第6話 次なる脅威
〇スレイプニル甲板
巨大な船だった。
船というよりは戦艦に近い形状で甲板も広く、背後には高く聳え立つ校舎ならぬ、艦橋。
甲板の左右には所々巨大な砲門が等間隔で設置されている。
陸地を海上の如く航行する
しかも、地球の船の様な揺れも無く、頬を過ぎる風もそよ風レベル。
遠くに見える水平線は宵闇に溶け込み、星空を映し込む鏡となっていた。
【清】「はぁ~星が良く見える」
【達人】「そうだな、あっちではこんなに見えなかったよな」
清はじっと星空を眺め、ゆっくりと首を巡らせる。
その姿をうっとりとアナスタシアは眺めていた。
【清】「やっぱり・・・北極星が見えない」
大きく溜息をついて、がっくりと肩を落とす。
【清】「お兄ちゃん、私達ここにいていいと思う?」
【達人】「なんだよ、藪から棒に」
【清】「ここが私達の世界ではないというのは、しょうがないから信じる
なら、この世界の事を知らない私達が戦力として加担するのは、どうなんだろう」
【達人】「さぁな」
【アナスタシア】「ま・・・待ってください
このまま私達に協力してくれるのではないのですか?」
じっとアナスタシアを見つめると、そっと口を開く。
【清】「私達の世界では、こんな戦いは無い世界
その日、怪物に襲われて死ぬ事なんてないわ」
【アナスタシア】「え!」
【清】「・・・私達の当たり前はあなた達の非常識
そして、それは私達にも言える事」
【アナスタシア】「・・・」
【清】「流れで戦ってはしまったけど、こんな艦があるって事は・・・
人間とも戦うんでしょ?」
アナスタシアは清の薄紫の瞳に全てを見透かされているような不安が渦巻いた。
【清】「勢力があり、権力があり、そして軍事力がある
今回、私達が使った力は・・・そのバランスを崩すのではない?」
【アナスタシア】「・・・その通りです」
【清】「なら、安易に力を揮う事は出来ない
あなた達が正しい者達だとは限らない」
【アナスタシア】「・・・この話をする為に・・・私を指名したんですね」
【清】「うん、その通り」
【アナスタシア】「ずるい・・・私があなたに好意的な事を利用したのですか?」
【清】「そうね
でも、突然こちらの世界へ召喚されて、命を掛けた戦いに巻き込む・・・
漫画やアニメならともかく、現実に起きると「はい、そうですか」って納得なんて出来る訳ないでしょ」
【アナスタシア】「まん・・が?」
【清】「私達の世界の読み物よ
こちらには無いの?娯楽読書物や歴史書とか」
【アナスタシア】「・・・知識を伝達する「レコード」という物はあります
文字はありますが、あまり使う事はありません
レコードに触れる事で知識を伝達する事が出来るから・・・」
【清】「・・・へぇ」
清が顎下に手を当てて考え込む。
達人は退屈そうに周りを眺めていた。
【達人】「ほぉ、ここは地の果てが真っ直ぐなんだな」
【清】「‼」
達人の頭に飛び乗るとじっと水平線を見つめた。
人間の身体の時より、視力が良くなっている事に少々驚きつつも、眼前に広がる事実に愕然とした。
【清】「・・・ほんとだ・・・
水平線が・・・直線・・・」
【達人】「すげぇな、こんなの初めて見たぜ」
【清】「・・・つまり・・・球体では・・・ない?」
清の頭に天動説と地動説の論文が浮かんでは、その情報を精査していく。
昔、まだ天動説が信じられていた頃、地球は平面で地の果ては巨大な滝だと信じられていた。
後にコペルニクスが理論をコロンブスが羅針盤を使った行動で地球は丸いと実証されていく。
地球は球体の為、地平線と水平線は必ず曲線を描く・・・なのに、ここは一切曲がっていていない。
