第8話 それぞれの想い
〇取調室
殺風景な部屋で、椅子が2脚中央に置かれているだけで机も無い。
窓等は無く、全ての面が壁。
達人の前にはエメルダが少しイラついた表情で座っていた。
【エメルダ】「まったく、生きているのが不思議なくらいだ・・・」
【達人】「・・・だろうな」
【エメルダ】「だが、レミィがお前に関心を示すというのは貴重な情報だ
ただ、この艦が目を付けられたっという事でもあるけどな」
【達人】「んで?
なんで俺は囚人みたいな扱いなんだ?」
【エメルダ】「お前が勝手な事をしたからだ」
こめかみを抑えながら大きく溜息をついた。
【エメルダ】「どこの誰かも分からない存在な上、天使と相対して生き残るなんて普通じゃないんだよ」
【達人】「んな事言われても、わからねぇよ」
【エメルダ】「分かる分からないという話ではない
お前が天使と繋がっていて、街を襲った敵の一員じゃないかっという話が出ている」
【達人】「はぁ?なんだよ、それ」
【エメルダ】「だから、お前の勝手な行動のせいだと言っている
あれだけの悲劇の後だ、皆不安になっている
そこに、疑われる要素満載ときたら、後は言うに及ばないだろ」
【達人】「・・・けっ、ここも大して変わらねぇな
どいつもこいつも保身かよ」
【エメルダ】「そもそも、その権利を守る為に我々がいるんだよ
人は一人では生きられない
集団で生活する為には規律も必要だ」
【達人】「だから、守ってやっただろ」
【エメルダ】「やり方がまずいと言っているんだ!」
エメルダの迫力に、思わず言葉を呑む。
レミィ程では無いが、エメルダにも強者特有の雰囲気を感じ、思わずにやけてしまった。
【エメルダ】「怒鳴られてにやけるとか、変態か?」
口元を抑えて必死に表情を戻す。
【達人】「そ・・・そういえば、くそ生意気な女はどうした?」
【エメルダ】「ああ、リーデルか
幸い魔導スーツの対衝撃機能が働いて多少の打ち身で済んだ
今は反省房に放り込んでるよ」
【達人】「そうか、無事だったか」
【エメルダ】「まぁ、周りの意見は兎も角、お前は我々の恩人だ
なんとかするから、それまでは大人しくしててくれ」
【達人】「・・・分かった」
じっと達人を見つめた後、ゆっくりと席を立ち、達人を連れて外に出た。
部屋の外にはライトと、その頭に乗った清が待っていた。
泣き出しそうな清の顔に、バツが悪くて思わず視線を逸らしてしまった。
【清】「こっち見なさいよ!
この馬鹿兄貴!」
【達人】「ごべんばさい!」
清の強烈なコークスクリュー猫パンチを受けて、派手にぶっ飛びながら謝罪。
ライトは目が点になったまま、達人が飛ぶ軌道を見つめていた。
【清】「何も分からない所に飛ばされて、何も分からない敵に挑みに行くなんて!
日本にいた時と違うんだからぁ!」
達人の胸の中で泣く猫のような姿になった妹を見て、泣きそうなそれでいて申し訳なさそうな顔でそっと撫でてやる。
【達人】「わりぃ・・・ちっと軽率だったわ
ほんとわりぃ」
【清】「スンスン・・・もう勝手な事しないで・・・」
【達人】「分かった、約束する」
【ライト】「達人さん、身体は大丈夫ですか?」
【達人】「ああ、身体は大丈夫だ・・・」
【ライト】「本当に・・・天使相手に戦って無事だなんて・・・」
【達人】「無事ってのは・・・どうかね」
【ライト】「?」
【達人】「ああ、気にしないでくれ
ちっと疲れたから、休みたいんだけどよ・・・」
【アナスタシア】「なら、丁度よかった
3人の部屋に案内するからついてきて」
3人を呼びに来たアナスタシアが、清を抱っこしながら微笑みかけて来た。
【ライト】「部屋?僕達の?」
【アナスタシア】「ええ、エメルダ司令が手配してくれたの
必要だろうって」
【ライト】「そ・・・そうですか・・・
でも、僕・・・お嬢様のお世話をしないといけないし・・・」
【アナスタシア】「ああ、それなら大丈夫
君は正式に特殊部隊への編入が決まって、軍が身元を引き受ける事になったから」
【ライト】「え・・・でも・・・」
【アナスタシア】「リーデルは納得してないけど
軍の決定はリーデルの決定権より上なので心配しないで
さぁ行きましょ」
清を抱っこしたまま歩き出すが、抱えられている清は必死に抜け出そうと藻掻いていた。
そんな様子を微妙な笑みで見ながら二人も後を付いていく。
他愛もない会話をしながら、暫く歩く。
艦とは言え、ここまでの大きさになるとそれなりに歩くものだ。
軍用の生活房エリアに移動し、奥まった突き当りの部屋の扉を開けた。
〇ライト達の部屋
そこそこ広い部屋、16畳程度はあるだろうか。
両脇には頑丈な作りの二段ベッドが一つづつ置かれ、正面には大きな事務的な机が2つ置かれている。
その上に、外を映し出すスクリーンが現在の風景を映し出し、音もそこから出ていた。
部屋には電球等無く、不思議な光が満ちて明るく照らしている。
【ライト】「うわぁ、ベッドがある!」
【アナスタシア】「どう使うかは皆で決めて下さい。
私の部屋は、ここから3つ先の扉の所です」
清はぴょんと机の上に飛び乗り、じっとアナスタシアを見る。
【清】「・・・奥まった部屋、3つ先の副指令がいる場所・・・
ていの良い監視って事だよね」
【アナスタシア】「・・・はい、その通りです」
申し訳なさそうに、俯き加減になりながら帽子の鍔をぐいっと引き寄せ、表情が見えないようにする。
【清】「状況から考えれば、妥当な線か
で、監視役にあなたが使命されたと・・・」
【アナスタシア】「ち・・・違います
使命じゃなくて、志願したんです
私は・・・清さんや達人さんを信じています・・・
ですが、皆が皆・・・そうではありません」
【清】「・・・そっか、ありがと
別に嫌な気持ちにさせるつもりなんて無かったの」
パッと表情を明るくし、清を抱きしめようと突撃してくるアナスタシアから必死に逃げ回る。
【達人】「どうでもいいけど、俺は寝るぞ
疲れてんだ」
【清】「ちょ・・・ちょっとお兄ちゃん!
まだ話が」
【達人】「ああ、それはお前に任す
どうせ俺が聞いてもちんぷんかんぷんだからよ」
【清】「もう、勝手なんだから!」
抱きしめようとするアナスタシアの腕をかわして、机の上に飛び乗りじっと二人を見つめる。
【清】「アナスタシアさん」
【アナスタシア】「アナと呼んで下さい」
【清】「そう、ではアナ
私達は司令官と交わした約束により、同盟状態である事は分かっていますよね?」
【アナスタシア】「は・・・はい」
【清】「では、ここでの会話がアナとライト君以外に知られるという事は、同盟を破棄する事と分かって貰える?」
アナスタシアは表情を強張らせた。
清の言葉は、盗聴や監視があった場合の事を暗に示している。
ある程度の事は聞かされているが、監視に関しては聞かされていない。
【清】「どうかしら?」
【アナスタシア】「・・・約束は分かっています
ただ・・・あの・・・」
【ライト】「ど・・・どういう事です?」
清は前足でライトを制す。
視線はアナスタシアを捉えたまま、じっと様子を伺っていた。
【清】「なるほど、あなたも知らされてないか」
顎下に手を当てると、じっくり考え込む。
その姿にアナスタシアが両手をワキワキさせながら、抱き着きそうになっている事もお構いなしだ。
【ライト】「あ・・・あの、僕も君付けはいりません
ライトと呼んでください」
清は片目を開けて、ライトを見る。
フムっと鼻息を一つ。
【清】「なら、監視がある事を前提な話をしますか
ではまず「魔法」の事から教えて」
【ライト】「魔法ですか?」
清は頷く。
【アナスタシア】「教えると言っても、普通の事ですし・・・何をお教えすれば?」
【清】「私達の世界には「魔法」の概念はあるけど、存在はしてません
魔法を使える事自体が私達にとっては驚きなんです
だから、初歩的な事から何でも教えて下さい」
【アナスタシア】「わ・・・分かりました」
少し考えを巡らせながら、アナスタシアはゆっくりと解説を始めた。
【アナスタシア】「魔法は魔法力を使い様々な効果を前提としたものです」
【清】「魔法力って・・・確か体内のオドと外部のマナの混合だったっけ?」
【アナスタシア】「はい、魔力回路の中で混合を行うと発生する力が魔法力です
そこに因子を加える事で様々な魔法となります」
【清】「私を検査した時に、魔力回路があるって言われてたっけ?
