第6話 オーディンがかわいそう

 ルートルを追っ払って、俺は妹に言う。


「マズイ……マズイぞマコ……」

「……ど、どうしたの……?」

「この身体……強すぎる……」


 殴られても蹴られても、刺されても痛みを感じなかった。いや……ナイフの刃が折れたから、正確には刺されていないのだが……


「だからお兄ちゃん……世界で一番強いんだって。私は世界中を見て回ったわけじゃないけど……お兄ちゃん以上がいたら、引くよ」

 

 そんなレベルで強いとは思ってなかった……妹が兄を持ち上げているだけだと思っていた……


「バカな……だったら俺は、どうやって痛みを得れば良いんだ……?」


 異世界転生して最強になるのはよくあることだが……ここまでの防御力は求めていない。痛いのが好きだから防御力には極振りしないでほしい。その防御力をすべて攻撃力にしてほしい。というか、そうじゃないと困る。


「……お兄ちゃんのケンカはよく見るけどさ……大抵はさっきのルートルさんみたいになって終わるよ」相手がドン引きして終わるわけだ。「お兄ちゃんいわく……今までで最高の痛みは10Eらしいよ」

「……10E?」

「10Ecstasyポイントの略」エクスタシーポイント……? 「どれくらいの快感というか、どれくらいの絶頂感とか……その辺を考慮したポイントらしいよ。採点方法はお兄ちゃんしか知らない」


 要するに……痛みを感じた度合いか。どれくらい気持ちよかったのかを数値化していたわけだ。


「100EがMAXなのか?」

「100で良い感じに絶頂できそうなんだって。だから想定以上の痛みを受ければ、100を超えることもあるって言ってたよ」妹となんて会話してんだよ。「まぁ……今までで最高が10だからね……ゴールは遠いと思う」


 だろうな。つまり……その最高の痛みの10倍の痛みを受けないといけないのだ。


「ちなみに……その10Eを受けた攻撃ってのはなんなんだ?」

「えっとね……この国には騎馬隊があってね。その中でも最強の馬がいるの。オーディンって呼ばれる馬」神の名を冠するほどの馬らしい。「その馬にね、体当りされたんだって」

「なんでそんな状況になるの?」

「さぁ? 私も状況は知らない。とりあえず言えることは……オーディンがかわいそう、ってことくらいかな」ホントそれな。こんなやつに体当りしてしまって……馬が不憫で仕方がない。「それで……お互いに無傷だったからね。お兄ちゃんに体当りして無傷とか……オーディンっていう馬は、相当な傑物なんだね」


 普通逆だけどな……馬に体当りされて無傷な人間のほうがおかしいけどな。妹からすれば、兄のほうが強いという前提があるらしい。信頼されているようだ。


 しかし……


「国最強の馬の攻撃を受けて、10Eなのか……俺、雷に打たれても生き残るんじゃないか?」

「雷は8Eだって言ってたよ」

「打たれたことあるのかよ」

「うん。雷が鳴るたびに上半身裸で山に登ってたよ」危険人物……「何回か熊に襲われたみたいだね。熊がかわいそう」


 こんな危険人物に絡んでしまって……本当に不憫だな。


 マコは続ける。


「それ以降ね……熊が人間を襲うことが少なくなったんだって。人間をバケモノだと思ったんだろうね」


 一応社会貢献になったらしい。


「ちなみに……9Eは?」


 8Eと10Eがあるのなら、9が気になる。というか……その周囲の痛みを一度確認してみたい。オーディンだの雷だの……想像ができないのだ。


「9は……私がムチで叩いたときかな」雷より上の痛みを……? 「一応言っておくけれどね……私は、人様への暴力はいけないことだと教わって育ったからね?」

「おいおい……俺を人間扱いするつもりか?」

「だから叩いたんだよ」すでに人間扱いされてなかった。そりゃそうか。「まぁ……そうだね。お兄ちゃんのおかげで、私の世界も広がったよ。世界には色んな人がいるんだって……それを学べた。だから……相手が望んでいない暴力は、振るわないことにしてる」


 なんて素晴らしい妹なんだ。しかもかわいいし……雷以上の破壊力を出せる妹である。妹も大概バケモノだな。


 ……妹というか……俺たちの血筋がすごいのだろうか……だけれど、親についてはちょっと重たい話題なので聞かないことにしよう。


「ちなみに……そのムチってのは今、ここにあるのか?」

「お兄ちゃんのコレクションにあるんじゃない?」

「コレクション?」

「うん。良い感じの痛みを与えてくれそうなものを見つけてはコレクションして、試してたじゃない。おかげで……私はかなりの武器を扱えるようになってしまったよ」


 ……なるほど……コレクションして、自分では使えないから……妹に使ってもらってたわけだ。そして殴ってもらってたわけだ。


「まぁ、いろいろ見つけてきても……結局は最初のほうのムチが良かったみたいだね」伊達に女王様が持ってないよな。「それで……ムチは、えーっと……」


 それからマコはゴソゴソとタンスの中をあさり始めた。


 マコは中から取り出したムチを軽く2、3回振ってから、


「じゃあ行くよ?」

「おう。頼む」


 言った瞬間、なんの躊躇もなく顔面をぶっ叩かれた。 

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