第5話 動き出す世界

〇荒野を走る船


巨人を搭載した魔導戦艦「スレイプニル」は、地上をまるで海の上かのように航行していた。

木々がある所を航行しているにも関わらず、木々は倒れる事も折れる事も無く、船が通過した後は元通りになっていた。

航行は順調で、甲板では多数の工兵が学生兵と共に作業に勤しんでいる姿が見て取れる。


〇司令室


エメルダは指令室の窓から皆の姿を見つめながら、あの時の事をずっと思い返していた。

腕を上げる事すら難しかった巨人が、突然変貌し圧倒的な戦闘力であの巨人型遺骸を一蹴した。


【エメルダ】「この状況は非常に・・・まずい」


切れ長の目が一段細くなり、瞳の奥に鋭い光が宿る。

静かに隣に立ち、戦闘記録映像を見ていたアナスタシアが小さく頷く。


【アナスタシア】「あの力を放ってく訳・・・ありませんね」


エメルダは椅子へと移動すると疲れた様子で座り、背もたれに身体を預け目を閉じる。


【エメルダ】「各枢機卿や権力者、何より聖教が黙っている筈がない

       大戦後、権力集めは非常に狡猾かつ陰湿になり、優位を求めて力を求めている」


ゆっくりと目を開き、宙を睨む。


【エメルダ】「この力は隠す必要がある」


ゆっくりと立ち上がると、胸元からキセルを取り出し火を点けると一気に吸い込む。

溜息のように煙を吐き出し順調に航行している風景を眺める。


【エメルダ】「何より、天使共に気づかれるのは非常にまずい」


その言葉に、アナスタシアの表情が強張る。


【アナスタシア】「てん・・・し・・・」


横目でアナスタシアの様子を見ながら、煙を吐き出す。


【エメルダ】「全く面倒な事になった・・・」


巨人型遺骸を撃退出来る戦力は非常に魅力的だ。

だが、大戦から時が経ち、世界状況は非常に混迷を極めていた。

各国は権力掌握に走り、世界の連携はギスギスし、自らの戦力増強に走り、魔導兵器や優秀な兵士の育成等に躍起になっている。

当然、そういった所で倫理等求める方が愚かだ。

現在、使用しているこの艦ですら機密扱いの最新兵器である。

その上で、エメルダも知らない巨人の存在。

あれ程の力をどこであろうと放っておく訳がない。

大きなため息をつくと、重々しく立ち上がる。


【エメルダ】「ともかく、アレについて詳しく知る必要がある」

【アナスタシア】「あの所属不明の男ですか?それとも、巨人の?」

【エメルダ】「巨人については、暫く調査が必要だろうからな

       まずは関係者からだな」

【アナスタシア】「箝口令は出しておきます

         どこまで抑えられるか・・・分かりませんが」

【エメルダ】「気が利く副官がいると助かるよ」


アナスタシアの背をバンバンと叩きながらニヤニヤと笑う。


〇医療ラボ


様々な医療機器が並び、ベッドの上には達人が退屈そうに寝そべり、その周りを小さな装置らしき物と、光の球が浮遊していた。

手早く多数のモニターを展開し、浮かび上がる文字を目で素早く追う白衣の青年。

手を横に振ると、多数のモニターが順番に消える。

眼鏡の位置を戻す所作を行うと、にっこりと微笑む。


【アスク】「もう起き上がって結構ですよ」

【達人】「ん・・・」


身を起こしてぼりぼりと頭を掻くと、ベッドから身軽に飛び降りる。

色々な設備を、あちこち移動しながら見ている猫のような姿になった清をつまみ上げる。


【清】「ちょっとお兄ちゃん

     邪魔しないでよ」

【達人】「邪魔する気はないけどよ

      俺達、これからどうすんの?」

【清】「それを考える為に情報を集めてるんじゃない」

【達人】「しかし・・・」


じっと猫の姿になった清を見つめる。


【達人】「お前、その姿の方が可愛くてよくね?」

【清】「肉球ローリングサンダー!」


見事に顎、喉、鳩尾に肉球がねじ込まれた。

前のめりに倒れる達人の顔は何故か満足気だ。


【清】「自分だけ元の身体になったからっていい気になって!」

【アスク】「それなんですが」


