第7話 敗北の代償

〇格納庫


ライト達が格納庫に着いたのと同時にエメルダ達も格納庫へ到着していた。


【ライト】「エメルダ司令」

【エメルダ】「ライト君、すまないが緊急事態だ

       君の力で巨人を直してくれまいか?」

【ライト】「はい、そのつもりで来ました」


横でヒューリーが興味津々に瞳を輝かせる。

技術者にとって、巨人の動向は興味が尽きない。


【ヨルダ】「どうするのが一番いいんだ?}

【ライト】「オドを流し込めば、元に戻っていく筈です

      だから、中に入ります」

【ヨルダ】「・・・なら僕も行く」

【ライト】「え・・・でも」

【ヨルダ】「巨人の解明は、戦力増強にも繋がる大事な案件だ

      悪いが絶対についていく」

【エメルダ】「言い争っている時間もおしい

       直ぐにやってくれ」

【ライト】「分かりました

       こちらに」


巨人の足元に手をかざすと、光が伸びて来て皆を巨人の中へと送りこむ。

ただ一人、ポツンとヒューリーだけが残され、がっくりと崩れ落ちたのだった。


〇巨人の操縦室


【ヨルダ】「ここが・・・」


中に入ったヨルダとアナスタシアは、その簡素な作りに唖然としていた。

あれだけの戦いをした巨人の中がモニターと多少の装置だけというのは、あまりに意外であった。


【エメルダ】「ライト君、いけるか?」

【ライト】「はい」


自分の定位置に滑り込むと、両手を魔方陣の上へと乗せる。

巨人の全身にオドの光が溢れ、操縦室の空間を満たしていく。

ヨルダとアナスタシアは優しい力に包まれる感覚に思わず自分の手をまじまじと見つめてしまう。

モニターには凹み変形している部位が、風船が膨らむが如く形が戻っていく巨人が映し出されていた。

ヒューリーが下で手を振りながら走り回ってアピールしているが、皆見ない事にしていた。

魔導工具を使っても傷一つつけられなかった巨人が、ライトの力で自ら回復していく様子にヨルダは少し歯噛みしていた。


【エメルダ】「そこが達人が乗っていた場所で、その前がリーデルの場所だった」


ヨルダが達人のいた場所へ乗り込み、魔方陣に恐る恐る手をかける。

途端、身体の内部が引きずり出されるような感覚に見舞われ、思わず手を離した。


【ヨルダ】「何だ・・・これは・・・」


思わず、自らの身体を確かめ、無傷である事を確認してしまう。

アナスタシアはリーデルのいた場所へと進み、恐る恐る魔方陣へ手を置いた。

途端、目の前に火花が散るような感覚。

そして、自分の魔法回路が巨人へと伝達している感覚。

自らが巨人になったような、そんなイメージ。


【アナスタシア】「・・・これは」

【ヨルダ】「そっちはどうだい?」


アナスタシアは自分の感覚を簡単にヨルダに伝えた。

興味深く耳を傾け、少々考えた後。


【ヨルダ】「僕は内部を引きずり出されるみたいな感覚で、そっちは魔法回路が巨人に広がっているイメージか・・・」


ヨルダはじっくりと内部を見つめる。

ライトが魔方陣に手を付けた時から、内部はオドに包まれ、巨人はそれを受けて回復していく。


【ヨルダ】「ライト、僕にそれをやらせてみてくれないか?」

【エメルダ】「今は研究に時間を割く暇はない」

【ヨルダ】「いえ、これは絶対に必要な事です

       今、少しでも分かる事が無いと、戦闘になれば対応が変わります」

【エメルダ】「しかし・・・」

【ライト】「いえ、お願いします

       僕も知りたいんです・・・巨人の事」


ヨルダは頷き、ライトと場所を変わる。

大きく深呼吸をしてから、魔方陣へと手を伸ばす。


【ヨルダ】「が・・・ぁ・・・」


突然、ヨルダは昏倒し、ライトにもたれ掛かる。

顔色が悪く、呼吸も荒く冷や汗が止まらない。

完全にオド欠乏による症状だった。


【ヨルダ】「なんて・・・事だ・・・」


魔方陣から手を離すと、コックピット内に満たされたオドにより急速に回復していく。

直ぐに顔色は戻り、呼吸も平常になっていった。

ゆっくりと身を起こし、ライトのまじまじと見つめた。


【アナスタシア】「一体・・・何が?」

【ヨルダ】「見ての通りさ

       オドを一気に持っていかれた・・・」


ゆっくりとライトから身を放し、じっと魔方陣を見つめる。

魔方陣自体はそれ程、特殊な物では無かった。

学園の購買で買える初歩的な物だ。

モニターや計器類も安物の魔法石からなる物だった。


【ヨルダ】「随分と・・・質が悪い物ばかりだな」

【ライト】「す・・・すいません、そんなにお金持ってなくて・・・」

【ヨルダ】「計器類やモニター類に関する魔法石や魔方陣はこちらで提供しよう

       そうすればもっと詳細に出来るだろう」

【ライト】「でも・・・そんな高い物」

【エメルダ】「いや、軍も巨人に支援しよう

        これにはそれだけの価値がある」

【ヨルダ】「・・・前の巨人遺骸を倒した時のように変身?変形?は出来ないのか?」

【ライト】「あれは・・・どうしてそうなったのか、僕にも分からないんです」

【ヨルダ】「・・・そうか」


視線を落とし、じっと煌めく魔方陣を見つめた。

その隣で外部を表示しているモニターに、ヒューリーとは別の何かが映り込んでいた。


【ヨルダ】「ん?あれって君のペットじゃないか?」


巨人の足元が表示されていて、黒猫もどきの清がうろうろしていた。


【ライト】「ペット?