直線になる程巨大な惑星なのか・・・いや、今の視力をもってすれば分かる・・・視力の限界まで見える範囲で境界線は直線だ。
【アナスタシア】「当たり前じゃないですか・・・境界線が直線だなんて」
【清】「・・・私達の世界では、曲線が当たり前なんです」
アナスタシアが何か言っていたが、清の頭の中ではあらゆる情報が目まぐるしく回り、答えを求めて深く深く知識に潜る。
必死に振り向かせようと話しかけるアナスタシアだったが、ヘラヘラと笑いながら達人が制する。
【達人】「あ~無駄無駄
妹がその状態になったら、外の事なんて全く関心持たないから」
【アナスタシア】「そんな・・・」
【達人】「こいつはマジ頭がいいからな
実際良すぎて周りに気持ち悪がられて、友人なんて出来なかったんだ」
【アナスタシア】「・・・」
【達人】「何を考えたか、道のど真ん中でこの状態になってよ
慌てて抱えて助けた事もあったっけか」
大笑いしながら過去を語る達人を見て、ぼそりと口を開く。
【アナスタシア】「・・・すいません、達人さん」
【達人】「ん?」
見ると、泣き出しそうな顔で見つめるアナスタシアがいた。
【アナスタシア】「・・・さっき清さんに言われるまで、あなた達の立場なんて・・・全く考えていない事に気が付きました」
【達人】「・・・まぁな」
【アナスタシア】「私に何が出来るのか分かりませんが、責任を・・・」
【達人】「そんな事軽々しく言うんじゃねぇよ」
達人の雰囲気が変わる。
さっきまでのとぼけた感じは消え去り、切れ味鋭い刃物を喉元に突き付けられたようだ。
命を掛けた戦いは何度も潜り抜けた・・・それなりに胆力もあると思う。
なのに・・・冷や汗が止まらない。
武器も持たない、魔法も使えない筈の相手に・・・。
【達人】「確かに、こんな事になったのは・・・まぁなんだ、よくわからん
だけどよ、あんた一人が負える責任じゃねぇだろ」
【アナスタシア】「で・・・でも・・・」
【達人】「なるほど、清が選ぶだけあるわ
ちょろ過ぎだぜ、あんた」
【アナスタシア】「な!」
【達人】「責任感が強く、異常に真面目
ちっと、つついてやれば、簡単に手玉に取れる」
アナスタシアは言葉を失った。
よくエメルダに言われている事だった。
違う世界の、知り合っても間もない二人に簡単に見破られているのだから、相当なのだろう。
自分の事ながら情けないと思う。
【清】「そこまでよ、お兄ちゃん」
清の言葉に、達人の雰囲気がふっと消えて、いつものひょうひょうとした雰囲気に戻った。
【清】「さて、色々な仮説が私の中に出来たわ
あんまりに多くて、一つ一つ地道に解決してくしかない」
【アナスタシア】「・・・」
【清】「お兄ちゃん」
【達人】「なんだ?」
【清】「お兄ちゃんの身柄、私に任せてくれない?」
【達人】「ああ、いいぜ
どうせ頭で考える事は、お前には勝てないからな」
【清】「ありがと
では、改めて・・・」
じっとアナスタシアを見た後、くっと顔を上げる。
【清】「そこに隠れている司令官と交渉させて貰いましょうか」
アナスタシアが振り返ると、物陰から煙が噴き出し、ゆっくりとエメルダが姿を現した。
【エメルダ】「気配を消すのは・・・得意なんだけどねぇ」
【清】「お兄ちゃんは初めから気が付いていたよ」
【エメルダ】「ほう、只者ではないと感じてはいたが・・・
で、交渉とは?」
【清】「私達は私達の判断で行動したい・・・けど、この世界で何も分からず放り出されても困る」
【エメルダ】「ふむ」
【清】「だから、私達と契約をして」