アスクが言いかけた時扉が開き、白衣をだらしなく引っ掛けて腰まである長い髪をボサボサにしたまま眠そうに入って来る少女。


【清】「・・・子供?」

【アスク】「ヨーク主任」


アスクの呼び掛けに清は思わず二度見。


【清】「主任?この少女が?」

【ヨーク】「・・・喋る小動物に言われたくない・・・」

【清】「しょう・・・」

【ヨーク】「・・・見せて」


アスクから送られたデータを目だけで素早く閲覧する。


【ヨーク】「・・・入ってきていいよ」


データに目を通しながらボソっと呟くと、扉が開いてライトとエメルダ、アナスタシアが入ってきた。


【達人】「おう、坊主

      相変わらずしょぼくれてんな」

【エメルダ】「丁度いいタイミングだったようだな」

【アスク】「ここは禁煙ですからね」


優しく微笑みながらエメルダに釘を刺す。

かなり出来る人のようだ。

ちょっとバツが悪そうにしていたが、ヨークが閲覧を終えたので皆ヨークに注目する。


【ヨーク】「・・・そっちも色々聞きたい事あるでしょ

      ・・・会話形式といこうか」


清は達人の頭の上に乗るとじっと集まってるメンバーを見つめた。


【清】「話をする前に、確認したい事があります」

【エメルダ】「なんだ?」

【清】「ここからの会話は、非常に重要かつ重大な事になると思います

    機密が守られる場所とメンバーですか?」

【エメルダ】「・・・なるほど

        なら場所を変えよう、メンバーはどうする?」

【清】「えーと、そこの少年」

【ライト】「あ・・・そ・・・そうか、まだ名乗ってませんでしたね

       僕はライトと言います」

【清】「なら、ライト君と・・・」

【エメルダ】「エメルダだ、ここの司令官をしている」

【清】「エメルダ司令、ヨーク主任はいて下さい・・・他は」


アスクとアナスタシアはじっと清を見つめる。


【清】「どうなんでしょう?」

【エメルダ】「ふむ」

【ヨーク】「アスクはここでの仕事があるから、不参加でいい」

【アスク】「分かりました」


ちょっとがっかりした表情で頷くと、自分の持ち場へ戻っていった。


【アナスタシア】「私も参加させて貰えないだろうか?

          一応、ここの副官をさせて貰っている」

【清】「副官・・・ん~~~~」


顎に手を当てて考え込む。


【達人】「偉いんだろ?

      いいんじゃね?」

【清】「ん~~~~~」

【エメルダ】「彼女の事は私が責任を持とう」

【清】「・・・分かりました」

【達人】「んじゃさっさと行こうぜ

      なんか食い物あったら頼むわ、腹減った」

【エメルダ】「ふふ、君はなんか豪快でいいな

        用意させておくよ」

【達人】「おう、出来たら肉がいいな

      たっぷり頼むぜ」


〇司令官室


一同は司令官室へと案内された。

機能優先といった感じの部屋で、大きな作業机と来賓用のテーブルとソファだけは立派である。

指を鳴らすと窓のシャッターが落ち、部屋の天井中央部に光の球が現れ部屋を照らす。

清はその様子をまじまじと観察していた。

達人はそんな事に関心無く、用意された食事をがっついていた。


【エメルダ】「ここなら盗聴や盗撮等の防備もしっかりしているから安心してくれ」

【清】「司令官の部屋ってもっと豪華かと思ってました」

【エメルダ】「豪華だったら効果が変わるっていうならそうする」


清はじっとエメルダを見つめると、来賓テーブルの机の上に飛び乗った。


【清】「なら、早速始めましょう

    お気づきかもしれませんが、私とお兄ちゃんはこの世界の住人ではありません

     太陽系第三惑星地球の日本というのが出身です」

【アナスタシア】「たいよ・・・う・・・けい?」

【清】「もう一つ」


清の言葉に一同が注目する・


【清】「私達は日本語という言語で話しています

    言葉が通じるのは何故なんです?」

【ヨーク】「にほんご・・・?