       って清さん!早く入れてあげなきゃ」


巨人からの光を受けて姿を消す黒猫の姿は、次の瞬間にはコックピットの中へと移動していた。

またも入場出来なかったヒューリーは四つん這いで落ち込んでいた。


【清】「ふわ、何度やっても不思議よね」


アナスタシアにキャッチされ、ぎゅっと胸元に抱きしめられる。

もはや抵抗は無意味と悟っているのか、されるがまま。


【エメルダ】「どうやってここに?」

【清】「どうやって・・・って、普通に来た道を辿っただけ」

【エメルダ】「・・・かなりの工程を踏む通路なんだが」

【清】「そう?大した事ないよ

    213工程でしょ、恐らくそれで結界とかそういうのやってるんでしょ」

【エメルダ】「・・・そうだが・・・簡単・・・か?」

【ライト】「僕は・・・案内されないと無理です・・・」

【アナスタシア】「恥ずかしながら・・・私も」


ヨルダはじっと清を見つめる。

視線に気が付いて、清はぴょんとアナスタシアの頭に飛び乗った。


【清】「なぁに?」

【ヨルダ】「君は・・・優秀そうだね」

【清】「そうね、けど私の世界での話

     こっちの事に関しては、まださっぱり

     非常に知的好奇心を刺激されているわ」

【ヨルダ】「・・・君も考えてみてくれないか?

       この巨人の事を」


ヨルダは今までの経緯を説明すると、顎の下に手を当ててじっくりと考え込む。

ゆっくりと大きな目を開けて一番先頭、リーデルやアナスタシアが座った場所へ降りた。


【清】「仮説が出来たら・・・実験よね」


魔方陣の上に身体ごと乗っかる。

魔方陣が煌めき、大きな目は更に見開かれた。


【清】「にゃう!」


弾き飛ばされた清の身体をあわあわしながらアナスタシアが必死にキャッチした。


【アナスタシア】「清さん」

【清】「な・・・なるほど・・・これがアナスタシアさんが感じた感覚か」

【アナスタシア】「・・・はい」

【ヨルダ】「何か分かるかい?」

【清】「・・・まずこの巨人はゴーレムと呼ばれる魔法ではないの?」

【ヨルダ】「違う、ゴーレムは魔法で組まれた行動原理を元に動くマリオネットだ

       これにはルーン文字も核もないし、何より魔術は発動していない」

【アナスタシア】「魔術じゃないんですか?