お兄ちゃんには無いって」
【アナスタシア】「その様ですね」
【清】「魔法を使うのに呪文とか使わないの?
魔法名を叫ぶとか」
【アナスタシア】「呪文はあります・・・が、使用する場合は大きな呪文を使用する場合と、慣れない魔法を使う時、そして系列が違う魔法を使う時です
魔法名を叫ぶっというのは、どういう効果が?」
【清】「魔法名の事はいいとして・・・どうして使う時と使わない時があるの?」
【アナスタシア】「先程、マナとオドの混合と言いましたが、ひとえに混合と言ってもそう単純ではありません
混合の仕方で魔力出力が変わったり、系統に特化した物になったりと様々です
呪文は混合のテキストみたいなもので、それを詠唱する事で複雑な混合を可能にしたりします」
【清】「系統って?」
【アナスタシア】「私は血統的に氷系が得意で、リーデルは炎が得意です
魔法力も得意系統だと生成しやすく、苦手系統だと難しくなります」
【清】「使えないわけじゃないのね」
【アナスタシア】「はい、ただ威力や効果は得意な人に比べてかなり落ちます」
【清】「得意系統はどうやって分かるの?」
【アナスタシア】「これは経験ですね
やってみるとすんなり混合出来るので、系統は分かり易いですし、因子も関係してきます」
【清】「因子?」
【アナスタシア】「魔法力だけでは魔法として発動しません
因子を通す事で魔法として発動するんです」
【清】「・・・因子」
【アナスタシア】「因子は色々ありますが、血統因子が大体の因子になりますね
他にもアイテムやアーティファクト等で使う事も出来ます」
【清】「因子は自分の物でも無くて大丈夫なんだ
ふ~ん・・・」
暫く考え込んだ後、くるっとライトに顔を向けた。
【清】「なら、ライトは何で使えないの?
オドは凄いんでしょ?」
【ライト】「それは・・・その・・・」
【アナスタシア】「・・・ええ、オド内包量に関しては私が知る限り類を見ない程膨大です
混合出来る魔法力は、その人のオドの量で決まりますので、本来なら大魔法を連発する事も可能かもしれません」
【清】「へぇ~凄いんだ」
【ライト】「・・・」
【アナスタシア】「ライト・・・話してもいいの?」
【ライト】「は・・・はい、お二人には話して下さい」
小さく頷くと言葉を続けた。
【アナスタシア】「魔法力生成は魔力回路で行うのですが、この大きさは多少訓練で強化出来ますが基本は持って生まれた才能です
そういう意味では、ライト君は稀に見る魔力回路の大きさの持ち主ではありますが、そのほとんどをオドが占めてしまいマナを取り込み混合する事が出来ません」
【清】「魔法力が作れないっと」
【ライト】「はい・・・
僕に出来るのは、有り余るオドを物質に流し込み変質させる事位です」
【清】「十分魔法じゃない?」
【アナスタシア】「いえ、魔法はあくまで魔法力による物ですので、ライトがやっている事は魔法ではありません
実際、同じ事は皆が出来ます」
【清】「・・・」
そこまで聞くと、また顎下に手を置いて考え込む。
シッポが一定のリズムで左右に揺れる。
【清】「大量の・・・ォドが・・・巨人・・・いや・・・それが・・・こうだから・・・」
ライトとアナスタシアはぶつぶつ言いながら考え込む清を見て顔を見合わせる。
【ライト】「アナスタシア様、二人の扱いはどうなるのでしょうか?」
【アナスタシア】「・・・正直分からないわ
君の事も含めて前例が無い事ばかりだから・・・」
【ライト】「・・・そうですか」
【清】「・・・まぁ大体魔法については分かったわ
呪文や混合比率、その他の知識を知りたいのだけど・・・え~と確かプレートだったっけ?
読んでみたいんだけど」
【アナスタシア】「学園も兼ねていますから、ある程度の物ならプレート保管室で見れると思います」
【清】「私、使える?」
【アナスタシア】「それ位なら大丈夫だと思います」
【清】「なら、早速・・・」
【ライト】「あ・・・あの清さん!」
【清】「何?」
【ライト】「こ・・・これについてもっと教えてくれませんか?」
ライトは背後に隠していたガ〇プラの箱を取り出した。
アナスタシアは絵が描かれている不思議な箱をまじまじと眺める。
【清】「ああ、それに憧れて巨人を作ったんだっけ」
【ライト】「は・・・はい!」
表情を明るくして大きく頷く。
【清】「でも、不器用過ぎでしょ
さすがにアレはないわ」
【ライト】「・・・はい」
一瞬にして表情は暗くなり、俯きながら返事をした。
【清】「それは、私達の世界で人気があったアニメのプラモデルよ」
【ライト】「・・・アニメ?」
【清】「こっちには、空想の物語とかそういうのは無いの?」
【アナスタシア】「ありますよ
娯楽プレートや映像作品も多数」
【清】「そうそう、そういう物の一つ
サイエンスフィクション、SFっていうジャンルの一つで、気弱な主人公が偶然乗り合わせたロボットで戦いに巻き込まれ、様々な出来事の中で成長していく物語ね」
【ライト】「そんな物語が・・・これに・・・」
【清】「まぁ空想物語だけどね
お兄ちゃんを始め、男の子はみんな憧れるらしいわ」
【ライト】「そ・・・そうですよね
カッコいいですから!」
目を輝かせるライトを見て清はスンっと表情を凍らせる。
【清】「ま・・・まぁ男の子は好きよね、こういうの」
【ライト】「えと、そのアニメを見る事は出来ませんか?
とっても見たいんです!」
【清】「私達も訳が分からないで、こっちに来たので・・・
なぁ~んにも持ってきてないんだよねぇ
記憶は・・・いや、お兄ちゃんの方が詳しいと思うから、起きたら聞いてみたら?」
【ライト】「分かりました!そうしてみます!」
【清】「は・・・はは、まぁ元気が出るなら結構」
ぴょんとアナスタシアの頭に飛び乗ると、顔を覗き込む。
【清】「じゃ、行こうか」
【アナスタシア】「はい」
語尾にハートが見える気がする程、上機嫌で部屋を後にした二人だった。
〇少し薄暗い書斎の様な部屋
そこは天井が高く、上を見上げても天井は闇に覆われて確認出来ない。
部屋の形は多角形をしており、一面一面にびっしりとプレートが詰まった本棚らしき物が収まっている。
置かれている家具の装飾は細かい所迄作り込まれた芸術品のようだ。
一番奥まった面だけは、大きなステングラスがはめ込まれており、複雑な文様と絵。
描かれているのは、7人の英雄が上の光に向かいそれぞれの武器を掲げている物。
その前に大きな机が置かれており、様々な道具やプレートが積み重なっていた。
大きく豪華なで荘厳な椅子に深く座り、置かれているプレートの一つに手を置き物思いに耽っている人影があった。
扉を叩く音に、ゆっくりと目を開ける。
【椅子に座った男】「どうぞ」
観音開きの扉がゆっくりと開き、薄暗い部屋に光が差し込む。
長く伸びた人影の主が眼鏡の位置を直しながら部屋に入ってきた。
【眼鏡の男】「失礼します、主席枢機卿様」
【主席枢機卿】「何用かね?」
【眼鏡の男】「例の港町で大規模な襲撃がありました」
【主席枢機卿】「ふむ・・・」
背もたれに身を預け、物思いにふける。
【主席枢機卿】「被害は?」
【眼鏡の男】「住民にはかなり被害が出ています
街は完全に壊滅・・・再興は難しいと思われます」
【主席枢機卿】「そうですか・・・とても残念ですね」
【眼鏡の男】「ただ・・・」
【主席枢機卿】「何かね」
【眼鏡の男】「例の船が動き出したようです
それにより、街より脱出いています」
【主席枢機卿】「ふむ、そうですか」
【眼鏡の男】「それと・・・予言者が召喚を行っております」
主席枢機卿の目に強い光が宿り、次の言葉を待つ。
意を汲むと眼鏡の位置を直し、ゆっくりと報告を始める。
【眼鏡の男】「何者かが召喚されたのは間違いありません・・・」
【主席枢機卿】「まだ何かありそうですね」
【眼鏡の男】「襲撃には巨人遺骸が確認されていますが・・・何かにより倒されています」
【主席枢機卿】「・・・なるほど、それは凄いですね
詳しい情報はありますか?」
【眼鏡の男】「いいえ、かなりの魔力が混じった霧が発生して、確認が曖昧だったようです」
【主席枢機卿】「そうですか・・・ですが、召喚者が何らかの関りがあるのは間違いなさそうですね」
【眼鏡の男】「状況を見ると、そう考えるのが妥当かと」
【主席枢機卿】「分かりました
下がってよいですよ」
眼鏡の男は無言で一礼する。
【主席枢機卿】「ああ、そうだ
教皇には伝える必要はありませんよ
余計な手間はかけませんように」
もう一度頭を下げると、ゆっくりと扉が閉まり静寂が戻る。
【主席枢機卿】「・・・ふむ、これで7人目ですか
どなたが真の救世主なのでしょうか」
ゆっくりと瞳を閉じる。
ただ、口元には薄く笑みが浮かんでいた。
【主席枢機卿】「おりますか?」
【???】「ここに」
音も気配も無く、人影が主席枢機卿の背後に立っていた。
声から若い女性であると分かる。
【主席枢機卿】「分かっておりますね?」
【???】「お任せください」
現れた時同様に姿を消した。
【主席枢機卿】「これで、出揃いましたね
さて、誰が本物でしょうか?