      この世界に言語は一つだけ・・・アテム語」

【清】「アテム語・・・ですか」

【達人】「ふご、なんかアトムみたいだな」

【清】「お兄ちゃんは黙って食べてて」


清の一瞥に言葉を失い、ドカ食いを再開する。


【清】「私の知っている知識だと、確かかなり昔の言語にあったと思うけど・・・」

【エメルダ】「そっちの世界・・・異世界って事になるのか?」

【清】「・・・これは私見ですが、異世界は存在しないと考えています」

【ヨーク】「・・・異世界・・・今の世界とは違う選択をした世界・・・だっけ?」

【清】「可能性の世界ですね

    ですが、エネルギー保存の法則から考えれば、あり得ないかと

    何かの選択だけで分岐する世界が全て存在するのなら、それは膨大なエネルギーが必要となる筈です

    当然、私が知らないエネルギーが存在する可能性もあります

    けど、選択とは一つを選び、他を排他する事で成立するのです」

【ヨーク】「なるほど・・・一つの可能性を存在させる為に、他の可能性を犠牲にするっという訳ね・・・非常に合理的な考え方ではある・・・」

【アナスタシア】「ならば君達は何処から来たんだ?

         この世界では無いという根拠は?」


清は顎下に手を置き目を閉じてひとしきり考えを巡らせる。


【清】「私達の世界には「魔法」は存在しません

    それが何より明確な根拠です」


達人とヨーク以外は驚愕に固まる。


【清】「あなたはあまり驚かないのね?」

【ヨーク】「ライト君みたいに・・・魔法が使えない人もいるし・・・」

【清】「使えないのと、無いでは話が違うと思うけど」


ボーっと考えに耽っていたが、暫くしてポンっと手を叩くと


【ヨーク】「・・・びっくり・・・魔法がないとか・・・あり得ない・・・」

【清】「・・・独特の間を持ってるわね」

【エメルダ】「ならば・・・何を基準にライフラインが構築されているんだ?」

【清】「「科学」です

    基本電力を主にしたライフラインで構築されている世界です」

【アナスタシア】「電力・・・電気の事か」

【清】「私にとっては魔法の方がよっぽど驚きですね

    燃料も無しに無限にエネルギーとして活用出来るなんて・・・」

【ヨーク】「・・・無限じゃない・・・オドが枯渇すれば使えない・・・」

【清】「では・・・」


清は天井の光の球や、文字が浮かび上がるモニター等を指さし


【清】「これは今ここにいる誰かのオドを使っているのですか?」

【ヨーク】「生活圏の中で余剰オドを回収して、それを溜めておくマテリアルがある

      ・・・それを活用してライフラインとして使用する・・・」

【清】「これだけの質量を賄う事が出来るの?」

【ヨーク】「・・・純粋な魔力だけでは無理」

【清】「だよね」

【エメルダ】「・・・前から思っていたが、君は随分と冷静だね