【エメルダ】「・・・条件は?」
【清】「詳細は後で提出するとして、大前提がある」
【エメルダ】「聞こう」
【清】「私が必要とする情報の開示と、自治権」
エメルダはじっと清を見つめる。
清もじっとエメルダを見つめていた。
【エメルダ】「う~ん、こういう駆け引きは得意じゃないしな
私の約束が、どれ程の力があるか分からないが・・・まぁよかろう」
【清】「こちらから提供出来るのは、あなた達が望む戦力としての私達
ただし、私達がこちら側を正しいと感じなければ、拒否します」
【エメルダ】「・・・そっちの判断でか?勝手じゃないか?」
【清】「自治権を認めたでしょ
何をどう判断するかは、こちらが決めます」
【エメルダ】「・・・」
エメルダはキセルをふかして。ゆっくりと煙を吐き出す。
その口元は微笑していた。
【エメルダ】「まだ言いたい事がありそうだな」
【清】「一杯あり過ぎて何から聞いたものか
だから、最初の疑問から始めようと思うの」
【エメルダ】「なんだ?」
【清】「「バベルの塔」はある?」
アナスタシアとエメルダは驚愕し、じっと清を見つめる。
【エメルダ】「・・・どうしてその名を?」
【清】「ん?何?禁句だった?」
【エメルダ】「いや・・・そうでは無いんだが・・・
誰でも知っている事でも無いから・・・違う世界から来た君から名を聞くとな・・・」
【清】「ふ~ん、ともかくあるって事ね」
【エメルダ】「・・・」
【清】「答えにくい事みたいね
なら、次」
二人は目の前にいる可愛らしい猫のような生き物を戦慄を持ってみていた。
一体、何を見て、何を知り、どうしてそこへ至ったのか・・・。
軽々しい返事は、取り返しのつかない何かを引き起こす可能性があった。
【清】「さっき言ってたレコードだけど・・・
どこかに大量に集められている図書館のようなモノがある?」
【アナスタシア】「あ・・・あります」
【清】「そう、ならその施設の名前に「アカシック」とかそれに類似する名称はついてない?」
また二人の顔が驚愕に染まる。
言葉の選択が求められる。
軽々しい答えは、どれだけの情報を相手にもたらしてしまうのか・・・分からない。
だが、アナスタシアは口を開いた。
【アナスタシア】「そ・・・その通りです
アカシック=レコードライブラリと呼ばれています」
【清】「ふ~む」
顎下に手を当てて考え込む。
だが、隣にいた達人は遠くを覗き込みながら、怪訝そうに顔をしかめていた。
【達人】「なぁなぁ」
【エメルダ】「な・・・なんだ?」
驚愕の余韻が冷めやらぬ状態ではあるが、彼は清程ではないだろう。
言葉の裏や駆け引きは恐らく無い。
【達人】「あれって、街襲ってた奴等じゃね?」
その言葉に、違う意味での驚愕が二人の表情に張り付く。
指差された方向に魔力を込めて視界を強化する。
暗闇の中、遠くに土煙を上げながら疾走してくる遺骸の群れ。
【エメルダ】「バカな・・・またしても探索出来なかったというのか・・・」
歯を食いしばり、震える手で手摺を強く叩く。
金属を叩いたにも関わらず、凹み曲がったのは手摺の方で、エメルダは無傷だった。
それを見て達人は口笛を吹いてニヤリと笑う。
【アナスタシア】「・・・私の力では見えません・・・」
【エメルダ】「しかも・・・天使がいる・・・」
アナスタシアの顔に驚愕と憎悪が宿る。
そのまま飛び出そうとするアナスタシアの腕を掴み、強引に引き寄せた。
【エメルダ】「至急戻って警報を出せ
戦える者はフル装備で待機・・・」
【アナスタシア】「でも・・・私は・・・」
【エメルダ】「今、お前が出張った所で勝つ事は出来ない!