          これ程の物が動くなんて、魔導装置が大量に組み込まれているものかと・・・」

【ヨルダ】「いや、全身金属マテリアルというだけで、これといって魔術式は一切無い

       僕の知る限りでは、全く未知の物だ」

【清】「ライト君のオドで復元する・・・魔術回路が巨人に張り巡らされる感覚・・・内臓を全て引きずり出されるかの様な感じ・・・っか」

【ヨルダ】「君のお兄さんは、そこで操縦したんだよね?」


考え込む清の代わりにエメルダが口を開く。


【エメルダ】「ああ、そこに座って両手を魔方陣の上についていたな・・・

        ただ、ヨルダの様な反応はしてなかった」

【ヨルダ】「・・・だめだ、さっぱり分からない

       魔法理論のどれにも該当しない・・・」

【清】「う~ん、仮説でいいなら・・・一つ思い浮かぶな」


清の言葉に視線が集まる。


【清】「魔法を知らない外野だからこその仮説だから、そういう考え方もあるんだって位で」

【ヨルダ】「そ・・・それでいい・・・話してくれ」

【清】「魔法というものがどこまで出来るのか・・・分からないけど

     まず、三つがそれぞれの機能を有しているのは間違いないと思うの」

【アナスタシア】「それぞれ?」

【清】「ライト君の所がオド、リーデルやアナスタシアさんの所が魔術回路、そしてお兄ちゃんの所が身体の感覚・・・かな」

【エメルダ】「・・・なるほど」

【清】「この三つが何を示しているかというと・・・」

【ヨルダ】「・・・人間か」

【清】「その通り

     あなた達から聞いた魔法初歩の概念

     体内生成のオド、外部からのマナを取り込みオドとくみ上げる事によって生じる魔力、そして体を動かす身体操作」

【エメルダ】「・・・魔法初期の教えじゃないか・・・」

【ヨルダ】「三つが揃う事で・・・あの深紅の巨人になれると」

【清】「そうは言ってない」

【ヨルダ】「・・・え?」

【清】「リーデルが座っても、暫くは深紅の巨人にはなってない

     つまり、あの状態になるには何か他に条件があるんだわ」

【アナスタシア】「そ・・・その条件が分かれば・・・巨人が!」

【清】「それも・・・どうかな?」


清はアナスタシアから離れ、リーデルが座っていた場所へと移動した。


【清】「私にも魔術回路があるって診断されていたから、可能なのかなって試してみたんだけど、とてもじゃないけど無理だった」

【エメルダ】「リーデル専用って事か?」

【清】「それも可能性の一つだけど・・・ライト君

     リーデル専用にしようと思って作ったの?」

【ライト】「い・・・いいえ

       特に誰かを乗せようとか・・・そんな事・・・」

【ヨルダ】「なら、なんでこんなに人が乗れるような作りなんだ?」


ライトはちょっと俯き、ぼそりと語り始めた。


【ライト】「僕は・・・いつも落ちこぼれで、何も取り柄が無くて、これを作っている時が本当に幸せだったんです・・・

       でも、幸せだったからこそ、一人が・・・辛かったんです」


ライトの告白に、皆言葉を発する事が出来なかった。

ライトの不遇については知らない者はいない。

それ故に、身を切るかの様なライトの告白は皆の心に痛みを与えた。


【ライト】「この巨人を・・・みんなでカッコよく操縦したりとか出来たらって・・・

       好きな物だから・・・皆に見てもらいたくて・・・

      そう思ったら、一人だけの狭い操縦席がとても息苦しくて・・・

      つい・・・」

【清】「・・・でも、結果的によかったんじゃない?」

【ライト】「え?」

【清】「多分、一人用にしてたら、この巨人動かなかったと思うよ」

【ライト】「え?・・・そうなの?」

【清】「三つは最低限の基本をそれぞれに担っている

     人間一人の力で、この巨大な物体を動かす事なんて不可能なんじゃないかな?

     魔法だと可能なの?」


清はちらりとヨルダを見る。


【ヨルダ】「・・・巨大なゴーレムを操る魔法使いはいます

      でも、ゴーレムは魔法を使う事は出来ないし、深紅の巨人の様な複雑な動きは出来ないと思う」

【清】「それに、あの時は確実にリーデルが操作してた」

【エメルダ】「ああ・・・それは間違いないな

        打ち出した火球はあいつの得意魔法だし、動きもリーデルそのものだったしな」

【清】「それがリーデル専用じゃないっと思った理由でさ

     操作が出来るなら、操作が出来る力を持つ人なら出来るんじゃないかって

     私は無理だった」

【ヨルダ】「・・・それは、魔法回路によるかもしれない・・・」

【清】「どうゆう事?」

【ヨルダ】「君の仮説を聞いて、考えを組み直してみた

       この巨人のオドはライト君そのものと考えると、そのオドの量は膨大だ

       ちょっとやそっとの魔術回路では弾き飛ばされてしまうだろう」

【エメルダ】「ふ~ん、どれ・・・」


エメルダはリーデルが座っていた席に座ると、両手を魔方陣の上に置いた。

煌めく光がエメルダの両腕から全身へと広がっていく。


【エメルダ】「・・・う・・・・む・・・この感覚は・・・ちょっときついな」


煌めく回路の光は頭部へおよび、両目に及ぶ。


【エメルダ】「な・・・なるほど・・・

        ヨルダ・・・お前の仮説は・・・当たっているようだぞ」

【ヨルダ】「なんて無茶を!

       自分の立場をわきまえて下さい!」

【エメルダ】「リーデルの小娘に出来て・・・私に出来ない事なんぞあるか」


しかし、巨人は変貌する事無く、木人の形のままだ。


【エメルダ】「・・・魔術回路の感覚はあるが・・・動かせる気がしないぞ

        まるで身体が無いみたいな感覚だ」

【清】「それはお兄ちゃんしか出来ないと思います」

【エメルダ】「・・・達人だけ?」


エメルダは両手を放す。

全身を廻っていた光の回路が消え、魔方陣は輝きを鎮めた。


【清】「言いたくはないですが、身体操作においてお兄ちゃんの右に立つ者は見た事がありません

    おそらく、身体の感覚はお兄ちゃんが請け負ったんだと思います」

【エメルダ】「・・・なるほど」


エメルダは宙がえりをすると、達人の席へと移動した。


【エメルダ】「私が達人と同等か、格上なら・・・出来るという事だな」

【清】「そうなりますね」

【エメルダ】「・・・出来るとおもうか?」

【清】「出来ません」

【エメルダ】「はっきり言うね」


ニヤリと笑うと両手を魔方陣の上に乗せる。

全身が一気に重いと感じる・・・いや、違う・・・固まっている・・・それとも違う・・・鉄の塊になったかのように・・・呼吸すら厳しい・・・


【エメルダ】「か・・・は・・・・ぁ」

【ヨルダ】「司令!」


ヨルダが強引にエメルダを引きはがした。

その場に倒れ込み、粗い呼吸を繰り返し、時々身体を痙攣させた。


【エメルダ】「な・・・これ・・・は?」

【清】「この巨大な身体を自分の身体のように動かす感覚なんて・・・普通無理ですよ」

【エメルダ】「・・・ぁ・・・」

【清】「お兄ちゃんは天才です

     フィジカルにおいて、お兄ちゃんがどうやってるのかなんて分かりませんよ」

【エメルダ】「・・・う」


重い体を無理矢理引き上げ、よろよろと立ち上がる。


【エメルダ】「・・・はぁはぁ・・・そ・・・そういえば・・・達人は?」


その言葉に清は目を丸くして飛び跳ねた。


【清】「・・・あ、いっけない!

     それを言おうと思ってみんなの所に来たんだった」

【アナスタシア】「それ?」

【清】「出撃した兵士達追っかけて、お兄ちゃん走っていっちゃったんですよ」

【一同】「はぁぁ!」

【エメルダ】「い・・・いや、ちょっと待て

        兵士達には待機を命じていた筈だが?」

【アナスタシア】「い・・・今、確認しましたが出撃命令は出ていません」

【エメルダ】「・・・って事は・・・あのじゃじゃ馬娘!」


〇遺骸の群れに続く平野


【タリア】「おいおい、いいのかよ・・・

       待機指示だっただろ」

【リーデル】「はん、何びびってんのよ!