それとも・・・」
ゆっくりと瞳を閉じ、深い深い思慮の瞑想に落ちていく。
口元には薄く笑みが浮かんでいた。
〇エデスパ統治府執政室
無駄に溢れた部屋。
誰が見ても最初にその感想が出てくる程、下品な装飾や絵画が所狭しと飾られていた。
豪華絢爛にごてごてと装飾された机の先に小柄だが、非常に太り脂ぎった男が不機嫌そうに指先で机を叩いていた。
禿げ上がった頭頂部にはぷつぷつと球の汗が浮かび、くっついては流れ落ちる。
目の前に開いたモニターには、鉄面皮のエメルダが映っていた。
【エメルダ】「っという事で、そちらでの補給と保護をお願いしたい
デースパ知事」
【デースパ】「しかしだねぇ、話によるとお前達は遺骸に追われていて、その上天使にまで目を付けられているらしいじゃないか」
【エメルダ】「おや、情報が早いですね
やっと通信が復旧したばかりなのに」
【デースパ】「そんな事はどうでもいい‼
厄介事を私の領地に持ち込むなと言っておるのだ!」
【エメルダ】「たかが一介の雇われ知事の分際で、軍の作戦行動を邪魔するつもり?」
デースパは苦虫を噛み潰した表情でエメルダを睨みつける。
【エメルダ】「おやおや、そんな怖い顔で睨みつけないでくれないか?
びびってしまって漏らしそうだ」
【デースパ】「おのれぇ、前の事といい・・・どこまで私を侮辱するつもりだ!」
【エメルダ】「別にそんなつもりはない
ただ、補給と避難民の保護をエデスパで行ってもらう
それだけだ」
【デースパ】「うぬぐぐ・・・だ・・・だが、危険が無いと確認されるまで街へ入れる事は出来ないからな!
先のエデスパ東南城塞砦でチェックを受けてもらうからな」
【エメルダ】「はいはい」
【デースパ】「このぉ・・・」
エメルダの欠伸をしながら答える態度に光る禿げ頭。
シュールな会見が終わった。
【デースパ】「あのくそあまぁ!
たかが軍人の癖に支配者である私ぃ私んぃぃぃ!」
その時、扉を開けて一人のメイドが部屋に入ってきた。
だが、デースパの荒れた様子に手にしていた紅茶と菓子を落とした。
血走ったデースパの目がメイドに向けられ、ゲスな笑みを浮かべるとメイドを一気に引き寄せた。
目に見えない力でデースパの腕に捉えられたメイドの衣服に手をかけると一気に引き裂く。
メイドの悲鳴を閉じる扉が無情に消していく。
〇スレイプニル司令官室
【エメルダ】「相変わらず胸糞の悪い顔だ」
椅子に身を預け、天を仰ぐ。
ここ数日、色々な事があった。
だが、それは序章に過ぎないというのは分かっている。
今まで死線を何度も潜り抜けた経験が最大級の危険が迫っている事を告げている。
今までは生き残れた・・・だが、はっきり言えば運が良かっただけだ。
戦略も戦術も無い・・・ただ、強敵が意味不明な力で倒されるか撤退しただけだ。
次があるとは・・・限らない。
【エメルダ】「何はともあれ、避難民と下船を望む生徒は街へと保護して貰わんとな」
いつも思う。
司令官なんて私には不釣り合いだ。
魔界との小競り合いは続いているものの、大きな戦闘が収まると居場所が無くなった。
上げた戦果によって、こんな役職を押し付けられた。
生活に必要な金を得る為に渋々引き受けたものの。
【エメルダ】「・・・柄じゃ・・・ないよなぁ」
街でのぎりぎりの戦闘は、昔の血が騒いだ。
それでいてあの巨人、そして天使・・・。
血がざわつく。
ふつふつと身体の底から湧き上がる衝動が昔の自分へと引き戻していく。
あの戦いの高揚を思い出すだけで、にやけた笑みが浮かんでくる。
そして、達人。
分かる・・・あの秘めたる力・・・強さ。
目一杯戦ってみたい衝動が沸きあがるのを抑えるのに必死だ。
【エメルダ】「誰か代わりにやってくれないもんかねぇ~司令官」
ノックの音がして、かったるそうに扉に顔を向ける。
【エメルダ】「ど~ぞ~」
【ヨルダ】「何ですか、そのやる気のない態度は」
入ってそうそうだらけ切っているエメルダの姿を見て眉をひそめる。
【エメルダ】「だってさ~柄じゃないんだよ、司令なんてさ~」
【ヨルダ】「柄があろうとなかろうと、役職には責任が伴うのですから、もう少ししっかりして下さい」
【エメルダ】「だったらお前がやってくれよ
頭も回るし、よっぽど司令向きだ」
【ヨルダ】「お断りですね
研究したい事があり過ぎて困ってるんですから、余計な事はしたくありません」
【エメルダ】「みろ、お前も余計な仕事だと思ってるんじゃないか」
【ヨルダ】「思ってますよ、任命されたのが自分じゃなくてよかったと」
【エメルダ】「ぐぬぬ」
【ヨルダ】「まぁ冗談はさておき、ここまで派手にやりましたからね
各国各部が動き出しますよ」
【エメルダ】「分かってるよ
だから、やりたくないのさ」
【ヨルダ】「・・・軍部もエメルダ司令の事はよくわかっている筈
もしかしたら、経験のある司令を送って来る可能性は高いと思いますよ」
【エメルダ】「すぐ辞めたい」
【ヨルダ】「無理だから、我慢しろ」
【エメルダ】「くそ、で、用事はなんだよ?」
手にしていたプレートをエメルダの前に置く。
【ヨルダ】「これの提案に承認を頂きたく」
エメルダはプレートに触れ、内容を確認する。
【エメルダ】「巨人運用における特殊部隊の設立案か」
【ヨルダ】「今、僕達の状況は非常に微妙な所にあります
軍が秘密裏に開発をしていたこの船「スレイプニル」の無断運用
他の国や勢力が放っておける筈もない規格外の戦力「巨人」
はっきり言ってしまえば、これだけで街の一つや二つ簡単に殲滅出来ます」
【エメルダ】「・・・」
【ヨルダ】「それ故、自衛と自営の為の戦力運用は必須
特に巨人の解明は急務と言っていい」
【エメルダ】「達人達の存在の件か・・・」
【ヨルダ】「そう、達人達の存在無くして巨人は語れない
だが、簡単に明かす事も出来ない事実でもある
だから、ユニット運用、管理、操縦者達の秘匿隠蔽に関してのプランを考えてみました」
【エメルダ】「ああ、急ごしらえだが、良く出来ているとおもう・・・
思うが・・・」
【ヨルダ】「分かっていますよ
聖教ですよね・・・あそこは得体が知れないですからね
こちらの予想を上回る事は確定でしょう」
【エメルダ】「・・・先の事を考えていても埒があかんな
いいだろう、やってみろ
その代わり、リーダーはお前が務めろよ」
【ヨルダ】「ちょ・・・ちょっとなんで」
【エメルダ】「ちょっとは責任の重さを味わえ」
ニヤリと笑うエメルダの表情に侮蔑の視線を送るのであった。
【ヨルダ】「・・・まぁ分かりましたよ、発案は僕だ
甘んじて請けましょう
それが姉への手向けになると思うから」
【エメルダ】「・・・そうだな」
少しの沈黙の後。
【エメルダ】「そうだな、折角設立するんだ
部隊名を決めよう」
【ヨルダ】「呼称は大事ですからね」
エメルダは暫く腕を組んで考え込み、大きく目を見開く。
【エメルダ】「ディーサイド」
【ヨルダ】「え?」
【エメルダ】「ディーサイド部隊・・・通称ディー部隊でいこう」
【ヨルダ】「ディーサイド・・・分かりました
それで決まりですね」
力強い笑みを浮かべ、大きく一つ頷いた時、モニターが開いた。
【オペレーター】「司令、城塞砦の付近に到着しました
誘導指示に従い停留ポイントへアンカーを落とします」
【エメルダ】「ああ、分かった」
モニターが消え、椅子の背にかけてあった司令官のコートを手に掴むと大きく振りながら袖を通す。
【エメルダ】「さてと、仕事するか」
【ヨルダ】「こちらの準備は任せておいて下さい
後、アナスタシアを連れて行くといい
交渉事は得意だから」
【エメルダ】「そうする事にしよう」
〇巨人の格納庫
ほぼ元の姿に戻った巨人の前に、リーデル、タリア、達人、清が集められていた。
達人は熟睡している所を叩き起こされ、清はプレートを読み漁って夢中になっている最中に連れてこられたので不機嫌顔だ。
リーデルはやっと反省房から出られて上機嫌だが、横でタリアが心労でやつれているように見えた。
一同の前にはヨルダが立ち、一同を見渡している。
【ヨルダ】「本日今を持って皆とアナスタシア加え特別遊撃部隊「ディーサイド」として任命する」
その言葉に清が目を丸くして達人の頭の上で叫ぶ。
【清】「ちょ・・・ちょっと待って!