犬死にはさせん!」
泣きそうな顔のアナスタシアに、厳しい表情で言い放つ。
ぐいっと目元を拭い敬礼を一つしてアナスタシアは船の中に戻っていった。
【エメルダ】「探知出来なかったのは・・・お前のせいだな
堕天使め」
【清】「てんし?」
【エメルダ】「この世界に確認出来ているだけで七匹いる化け物の呼称だ
こちら側でも魔界側でも無く、何故か遺骸を部下のように使う事が出来る世界の天敵・・・それが天使だ」
その言葉に達人の顔に凶暴な笑みが浮かび上がる。
【達人】「なるほど・・・どうりで」
【清】「お兄ちゃん?」
【達人】「めちゃくちゃ楽しそうじゃねぇか」
唖然と達人を見るエメルダ。
【エメルダ】「巨人遺骸とは別の意味で強敵だ・・・いや、あれより遥かに強い敵だ・・・
楽しさなんてある訳がない」
【達人】「へ、俺が何をどう楽しむかは、俺にしか決められねぇよ」
【清】「へぇ、あっちでは退屈してたお兄ちゃんが、随分と乗り気じゃない」
【達人】「清には悪いけどよ
俺はちっとこっちの世界が面白くなってきてるんだぜ」
〇迫り来る遺骸の群れ
【レミィ】「う~ん、せっかくのデカブツを使ったのに、こうもあっさり倒されちゃうとかないわ~」
浅黒い肌に大きな黒目の瞳、白色の髪は癖が強く跳ね、ちょっとむっちりとしたスタイルで露出が高い布?毛皮?で肝心な部分を隠されている。
頭の両脇から生える大きな角、腰のあたりから生えた大きな羽。
天使というより悪魔といういで立ち。
ただ、はっきりと分かるのは巨人遺骸等には無い、圧倒的な強さの気配を隠す事無く撒き散らしていた。
【レミィ】「でもまぁ、ある程度分かってはいたけどねぇ
きちんとこちらに来てくれたんでしょ?予言の子」
口元に残忍な笑みが張り付く。
甲板に立つ達人を見つめ、舌なめずりをした。
【レミィ】「さぁ、どれ程のモノか
うちに魅せてぇ~ん」
手を高く上げ、すっと船を指さす。
追随していた遺骸の群れが一斉に叫び、スレイプニルに襲い掛かる。
〇スレイプニル作戦指令室
飛び込むようにエメルダ達が突入し、一番大きく表示しているモニターに映る遺骸の群れを睨みつけた。
まだ小さいシルエットだが、中央に堕天使レミーの姿が映し出された。
【エメルダ】「最初が巨人遺骸で、次が天使か・・・
ハードモード過ぎるだろ」
【アナスタシア】「司令!
私に行かせて下さい!」
【エメルダ】「ダメだ
今お前が出ても戦いにすらならない
ここは、やれる事をやれ」
拳が白く変色する程握り締め、小刻みに震えながら必死に何かに耐えている。
それを横目に見ながら、回されてくるデータモニターを確認する。
【エメルダ】「前回の損害が大き過ぎるな・・・
まともな戦力が残っていない」
【アナスタシア】「私が出ます!」
【エメルダ】「・・・」
涙を拭いもせず、強くエメルダに訴えた。
その勢いにエメルダも言葉に詰まる程。
【エメルダ】「過去の件があるから、復讐をしたいというお前の気持ちも分かる
だが、お前は今後も必要な人材だ
成長すれば、私を越える才能をむざむざドブに捨てる気はない」
【アナスタシア】「ですが、このままでも同じです
敵に対応出来る戦力がないじゃないですか!
ならば、せめて一矢報いて」
パン!
指令室にアナスタシアの頬を平手打ちした音が響いた。
あまりに一瞬で、叩かれたアナスタシア自身、何が起きたか理解出来ていなかった。
【エメルダ】「人の上に立つ者が、最初に諦めてどうするか!
