宿業の共和国

「すまなかった」


 ベルモンドは大きく頭を下げた。


「すまなかった、って……俺、死ぬとこだったんですよ」

「いや、君は死んでいた。脳天を撃ち抜かれて即死だった」

「じゃあなんで生きてるんです、俺は」


 二人は車の中にいた。芹沢の目には些か古臭く感じられる見た目だった。それだけではない、振動は酷く、排気は臭く、シートは硬く、山がちな道であることも相まって乗り心地は最悪なものになっていた。

 運転は兵士に任せきりで、ベルモンドと芹沢の二人は隣り合っていた。


「君が不死者だからだ」

「不死者、そんなのがいるんですか」

「ああ。君ともう一人いる」

「誰なんです。いや、そんな事はどうでもいい。あなた方は何を目的にしてるんです。確か、兵士がどうって」

「そうだ。君たちには兵士になってもらう」

「そんな馬鹿な。ただの学生ですよ。俺たちを鍛え上げるよりも、軍人を用意した方が良い。勝手に攫って、兵士にするなんて、これじゃあまるで拉致だ」

「まるでじゃない、拉致だ」


 ベルモンドは強い調子で言った。芹沢はその一言で、目の前の人物が異世界人の拉致に対して賛同している人間ではないことを察した。


「古代魔法の一種でね。召喚魔法と言う。君たちの魂を抜き出して、こちらで用意した肉体にそれを刻み込む」

「人権はどうなるんです」

「我が共和国は異世界人の人権も保証している。最初は宗教の自由のみだが、条件を満たせば職業選択の自由も移動の自由も保証されるようになる」

「おかしいですよね、それ。ここは中世ですか。日本では」

「この世界にニッポンはない」


 ベルモンドの言葉の意味を悟った。異世界には日本という国家は物理的に介入することができない。即ち、日本人は一切の後ろ盾を持たないことを意味していた。

 芹沢は両手で顔を覆った。元いた世界の彼の顔とは違う、ニキビ跡もなく、高い鼻梁が憎らしく感じられた。


「俺たちは、帰れるんですか」


 芹沢は両手で顔を覆ったまま、モゴモゴと呟いた。


「それは私の管轄外だ」

「……ずいぶん、官僚的な言い回しをされるんですね」


 エンジンの唸る音が大きくなるように、芹沢は錯覚した。実際には速度は変わらず、坂道になったわけでもない為に音の大きさは変わらない。ただ、二人の重い沈黙の中でそれが際立っただけだった。


「すみません、嫌な言い方をしました」

「いや、こちらこそすまない。申し訳ないことをしたと思ってる」


 数分間の沈黙の後、芹沢は背をまっすぐに戻した。


「四十年の兵役義務だ」

「は?」

「君たち異世界人が人権を手に入れる為に必要な条件だよ」


 芹沢はベルモンドの言葉に言葉を失った。十七年の人生を歩んできた芹沢にとって、その数字は未知の長さだった。


「共和国は徴兵制を放棄した。ゴール人が兵士として使えなくなった以上、国防に必要な兵力は植民地と異世界人の両方に頼らねばならない。だから、拉致してきた異世界人に四十年の兵役義務を課している」

「つまり、俺たちは四十年間も、職業の自由もなければ移動の自由すらない、と……?」

「そうだ」

「それじゃあまるで奴隷だ」

「だがこれは民主主義的手続きに基づいて定められた、言わば共和国市民の総意だ」

「あなたも共和国市民なのでは?」

「俺はマイノリティだ」

「俺に参政権は」

「当然、共和国は認めていない」

「なんで俺は……こんな目に」


 芹沢は四十年後に戻った自分の姿を想像しかけて、慌ててそれを止めた。彼の理性が発狂を強引に回避させたのだった。現実逃避に他ならなかったが、この現実を直視したところで彼にその解決能力はなかった。


「人生、詰んだ」


 絶望に芹沢の頭は項垂れた。どうにもならない現実を直視できなかったのである。


「……殴らないのかね」

「……殴って、どうにかなるのなら」

「君はいくつだね」

「十七です」


 ベルモンドが驚く気配を芹沢は察したが、彼が何かをすることはなかった。


(共和国は、また一つ業を負ってしまった)


 二人の声は途切れた。車内には一定のリズムで唸り続ける内燃機関の他は、運転手も含めて一切音を出すものはなかった。

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