部隊への参加なんて聞いてない!」
【ヨルダ】「では、どうしますか?
このままこの世界で二人やっていきますか?」
【清】「それは・・・」
【ヨルダ】「すいません、脅すつもりは無いのです
ですが、そうまでしてもあなた達を手放す事は出来ないという事です」
【清】「なら、やり方というものが・・・」
【達人】「いいぜ」
清の言葉を遮って、達人が答えた。
清は達人の顔を覗き込む。
【清】「お兄ちゃん!」
【達人】「どのみち、どっかに居なければ生きてはいけねぇだろ
だったら、こうして縁が出来た奴等でいいじゃねぇか」
【清】「でも・・・」
【達人】「その代わり、清は安全な所に居させてくれ
危険な事は全部俺がやる」
カブっと清は達人の鼻を噛んだ。
【達人】「ぬぐぁ!な・・・何しやがる!」
ぴょんとヨルダの頭に飛び乗ると、涙目で睨みつけた。
【清】「嫌よ!お兄ちゃんだけ危ない目にあって、私だけがのうのうとしてるなんて絶対嫌!」
【達人】「・・・さっきの戦いで分かった
ここで生きていくってのは半端じゃねぇ
多分、綺麗事だけでは済まないだろう・・・
俺は兄貴として、お前を綺麗なまま帰してやるのが責任ってもんだ」
【清】「分かってるよ・・・もう分かってるんだ
この世界は、私達の世界と大きく違う
だから、私達は決断しなくちゃいけないって」
【ヨルダ】「・・・大きく違うというのは?」
清は皆を見渡した後、ゆっくりと口を開いた。
【清】「エネルギー問題よ」
【リーデル】「何よ?エネルギーって?」
【清】「エネルギーとは、物体を動かす力の事よ
100㎏の物を動かすには100㎏の力が必要になる
私達の世界では、化石燃料等で補っていた・・・
けど、この世界には魔法がある
誰もが何処でも何時でも好きなエネルギーを使う事が出来る」
【リーデル】「当たり前じゃない
普通でしょ、そんなの」
タリアもリーデルの言葉に頷く。
【清】「私に言わせれば、それが異常なのよ
エネルギー保存の法則から外れている」
【ヨルダ】「その法則は、さっきの」
【清】「そう
私達の居た場所は、全てエネルギーをどう活用するかという世界
食料も燃料も、それらから生まれるエネルギーも奪い合うの」
【達人】「奪い合うって程じゃ・・・」
【清】「それは、視点の問題よ
人が集団で生活するのだって、エネルギー効率の問題だし、それが発展して村や町、そして国になるの
そして、国と国がエネルギーを奪い合う場合・・・何が起こる?」
【達人】「・・・」
暫く考えていた達人が閃き、自信満々に答えた。
【達人】「オリンピック!」
【清】「もうお前は黙ってろ!」
達人の顔面をマスの目状に切り裂いた爪に息を吹きかける。
声なき悲鳴を上げて達人は転げまわる。
【ヨルダ】「なるほど・・・戦争ですね」
【清】「そゆこと
でも、それは生き物にとっては当たり前の事
生きる為に必要なエネルギーを獲得するのは絶対だから」
【ヨルダ】「なるほど、清さんが危惧していた部分が分かってきました
この世界は奪い合うエネルギーが無いにも関わらず、争っている
視点の転換というのは大事ですね・・・そう考えると確かにこの世界は危うい」
【リーデル】「なんでよ
強い者が弱い者を従わせるのは当たり前でしょ」
【ヨルダ】「ええ、それが普通でした
ですが、清さんの意見を聞いて考え方が変わりました
弱い者を守り生活させる為に必要な物は本来エネルギーである筈」
【リーデル】「なんでよ?
魔法があるんだから、勝手にやればいいじゃない」
【ヨルダ】「そう勝手が出来るなら、支配も統治もいらない」
【リーデル】「!」
【清】「私達の世界の常識を持ち込むというのはおかしい事
だけど、エネルギーに関しては同じ
火、雷、氷等全ては元素や気候の変化によるエネルギーだから、法則は存在している」
【ヨルダ】「しかしですよ、清さん
魔族や魔物、それに強力な外敵がいる以上、エネルギーとは別に人々は集団になる意味があります」
【清】「そうね
私達の世界では、人間以外エネルギーを道具として使う生き物は存在しません
人を殺す事が出来る生物はいますが、人間の敵ではありませんでした
ですが、この魔法が使えるエネルギーが充満している世界では、外敵の脅威は私達の比ではないでしょう」
清は顔面を抑えて悶絶している達人をちらっと見る。
【清】「お兄ちゃんは理屈は分からなくても勘がいいから・・・
きっと条件を飲まなければダメだという事を察したのでしょう」
【ヨルダ】「・・・良いお兄さんなんだね」
そういったヨルダの目は淋しげで、辛そうであった。
清はヨルダの頭から降りると、すっと頭を下げた。
【清】「今回の件、ああは言いましたけど請けたいと思います
私達が生き残る為、帰る為には協力者は絶対に必要です」
【ヨルダ】「正直だね
でも、僕達にしても君達の力は必要だ
惜しみない協力は約束するよ」
【リーデル】「わ・・・私も協力してあげなくもないわ」
ちょっと涙目でいうリーデルを意地の悪い笑みを浮かべたタリアが。
【タリア】「またまたぁ~二人の兄妹愛に感動したって
どうして素直に言えないのかなぁ?」
【リーデル】「あんた!ちょっと黙りなさい!」
顔を真っ赤にして殴りかかろうとするのをひらりひらりと交わしながら逃げ回る。
その様子を見ていた清を、達人がひょいと持ち上げる。
【達人】「覚悟は決まったか?」
【清】「さぁ・・・まだよく分からない
けど、今はこの選択が最善だと信じたい」
【達人】「ああ、生きて帰るぞ
きっとそこには、お前の身体もある筈だ」
【清】「うん
お兄ちゃんのもね」
【達人】「・・・そういや、この身体俺のじゃないんだった!」
達人の頭の上で呆れて言葉を失う清を見て、ヨルダは少しだけ微笑んだ。
その姿を見て、言葉をかける事が出来なかったライトも少しだけ微笑む事が出来た。
【ヨルダ】「チームリーダーは僕だけど
ライト、君がこのチームのカギだ」
【ライト】「僕が・・・」
【ヨルダ】「姉は自分の予言を信じていた
僕は・・・信じる事は出来なかった・・・
だから、今は姉の意思を継いで君を応援していこうと決めた
君が活躍すれば、姉の死は無駄ではなかったと思えるんだ」
お互い見つめ合い、それぞれのヨアンに想いを馳せた。
【ライト】「僕は・・・ヨアンの気持ちを裏切りたく無い
だから、辛くても苦しくても、やり遂げてみせるよ
まだ何をすればいいのか分からないけど、きっとこの旅で見つかる筈」
【ヨルダ】「ああ、そうだね」
背後に立つ巨人を見上げる。
【ヨルダ】「この状態の巨人を「クルサリーダ」と名付ける」
【ライト】「クルサリーダ・・・」
タリアを追いかけていたリーデルがピタリと足を止める。
【リーデル】「ちょっと何勝手に名前つけてるのよ!
それは私のよ
私が決める権利があるわ」
【ヨルダ】「残念だが、ライト君もクルサリーダも軍の管轄にある
君の国の軍でも無いから、権利の主張は無駄だ」
【リーデル】「何言ってるの!