どんな時でも勝つ為にあらゆる手段を尽くす、それが責任だ!」
【アナスタシア】「・・・」
頬に手を当てて、静かに涙を流す。
エメルダは大きく溜息をつきながら、ドスンと椅子へ座る。
だが、脳裏にはあの力があれば・・・っという期待がよぎる。
【アナスタシア】「・・・巨人の事をお考えですか?」
【エメルダ】「・・・そんな分かり易い顔してたか?」
【アナスタシア】「いえ、同じ事を考えていましたから・・・」
【エメルダ】「・・・そうか」
モニターに映る笑う堕天使レミーを睨みつける。
【エメルダ】「ともかく、アレを連れて街に行く事は出来ない・・・
マナ濃度が出来るだけ高い所を検索しろ
巻くか倒すかしなければ、先は無いと心得ろ!」
〇スレイプニル医務室
特に電球らしきものは物は無いのに、部屋の中全体が優しい明るさに満ちていた。
薬品合成用の器材と数々の薬や細いプレートが満載の棚が二つほど置かれている。
壁際には純白のベッドが4台設置されていて、その一番奥にライトは寝かせられていた。
【ライト】「う・・・」
ぼんやりとした視界に、優しい光が差し込む。
眩しさは感ず、むしろ妙な安心感に満ち溢れていく。
【ヨルダ】「目が覚めたかい?」
隣で座っていたヨルダがゆっくりとプレートから顔を上げた。
【ヨルダ】「オド不足かと思ったら、心労と疲労から来る昏倒だとは
驚きですね」
【ライト】「・・・ヨルダさん」
【ヨルダ】「少し、お話しましょう」
手していたプレートを机の上に置き、ゆっくりとライトに向き直る。
【ヨルダ】「僕達の姉弟の事を少しお教えしましょう」
【ライト】「・・・うん」
【ヨルダ】「僕達は予言の一族の末裔だという事は知っていると思うが、厳密に言うと半分だけなんだ」
【ライト】「半分?」
【ヨルダ】「そう、母は予言者の一族だけど、父はそうじゃなかった
予言者の血筋を汚す最も愚かな行為として両親は一族から放逐された」
ゆっくりと天井を仰ぐ。
【ヨルダ】「父は禄でもない奴でね
一族の庇護で在宅三昧の生活が得られないと分かると母を捨て、どこかに消えた
母は箱入りだったから・・・そのショックで精神状態が非常に悪くなった」
【ライト】「そんな事が・・・」
【ヨルダ】「そんな時、ヨアンに予言者の宣告が起きて、母はそれをネタに一族に戻るよう働きかけた・・・
一族は穢れないヨアンは引き受けるが、母と宣告が無い僕は受け入れる事が出来ないと告げた」
ライトは言葉を失った。
予言者の一族の事は知っているが、ただ知っているというだけで何も知らないと言ってよかった。
事実、ほぼ全ての情報が秘匿されていて、その神秘性もあって予言者は非常に優遇されている。
【ヨルダ】「だけど、ヨアンは必死に僕達を共に受け入れて欲しいと懇願した
その甲斐あって、一族の庇護を受けて生活が出来るようになったんだ
予言者の才が無い僕は必死に勉強して、違う方面での可能性を模索した
だが、母は一族の金を持って蒸発してしまったんだ」
【ライト】「そんな・・・」
【ヨルダ】「予言者の一族であったとしても宣告が現れる者は稀だから、僕達はそのまま一族にいる事は許されたが・・・分かりきった針の筵さ
特に、宣告が無かった僕は非常に当たりが強くてね
いつも生傷作っては泣いていたよ」
ライトはゆっくりと身を起こし、ヨルダの話をじっと耳を傾ける。
【ヨルダ】「自分も過酷な予言者としての修行で痣だらけなのに、何時も僕を気遣って優しくしてくれた
すこし、舌っ足らずだっただろ?
あれも修行の副作用なんだ」
そうだったのか・・・ただ、そういう物とだけしか思っていなかった。
二人が過ごした過酷な日々は、少し自分と似ていて親近感が沸いた。
それと同時に、ヨアンの事を何も分かってない事にどうしようもない怒りが沸く。
自分の無知に対して。
【ヨルダ】「ある日、ヨアンは自分が受けた宣告の話を僕にしてくれた
僕は、そんな宣告は忘れて逃げようと提案した
でも、ヨアンは微笑みながら首を横に振り」
ヨルダはその時の事を瞳を閉じて思い出す。
【ヨアン】「だ・・・だいじょうぶ・・・わ・・・私も・・・受け入れて・・・ここにいるの・・・」
【ヨルダ】「いやだ!お姉ちゃんが死ぬ運命なんて・・・絶対に嫌だ!」