        巨人遺骸じゃないなら、巨人はいらない

        今回は魔導フル装備、全部消し炭にしてやるわ」


リーデルとタリア、そして二人と同じクラスの仲間で小隊を組み、細めのバイクの様な乗り物で滑空する。

魔導リニアバイクと呼ばれる乗り物で、地上すれすれに浮上し走行する乗り物。

装備はあまり付けられない代わりに、小回りの利く起動を重視した物。

セパレートハンドルを握り、魔力を流す事で走行し、魔力の大きさで速度が変わる仕組み(限度はある)。

一同の装備も身体にピタリと合ったスーツには、多様な魔方陣とそれを繋ぐ回路が煌めき魔力の流れを補助及びブーストさせている。

それぞれが得意なスタイルの武器を身に着け、リーデルに続き遺骸の群れへと突き進む。


【タリア】「これが問題になって落第とかやだからな

       責任とれよ」

【リーデル】「奴等を全滅させれば特進もあり得るわよ!」


暫く考えてニヤリと微笑む。


【タリア】「確かに!」

【リーデル】「ウララ、全体に対物対魔防御のバフをかけて

        キンバリは身体強化のバフを」

【二人】「はい!」


返事共に皆の上には魔方陣が広がり、全身をエネルギーの淡い光が包み込む。


【リーデル】「カーニャ、どれ位で接敵しそう?」

【カーニャ】「少々お待ちを・・・」


カーニャの左目の前に魔方陣が縦に幾つも並び、ピントを合わせるように左右に動く。

脳裏には魔法によって遠方のビジョンが浮かび上がる。


【カーニャ】「!」

【タリア】「カーニャ、どうした?」

【カーニャ】「リーデル様!

        ダメです!引き返しましょう!」

【リーデル】「はぁ、何言ってるの?

        ここで全滅させないと船に追い付かれるわ!」

【カーニャ】「だ・・・だめです・・・敵は・・・てん・・・」

【レミィ】「ばぁ~」


遠方にいた筈だった。

接敵には、まだ数分かかる距離。

だが、今カーニャの眼前には、レミィの無邪気な微笑みがあった。


【カーニャ】「・・・し・・・」


レミィが手にしている杖を振り上げた瞬間、鈍い打撃音が響いた。

身体を守る物理防御の魔法を軽々と砕き、カーニャの頭頂部にめり込んでいた。

目玉は飛び出し、大きく開いた口からは大量の血と突き出され震える舌が飛び出す。

そのまま、大きく腕を振る。

カーニャの頭部が脊髄ごと引きずりだされ、そのまま遺骸の群れへと放り込まれた。


【レミィ】「覗きは良くないぞっと」


一同は急停止し、起こった惨劇に呆気に取られる。

頭を無くしたカーニャの魔導リニアバイクが大きく逸れて滑空し、大きな岩に衝突して爆発した。


【リーデル】「・・・天使・・・レミィ」


レミィはにっこりと無邪気な笑顔を見せて、可愛くポーズを取る。


【レミィ】「はぁ~い、レミィでぇす」


緊迫した状況から、あまりにかけ離れ軽いレミィの態度に時が凍り付く。

だが、一人だけレミィに立ち向かう者がいた。


【キンバリ】「よくもカーニャを!」


スーツ全身に煌めく魔導回路。

ただただ限界まで魔力を融合した魔法を全身から迸らせレミィに殴りかかる。

放たれる拳からは炎が立ち昇り、レミィの顔面を砕く・・・筈だった。

だが、拳はレミィから一定の距離から近づく事が出来ない。


【キンバリ】「この野郎!死ねぇぇぇぇ!」


叫びながら必死に拳に力を籠めるが、余裕の態度で拳の先のキンバリの表情を楽しそうに眺めている。


【レミィ】「ほらほらぁ、頑張らないと彼女の仇、とれないよん」

【キンバリ】「だまれぇぇ!」


今までこれ程魔力を練り上げ、全力で叩きつけた事は無い。

だが、微動だにしない。

初めて見る天使は、教わってイメージしていた姿より、あまりにかけ離れ強そうには見なかった。

その上、自分の恋心を抱いていた相手を無残に殺され、激情のままに揮ったファイヤーナックルは、過去最高の威力だった。

だが、それをただの障壁で止められ、破る所か破れるイメージすら沸かない圧倒的な実力差。

ならば、せめて一太刀。


【キンバリ】「だったら、俺と共に死ねぇ!」


魔導スーツのリミッターを外し、一気に魔力暴走を起こさせる。

単純エネルギーになった魔力は、凄まじい熱を発生させキンバリの身体を溶かす。

だが、キンバリは見た。

自分が崩れていくのを見て、くすくすと嗤っているレミィの残酷な顔を。


【リーデル】「ばか!キンバリ!」

【タリア】「ダメだ!