資金を出しているのも私じゃない」
【ヨルダ】「君ではない
君の家だし、全額という訳でもない」
【リーデル】「この・・・いちいち・・・うるさいのよ」
両手に炎が現れたが、すぐさま消えてしまった。
【ヨルダ】「僕は攻撃力のある魔法は得意じゃないけど、妨害系の魔法は得意だよ
ここで暴れられても困るしね」
【ライト】「リーデル様、おやめください」
【リーデル】「うっさいのよ、このグズ!」
ライトをなじるリーデルに冷たい視線を投げると、ライトに向き直る。
【ヨルダ】「ライト君・・・いや、これからはライトと呼ぶよ
君はもうリーデルの主従では無い
もう従う必要はないんだ」
ライトはちょっと俯いて、ゆっくりと話す。
【ライト】「た・・・確かに立場的にはそうなのかもしれません・・・
でも、両親を亡くし、途方に暮れていた僕を助けてくれたのは、間違いなくリーデル様や親方様です
その恩を、立場とか権利でどうこうするつもりはないんです」
【リーデル】「よーく分かってるじゃない
そうよ、あなたを助けたのはこの私、私なの
わかった?ヨルダ」
じろりとリーデルを一瞥した後、大きなため息をついた。
【ヨルダ】「ああ、よく分かったよ
ライトがドがつく程のお人好しって事と、君がどうしようもないお嬢様だって事がね」
【リーデル】「本当に一回、立場を分からせないといけないみたいね」
【ヨルダ】「分かってないのは君だよ」
一触即発の空気に、達人が欠伸をしながら間に割って入る。
【達人】「そこまでにしておけって
何も仲間同士で戦わなくても、敵は一杯いるんだろ」
【清】「ほんっと、こんな所は違う世界でも同じなのねぇ」
リーデルとヨルダは一瞥しあって、フンっと同時に背を向けた。
【達人】「チームなんじゃないのかよ」
【ライト】「す・・・すごいです
あの雰囲気の中に割って入って場を収めるなんて」
【達人】「そうか?
まぁ子供の喧嘩だしなぁ」
【リーデル】「なんですって?」
達人の言葉に、リーデルが振り返る。
【リーデル】「子供の喧嘩とは聞き捨てならないわね」
【達人】「だってそうだろ?
弱い者同士で言い合ってるんだから」
達人の言葉に切れていくリーデルの様子を、一同は微妙な表情で見つめていた。
【リーデル】「何?何なの?
あんたが私より強いって?」
【達人】「当然だろ」
また大きく欠伸しながら答えると、リーデルは逆に冷静になったように見えた。
【リーデル】「あ・・・っそ、なら、その強さを見せてもらえるかしら?」
【達人】「お前が手も足も出なかった天使とやり合って見せただろうが」
【リーデル】「あれは向こうが勝手にどっか行っただけでしょ
運が良かっただけ」
【達人】「全く、ならどうしろってんだよ」
【リーデル】「この先に広い実戦用トレーニングルームがあるわ
この私と手合わせしなさい」
【達人】「・・・やだね」
【リーデル】「ええ、ええ、自信があるならやだねっていうでしょよう・・・よ
ってやだってどういう事よ!」
【達人】「お前と戦っても面白くないんだよな
あの司令官なら話は別だけどよ」
【リーデル】「何なのよ!あんた一体!
ここまで言っといて、ちゃんと証明しなさいよ!」
【清】「あんまりヒス起こすと、身体に悪いわよ
ホルモンバランス崩しちゃう」
【リーデル】「黙れ、くそ猫!
殺して毛皮にするわよ!」
その言葉が発せられた瞬間、全身に鳥肌が立つほどのプレッシャーが一同を襲った。
【達人】「・・・いいぜ、分からせてやるよ」
【清】「お兄ちゃん!いいから、私はいいから!」
【達人】「いや、最初からちっと気になってはいたんだがよ
いい加減、現実ってやつをお嬢様には分からせてやらないとな」
【リーデル】「ふ・・・ふん、こっちよ
来なさい」
【ライト】「達人・・・あの・・・」
ライトを見てニッと笑う。
【達人】「分かってんよ
ち~っと思い上がったお嬢様に分からせてやるだけさ」
【タリア】「あは、それはちょっと助かっちゃうかも」
〇実践トレーニングルーム
広い場所だった。
円形の壁に囲まれたコロシアムの様な形状で、壁の至る所に魔方陣が描かれている。
恐らく、壁の外で見学する者達に危害が加わらないよう防御する何かを備えているのだろう。
中央にはリーデルと達人が向かい合い立っていた。
【リーデル】「ここでは本気でやり合っても致命傷にはならないわ
だから、思いっきり叩きのめしてあげる」
【達人】「あんまでかい事を言うと、後で困るのは自分だぜ」
【リーデル】「前の借りもあるからね
存分に躾けてあげるわ」
視線だけで人を殺せそうな位、達人を睨むと腰に携えた剣を抜く。
だが、達人に特に動じた様子はない。
【達人】「魔法が使えるのに、武器も使うんだな」
【リーデル】「戦い方に合わせて魔法戦は千差万別
当然、武器と合わせた戦闘法が我が家の流儀よ」
【達人】「そうか、ま、どうでもいいわ」
頭をぼりぼりと搔きながら、退屈そうに周りを観察する姿に、リーデルの表情がみるみる歪んでいく。
【リーデル】「ぶっ殺してやる」
【達人】「ただの練習試合だろ
そう躍起になりなさんな」
リーデルは無言のまま、剣の一撃を達人の頭頂部に叩き落とす。
始まりの合図も無いままの容赦ない一撃。
見守る誰もが思わず惨劇を想像し、目を閉じてしまう。
清以外は。
【リーデル】「・・・この」
リーデルの剣は、地面に突き刺さっていた。
達人は特に動いた様子も無いが、剣は横へとそれて地面に刺さったのだ。
【達人】「魔法使えるんだろ?
だったら、何でも使った全力でやってくれよ・・・じゃねぇと・・・」
リーデルの背筋に冷たいモノが走り抜ける。
達人はただ、上から見ているだけだ・・・だが、その視線に腹の底からこみ上げる感情が全身を支配する。
【達人】「練習にならねぇじゃなぇか」
清は分かっていた。
前の戦いで敗れた事に、一番深く傷ついていたのは達人であるという事を。
祖母からの教えで実践とは卑怯は無く、不意も無く、ただ勝者と敗者があるだけだと徹底的に叩き込まれてきた。
10歳になる頃には、達人は3m先から放たれる矢を躱すようになっていた。
【達人】「魔法を知らないからよ・・・無様晒しちまった・・・
ああ・・・負けるってのが・・・ああも惨めで悔しいってのを知ったわ」
【リーデル】「なんの話よ」
【達人】「だからよ・・・次は負けねぇ
だが、今の俺じゃ無理だから・・・折角だし魔法戦ってのを見せてくれよ」
【リーデル】「言われなくても、見せてやるわよ!」
リーデルの全身から炎が噴き出る。
握った剣からも炎が噴き出し、触れた物をただではおかないプレッシャーが撒き散らされた。
空いた腕を達人に向けると、炎の龍が空気を歪ませながら襲い掛かる。
だが、命中する寸前にゆらりと達人は動いた。
それだけで、炎の龍は地面に激突し、地を削りながら舞台の壁に激突し激しく爆発した。
【達人】「ふん・・・まぁ避けてばっかでも理解出来ねぇな
もういっちょ来い」
【リーデル】「バカにするなぁぁぁぁ!」
炎を纏った剣が達人の胸辺りを横になぐ。
次の瞬間、一同は息を呑む事となった。
片手で、しかも素手で振られた剣を掴んだのだ。
掴んだ場所から、激しい炎が噴き出し魔力障壁が無ければ腕が消し炭になる筈。
しかし、その炎を受けながらも達人は平然としていた。
【達人】「前にやられた時感じてたが・・・耐久力が半端じゃないな
熱いとも感じねぇ・・・ただ、感覚がどうも鈍いな」
【リーデル】「こ・・・この・・・どうなってんのよ」
必死に剣を動かそうと藻掻くが、ピクリと動かない。
達人は自分の身体を観察しているようだ。
【リーデル】「あんた!本気でやる気があるの!」
【達人】「ん?」
パッと手を開くと、そのままの勢いでリーデルは転倒した。
本来、火傷していてもおかしくない自分の手の平を握ったり開いたりして確認する。
【達人】「無傷・・・ね」
ライトの頭の上で観戦している清が、ヨルダに首を向ける。
【清】「どういう事かわかる?」
【ヨルダ】「ん・・・確実という訳では無いが、君達がここに来た時の話を参考にした仮説はあるよ」
【清】「聞かせて
私も魔法をもっと知らないとだめだし」
【ヨルダ】「・・・今の君達の身体は、巨人クルサリーダと同じ金属マテリアルで出来ている
つまり、どんなに生物の姿をしていても、金属だという事だ」
清は自分の身体をまじまじと見つめ、頬をぽんぽんと押してみる。
【清】「感触は有機体だった時そのもの・・・要するに脳がそう受け止めているという事か
でも、金属が動く・・・水銀みたいな流体金属なのかな?」
【ヨルダ】「君の持つ、そちらの知識も僕は非常に興味がある
今度じっくり話し合わないか?」
【清】「それはこちらとしても願ってもない事だわ
でも、今は目の前の事」
【ヨルダ】「ああ、そうだね
リーデルの炎は学園でも上位に位置する熱量を誇る
普通なら金属マテリアルの身体だとしても、溶ける筈だ」
【清】「けど・・・無傷」
【ヨルダ】「ああ・・・無傷というのは僕も予想していなかったけど・・・
おそらく、ライト君の桁外れなオドが充満している為に、その密度を越えられなかったのだろう」
【清】「・・・魔法と言っても物理法則からは逃れられないという事か・・・」
【ライト】「あ!達人が動きますよ!」
ライトの言葉に一同の視線は二人へと戻った。
【達人】「あんま女殴るのは好きじゃねぇんだが・・・
真っ向から立ち向かって来る相手に手を抜くのは礼儀に反するんでね」
10mは距離があった。
だが、次の瞬間達人はリーデルの眼前に立っていた。
まるで瞬間移動のように。
【ライト】「な・・・なんですか?
