第4話 花と種

 手掛かりとなる種を残す果実。白い花が探していた実をつけるとわかった。

 あとはどの白い花かを突き止めるため、木が生長し花が咲くのを追いかけ、果実を収穫していけば目的は果たせる。

 瞬く間に変わる幻の中で、いち早く白い花を見つけ、その種を観察することに芳郎は神経を注いだ。

 

 障子戸の淡い和紙の前に座り、古びた木片に指をすべらせ言葉を紡ぎ始める。時間が止まり、歪むかのような感覚。

 声と共に、床の隙間から細い影が枝のように伸びる。

 ひと伸びするごとに枝は太くなり、急速に成長して大樹へ育つ。

 大樹の根が畳を柔らかく押し上げ、美しい蕾が花へと変化する。赤く輝く実は、自生のような自然さを持って周囲を彩った。

 芳郎の声の高まりと共に、雨が降り始める。

 天井があるにもかかわらず、静かに床を濡らし、雨で満ちる様子は幻想的だった。

 そして驚くことに雨粒が床に触れる度に、小さな魚たちが跳ねるように現れる。

 一つの幻想的な風景が描かれる様は、絵画のように美しく、物語のように壮大だった。

 

 いくつかの果実から、セツが求めるのに似た形状の種が確認でき、ある程度、目星をつけることが出来た。

 今日見守っていた白い蕾から咲いた花の果実は、探していたものと違っていたが、もう少し時間をかければ、たどり着くことが出来るだろう。

 依頼に答えていいのか。迷いの中でも、芳郎は花を育てることに手ごたえを感じていた。


 叔父の家に戻り、昼すぎの空いた時間に顔を合わせる。芳郎には、今までになかった感情が浮かんでいた。

 自分にしか出来ることがある。そのことが日々芳郎を勇気づけていた。

「いつか植物の苗を育てて、種苗屋とかやっていけたらなって。それで、一人でもほそぼそ暮らしていけるかもしれない」

 夢のようなことを話す。叔父は戸惑い、止めるかもしれないと思っていたが意外な答えが返ってきた。

「ばかだな。お前みたいなやつに出来るわけがないだろ。目が見えないんだから」

 溜息と共に聞こえたそれに、横っ面を張られたような衝撃をうけた。

「しょうもないこと考えるな。あの女の所で稼げるだけ稼げばいいんだ。あれだな。お前病気になったことにしろ」

 意味が分からず、ぼんやりと叔父の顔を見上げる。

「お前がいないと困るってなって、そしたら値を吊り上げるんだ」

「そんなの……、おかしいだろ」

「何が」

「前金で、金もらってる」

「だから何だ。お前は俺の言うことを聞いていればいいんだ。町から追い出されるお前を養ってやったんだ」

 芳郎の口が開いた。

 そうか。叔父も町の人と同じだったのか。目の周りが熱くなる。わかってはいたはずだった。それでも失望が芳郎の内を浸食していく。

「出てく」

「お前みたいなやつが、どこに行けるっていうんだ。野垂れ死にしたいのか」

 わからない。わからない。

 でもとにかく、ここを出ようとして。芳郎は家を飛び出そうとし、外の納屋に閉じ込められた。

 


 納屋の隙間から夕日の赤い色が見えたころ、坊ちゃんと、囁き声が聞こえた。

 引き戸の向こうにある人の気配に、這うようにして近づく。納屋に入れられたときぶつけたらしく、顔や腕が痛い。

「ヤマばあか?」

 声を潜め呼びかけると、もごもごと返事をする声がする。

「この戸を開けてくれ。表から突っ張り棒か何かしてあるんだろ」

 間があり、物が動く気配。見つからないでくれと、念じるうちに戸がずずずと開き、暗がりにヤマばあのぼさぼさ頭が見えた。

「頼む、あの屋敷までつれてってくれ」

 半開きの戸から、転がるように出て懇願する。

「坊ちゃん、ばあの背中に乗りんさい」

「え、いや」

 一人であの屋敷まで行く自信はあまりなかったが、かといってヤマばあにおんぶまでしてもらわなくてもいい。

 だいぶ低い位置からする声は、ばあが屈んでいるのだろう。断った芳郎の手に、しわしわの手がふれ強い力で引っ張られた。

「振り落とされんよぅ、捕まり」

 手のひらに小さな肩の骨。すばやく膝裏を持ち上げられ、あっという間におぶられた。

「くち開けてはぁならんぞ、坊ちゃん」

 意味を理解する前に、顔に風が当たった。

 ひるがえる芳郎の着物の裾に、胸元に風が入って来る。聞こえる足音は、小刻みで有り得ない早さだった。半開きだった唇がぶるぶる震える。

 事態が呑み込めず、およいだ手がばあの頭にさわった。額に固い、角のような。

 息をのんだ。

 走りながら至極楽しそうなばあの息遣い。遠い昔聞いた、どこまでも追いかけて来る山姥やまんばの話を思い出した。

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