二度目の死

 芹沢は先程感じた違和感の正体に思い至った。ベルモンドは流暢な日本語を操るが、僅かに発音がぎこちなさがあり、それを無意識のうちに感じ取っていたのだった。


「待ってくれよ。それって……」


 群衆が俄に殺気立ち始めたのを察し、ベルモンドは部下に何かの指示を出した。一人の兵士は小銃を構えて群衆を牽制し、もう一人は現れた扉の外へと消え、やがて十数名の兵士を連れ立って戻ってきた。無論、その手にはそれぞれ小銃が構えられている。


「ご同行願おうか。我々としても実力の行使は望まない」

「ねえ、芹沢くん。これってドッキリだよね?」


 春田の顔は、楽観的な言葉に反して絶望の色に染まっていた。


「だと良いんですけどね。俺もこれが悪趣味なドッキリで終わって欲しい」

「お、終わって欲しいって。そんな無責任な」

「無責任だなんて言わないでくださいよ。俺だって状況は掴めてないんです。今はあの人の言う通り、従いましょう」

「し、従うったって、いつまで続けば」

「ドッキリなら、きっとどこかで終わります。ドッキリじゃなかったら、あの人たちの言う実力の行使が何なのか、俺たちは身をもって知ることになります。だから、従うしかないんです」

「なんでそんな冷静なんだよ」


 春田の手を、芹沢は震える手で掴んだ。


「落ち着いてください。俺が怖いのは、この場の収拾がつかなくなることなんです。だから、落ち着いてください」

「や、やめろ!」


 男の悲鳴が響き渡る。振り返った芹沢の目には、兵士の手を振り払う男の姿が映った。群衆も兵士も男の突然の行動に驚いて距離を取り、押し寄せる人の波が芹沢と春田を飲み込んだ。


「さ、触るんじゃねえ。離せえ!」


 男の怒号に続いて、少女が塞ぎ込みながら悲鳴を上げた。

 混迷は、雪だるま式に膨れ上がっていく。それは兵士も同じだった。

 暴れる男を取り囲む二人の兵士のうち一人が引き金に手をかけた時、ベルモンドの部下であり、取り囲む兵士たちを直卒しているらしい下士官が、不明な言語で怒鳴り散らした。そしてベルモンドの方へ救いを求める様な視線を時折送る。

 ベルモンドは事態を静観していた。否、手出しができなかったのかもしれない。


「そいつを寄越せ!」


 最初に暴れた男が兵士に掴みかかり、兵士に敵うはずもなく呆気なく地面に転がされる。兵士は興奮のままに引き金へと手を伸ばす。


 芹沢は、この時ばかりは己の主体性のなさを忘れた。この異世界に来る直前がそうであったように、彼は咄嗟に動くことのできる人間だった。

 引き金に指をかけた兵士を、芹沢は咄嗟に突き飛ばした。引き金は衝撃で振り絞られるが、銃声と共に放たれた弾丸は形成されていた人垣の手前の床を穿つのみに終わった。


「春田さん、この人を!」

「わ、分かった」


 春田が倒れたまま呆然とした表情の男を引きずって人垣の中に引き入れたのを確認していると、芹沢はこの日二度目となる排莢の音を聞いた。


「ニップ」


 芹沢は振り返ると、目を見開いて両手を上げて無抵抗を示す。


「せ、芹沢くん!」


 ベルモンドの怒号が響く。同時に下士官も怒鳴った。だが、引き金を絞る指は止められなかった。白い光が発したと思えば、銃声が彼の耳に届くよりも早く、芹沢の意識は刈り取られた。


──


 芹沢は慌てて上体を起こした。息は荒く、どっと湧いた冷や汗を拭う。


「夢……?」


 芹沢はハッとなり額の辺りを手でまさぐった。穴はなく、ツルツルとした額の感触が返ってくるばかりだった。


「嫌な悪夢だ……」


 芹沢は安心して嘆息し、布団の中に潜り込もうと毛布を探した。


「……ここ、どこだ?」


 芹沢が何者かが息を呑み込むような音を聞いた気がし、その方を向いた。

 そこでは夢の中で見た人物、ジャン=ロベール・ベルモンド大佐が、まるで幽霊でも見たような顔で、芹沢を見下ろしていた。

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