第9話 その頃の王都(勇者目線)



「……99、……100っ!!!」



半年前、14歳になった時の選定の儀で、《勇者》のスキルがあった僕はいつの間にか、たった一人の家族の母親と離れ、王宮の離れに住まわされた。


指南役として、40歳くらいの騎士が紹介されて、素振りと走り込みを日課にするように言われた。



「……なんで、僕が勇者なんだろ。」



ここに来る前は平和だった。

早朝は王都のパン屋を営む母を手伝い、昼は転職を付けたくて、革製品の工房に弟子入りして作業をこなしていた。

夜には母とゆっくり過ごして、一日が終わる。


剣とは無縁だった。強いて言えば、革製品の購入者は冒険者もいたから、その人達が長剣や短剣を見せてくれるくらい。自分は持てないとさえ思っていた。



それが今は、こうして手のひらの豆が潰れて硬くなり、剣を振るっている。

朝は日課を熟して、昼はひたすら指南役と打ち込みを行う。

夜は疲れもあるが、教わったことを復習する時間を作って練習していた。



正直、こんなことやりたくない。…が、指南役は厳しいが優しいし、王の前でも僕を守ろうとしてくれたし、ちょっと頑張ろうかと思ってはいた。



今日も日課を終わらせて、兵舎の食堂に向かう。

早い時間だが既に何人かは席に着いており、雑談で盛り上がっていた。



「おはよー!アーサー、朝食をしっかり取れよ。体が持たないぞ。」


そう声をかけてくれたのは、同年代の兵士だ。



「おはよう。トリトンは朝も元気だね。」


「朝は、元気なの!これから疲れるからな!いっぱい食べとくのは大事だぞー」


食堂は無料だからと、トレーに追加の肉を増やされ、朝からハードな食事になってしまった。

隣の席に着いて、食べ始める。



「…そういえばこの前、中央会議に呼び出されたんだろ?《勇者》御一行様?」



「……《勇者》はやめて。…そうなんだよ…。なんか場違いで冷や汗かいた。貴族いっぱいいたし。《聖女》と《魔導師》はマイペースだし……」



「本当、大変だな…。憧れのスキルなのに、なんかお前見てると、ならなくて良かったとさえ思えるぞ。」


「言うなよ~…!!俺が一番思ってんだから!!!」



小声で愚痴る。



「しかも今後は剣術指導かもっと厳しくなるらしいし、僕ヤバいかも…」


「まじか、あれ以上かぁ…指南役のジョシュア様って年齢を理由に引退したとはいえ、まだまだ団長クラスの実力って言うし、打ち込み見たけど、俺らの訓練より激しかったぞ?」