       爆発するぞ、離れろ!」


強引にリーデルのリニアのハンドルを掴むと、一気に曲がり距離を取る。

背後で強烈な光と爆音が響き、爆風に二人は頭を低くしてかわした。


【リーデル】「・・・キンバリ」


振り返ると、爆風の中から欠伸をしながら立つレミィの姿があった。

魔導スーツの暴走による爆発の威力は、艦の装甲にも穴を空けるレベルの威力だ。

それを至近距離で受けても、傷一つ無く、全く動じる様子もない。

冷たい汗が流れ落ちる感覚すらも、感じる事が出来ない緊張に一同震えていた。


【レミィ】「ふ~ん、この程度か」


レミィの手には、光の球が浮いていた。

それはキンバリが命を掛けて放った爆発のエネルギーが凝縮した物。

それをゆっくりと口元へ運ぶと、そのままごくりと飲み込んでしまった。


【レミィ】「魔導なんて使ってるから、あんまり美味しくないなぁ」

【リーデル】「ふざけるな!」


怒りが、他の感情を塗りつぶす。

恐怖も悲しみも後悔も、今は邪魔だ。

今、放てる最大魔力の攻撃で、一気に叩き潰すしかない。

魔導スーツが光り輝き、手の甲に装備されている手甲の魔方陣が強く煌めく。


【リーデル】「燃え尽きろ!」


腕から放たれた火竜の如きエネルギーが宙を舞い、レミィに向かい襲い掛かる。

だが、特に気に掛ける事も、襲い掛かる火竜のエネルギーを見る事無く、ただ微笑みながら立っていた。


【レミィ】「あ~その魔法知っている

       そっかそっか、あの子の子孫かぁ・・・ふ~ん」


火竜が頭上から落ち、一帯に巨大な火柱が立ち昇る。

レミィは、それを気に掛ける様子も無く、ゆうゆうと歩いて火柱を出るとリーデルの前へ近づく。

目の前のレミィの瞳に、発狂しそうな程の恐怖が全身を包み、蛇に睨まれたカエルの如く動けない。


【レミィ】「ん~~~?

       残滓はあるけど・・・なんか違うなぁ?どゆこと?」

【リーデル】「わ・・・ぐぅ・・・」


口を開いても言葉が綴れない。

巨人遺骸を相手にしているのとは全く違う圧倒的な存在感と恐怖、そして死への予感。


【レミィ】「喋れないのぉ?

       だったら口は要らないかなぁ」


半開きの口に、レミィの指先が触れる。

一気に顎が外れそうになる程の力が加わり、口の端が裂けた。


【リーデル】「が・・・ぁ・・・!」


リーデルすら赤子のように扱うレミィの姿に恐怖したタリア以外の生徒達は、悲鳴を上げて引き返していた。

しかし、次の瞬間にはリーデルを抱えたまま、レミィは生徒達の前へと移動していた。


【レミィ】「そんな道具に頼るような実力でぇうちから逃げられると思ってる?」


ふぅっと息を吹きかける仕草。

ただそれだけで生徒達は吹き飛ばされ、地に伏した。

その背後からタリアが全力で近づく。


【レミィ】「仲間思いなんだねぇ」


手にした杖を横に振る。

タリアのリニアは一瞬にして鉄くずとなり、タリアも放り出された。

辛うじて風を操作し、受け身を取り顔を上げる。

目の前には、レミィが微笑みながら杖を振り上げていた。


【リーデル】「タリア!逃げろ!」

【レミィ】「だってさ、頑張ってぇ」


その言葉は、どんな事をしても必ず殺すと伝えていた。

恐怖等通り越し、全ての感情が麻痺する瞬間。

全てがゆっくりに見えた。

自分の頭を砕く為に振り落とされる杖の軌道が、何かを叫んでいるリーデルの口が、そして何かが飛び込んでくるのが。


【タリア】「え?」

【達人】「どっせい!」


達人の飛び蹴りがレミィの脇腹に深くめり込み、そのままリーデルを放して遠くに飛ばされ地面を転がった。

ゆっくりと立ち上がり、蹴り飛ばされた脇腹を不思議そうに見つめ、そして蹴り飛ばした相手を見た。


【達人】「やべ!女の子じゃんか

      蹴っちまったよ、わり、お嬢ちゃん」


蹴って相手が謝る姿を見て、思わず吹き出してしまう。


【レミィ】「ぷぷ・・・あははは・・・何?何なの?

       うちに謝るって、超うける」

【リーデル】「お前・・・」

【達人】「何かピンチみたいだったからよ、思わずやっちまった

      あ~・・・女殴る趣味はねぇんだけどなぁ」

【タリア】「は・・・はは・・・あんたアレを女の子とか言うの?」

【達人】「どう見ても女の子だろ

      うわ、露出高!エロいねぇちゃんか?」


レミィはゆっくりと歩み寄り、達人の前に立つ。

まじまじと達人を観察し、にんまりと微笑む。


【レミィ】「なんかちょっと、普通の人間とは違うねぇ」

【達人】「そうなのか?

      まぁそうなんだろうなぁ、まだ馴染んでないしよ」

【レミィ】「馴染む?」

【リーデル】「何悠長に話しているのよ!

        そいつは敵!敵なの!さっさと殺しなさい!」

【達人】「いやいや、何言ってんの?