ヨアンは優しくヨルダを抱きしめる。
【ヨアン】「こ・・・これは・・・世界の未来を・・・紡ぐ為・・・
あなたの未来を・・・作る為・・・必要な・・・事なの・・・」
【ヨルダ】「嫌だ・・・認めない・・・絶対に認めない・・・
僕は必ず、その宣告を覆す力を手に入れる・・・絶対に」
ヨアンは優しく微笑み、泣きながら必死に訴えるヨルダの頭を優しく撫でる。
【ヨアン】「うん・・・ヨルダなら・・・きっと・・・出来るよ」
ヨルダはゆっくりと目を開く。
一筋の涙が頬を伝い、顎先から下へ零れ落ちた。
慌てて目を拭い、ライトへと向き直る。
【ヨルダ】「だけど、僕は間に合わなかった・・・
宣告は現実になり、君が僕の目の前にいる」
【ライト】「ご・・・ごめんなさい
ぼ・・・僕そんな事知らなくて」
【ヨルダ】「謝るな・・・それはヨアンのした事への最大の侮辱だ」
【ライト】「‼」
【ヨルダ】「僕が話したかったのは、君はヨアンが残した未来のカギ
僕は君をこれからずっと見ている
何をなし、何を救い、どんな結末を迎えるのか
必ず見届ける」
【ライト】「ヨルダ君・・・」
【ヨルダ】「僕が言いたい事はそれだけだ」
ヨルダが席を立とうとした瞬間、部屋には警報が鳴り響き艦内放送が戦闘準備に向けての言葉を必死に伝えている。
緊張の面持ちで放送を聞いた。
【ヨルダ】「・・・追撃が来たのか」
【ライト】「ヨルダ君」
少し表情を落ち着けて、ライトを見る。
真っ直ぐにヨルダの目を見つめるライトの瞳に淡い意思の光を感じる。
【ライト】「僕が何者なのか・・・なんて、はっきり言って分からないよ
だけど、僕に何か出来ると命を掛けて言ってくれた大事な人の為に、僕は僕の出来る事をやっていく」
【ヨルダ】「・・・そうか」
ライトはベッドを飛び出し、ヨルダに続いて格納庫へと向かった。
〇格納庫
ライト達が医療室で話し合っている頃、格納庫ではリーデル達が暴れまわっていた。
【リーデル】「ちょっと!使えないって何よ!
誰が何の権利があって、わたしの物を使うなとかいう権利があるのよ!」
データを見ながら、面倒くさそうにリーデルを横目で見て溜息をついた整備士。
ヨルダの部下でハーフエルフのヒューリー。
【ヒューリー】「だから、あなたの物ではありませんし、使うも何も見て下さいよ
あれだけ損傷部位があれば使える訳ないでしょ」
【リーデル】「だったら、さっさとあのクズ起こして直させなさいよ!
どいつもこいつも使えない」
【ヒューリー】「だったら、自分で修理したらどうです?
がなるだけなら誰でも出来るんですよ」
【リーデル】「はぁ!あんた誰に向かって物言ってるの⁉
あんた位切るなんて簡単に出来るよのよ!」
【ヒューリー】「そうしたかったら、そうすればいいじゃないですか
このままでは、全員死亡です
そうなりたくないから、こうして必死に仕事しているんですから、邪魔しないで」
【リーデル】「な・・・この・・・」
【タリア】「はいはい、そこまで
これ以上仕事の邪魔しない」
タリアに羽交い絞めにされて、ずるずると引きずられながら格納庫を後にしようとしていた。
バタバタ暴れながら引きずられていると、警報が鳴り響く。
【リーデル】「・・・やっぱり来たわね」
【タリア】「・・・マジか
やっと助かったと思ったのに・・・」
【リーデル】「巨人が使えないなら・・・フル装備でやってやるわよ
ヴァルキュリアス以上の戦果を出してやるわ!」
【タリア】「いや~それは無理っしょ
リーデルの姉ちゃん、まじ化け物だし」
睨みつけるリーデルの視線を口笛で交わしつつ、少し後ずさる。
目頭を押さえて溜息をつくリーデルは、タリアの襟首を掴むと装備格納庫へと向かう。
【タリア】「やっぱこうなるのかよ~」
【リーデル】「泣き言言うな!
家名が泣くぞ!」
【タリア】「家名より命でしょ」
【リーデル】「うるさい!さっさと着替えて行くわよ!」
【タリア】「え~~!やだぁ~~~!」
〇甲板
魔導兵器に身を固めた兵士が群れに向かっていくのが見える。
達人と頭の上の清はそれを見つめていた。
【清】「・・・出撃していってる」
【達人】「待機って言ってなかったか?
