第4話 1ヶ月ですか…?
朝、食卓に向かう扉を開けると、父と母が食事を取っていた。いつもなら一緒に食べるために待っててくれるのに珍しいと思いながら、席に着こうとすると、母から声がかかる。
「……いつ目が覚めたの?」
「…?、さっき…?」
「…体はおかしなところはないのか?」
「うん…なんだよ父さんまで…?」
二人して箸がとまり、俺を凝視してくる。
いや、まだ顔洗ってないから汚いとか?
「…あんた、メアリーと会った日から、1ヶ月目が覚めなかったのよ…?」
「……まじか…」
「……医者からは心労だと言われた」
「医者?!診察代、高いのに……」
「あんたが起きないからでしょ!心配したんだから!!このバカ息子!!」
母さんがうるうるしながら怒る。
父さんも箸が折れそうな程、強く握りしめて。
「……ごめんなさい。」
「……メアリーの両親が、お前が目覚めたら謝りたいと言っていた。…心配していたし、医者かかったら、顔見せてこい。」
「わかった。」
「話は大体聞いたから。…とんだ阿婆擦れだったわね。」
母さん、怒りのベクトルが変わりつつあるね。言葉から全部伝わるくらいヤバい。
50人分の賢者の記憶を継承できたが、時間はかかったらしい。
まったく気づかなかった。
だってどこも不調なところはないし。
その後、重湯を準備され嫌がるも、両親の無言の視線を受け、食べながら俺が寝ている間の事を聞いた。メアリーは村の皆から偉い喝采を受けながら、聖職者のオヤジと護衛と共に王都に向かったそうだ。道のりは遠く、山越えもあるから1ヶ月はかかるから、そろそろ王都に着く頃だろうとのことだった。
だが、一部からは見送りにメアリーの両親が居なかったことが良くも悪くも噂されており、俺との付き合いについても、良くない噂が立っているようだ。
両親に悪いことをしたと思いつつ、とりあえず、今日は畑仕事は禁止され、メアリーの両親に会いに行くことが決定した。
日が完全に上がったころ、家を出ると、畑仕事をしている近所の友達や知り合いから声がかかる。
友達は心配そうにしながらも、真相を聞きたくて堪らないといった様子だったし、知り合い程度のやつらまで、容赦なくメアリーの名前を出してきた。
俺ははっきり言わず、用事があると言ってその場を去ることを選び、医者にかかる。
村唯一の《治癒》の持ち主で、愛想の良い年寄りお婆だ。
体は動くので問題なく、健康そのものだとお墨付きをもらう。
少し同情のような視線を感じるが、気にしないで診察室を出た。
その足で向かう先は決まっている。
メアリーの家。
ノックする手が少し重い気がするのは気のせいだ。
「…はい?……!!ゆ……っユーリ…起きたのね!さぁ、疲れたでしょう。中にお入り。」
おばさん、少し痩せたな…と思いつつ、中に入る。
体が弱いからあまり畑仕事は出来ないと、家で糸を紡いで家計を支えていると聞いたが……。
家の中は前より荒んでおり、仕事用の糸すらホコリを被っていた。
「……ユーリ、メアリーが本当に申し訳ないことを……本当に…良くしてくれていたのに……どうやって償えばいいのか……。」
「そんな……おばさんたちは何も悪くないじゃないか、謝る必要なんてないだろ。うちの両親にも謝りに来てくれたって聞いたよ。……あれ…?おじさんは……?」
畑を横切ったが、誰も居なかった。家に居るかと思ったら居間にはいない。
「……会ってやってくれる?」
「…え?」
おばさんに促された扉の先には、虚ろな目をして天井を見つめ続けるおじさんの姿があった。
食事をしていたのか、俺が朝食べた重湯よりもさらにドロっとしたものが器に入っており、、スプーンが刺さった状態でベッドサイドに置いてある。
「……お……おじさん…?」
記憶していた姿より痩せている。手に触れると、ピクリと反応するものの、目は動かない。
一ヶ月でこんなに……?
メアリーと最後に会った時に、おじさんたちと会っている。一ヶ月前は普通に見えたのに。
「……メアリーと最後に話した時にね、『もう私の人生好きにさせて。今までずっと、窮屈で退屈でお金もない。こんな家に生まれたくなかった』って言われて。ショックで食事が食べられなくなってしまったようなの。」
おばさんがおじさんを見つめながら、呟きのように話し始めた。
「……私たち、子どもが中々出来なくて、…この人と色々と頑張ったのよ。有名な占い師に占ってもらったり、祈祷してもらったり…妊娠に効くと言われたものは、片っ端から試したの。」
「……うん。」
「…その結果、二人して貯めた蓄えはなくなって…諦めかけていた時にね、メアリーを授かったの。…奇跡かと……本当に………幸せだったの…」
「………うん。」
「…愛しくてなんでも世話を焼いて、お金はなかったけど、なんとか生活は出来ていたし、楽しく過ごせていた。
……私達はメアリーを甘やかし過ぎたのね。…こんな風に人を傷つけて平気な子に育てた覚えはないのだけれど……。」
「………そっか…。」
「……楽しかったと、…幸せだと思っていたのは私達だけだったのかしら……」
居間に戻り、おじさんの側で涙を流すおばさんを感じながら、慰めは出来ないが、ただ同じ空間を共有しようと思った。
おばさんはきっと、この一ヶ月の間、何度も絶望し死ぬよりも辛い日々を送ったに違いない。
愛娘にこれまでの人生を、否定されたのだから。
いきなり聖女になり、チヤホヤされて、村中から注目されていた。もちろん、妬みやらもあっただろうし、聖職者といい仲になって、俺を捨てたとか…悪い噂が流れているのはおばさんにとってもキツかったはずだ。
俺は経験してはいないが、過去の賢者の記憶と感情から知っているから。もちろん、おばさんの考え全てはわからないかもしれないが、似たような境遇の賢者はいた。
そしてこれから起こることも。
今、伝えないと
「おばさん、…辛いかも知れないけど聞いて。」
「……なに?」
「俺は、おばさんとおじさんがアイツを愛していた事を知ってるし、俺から見てもアイツが本当に笑ってなかったなんて思わないよ。」
最悪の結末だけは避けたい。
大好きな二人だから。
「だから、死なないでね。」
「……ユーリ……ど…うして………っ!」
目を見開き涙を溢れさせ、おばさんは顔を両手で覆った。
「……俺が起きて、謝ったら、生きてる目的がないって顔してたよ。」
大丈夫だよ。貴方たちは確かに愛を持ってメアリーを育てていたし、そのメアリーと過ごした日々は俺も幸せだったんだから。
間違ってない。間違ってるのはメアリーだ。
貴方たちには幸せになってほしいよ。
「……おばさん、俺がおじさんのこと治してもいい?」
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