「え…そうなの??みんなこれを熟してるって、ジョシュア様は言ってたよ…?」



「そりゃ、何年もやってる先輩達はそうかもしれないけど。新人にはまだ模擬戦すらやらせないぜ…?ずっと基礎ばっかりだし。」 


「……僕が死んだら、3番地のパン屋に連れてってくれ。最後くらい実家で休みたい。」



「馬鹿。まぁ、勇者のスキルが何かしら効いてるのかもな。打ち込みだって、それだけ期待されてんだろー。俺は愚痴聞くくらいしか出来ないけど、心から応援してるぜ!」



「ありがとう……トリトンがいてくれて、本当よかった。」



この時間、ここに来てから唯一癒される時間だから。


照れながらトリトンに微笑むと、トリトンは少し驚きながら、アーサーの頭をポンポンとたたいた。



食堂は混みつつあったので、アーサーと別れて自室へ戻る。



「…今日から訓練中に《聖女》がヒールをかけてくれるって言ってたよね……」



最近、《聖女》がやってきたことは知っていたが、実際会ったのはあの会議の場が初めてだ。

噂では護衛の騎士といちゃついたり、宝石やドレスを大量購入していたりと、やりたい放題らしい。



とてもじゃないが、友達にはなれそうにないと思ってしまう。これから戦友?になるかも知れないのに。


ちなみに《魔導師》とは同時期の選定の儀で会っているので、少し話しただけだ。金髪美人でスタイルも良いから緊張した。同い年なはずなんだけど…。



「……俺、頑張れるよね母さん…。」



最後に会ったのは半年前。あのお別れの時も泣きながら抱きしめて、「体に気をつけて無理しないでね」と僕のことばかり心配してくれた。



頑張るしかないのだ。


引き出しにある、母と写る自分の写真を手に取り、気合いを入れる。



「………よしっ!」


装具を付け、剣を下げ、アーサーは訓練場へ向かった。






「え、休憩無し……???」



せっかくの気合いが台無しになる事実を告げられる。


「《聖女》様からヒールをかけていただくため、身体的疲労は無くなる。お前は今から休憩無しで、トイレと食事、睡眠以外は剣術を極めなければならない。……これは王命のため、拒否は出来ぬ……。」



「そ…そんな………!」



「ちょっとー?」


訓練場に来ていた聖女が椅子に座りながら髪を弄ってこちらを見ている。

両脇には護衛がいる。なんか従者もいて、飲み物とお菓子がトレーに乗ってる。



「あんた、私の時間を使うんだからさっさとしてよね…?本当はこんなのに付きあわされるの嫌だったけど、好きなドレスまた買って良いって王様が言ってたからさー。仕方なくいいよーって言ったんだから。」



「……な…」


「……………。」



ジョシュア様も無言で少し呆れてる様子だ。




「メアリー様、私がアーサーの疲労をみて、ヒールをかけるタイミングを伝えますので、1時間くらいしたらまたこちらにいらしてください。」


「あら、そうなの?…じゃあちょっとお部屋でゆっくりしましょうか!ね、騎士様?」


「はい、賜りました。」



「……(うわぁ……)」


二人だけの空気感で、部屋へと戻っていく。

巻き込まれずに済んだが、絶望したい内容を熟さないといけないのは変わらない…。


「……アーサーよ、今は試練の時と捉えよ。騎士は耐えなければならぬ状況もある。その時に心は精神力に左右される。心身ともに鍛えるぞ。」



「…はい、ジョシュア様!!」



そうだな…集中しないと。

勇者として期待されてるし、何より、ジョシュア様にがっかりされたくない。


剣を構え、相対する。



地面を強く踏み込み、全力をぶつけていく。


「…!なかなか力が乗ってて良い。」


「…っ!はい!」


ジョシュア様は僕の全力を受け流すと、そのまま同じくらいの力で返してきた。

さすが…加減されるよなぁ…。

 

だが、前よりも褒められることが多くなってきたため、打ち込みが楽しい。



「まだまだーっ!!」



「……感情が高ぶると大ぶりになるのはいただけないな。」


「っ!?」



振りかぶった剣を受ける前に、体幹を剣の持ち手でぶん殴られる。

実践的で効果的な攻撃を受けるのも、戦いでの大きな学びだ。




「……勇者なだけあるな。本当に成長が早い。」


ボソリとジョシュア様が呟くも、今は大分距離があるため聞こえない。


「……さあ、まだやるぞ」 


今度は聞こえた。って、威圧まで飛んできた!!


「………っつ!!…う、うわーー!!」



また立ち向かう。少し膝の力が抜けたが、踏み込みはできる。

1時間がすぎ、聖女が姿を見せる頃にはもうボロボロだった。



それからヒールをかけられ、また立ち向かうを繰り返し、8回目で、やっと今日の分は終了。



「くそ、聖女はいいよな…。後方支援だからって…魔法訓練も3日に一回だしっ、…買い物三昧だしっ。」



体力はあるが気力がないとはこのことだと、人生初めての感覚を知る。


立って自室までいく体力はあるものの、他への気が向かない。とりあえず寝たい。



「………も…どうでも…いいや……。」



やっと布団にたどりつき、

そこから眠りに入るまで数秒。



僕、頑張ったよね………

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