でも、まぁ無駄死にだな」
【清】「でも、訓練を受けている兵士だよ」
【達人】「あ~なんていうのかな・・・圧っていうの?
それがよ、違うんだわ」
【清】「圧?」
【達人】「どんなジャンルであれ、強い奴は圧を纏うんだよ
隠す事が上手い奴もいるが、あれは違う」
群の先頭を歩く堕天使レミィを見る。
【達人】「力のコントロールなんて皆無、駄々洩れ
だが、半端じゃねぇ程の圧が漏れてる
さっきの金髪姉ちゃんでも勝てんだろ」
【清】「お兄ちゃんでも勝てない?」
【達人】「ん~身体がまだ二割程しかうまく動かない感じだからなぁ
生身じゃねぇのは、はっきり分かるけど、そうなると俺の身体・・・どこいった?」
【清】「私だってそうよ!
なんなのこの猫みたいな動物の姿って!」
【達人】「いや、超似あってるぞ」
おちょっくたように笑う達人の顔面に渾身の猫アッパーが炸裂し、腰から崩れ落ちた。
【清】「・・・あの人達、死んじゃうの?」
【達人】「さっきの街でも大勢死んでたからな
まぁ死ぬだろ」
【清】「なんなのこの世界
こんなにも隣に死があるなんて・・・」
【達人】「まぁ俺達の世界とは違うって事は確かだな」
全身のバネを使って飛び起きると、放り出した清を頭でキャッチする。
達人の髪がざわざわと逆立っていく。
指がゴキゴキと鳴りながら、強く握られていく。
【達人】「どうやら俺に挨拶してぇらしいな」
満面の笑みが達人の顔を浮かぶ。
レミィの圧が達人を挑発しているのを感じる。
それは歓喜に満ち溢れ、狂気にも似た暴力への衝動。
【清】「はぁ、全くとんでも無い事になっちゃたわ・・・
生き残るには、戦うしかないんだね」
【達人】「ああ、ここははっきりしてて楽だぜ
ようは・・・ぶっ倒せばいいって事だろ」
【清】「でも、二割なんでしょ」
【達人】「身体動かしてれば、馴染むだろ」
【清】「ほんっと、脳筋」
肩を落として溜息をつく。
エメルダとアナスタシアは事態を受けて戻っていった。
私達はどうする事が正解なのだろう?
気になる事は多々ある・・・だが、安易に答えを急ぐのは最悪の手だ。
今できる選択肢で、最善を選び続ける必要がある。
【清】「お兄ちゃん、様子をみ・・・」
達人はいつの間にか、清を手摺に乗せていなくなっていた。
甲板を駆け抜け、目の前にあった大きな岩壁に飛び出す。
【清】「お兄ちゃん!」
【達人】「ちょっとそこで留守番してろ
挨拶にいってくるわ」
壁に着地すると、そのまま次の出っ張りへと飛んで行き、それを繰り返す事で地上に降りたつと敵の軍団に爆走してくのだった。
【清】「我が兄ながら・・・ほんっと馬鹿・・・」
大地を走る。
話によると俺の身体は金属マテなんとかで出来ている人間もどきらしい。
だが、そんな事知った事か。
俺は俺だ。
この先に、俺をわくわくさせる奴がいる。
心から待ち侘びた全力をぶつけても構わない敵!
敵?ああ、敵・・・そうか敵か。
今までは相手だった・・・自分の全力をぶつければ死んでしまう・・・だから、死なないように加減しなければならない相手。
不満だった。
ずっとずっと不満だった。
鍛えに鍛えた身体に、敵を倒す為の技術・・・倒す・・・いや違う!
殺す!
ぶわっと全身に殺気が漲る。
向こうの世界では無かった感覚だ。
殺す事を前提とした戦い。
ひりついた感覚が全身を廻り、歪な笑みを止める事が出来ない。
【達人】「ああ、最高だ
これこそ、俺が求めていたもんだ!」
遺骸の群れに向けて獣の如く突撃していった。
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