魔法が使えるんですか?」
【清】「使える訳ないじゃない」
【ライト】「でも、一瞬にしてリーデル様の前に・・・」
【清】「ああ、それは魔法でも何でもない
技術よ」
【ライト】「技術?」
【清】「お兄ちゃんから見れば、リーデルの動きなんて「これからここをこう攻めますよ」って宣言して動いているようなもの」
【ライト】「ど・・・どういう事です?」
【清】「人は動く時に多くの予備動作を行うの
剣を振る時に振りかぶったり、命中させようとする場所を見たり」
【ライト】「そんなの・・・当たり前じゃないですか」
【清】「そう、当たり前よ
大体の生物は、それを見て行動を選択する
ライトだってリーデルに殴られる時、腕とかで防御するでしょ」
【ライト】「それは・・・痛いし・・・」
【清】「それはリーデルの予備動作を見て、行動を予測し、反応行動を選択しているの
でも、私達の世界では、それを極力無くして行動する技術がある」
【ヨルダ】「そんな技術は聞いた事が無い・・・」
【清】「それは、魔法のせいね
あまりに万能過ぎる力の為に、その強化だけに注力した結果、こういった戦闘技術が発展しなかったんだわ」
【ライト】「そんな・・・技術が・・・」
【ヨルダ】「だが、それはおかしな事では無い
その技術より、魔法強化するやり方の方が有用だったからだ」
【清】「そうね・・・でも、それはお兄ちゃんの次元での話では無いでしょ」
【ヨルダ】「そこまでなのか?」
【清】「前の戦いで何かを掴んだんだと思う
だから、挑発を受けて魔法戦を体験しようとしたんだわ」
【ヨルダ】「そこまで・・・考えていたのか」
【清】「ううん、考えない」
ライトとヨルダは愕然とした表情で清を見た。
【清】「お兄ちゃんは頭で考えるようなタイプじゃないから
おそらく感覚でやってるの
ただ、恐ろしいのが」
【ヨルダ】「恐ろしいのが?」
【清】「私達の様なタイプが必死に考え抜いて出す答えを勘でやってしまう事なの」
この言葉に驚愕したのはヨルダとヨルダの作業スタッフ達だけであった。
【ライト】「な・・・何を驚いているの?」
【ヨルダ】「ライト君・・・君は今の言葉の恐ろしさが分からないのか?」
【ライト】「ちょ・・・ちょっとよく分からない・・・です・・・」
【清】「私達が必死に正解を導き出すために、計算に計算を重ねて出した正解を、勘で言い当ててしまうという事よ」
その言葉に、ライトと理解出来た一同も驚愕の表情に変わる。
【タリア】「んじゃ何か?
今の一連の戦闘も、そうできるからって思ったから出来たって事?」
【清】「そうよ
確信なんて持ってない、多分出来るだろって感じでやってるの」
【タリア】「・・・なんかある意味、遺骸より化け物じゃねぇのか?
あいつ」
【ヨルダ】「天使が興味を引くわけだ・・・」
リーデルの前に立った達人がぼそりと呟く。
【達人】「鳩尾辺りを蹴るから防御しな」
【リーデル】「な・・・」
リーデルが言葉を発しようとした時には、達人の蹴りが鳩尾に炸裂していた。
3重に張り巡らされた物理防御の魔方陣が薄いガラスのように粉砕され、生身の身体へとめり込んだ。
リーデルの身体が後方へと吹き飛び、地面を転がり土煙を上げながら横たわる。
白目を剥き、口からは大量の涎を吐き出し、舌を突き出しながら痙攣していた。
【清】「ちょっと!お兄ちゃん!
やり過ぎ!」
清の一喝に、びくっと身を竦める。
【達人】「いや、だってよ
魔法使えるんだろ?なんかこう、ぱーって避けたり守ったりするじゃねぇの?」
【清】「魔法って言っても、私達の知るような万能って訳でもないみたい
とはいえ、痙攣しちゃってるじゃない!さっさと医療室に運びなさい!」
【達人】「え・・・いや、医療って・・・どこよ?」
【ヨルダ】「どうやら、その必要はなさそうだよ」
【清】「え?」
いつの間にかヨークを携えたエメルダがリーデルの傍らに立っていた。
ヨークは無造作にリーデルを転がして仰向けにすると、様子を見る。
【ヨーク】「うん、大丈夫・・・
防御機能が働いてて・・・怪我もないよ
衝撃で気を失っただけ」
【エメルダ】「全く・・・何をやっているんだか」
エメルダを見て、達人の顔に笑みがこびりつく。
【達人】「なぁ、司令官さんよ
いっちょ、俺と稽古つけてくれねぇか?」
その言葉に一同が再び愕然とする。
エメルダは前大戦の立役者で英雄と呼ばれる一人。
誰しもが実力は聞き及んでいる。
リーデルすら、エメルダに試合を申し込んだ事は無い。
それを、どこの誰とも知れぬポッとでの男が、挑戦をしているのだ。
エメルダはじっと達人を見てキセルを取り出すと、深く吸い込み煙を吐き出す。
【エメルダ】「いやだね」
【達人】「つれねぇ事言うなよ
後ちょっとで、何か掴めそうなんだよ
ただ、強く無いと意味ねぇんだわ」
【エメルダ】「はぁ猛獣の様な男だな
嫌いでは無いが、今はその時では無い」
【達人】「なら、何時だっていうんだよ」
【エメルダ】「時が来たら、いずれ必然とそうなる」
二人の視線が交錯する。
今にも殴り掛かりそうな達人の拳がだらりと下がった。
【達人】「そっか、ならしょうがねぇや
その時を楽しみにしてるよ」
頭をぼりぼりと掻きながら一同の前に戻ると、何故かタリアに一番賞賛された。
【タリア】「あんた、すげぇな!
まじスカっとしたよ、あんがと!」
【達人】「へ、どうも」
【エメルダ】「さてと・・・ちょっとお話しましょうか?
皆さん・・・」
達人の背後で禍々しい雰囲気を纏い、鋭く光る眼光で一同を見る。
【エメルダ】「こんだけ勝手な事して・・・分かってるよね?」
【達人】「いや、その・・・ちょっと待て
俺はそういうのじゃなくて・・・あっちがだな」
【エメルダ】「男のくせに言い訳がましいねぇ」
【達人】「う・・・」
一同の頭を均等に殴り、拳骨に息を吹きかける。
【エメルダ】「元気があるのはいいけど、時と場合を考えろ」
清が頭を摩りながら顔を上げる。
【清】「そ・・・そういえば、交渉はどうなったんです?」
【エメルダ】「ああ、とりあえず街から少し離れた城塞砦で様子見だ
難民等の受け入れとかは、今アナスタシアが交渉している」
【清】「遺骸の追撃と天使の注目・・・
私なら街へ入れません」
【エメルダ】「まぁな、しかも街の領主がこれまた性格がねじ曲がった奴でな
それでも、受け入れないは出来ないだろうな」
【ヨルダ】「ですね
リーデル様もいますし、この艦はユニオン軍の物ですからね
受け入れを断れば、どうなるか・・・」
【エメルダ】「だが、確かにこのまま街へ行くのはな
だから、暫くここで停留だ」
【達人】「ふ~ん、なら外見て回っていいか?