       こんな状況なのに」

【清】「最初がアレだからね

    現実だと受け入れないと・・・続きを教えて」

【ヨーク】「魔力の生成は個人差が強く、これだけの質量を動かすには足りない・・・

      けど、それを機械的に増幅させる事が出来る・・・」

【清】「増幅・・・」

【ヨーク】「道具を使った魔力運用「魔導」」


清は顎下に手をあてる。

ピコピコと耳が前後して、アナスタシアは顔が綻びそうになるのを必死に堪えていた。


【清】「・・・思ったより良い世界ではないみたいね、魔法世界」

【エメルダ】「ふふ、君は非常に頭が良いな

       回転も速い、是非軍に欲しい所だ」

【清】「暫く保留で」

【達人】「こいつ運動は全然ダメだけど、頭だけはいいんだぜ

     ほら、なんだっけ・・・め・・・め・・・メンスってのに入ってたんだぜ」

【清】「メンサだ!この馬鹿兄貴!」


コークスクリュー肉球がテンプルに決まり、達人は錐揉みながら壁に激突するのだった。


【ヨーク】「・・・メン・・・ス?」

【清】「この馬鹿の話は聞かないで!

    脳みそまで筋肉の脳筋バカなんだからぁ!」

【アナスタシア】「のう・・・きん?」

【清】「メンサです!メンサ

    一定の知能指数を持つ者が参加出来るグループです」

【アナスタシア】「そっちの世界での?」

【清】「そうです」

【ヨーク】「じゃ、その男も?」

【清】「こんなバカじゃ無理ですよ

    でも・・・」

【ヨーク】「でも?」

【清】「戦いの天才ですよ

    強靭な肉体と野獣の様な感性、何より・・・」


ちらっと満足気に倒れている達人を見る。


【清】「相手が強ければ強い程喰らいつく獰猛さ」

【エメルダ】「ほう・・・それはそれは」


一同が達人を見て、その呆けた顔になんとも言えない表情を作った。


【清】「私達の事はこれ位で

    検査結果を教えて欲しいんだけど」

【ヨーク】「・・・ん」


指先の動きでモニターが浮かび上がり、二人の写真とデータが表示された。


【ヨーク】「・・・達人の肉体の構造は人間

      内臓から体液まで全て揃ってる」

【清】「よかった・・・」

【ヨーク】「けど、全部作り物」

【清】「‼」

【ヨーク】「非常に良く出来てるし・・・どうしてこんな風になってるのか・・・不明

      関係に言えば・・・人間もどき」

【清】「そんな・・・」

【ヨーク】「それは・・・あんたもおんなじ・・・」


ヨークの瞳に強い光が点り、清をじっと見つめる。

知的な思考が回ると、こういう風になる人物を清は何人も知っている。

ヨークもそのタイプだろう。


【ヨーク】「あなたも金属マテリアルで出来た生物もどき・・・」

【清】「・・・」

【アナスタシア】「い・・・言い方があるのではないんですか?

