第18話 俺は……
「ユーリ、あんた最近疲れてるのかい?」
「…ヒドい隈だぞ?」
「……色々考えてたら、ちょっとね。大丈夫!仕事は出来るよ!」
まだ心配そうな両親に笑顔で応える。
あの井戸水を調査し始めて、早1ヶ月が過ぎた。
なのに、何も仕掛けられてない。
隣村なんて、1度終息したと思ったら、また別の毒が入っていた。
俺が水質と混入している毒水を回収して、魔王様に分析をしてもらった結果、これは解毒剤がある毒だったことから、さりげなく薬屋に情報を流して事無きを得た。
俺は聖女近辺の情報収集を徹底した。
日中は畑に出て、いつも通りに過ごす。
夜は見回りを軽くしてから精霊を通して情報を集める。
まず金回り。経理の書類を盗み見ると、聖女本人の金遣いが荒いのはわかっていたが、その周りも金遣いが荒いようだ。
しかも聖女の家名、変わってるし。
メアリー・ベルナール…?
なんか、聞いたことあるから貴族階級だな。
ってことは養子として貴族に入ったんだな。
なるほど。やっぱり嫌いだこいつ。
取れる情報を集めたら次。
下女の噂話を聞く。洗濯しながら若い女性が二人で会話しているのを、精霊の耳と目を借りて見る。
「…そういえば、あんたの実家、大丈夫だったの?」
「あぁ、もう落ち着いたよ。仕事変わったりしてくれてありがとう。心配かけたよね。」
「いや、お互い様だからいいんだけど、何が原因だったわけ?」
「うーん、なんか魔族の呪い?…らしくてさ。実家のある村の近隣の農村はほぼ全員、倒れたり、吐いたりしてたの。それを教会の人が来て、『聖女が指示なされた』って言って無償で治してくれたのよ。…本当助かったわ。」
「へー、なんか噂じゃあんまり評判良くないのに、そんなことしてくれたんだね。さすが《聖女》様だねー。」
「本当。おかげで家族に笑顔が戻ったわ。だから、私なんて下の下だけど…、聖女様の役に立つことなら、何でもするわ。恩返しがしたいの。」
……なるほど。そっちが目的か。
教会が絡んでいるのか。大分犯人が絞れてきたな。
既に魔王様はこの情報を知っているだろうが。
報告した方が良いだろう。
つまり、魔国に近い村や辺境の人に、魔王と魔族を敵として認知させ、国を裏切らないように先に恩を売る。
ついでに最近発見された《聖女》の株を上げて、親しみと忠誠心を持たせ、結果、国がまとまると言う筋書きだろう。
うちの村だけ被害に合わないのは、聖女の出身地だから…ということにすれば、辻褄はあう。
「…これ、魔王様はなんで放置してるんだろ…?」
そう、俺より情報が早いはずなのに、何故か情報操作はしない。
まるで高見の見物だ。
わざと放置してるような。
「………もしかして…いや、まさか…。」
……俺を試してる……?
賢者としての能力はまだ全て開花していない。
魔力と体力がまだ追い着かないからだ。
だが、魔王様は俺の現時点での能力を試してるのかもしれない。
決戦の日に、コマになるかどうか。
少し心臓の音が煩い。
胸をぎゅっと握り、不安を押さえつけようとする。
番になったとはいえ、まだ信用されてないのかもしれない。
今後、どうするか考えなくては…。
自分が始末されてしまう。復讐もできずに。
動悸が止まらない。
窓を見ると、夜が深まったばかりで、まだ光は上らない。
月も隠れた今日は不安ばかり募るのだった。
「魔王様、こちら、間者からの報告です。」
「あぁ、うまくやってるようだな。」
「はい。聖女は手中に収め、教会もある程度掌握しているとのこと。…魔王様の人選は流石ですね。」
「……当たり前だ。」
「…《賢者》が自らこちらに来たことは、想定内だったのですか?」
「……さあな。」
従者でも読み取れない、この表情。
思考も悟らせないこの最強の男が決めた番。
魔族は人間よりも長寿だ。500年前後は生きている。
自分も前回の戦では前線にいたが、《賢者》は前回の戦で敵だったし、厄介だったのを覚えている。
その代の魔王様は殺されてしまったことも。
でも今回の魔王様は、前魔王様が亡くなって僅か10年で魔王となった。
魔王はその時1番魔力が多いものが選ばれるようになっており、魔王が決まると、自然と魔族には分かるようになる。
誰が選んでいるのかも知らない。
多分、魔王しか知らないのだろう。
そして魔王は必ず、先見の目を持っているとされており、これは歴代の魔王が人間に対抗するために培ったものだ。
「《賢者》を手に入れた魔王は、今までいなかった…。俺は運が良いようだな。」
「……そうですか。」
どちらとも取れる言い回しに、答えを明らかにするは諦めた。
「……さぁ、次はどうするかな?私の《賢者》…」
にやりと笑い、窓の外に目を向ける。
その方角は言わずもがな、賢者が住む村の方だった。
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