こっちの世界見てみたいしよ」
エメルダとヨルダは顔を見合わせた後。
【二人】「ダメに決まってるだろ!」
二人の迫力にたじたじになり、小さくなってしまった。
そんな達人にライトが声をかけた。
【ライト】「ね・・・ねぇ達人」
【達人】「ん?」
【ライト】「ぼ・・・僕に戦い方を教えて下さい」
【達人】「ん~・・・教えるかぁ」
【ライト】「ダメですか?」
【達人】「いや、俺が人に教える程何かを収めているとは思えなくてなぁ・・・」
【清】「いいじゃん
教えてあげなよ」
【ライト】「清さん」
【清】「魔法世界で魔法が使えないライトには、必要な技術だと思うし」
【達人】「あ~言われりゃそうか
よし、俺に出来る範囲で教えてやる」
パァっとライトの表情が明るくなる。
【達人】「だけど、教えるからにはビシビシいくからな
根性見せろよ!」
【ライト】「うん!」
清は達人の頭に飛び乗ると、エメルダに向けてちょいちょいと手を振る。
【清】「さっき、ユニオン軍とか言ってたけど、それって国が持つ軍隊じゃないの?」
【エメルダ】「ああ、それか
そうだな、簡単に説明しておくか」
エメルダは少し考えた後、話始めた。
まず、イシュールメリアルスという世界は大きく分けて7つの国があり、それぞれが独自の軍を持っている。
現在いる国は炎の国ポイニクスで、最初の港町はこの戦艦スレイプニルを作る為に国の端に作られた名も無い街なのだと。
中央に聖教の自治国があり、その周りを7国が取り囲んでいて、中央自治区に近い場所に首都がありマナ濃度も潤沢で発展している。
ただ、世界の脅威である「遺骸」の存在があり、どの国においても敵。
その為、国の柵を越えて作られた軍が「ユニオン」。
7つの国どこでも簡単な申請で入国出来、そこでの作戦行動は一切の関与を受けず、資料や情報の提供の協力を要請する事が出来る。
各国から選ばれた精鋭で構成されていて、他にも10の部隊が存在する。
その代わり、危険度が高く非常に困難な作戦を優先的に行う義務が生じる。
【清】「ふ~ん」
顎下に手を当てて、暫く考え込む。
【清】「7つの国っていうのが、この世界の全てと考えていいの?」
【エメルダ】「いや、聖教の教えの影響を受けない小さい国があり、そこにはユニオンの特許は効かない
後、この世界の裏にある「魔界」にも効かない」
【清】「魔界?」
【エメルダ】「この大地には所々にダンジョンと呼ばれる通路があり、そこを伝って通り抜けた先にある世界だ
魔物や魔獣、亜人種が闊歩している力こそ全ての世界」
【清】「・・・ほんとマンガみたい」
【ヨルダ】「普通に生活していれば行く事は無い場所だ
こちらに比べマナの激流、異常な気象、荒廃した大地と普通の人間では生き残れない世界だよ」
【清】「こっちに来る事はないの?」
ヨルダとエメルダは少し言葉に詰まる。
【エメルダ】「・・・ある」
【ヨルダ】「魔界の者達が大挙して攻め込んできて、何度か大きな戦争になった事がある
それが大戦だよ」
【清】「ああ、司令が英雄と呼ばれたという」
【エメルダ】「・・・戦争とは虐殺だ・・・
英雄もへったくれもあるもんか・・・」
【清】「・・・」
【ヨルダ】「ちなみに、君達が遭遇した天使レミィは正確には堕天使だ
魔界側の天使を堕天使、こちらの世界を天使と呼んでいる」
【清】「・・・ユニオンは当然、天使の対応も」
【ヨルダ】「・・・入っている」
その時、部屋中に警報が鳴り響く。
【エメルダ】「なんだ!」
モニターが開き、アナスタシアが映し出された。
【アナスタシア】「こちらの警報ではありません
城塞砦側の警報です」
【エメルダ】「艦が狙われたわけじゃないのか?」
【アナスタシア】「最近、街を標的としたテロ組織の攻撃が頻繁で、それの襲撃があったようです」
【エメルダ】「ふむ、緊急性は薄いな
とりあえず、指令室に戻る
それまでは情報を収集しておいてくれ
兵士達はⅭコンテナで待機させておけ」
【アナスタシア】「了解しました」
モニターが閉じる。
【エメルダ】「お前達は外には出るな
とりあえず自室にでもいてくれ」
〇城塞砦の外部
城塞砦は大きな崖に挟まれた所にあり、天然の城壁となっている。
大きさは中規模程で、ある程度の街としての機能を備え、住民の数も1000人を超える。
正面と背後の城壁には大きな砲門が幾つも設置され、下手に近づけば集中砲火の餌食になる事請け合い。
だが、本来城塞を守る崖の上に巨大な人型の石の塊が3体、その前に数人のマスクで顔を隠した者達が立っていた。
それぞれの目には明確な殺気の光が宿り、城塞や城塞に住む人々に憎しみの炎を向けていた。
【賊の棟梁】「人の不幸の上で幸せを噛みしめやがって・・・」
【賊の女】「ええ、思い知らせてやる」
【賊の男】「・・・」
賊の棟梁は手にしたアイテムを高く掲げ、背後に立つ石のゴーレムに命令を与える。
【賊の棟梁】「行け!全てぶち壊せ!」
石のゴーレム達はのそりと動き出し、躊躇なく崖を滑り落ちていく。
警報鳴り響く城壁の中へ轟音と激しい土煙を上げてゴーレムは落下する。
ゆっくりとした動きで立ち上がると、腕を振り上げ辺りの建築物に対し攻撃を始めた。
悲鳴を上げて逃げ回る住人、泣く子供を弾き飛ばして武器を構える兵士達。
先頭に立つゴーレムに集中的に魔法攻撃が入るが倒れる様子は無い。
【賊の棟梁】「馬鹿が、その程度の攻撃でゴーレムを倒せる訳ないだろうが」
惨劇を見ながら高笑い。
ただ、一番小さい賊の男だけが無言で状況を見つめていた。
【賊の棟梁】「さすがお前の作ったゴーレムだな
随一と言われた人形師の力は伊達じゃねぇ」
【賊の男】「・・・もうこれ位でいいんじゃないか?」
【賊の女】「ああ!ふざけた事言うな!
私が受け痛みはこんなモノじゃないだろ!」
【賊の男】「で・・・でも・・・」
【賊の棟梁】「やめろ、バカな蟻共がうじゃうじゃと出てきやがったぞ
さぁ、存分に後悔してもらおうか!」
城塞の兵士達が、魔導装備を携え暴れるゴーレムへと集まっていく。
3体のストーンゴーレムとの戦闘は本格化していく。
〇ライト達の部屋
部屋に戻った3人は、モニターにて外部の様子を伺っていた。
街で暴れまわるゴーレムを見て、達人がライトを見る。
【達人】「あれは、お前の巨人と同じ物か?」
【ライト】「い・・・いえ、アレはストーンゴーレム
僕のハリボテとは違い、本物の魔法です」
【清】「でも、ゴーレムって簡単に出来るんでしょ?
なんかemethとかいう文字を書いて、頭のeを消すとmethとなって崩れるって」
【ライト】「何ですか?それ?」
【清】「え?」
【ライト】「ゴーレムはそんな簡単な魔法じゃありませんよ
高等魔術に当たる使える人が少ない魔法です」
達人と清は顔を見合わせる。
【達人】「そうなんか?
あんま、そんな印象はないけどな」
【清】「まぁ実際、私達の世界には存在してないから物語としてって事かな」
【ライト】「僕の巨人は、ただオドを流し込んだだけのハリボテです
本来、動く筈の無い人形なんです」
【清】「じゃ。ゴーレムってどういう魔法なの?」
【ライト】「ゴーレムは、対象とする物質に魔法力を籠める事から始まります
それと同時に、物質に魔法力を留める魔法も行います」
【清】「留める?」
【ライト】「はい、リーデル様が使う火のドラゴンの様な魔法は、単にファイアーボールの威力が上がっただけの物で初級魔法です
それに対し、魔法力を物質に留めておく魔法は上級魔術に分類されます」
【清】「揮発する魔法の方が簡単って事か・・・」
【達人】「さっぱりわかんね」
【清】「ん~ライターで火を点けるって簡単でしょ」
【達人】「そりゃな、スイッチ押せばいいだけだし」
【清】「そう、魔法も同じで簡単に火を点けられるだけの魔法は初級
なら、その火の維持するにはどうする?」
【達人】「そりゃ、ボタンを押し続ければいいだろ」
【清】「ぶっぶー、それは噴射されたガスが連続して燃えているだけで、その火が放出した熱量は霧散しちゃってるのよ」
【達人】「ん~~~よくわかんね」
【清】「まぁお兄ちゃんはそれでいいわ
つまり、魔法力は放っておくと霧散してしまうけど、それを物質に閉じ込める魔法が存在するのね」
ライトは大きく頷き、清の頭の良さに舌を巻く。
こちらの世界に来て間もない筈の清は、簡単に魔法理論を理解してしまう。
この人が本気で魔法に取り組めば・・・一体どれ程の魔法使いになれるんだろう?
