第5話 せっかくの力なので
「……ユーリ、有り難いけど…その、これは治せるものではないって言われてて、時間をかけて少しずつ心を癒すしかないのよ……」
「…そうだろうね」
心の病。まだ治療方法なんてこの世にはなく、かかったら最後、緩やかに死に向かう…と言われている。
俺が生まれてからまだ、心の病の人を見たことはない。
でも、賢者の力がある。
これは治せる。…と思う。
少なくとも、おじさんの意思を呼び覚ますことは可能なはずだ。
そのことを伝えると、おばさんは目を見開き、その瞳には希望と不安が入り交じっていた。
「…一つ約束して欲しいんだけど…俺が今からすること、他の人には言わないで欲しいんだ…いい?」
「……わかったわ。この人がまた笑ってくれるなら、なんだってやるわよ」
「じゃ、始めるね」
ベッドの脇にある椅子に座り、おじさんの手をとる。
祈るように、目を閉じる。
さあ、賢者の力、使わせてもらうぜ。
繋いだ手が穏やかな光を帯び、その周りを虹色の光が舞う。
《賢者》の役割は、昔から勇者たちへの指示、サポート係のような立ち位置で描かれることが多かった。
しかも
だが居なかった時代のパーティーは魔族に抵抗は出来ても、決定的な打撃は与えられず、《聖女》による魔王封印に留まった。
これは国民には知られていない。
国王やその周囲が秘匿しているから。
《賢者》とは導くもの。
その蓄えてきた魔力と神からの加護による知識で、勇者たちに指示する、いわゆる司令塔なのだ。
初見の魔族でも即座に弱点を見抜き、パーティーに伝える。
神の加護によって、人には見えないはずの、精霊を見ることも力を借りることもできる。
《魔導師》と違う点は、魔法の発動に魔法陣を用いる必要がなく、その場にいる精霊を使えること。
自分の魔力で大抵の魔法は使えてしまうから、あまり精霊には頼まないが。
今回はおじさんを心配している精霊が、ベッドの周りに集まっていたので力を借りることにした。
「(…おじさん、ユーリだよ…。少しあなたの心に触ります。)」
精神世界に侵入し、弱って座り込んでいる本人を見つける。
おじさんの精神は少しだけ今より若く、帯状の記憶の殻に閉じこもっている。
メアリーとの記憶がほとんどで、今の彼は昔の家族との思い出に浸っているのだ。
現実は辛いかも知れないけど、伝えたいことがある。
俺はその帯状の殻にそっと触れる。
そしてメアリーに関する記憶を薄い膜で包み込む。
そしておばさんとの出会い、二人で過ごした幸せな時間を前面に出して、おじさんに見せる。
「(メアリーのことは俺も何とも言えなくて…、でも今いる人との幸せも感じて欲しい。)」
この膜があれば、今後メアリーのことは思い出すことは可能だが、すぐに別の思考に代えられるはずだ。
大切な存在がまだあることに、自力で気づけたらこの膜は無くなり、本人も今を受け止められた証となる。
「(……おじさん、迎えにきたよ)」
「(…ユーリ……。…?あれ…私は……君に伝えたかったことがあったような…)」
「(それはもう、終わったことだよ。…さあ、立って!)」
おじさんの手を掴むと、俺とあまり手の大きさが変わらなかった。引き寄せると、その勢いで殻から一歩、外に出てくる。
そして彼には光の精霊が付き添っていて…。
…もう大丈夫だな。
俺はおじさんとの繋がりを絶ち、現実に戻る。
ゆっくり手を離して、椅子から立ち上がる。
同時におじさんの目に光が入り、何回か瞬きすると首だけを動かしてこちらを見ている。
「あ……あなた……!!」
「……メイ……?ユーリ……?」
擦れた声でもしっかりと意思を感じる。
おばさんはそのままベッドにもたれるように膝を付いて泣いていた。
おじさんも泣いている。
「…これから色々とあると思うけど、二人なら大丈夫だよ。」
さて、お邪魔なようだし、帰ろうかな。
「ま、まって!ユーリ……なんて御礼を言ったらいいか…!」
おばさんが慌てて俺を引き留めだ。
振り替えり、向き直る。
「おばさん、内緒ね。おじさんにもそう伝えて。」
それだけ伝え、俺はメアリーの家を後にした。
村の人たちにも、メアリーのことはあまり興味を持たないように魔法をかけておこう。
こうすれば話にも上らなくなり、はれ物扱いも無くなる。
俺も引き留められることなく家にたどり着けて、最高の散歩となった。
………………
「ーーーー・・・ん?」
「・・・?どうかなさいましたか?」
「今世は賢者が現れたようだな」
「・・・なんとっ?!場所は」
「いや力を感じたのは一瞬だったからわからない。だが油断は出来ぬな。」
「そうですね、より慎重にせねばならなくなりました。」
1人は椅子に深く凭れかかり、窓を眺める。
その先になにかがあるかのように、目を細めて口角を上げる。
「あぁ。・・・楽しくなりそうだ。」
この時を何百年もの間、待っていたのだから。
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