      人殺しちゃダメだろ」

【リーデル】「はぁ?」


そのやり取りに何かを察したのか、にんまりとレミィが笑う。


【レミィ】「そうそう、敵にそんな甘い事言っちゃだめだよぉ

       異世界の人」


レミィの杖が振り下ろされた。

激しい音がして、達人が立っていた場所が深く抉れ、粉砕されていた。


【達人】「うぉ、すっげぇ力

      女っていうより、人間の域を超えてね?」


確かに、杖の軌道上に達人はいた。

だが、杖は当たらず、半歩後ろの所で攻撃の威力をまじまじと見つめている。


【レミィ】「へぇ、かわすんだ」

【達人】「おいおい、そんな威力でぶっ叩いたら死んじまうぞ」

【リーデル】「もう殺されてるわよ!二人も!」

【達人】「へ?まじ?」

【レミィ】「一人は自爆でしょ~」

【リーデル】「黙れ!」

【レミィ】「こわ~い」


くすくすと嗤いながら、リーデルを挑発する。

ぼりぼりと頭を掻きながら達人はレミィの前に立った。


【達人】「まじで殺しをやったんか?」

【レミィ】「うん、殺したよ

       頭引っこ抜いて、あっちのペットの餌にした」


背後から迫る遺骸の群れを指さし、にっこりと微笑んだ。


【達人】「んじゃ、しょうがねぇ

      拘束するしかないな」

【レミィ】「ふふふ、お兄さんにならぁ

       捕まってあげてもいいかなぁ~」


風を切る轟音と共に、達人の頭へと杖は振り出された。

ぎりぎりで見切ると、そのまま上体を折りレミィの懐へ飛び込んだ。


【達人】「まぁ、動けなくなる程度には加減するからよ、かんべんな」


鈍い音がした。

達人の中段正拳がレミィの左わき腹に突き刺さる。

その衝撃にレミィは吹き飛び、再度地に派手に転がった。


【リーデル】「え・・・天使を・・・」

【タリア】「殴った?」


この世界に生きる物なら、天使と呼ばれる存在がどれ程危険で、どれ程の脅威かは知っている。

まず、遭遇してはいけない存在。

それが天使であり、堕天使だ。

全てが謎に満ち、何を目的としているのかは全く不明。

だが、危険度においては巨人遺骸以上である。

出会ってしまったのなら、全力を持って撃退するしか生き残る道はない・・・ただ、撃退に成功した報告は聞いた事はないのだが。

その相手を魔法では無く、素手で殴り飛ばす達人に唖然とするのは無理もない事。


【達人】「まぁ普通に悶絶コースなんだけど・・・ん~~キレが悪いなこの身体」

【レミィ】「・・・ふふふ・・・あはははは」


倒れたまま、腕と足をバタつかせて大声で笑う。

そのまま、ひょいっと立ち上がると、てくてく歩きながら達人の前に立つ。


【達人】「結構決まった手応えあったんだけどな」

【レミィ】「うん、久々に攻撃に当たった

       けど、それで倒せる程安い女じゃないの、うちは」


途端、レミィが纏う空気が変わる。

達人が今まで感じた事も無いプレッシャーが全身を縛った。


【レミィ】「あとぉ~、その戦闘法だけどぉ

       誰に習ったの?あいつの癖がちょっと見える気がするんだけどぉ」


下から見上げられる視線に、背筋に冷たい物が走る。


【達人】「何を言ってやがる・・・

      空手だよ・・・ただのな」

【レミィ】「ふ~ん、何も分かってないって感じかぁ」

【達人】「どういう事だ?」

【レミィ】「オドの塊みたいな身体なのに、魔法は使わない・・・使えないのかなぁ

       まるであいつみたい」

【達人】「一体何の話だってんだ!」


上段正拳をレミィの眉間に向けて放つ。

タイミングは完璧、必ず入る・・・筈だった。

拳は、着弾寸前に手の平で受け止められ、ぎゅっと握られる。

達人の拳より小さい手である筈なのに、腕はピクリと動かない。


【達人】「な・・・んだ?」

【レミィ】「自分の実力に自信があるんでしょ~?

       負けた事も無いって感じ・・・でもね」


達人の巨体は軽々と横に投げ飛ばされた。

巨大な岩に激突し、岩はその衝撃で粉々に砕け散る。


【レミィ】「試合やってるんじゃないのよぉ?

       命の取り合いしてるの

       相手を気遣って戦うなんて・・・舐めてるぅ」


覆いかぶさっていた岩を弾き飛ばし、立ち上がった達人目掛けてレミィが襲い掛かる。

杖を大きく振りかぶり、一気に叩きつけた。

素早く最小の動きで横に回り込み、攻撃に転じようとした時、自分の首が掴まれている事に気が付いた。


【レミィ】「体術は中々だけどぉ

       それだけで勝てる程、殺し合いは甘くないんだよぉねぇ」


必死に腕を振り解こうとするが、ピクリと動かない。

その姿をにやにやしながらレミィは見つめる。


【レミィ】「生きるか死ぬかの戦いではねぇ・・・自分に出来るあらゆる事を全てやって最後に立っている方が勝利者なんだよぉ

       綺麗も汚いもない・・・魔法が使えないのだってハンデでもない

       出来ない方が悪い、やらない方が悪い

       そして・・・」


ぎゅっと首を握る手に力が篭る。


【レミィ】「弱い方が悪い」

【達人】「う・・・ぐぅ・・・」


今までババァ以外負けた事なんて無かった。

どんな喧嘩でも、試合でも圧勝し気に入らない理不尽に対しても勝利してきた。

だが、今はどうだ?

人を殺して笑っている相手に、手も足も出ずもがいている。

これが俺の実力なのか?

今までどんな相手でも余裕で叩きのめして来た。

それが・・・


【レミィ】「表情見ればわかるよぉ

       今までずっと無敵で、強さってモノに絶対の自信があるんでしょ

       でも、今こうして手も足も出ない」


レミィは舌を突き出すと、達人の頬をベロリと舐め上げた。


【レミィ】「弱いねぇ」


頭の中で何かが切れた音がした。

見苦しかろうが何だろうが、ここまで舐められてただで済ます事なんて出来ねぇ!


【達人】「がぁ!」


自分を掴む腕に噛み付き、手足をバタつかせて必死の抵抗を試みる。

だが・・・


【レミィ】「あははは、かっこわる

       見苦しいねぇ」

【達人】「黙れ!」


瞬間、レミィに数発の火球が命中する。

横目でリーデルを睨みつけ、侮蔑の視線を送る。


【リーデル】「ちょっと、相手を間違えてるんじゃない?