【ライト】「その通りです
魔法力の尽きたゴーレムはただの物質です」
【清】「ライトの巨人みたいにオドではダメなの?」
【ライト】「ダメです
魔法として発動するのは、魔法力のみですからオドだけでは動きません」
【清】「つまりゴーレムは複合魔術なのね」
【ライト】「そうです
同時に幾つもの魔法を同時に発動し、それをコントロールする必要があります」
【清】「なら、術者を倒すのが早いんじゃない?」
【ライト】「いえ、動き出したゴーレムは魔法力が尽きるまでは命令を実行し続けます
倒すより、捕まえて命令を取り消させる方が筋道です」
【清】「命令?それも魔法?」
【ライト】「はい、ゴーレムは術者が作ったコアが存在します
それはゴーレムがどのように動けるかの指示が詰まった物で、その出来次第ではまるで人間のように動く物もあるそうです」
【清】「・・・プログラムみたいなものか
なら、ゴーレムを破壊する為には・・・」
【ライト】「はい、コアを破壊するか、魔法力が尽きるかしかありません
ゴーレムそのものを破壊する方法はありますが、魔法力が込められた物質は非常に強固になりますので、良い手段とはいえません」
顎下に手を当てて考え込む。
【清】「なるほどねぇ~
魔法力の注入、魔法力の保持、コアによる行動のコントロールか・・・
確かに難しいわね」
【ライト】「そうなんです・・・」
【清】「素材は物質の強度と・・・魔法力の注入量の違いかな」
【ライト】「そ・・・その通りです」
【清】「クルサリーダの変身後みたいに魔法とかは使えないの?」
【ライト】「それは出来ません
魔法力はゴーレムという魔法の発動として使用されていますので、他の魔法としては使えません」
【清】「ますます、クルサリーダの謎は深くなるわね」
【達人】「なら、巨人であれぶっ飛ばしに行こうぜ!」
【清】「行こうぜ!じゃないわよ、この馬鹿!」
達人の頭を振りかぶって殴りつけた。
【清】「こんなに目撃者が多い所でクルサリーダを使ったら、それこそ大問題よ」
頭を摩りながら、じっと清を見る。
【達人】「でもよ、このままじゃ結構被害出そうだぜ」
モニターにはゴーレムに蹴散らされている兵士達の姿が映し出されていた。
清も言葉に困るが、苦々しく口を開く。
【清】「・・・正義感だけじゃ・・・生き抜けないのよ」
【達人】「・・・そうか?」
達人は立ち上がると扉に向かう。
【ライト】「ど・・・どこへ?」
【達人】「んなもん決まってるだろ
あのでっかいのをぶっ飛ばしに行くんだよ」
【ライト】「む・・・無理ですよ
クルサリーダ程の大きさじゃないけど、とても普通の人間に相手が出来る筈がありませんよ!」
【達人】「仕方ねぇだろ
クルなんちゃらは使えねぇし、このまま見過ごすってのは俺には出来ねぇし
それに、俺は生身ってのとは違うしな」
扉の前に素早く清が移動し、両手を広げて立ちはだかる。
【清】「ダメよ、お兄ちゃん
ここは、この世界の人達に任せるべきだわ」
【達人】「あ~~~いやだね」
【清】「お兄ちゃん!」
【達人】「お前の言いたい事は・・・まぁなんとなくは分かる
けどよ、俺がこの拳を揮う事で一人でも助かるなら、やる価値ってあるんじゃねぇか?」
【清】「その代わりに、私達の存在がバレるわ
そうなれば、どんな事になるか・・・分からない」
達人は面倒くさそうに頭を掻く。
【達人】「俺は馬鹿だからよ
そういうのはわかんね
分からねぇなら、やりたいようにやるまでだ」
【清】「お兄ちゃんは私がどうなってもいいの?
怖いよ・・・私・・・怖い
もし、お兄ちゃんまでいなくなったらって思うと・・・」
【ライト】「清さん・・・」
清の大きな瞳からはボロボロと涙が零れていた。
いきなり非日常の世界に放り込まれ、化け物と戦わなければならない日々。
どこかで夢なんじゃないかと思っていた。
でも、やはり現実だった。
信用できるのは唯一自分と同じ世界から来た兄だけ。
辛うじて堪えて来た心の均衡が、兄が死地へと向かおうとする事で崩れた。
【清】「色々理論武装して誤魔化してきたけど・・・無理・・・やっぱり無理!
あんな化け物と戦わないといけないのかな?
私達・・・そこまでしないといけないのかな?ねぇ!」
達人は跪くと、ゆっくりと小さくなった清の身体を抱き上げぎゅっと抱きしめる。
頭から背中にかけてゆっくりと撫でる姿は慈愛に満ちていた。
【達人】「ああ、分かってたよ
お前は強がりで負けず嫌いだからな・・・我慢しているのは分かってた
でも、間違わないでくれ」
スンスンと泣きながら達人の言葉に耳を傾ける。
ライトは二人の姿をただ見つめる事しか出来なかった。
【達人】「俺は絶対に死なねぇ・・・
必ず兄ちゃんが、お前を元の身体に戻して、帰してやる!
その為に、俺は闘わないといけないと感じてるんだ!」
【清】「・・・どうして?」
【達人】「理由はわからねぇ・・・
だけどよ、この世界に来た時から感じていた
俺はここで何かをしなければならない・・・
それは確信に近い何かだ」
達人は光の中で必死に呼び掛ける少女の言葉を思い出していた。
あの必死で、それでいて物悲しく嘆願する声は頭にこびりついて離れない。
【達人】「道を紡ぐ・・・
それは俺がやらねばならない事
それを成した時、俺達はあの日常に戻れる・・・そう感じるんだ」
【清】「・・・お兄ちゃん」
こしこしと目を擦り、涙を拭うと両の頬をパチンと叩いた。
【清】「ごめん、お兄ちゃん
そうだよね・・・私達には逃げる場所なんて・・・無いんだもの
前に進むしかないんだ」
【達人】「戦う事は俺に任せろ
お前は安全な場所で、その頭を使って俺を助けてくれ」
【清】「うん・・・うん」
清の顔から迷いが消えていた。
達人共に生き残る為に、戦いに身を投じる覚悟が今出来た。
その二人を見ていたライトは強く拳を握りしめていた事に気が付いた。
そして、強い決意を持って二人を見つめた。
【ライト】「達人さん、清さん・・・クルサリーダを起動させましょう!」
二人は驚いてライトを見た。
いつもはオドオドしていたライトが、強い決意を持って二人に呼び掛ける。
【清】「で・・・でも」
【ライト】「分かってます・・・それがどういう事なのか
でも、僕にもあるんです・・・戦う理由が」
ライトは自分の今までを二人に語った。
話ながら涙が零れたが、拭う事なくそのまま話し続けた。
【達人】「そうか・・・その子が俺達を・・・」
【清】「私達が・・・紡ぐ者・・・」
【ライト】「清さん・・・僕を恨んでください・・・憎んで下さい
全ての決着の後、お二人は僕を好きなようにしてください
だから、今は僕に力を・・・力を貸してください
そして約束します・・・必ず二人を元の世界へと帰します!」
二人は顔を見合わせると、大きく頷く。
【達人】「顔を上げろよ、ライト」
【清】「ええ、そんな事をする必要はないよ
きっと、君の運命と私達が立ち向かう運命は繋がっているから」
【ライト】「・・・」
何かを言わないといけないと思った。
けど、言葉が続かない・・・出てこない。
溢れ出る感謝を伝える手段がライトには無かった。
【達人】「他の奴が俺達の事をどう考えようが、どう思おうが関係ねぇ」
【清】「うん、私達は私達が正しいと思った事をやりましょう」
【ライト】「はい・・・はい!」
【アナスタシア】「なら、その運命に私も加えて頂けますか?」
扉が開き、涙を流したまま立つアナスタシアがいた。
【清】「アナ・・・」
【アナスタシア】「ごめんなさい・・・清さん・・・
異世界から来たあなた達の気持ちをもっと考えるべきだったのに・・・
あの圧倒的な力を目の当たりにして、私の目は曇ってしまっていた」
【エメルダ】「ああ、そうだな」
【ライト】「司令・・・」
アナスタシアの横からエメルダが姿を現し、顔に手を当てて悔しそうにしていた。
【エメルダ】「全く、だから司令官なんて向いてないんだ
本当にしたい事を我慢して、立場ばかり考えるようになってしまった
二人のお陰で自分がどうして戦うのか・・・再認識する事が出来たよ」
【アナスタシア】「はい、正しい事をやりましょう
その為に後ろ指指されるなら、甘んじて請けてやります」
【エメルダ】「いこう、出来るかどうか分らんが、やれる事は全てやる!」
一同は頷き、格納庫へと向かった。
その後ろ姿をヨルダが見つめていた。
【ヨルダ】「全く、暑苦しい奴等だ
けど、姉さんが選ぶだけ・・・あるよ」
小さく微笑むと、皆の後を追って走り出した。
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