体は唐突に横に投げ捨てられる。
そして、目の前に瞬時に移動されて、驚くまもなく腹部に魔族の腕が刺さるのが見えた。
「…お前が聖女と番ったのを、我が主は良しとしなくてな。利用できないなら、殺せと仰せだ。」
なんで…聖女?…魔王なんて…会ったこともないやつに……
地面に倒れ込むと、いつもなら暗い森がオレンジ色に染まる。
ふと、今まで気づかなかったが、木の陰には黒い狼がこちらを見ていた。
『………逃げ…ろ…』
もう、視野が狭窄していて、狼がどんな表情をしているかもわからない。
でもあいつは、前に会った狼だとわかった。
魔族に見つかる前に…逃げろ。
目を開けていられず閉じ、死にゆく感覚が俺を襲う。
耳だけは最後まで聞こえていた。
「……主様、いらしていたのですか?」
「……あぁ…。」
主…ということは…魔王…?
近くにいるのに……妻の敵も…なにも……できないなんて……
思考も停止し、俺はそこで終わった。
『………魔王と何回か関わってたんだっけ…?あれ…俺、何で今まで思い出さなかった……?』
『はい、じゃあ次ー。』
考える暇も無く、また光の中に送られる。
段々雑になってきたなー。
『……私は、このために生かされていたのですね…』
今度は王国の姫様。第6位とかの皇女だった。ドレスを翻し、窓際に近寄り表情をみせないようにする。
「…そうとも言えるな。我が娘…いや、《賢者》よ。」
『お父様…皆は、民にはこの事を知らせるのかしら?』
「いや、知らせぬ。あまりにも……酷い習わしだ……。」
『そうですね…今までの賢者の記憶からは出てきませんでしたもの。…きっとどうにかして、私の歴代の記憶を変える術があるのでしょう。』
「…、疑わぬのか?」
『…お父様、娘が親の真意を見抜けぬ愚か者に見えますか?……受け止めましたよ。』
「そうか……。」
『このことは、次代の賢者には伝わらないのですか?』
「……必要な時に思い出せるように、初代賢者が施した術だそうだ。」
『そうですね、こんなこと知らない方が幸せです……。初代は優しいお方だったのかもしれませんね。』
雨が降り続く窓には雨粒がぶつかって、鏡に映る自分がまるで泣いているかのようだ。
『願わくば、私の代で終わらせたいですわね…。』
ふっと笑い、王である父親と見つめあう。
『……さぁ、陛下…、私をどうぞお使い下さい。民のために……。』
「………死ぬかも知れぬぞ。」
『王族でいると決めた時から、その覚悟はあります。』
「……すまない……。」
その後のことはモヤがかかってあまり覚えてない。
この国はこの時、謎の疫病で死者が多数出ており、もう終わりだと誰しもが思っていた。
しかし、国王がある秘薬を民全員に分け与え、罹患したものが回復していったという。
その際、心優しい皇女が、薬の材料を揃えるために険しい山に入り、亡くなったそうだ。
歴史上でも、若くして亡くなった皇女の死因は明かされていない。
『………?…記憶を変える…術…?』
『………初代賢者、スゴいでしょ。』
『…なんでお前が嬉しそうなんだ?』
『僕の……大切な《賢者》だから、ね。』
マーレ神は笑みを浮かべ、懐かしい過去を見るかのように目を細める。
今までで見たことのない、1番幸せそうな顔だった。
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