        弱い者いじめしてないで、かかって来なさいよ!」


リーデルの言葉を無視して、達人へと視線を戻す。

その仕草にブチ切れたリーデルは両手に炎を纏わせ、一気に距離を詰める。

渾身の拳を叩き込む為に。


【レミィ】「お呼びじゃなぁ~い」


デコピンの要領で、中指を弾く。

衝撃波がリーデルを背後へと吹き飛ばし、大岩に激突して止まる。

血を吐き出しながらずるずると崩れ落ちた。


【達人】「く・・・くそ女・・・」


弱い者を叩きのめして、へらへらと笑う顔が気にいらない。

強ければ、何をしてもいいのか?

権力があれば理不尽を突き付けていいのか?

ふ・ざ・け・る・な・!


【レミィ】「っ・・・」


達人に掴まれた腕がミシリと軋む。

とっさに達人を放り出し、腕を振り払う。

捕まれた部分が、指の形で変色し凹んでいた。

視線を達人に移す。

ゆっくりと立ち上がる達人の雰囲気は、今までよりも明らかに威圧感を増していた。

指は意思とは別に動いているのか、それぞれが独立して動きながらゴキゴキと鈍い音を響かせる。

俯き加減で表情は読み取れないが、レミィを見る目の光は狂気を宿していた。

ぶるっと身震いする。

こんな感覚は何時ぶりだろう?

困惑と共に、歓喜が膨れ上がって来る。

引き攣った笑みを浮かべている事に自分では気が付いていない。


【達人】「・・・殺すって感情はよくわかねぇ・・・

      けど、ここでてめぇを放っておけば・・・やべぇって事は分かった」

【レミィ】「だったらどうするぅ?

       バカみたいなオド密度のお陰で、障壁は意味が無いみたいだけどぉ

       それだけで勝てるとかぁ・・・うちを舐めすぎ」

【達人】「んな事いちいち考えてねぇよ

      自慢じゃねぇが頭はわりぃからよ

      相手をぶっ倒す事しか考えられねぇんだわ」


腰をぐっと落とし、左拳を前に突き出す。

俗に言う中段の構え。

いつもは挑まれていた・・・だから、構える事はしなかった。

自分の強さを試される事が無かった・・・だから、つまらなかった。

相手は女だが、間違いなく俺より強い。

挑戦だ!

にやけそうになるのを必死に堪え、全身に力を漲らせていく。

未だ2割程度位しか、感覚が伝わらない・・・が、知った事ではない。


【達人】「やってやらぁ!」


レミィには、達人が消えたように感じた。

気合の籠った叫びが聞こえたと思ったら、既に達人の攻撃圏内に入られていた。

それが技術による歩行法である等とはレミィは知る由もない。

予備動作を極力排除し、脱力による落下を移動力に転嫁する縮地。


【達人】「ふっ」


短く強い呼吸と共に打ち出される左上段突き。

魔力によって身体能力を高くブーストしているレミィには、それははっきりと見えていた。

拳を掴み取ろうと軌道上に腕を動かす・・・が、右拳がレミィの鳩尾にめり込んでいた。


【レミィ】「ぐ・・はぁ・・・」

【達人】「良かったぜ、急所は人間と同じようだな」

【レミィ】「この!」


振り上げた杖を達人の頭に向けて振り落とす。

次の瞬間、左脇腹を突き上げる衝撃に悶絶する事になる。

達人は、既に半歩横移動しており、レミィの一撃は掠めるだけで当たる事は無かった。

そして、がら空きになった左脇腹に深々と拳を撃ち込まれた。

身体の反応が鈍い。

暫く経験してなかったダメージという衝撃に一瞬思考が停止する。

掠めただけの攻撃で、達人の額は割れ激しく出血していたが、構うことなく動き出す。


【達人】「ヒュッ!」


打ち込んだ拳を即座に戻し、そのまま大きく上体を捩じる。

胴回し回転蹴り。

大技で中々決まる物ではないが、達人の超人的な身体能力は、反応速度を超えて打ち出す。

回転力を存分に蓄えた左足の蹴りがレミィの顔面を捉え、吹き飛んだ。


【達人】「押忍!」


吹き飛んだ方向に油断なき構え「残心」をしつつ、様子を伺う。

遺骸の群れは進行を止め、二人の戦いを遠巻きに眺める。


【達人】「分かってんぞ

      この程度で動けなくなる程、やわじゃねぇだろ」

【レミィ】「まぁねぇ」


立ち昇る土煙の中から無傷のレミィがとことこと歩いてきた。

にやりと笑いながらも、心の中は平常ではいられない。

左脇腹突きからの胴回し蹴りは、達人の自信の連携の一つ。

それで無傷なのだから、笑いがこみ上げる程の絶望感である。


【達人】「無傷っていうのは、さすがに狡くね?」

【レミィ】「ま、これが現実って事でぇす」


じっと達人を見つめ、くすくすと笑う。


【レミィ】「確信したよ、君が「望まれた者」か、その近しい人だとね」

【達人】「あ?いきなり何言ってんだ?バカか?」


達人に馬鹿呼ばわりされて、硬直した。


【レミィ】「はぁ?何言ってるんですぅ

       バカに馬鹿って言われる筋合いはありませぇん!」

【達人】「ざっけんな!

      勝手に喧嘩売ってきて、突然訳わからねぇ事言いだしてんのはてめぇだろ!」

【レミィ】「この・・・何も知らないで・・・」


引き攣った笑みを強引に落ち着かせて、大きく息を吐く。


【レミィ】「・・・聞きたいんだけどぉ

       巨人遺骸を倒したんは、君じゃないよねぇ」

【達人】「きょじんいがい?あのでっかい黒い奴か?」


頷くレミィ。


【達人】「俺じゃないな

      ライトって奴の巨人だな」

【レミィ】「へぇ・・・ライト君・・・ねぇ」


清が居れば、情報漏洩の為100発は猫パンチを喰らう程ではあるが、達人に駆け引き等出来る訳も無い。


【レミィ】「どういう事なのかなぁ?

