2.仮定:犯行の手段について。






『しかし凄いね、キミは。まさかPCから私のことを連れ出すなんて』

「別にたいしたことはしてないぞ。メティスのデータだけをスマホで持ち歩けるようにしただけ、だからさ」

『あっははははは! その技術がまず、いくつもの前提を超えているよ!!』

「…………?」


 翌日、通学路を歩きながら。

 俺はスマホにインストールしたメティスと、特に実のない話をしていた。何やら彼女はこちらを称賛しているが、別にデータすべてを持ち出したわけではない。スマホと『エデン』専用のPCでは、そもそも容量からして違うのだ。

 そのため現状で可能なのは、メティスのように特別な奴を転送するだけ。


「……これくらいなら、他にもやってる奴いそうだけどな」


 俺はそう思いつつ、ボンヤリとスマホから意識を逸らした。

 すると、目に入ったのは立ち入り禁止とテープが張られた住宅。近隣の住人らしい野次馬たちが、こそこそと何かを話している。


「また出たらしいわよ……?」

「嫌ねぇ……熊かなにか、なのでしょう?」


 聞き耳を立てたわけではないので、すべてハッキリ分かったわけではない。

 それでも、俺はいったい何が起きたのかを理解した。


『何があったんだい、ミコト?』

「あぁ、最近多いんだよ。たぶん、熊か何かだって言われてるけど」

『…………熊、かい?』


 小首を傾げるメティスに、俺は軽く説明する。


「なんでも、野生の熊か何かが餌を求めて住宅地に下りてきてるんだとさ。詳しくは知らないけど、被害者はみんな獣か何かに食われてたらしいし……」

『おやおや、とても血の引く話じゃないか』

「AIがなに言ってるんだよ」


 わざとらしく肩を抱いて震える彼女に、ツッコミを入れた。

 季節も秋から冬に差し掛かる頃合い。最近では山々に餌になるものがないのだろう、熊の出没が囁かれていた。人間の血の味を覚えた熊は、とにかく危険だ。

 猟友会の人々も総出で捜索しているそうだが、しかし相手は相当に賢いらしい。まったく姿を見せず、被害だけが少しずつ拡大していた。


「用心深いのか、それとも……」

『熊ではない、とかね』

「……は?」


 俺の独り言に、メティスが口を挟む。

 思わず乱暴に訊き返すと、少女はくすくすと笑いながら言った。


『どうして人を喰うのが、熊だけだ、と言い切れるんだい?』

「………………」


 その言葉を聞いただけで、俺の中には一つの可能性が生まれる。

 そして、無意識にヒドイ表情をしていたのだろう。


『おやおや、ずいぶんと気持ち悪そうだね』

「誰のせいだ、っての……」


 またも意地悪く笑うメティス。

 俺はそんな彼女に、小さく悪態をつくのだった。





「おい、小早川! 何度、同じことを言わせるんだ!!」

「あー……すみません」


 ――で、昨日と同じく数学の授業中。

 俺はまたも居眠りをかまし、根室に叱責されていた。今回も俺が全面的に悪いので、謝る他にすべはない。そう思ってペコペコと頭を下げていた。

 すると、根室は眼鏡の位置を直しながら思い切り舌を打つ。そして、


「放課後、職員室までこい。さすがにお前の態度は目に余る」

「え、えぇ……?」


 まさかの呼び出し。

 俺もさすがに、感情を顔に出してしまった。

 いくら居眠りがヒドイからって、毎回満点の生徒を呼び出す、ってのはどうなのだろうか。そう思ったが、有無を言わさぬ相手の態度に封殺されてしまった。


『災難だったな、ミコト』

「うるせー……」


 着席すると、どこか小馬鹿にした表情でメティスが言う。

 俺は軽くため息をつくと、あることに気付いた。


「ん、どうした? メティス」

『……いいや、少しな』

「…………ん?」


 彼女のなにか怪訝な表情に。

 しかし、その時はまだ答えが分からなかった。


 

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