第2話 俺、お兄ちゃんなの?

 異世界に転生した……そう気がつくのに時間はかからなかった。


 空にドラゴンが飛んでいた。街を馬車が歩いていた。装飾品が明らかに日本のものじゃなかった。魔法的な力が目に入った。

 

 少しばかり動揺していると、不意に隣の女の子に声をかけられた。


「どうしたのお兄ちゃん? ポカンとした顔して」

「え……?」お兄ちゃん……? 「俺、お兄ちゃんなの?」

「……?」首を傾げられてしまった、「逆に、お兄ちゃんじゃないの? 実は血が繋がってなかったとか……そんな衝撃の告白なの?」

「いや……そういうわけじゃなくてだな……」


 俺が頭を抱えると、目の前の妹……妹を名乗る美少女が不安そうに、


「大丈夫? 殴られすぎて、記憶が消えちゃった?」

「俺、誰かに殴られてたのか?」

「本当に大丈夫?」いよいよ本気で心配され始めた、「いつものことじゃない。『俺を殴ってくれ』って懇願するのは」

「たしかに俺はドMだが……そんなことしてたの?」


 通行人に『俺を殴ってくれ』って言ってたの? 


「一応……向こうからケンカは売ってきてたよ。いくらお兄ちゃんでも、ただの一般人にそんなお願いしないよ。そういうお店とか……そこでやられてる」


 SMクラブか? 異世界にもあるのか……そりゃそうか。性癖は世界共通だもんな。たぶん。


 妹は続ける。


「別に私は……お兄ちゃんの性癖に文句を言うつもりはないよ。私だって人に言えない性癖を持ってるし……」そうなのか……あの妹にもそんな性癖があるんだな。初対面だけど。「でもね……殴られて記憶が消えるくらいなら、やめといたら? それとも、記憶が消えることすら快感?」

「さすがに記憶が消えるのは快感じゃないな……」痛みも忘れるからな……「……こっちの俺は、ずいぶんと自分の性癖に正直なんだな……」

「……?」

「いや……なんでもない」


 過去の俺は、自分の性癖を隠していた。なんか自分が異常者な気がして、言い出せなかったのだ。


 それがどうだ……この世界の俺はケンカを売られたら、まず自分を殴ってくれと懇願するらしい。なんとも羨ましいメンタルの持ち主だ。


「よし……妹よ。俺は決めたぞ」

「……どうしたの?」

「俺は世界最高の痛みを探しに行く。俺を満足させてくれる痛みに出会いに行く」

「そうなんだ……」割と受け入れられてる。「お兄ちゃんが頑固なのは知ってるからさぁ……もう止めないけど」

「ありがとう妹」

「……もしかしてお兄ちゃん……私の名前、忘れてる?」

「……」ギクッとしてしまった。「もちろん覚えてる。ヒコマロだろ?」

「ああ……ちゃんと覚えてたんだね」


 ヒコマロだったのかよ。適当に言ったら当たったわ。


 改めて妹……ヒコマロを見てみる。


 小さくて可愛い妹だった。年齢は……どれくらいだろう。中学生とか高校生くらい……? 


 というか……妹が小さいというより……


「俺、デカくない?」

「今? 今頃気づいたの? お兄ちゃん、生まれたときから大きかったよ?」

「大きい……どれくらい?」

「今は……軽く2メートルはあるよね。筋肉ムキムキだし……その感じでドMってんだから、人は見かけによらないよね」


 2メートルの筋肉ムキムキ巨漢でドMなのか……ギャップがすごいな。まぁいいや。

 

 さてと……


 これからどうするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る