       あいつっぽいのは、間違いなくこいつなんだけどぉ・・・

       てっいうかぁ、名前なんて言うの?」

【達人】「俺か?俺は安倍達人っていうもんだ」

【レミィ】「ふ~ん

       うちはレミィっていうんだ

       まぁ有名だから、そこで倒れてるのに聞けば分かるけどぉ」


タリアに介抱されているリーデルをちらりと見る。


【レミィ】「まぁ知りたい事は分かったから、引き上げるかぁ

       それ以上に面白い事も分かったしぃ」


にやにやしながら達人を見る。

ぞわっと悪寒が走るが、それを気取られないように強く構える。


【レミィ】「分かってると思うけどぉ

       今の君じゃ、どう頑張ってもうちには勝てないよぉ」

【達人】「やってみないけりゃ分からねぇだろ」

【レミィ】「にひひ、内心ちょっとホッとしてるでしょ」

【達人】「う・・・うるせぇ、さっさと戦え!」

【レミィ】「ふふ、い・や」

【達人】「な!」

【レミィ】「君みたいなタイプは敗北より、屈辱の方が効くよねぇ

       今の君と遊んでもぉうちは楽しめなぁ~いの」

【達人】「・・・」


言い返す事が出来なかった。

ホッとしている事も、いっそ叩きのめしてくれればと思っている事も。

連携を入れたからこそ分かる。

今の全力を尽くした所で勝ち目は無いという事は。

だが、自分の信念を曲げて生きる位なら、潔く散りたい・・・そんな考え迄読まれている。


【レミィ】「でもでもぉ可能性はあるんだよねぇ

       うちと戦える所まで来れる可能性がねぇ」


その言葉に、冷たく縮んでいく心の奥底に小さな灯がついた。

このレベルに上り詰める事が出来るのか?


【レミィ】「いい目だねぇ

       覚えておいてねぇ、強さっていうのはぁ敵に勝つ事が出来る力

       技も力も魔法も道具もぜ~んぶ含めたのが戦闘力

       ああ・・・でも道具は選ぶ事をお勧めするよぉ」

【達人】「道具?何がダメなんだ?」

【レミィ】「ん~この世界で旅する事になるから、いずれ分かるわぁ

       その時、君がどう判断するのか・・・楽しみぃ」


歪な笑みを浮かべて達人を見つめる。

冷や汗をかきながらも、それを悟られまいと引き攣った笑みを浮かべた。


【達人】「今、俺をここで倒しておかないと・・・後悔するぜ」

【レミィ】「強がりもそこまで言えるなら合格だわぁ

       次会う時までに納得の実力を身に着けてないようならぁ」


レミィが纏う雰囲気が更に濃密に不気味さを増していく。


【レミィ】「殺すから」


一言。

たった一言に全身が崩れ落ちそうになる。

去勢でも威圧でもハッタリでもない。

「殺す」という言葉が持つ真実が、鋭いナイフのように突き刺さる。

恐らく、呼吸をする感覚で「殺し」が出来るのだ。


【レミィ】「ちょっとだけ、うちの実力みせちゃう」


背後にいる遺骸の群れ、ざっと数百という所。

指をパチンと鳴らす。

強力な爆発が起こり、轟音と灼熱と共に群れは塵となった。

その光景を一同は茫然と見つめる事しか出来なかった。

もし、あそこに自分が居れば、間違いなく四散し死んでいただろう。

それ程の攻撃を指を鳴らす程度で簡単に行える・・・最初からレミィは遊んでいたのだ。


【レミィ】「こんなもんじゃないけどぉ

       まぁ力の差はぁ分かってもらえたかなぁ?」

【達人】「・・・」


言葉も無い達人を見て、笑顔でうんうんと頷く。


【レミィ】「それじゃまたねぇ」


手をひらひらさせて別れを告げると、一瞬で消えてしまった。

達人は暫く周りの気配を探りながら残心を続けるが、本当に去った事を確信して構えを解いた。


【達人】「・・・くそ」


握りしめた拳をじっと見つめる。

レミィが言葉通り見逃して去った事にほっとしている自分がいる。

そう・・・びびっていた・・・どんな強敵にだって立ち向かえると信じていた。

それこそが誇りで自分を支える屋台骨だった。

しかし、レミィは肉体的ではなく、心をへし折っていったのだ・・・一番大事な部分を。


【達人】「くそぉ!」


力任せに額を拳で殴った。

痛みはあまり感じない。

この身体になって感覚がおかしくなっているようだ。

本来の身体ならばとよぎるが、かぶりを振って払いのける。


【達人】「負けは・・・負けだ・・・」


負けるのは初めてだ。

本気だったし、勝つ気でもいた。

それでも、現実はコレだ。

胸中に複雑でどす黒い感情が渦巻く。


【達人】「毒島を・・・笑えねぇな・・・」


毒島はどうしただろうか?

俺達だけが、あの光に呑まれてこちらに来たのだろうか?

考えても分からない事だった、だから直ぐ考えるのをやめた。

エメルダ達が怒声を上げながらリニアバイクに乗ってやってくるのが見える。

とりあえずは、ピンチは乗り越えた・・・それだけを喜ぶ事にしよう。


【達人】「全く・・・ちくしょう・・・」

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