         二人はいきなりこの世界に放り込まれて・・・それで・・・」

【清】「思いやってくれてありがとう

    でも、大丈夫・・・続けて」

【アナスタシア】「清さん・・・」


ヨークは清のデータを拡大し、ぼりぼりと頭を掻く。


【ヨーク】「ただ・・・達人と違う部分がある・・・」

【清】「お兄ちゃんと・・・違う?」

【ヨーク】「達人には無いけど・・・清には魔力回路が存在する・・・」

【清】「え・・・確かそれって・・・」

【ヨーク】「そう・・・あなたは魔法を使う事が出来る・・・」

【清】「・・・」


猫みたいな動物に変わってしまった自分の手をじっと見つめる。


【清】「生物もどきなら・・・食事とか必要ないのでは?」

【ヨーク】「おそらく、生物としての活動を模す事で、オドを作ろうとしているんだと思う」

【清】「そうか・・・生体活動をする事でオドが生まれるなら・・・自己保身の為に本能的に行っているんだ」


清の腹の虫が鳴った。

真っ赤になって一同の視線を避けながら用意されていた食事を口にした。

アナスタシアだけが、清を抱きしめようとする自分を必死に抑えて呼吸を荒くしている。


【エメルダ】「さて、こっちの話題は一旦ここまでにしよう・・・」


エメルダがライトに向き直る。


【エメルダ】「あのでっかいのについて・・・話をしようか」


〇リーデル私室


豪華な丁度品と絵画、装飾品で彩られた部屋。

金糸で刺繍が施された深紅のカーペットが敷き詰めれ、天蓋付きのベッドが置かれている。


【リーデル】「だめ・・・繋がらない・・・」


ベッドに腰掛け、父親に対し通信を何度も試みたが全く繋がらない。


【リーデル】「どういう事・・・妨害でもされてるの?」


結局、街を見捨てて逃亡してしまった・・・

何より、遺骸の全てを討伐出来た訳ではない。

船もまだ全力航行は出来ず、本来の速度の2割といった所だ。

追撃が来ても振り払う事は難しい。


【リーデル】「出来れば・・・援軍が欲しい所だけど・・・」


そう言う口元には笑みが浮かんでいた。


【リーデル】「でも、あの巨人の力があれば・・・わたしは姉達を越えられる・・・

       あのグズが役に立つなんて・・・善行はするものね、フフフ」


だけど、巨人はどこかに格納されて、場所は秘匿されて分からない。

この船だって私の物なのに・・・あの司令が勝手にして。

考えるだけでむかむかしてくる。

なんとしてでも、あの巨人の在処を調べて取り返さなければ。


【タリア】「リーデル・・・」


通信用モニターが開き、少し顔を向けて見る。


【リーデル】「・・・どう?」

【タリア】「ああ、今、司令官の私室を出た

      あのガキや二人も一緒だ

      どこかに移動するようだな」


リーデルの口元に笑みが浮かぶ。

ライトとあの二人を連れていく場所なんて・・・巨人の所以外ないでしょ。


【リーデル】「そのまま後をつけて

       必ず、場所を突き止めるの」

【タリア】「・・・結構まずい事してんぞ

      大丈夫なのか?」

【リーデル】「何言ってるの

        わたしを誰だと思ってるのさ」

【タリア】「へいへい、期待してますよ

      それじゃ」


あの巨人はライトが作った。

そしてライトは私の従者だ。

つまり、あの巨人は主であるわたしの物。


【リーデル】「誰にも渡すものか・・・」


〇薄暗い廊下


エメルダを先頭に一同は複雑に折れ曲がった道を進んでいく。

右右右と曲がっているのに、元の場所に戻らない現象に清は感心して、首をぐるぐると回しながら観察している。

達人は用意して貰った服装に非常に満足して何度も何度もチェックしていた。


【アナスタシア】「そちらでは変わった服装が普通なんですね」

【清】「あ~~~、あれはあのバカの特別製だから真に受けないでね」

【アナスタシア】「はぁ?」


ボサボサの学生帽に漆黒の長い学ラン、裏地は紫ラメでベルトでぎゅっと絞り込んだ太めのズボン・・・まさしく昔の番長のいで立ち。


【達人】「くぅ、これこれ、これがずっと着たかったんだよ

     ここで夢が叶うとか、まじ最高だぜ」


目頭を押さえた清が小さく頭を振る。


【清】「・・・ほんとに馬鹿なんだから」


そういう清もアナスタシアお手製の魔女帽子とマントを付けていた。

これは清が希望したのではなく、アナスタシアが勝手に用意して無理矢理着せたというのが正解である。

今も自らの肩に清を乗せて、上機嫌だ。


【エメルダ】「まぁ、気に入ってくれて結構結構

       元気な事は良い事だ」


チラッと背後に目配せすると、少し微笑んで進んでいく。

どれ程歩いただろう・・・時間の感覚が妙にズレていた。

長く歩いていたような・・・短かったような。

ただ、目の前には厳重に施錠された大きな扉があった。


【アナスタシア】「こんな場所が・・・」

【エメルダ】「普通の奴は来れない」


エメルダが手を差し出す。

複雑な魔方陣が手の平から扉に吸い込まれ、扉もそれに応えるように魔方陣の輝きを放つ。

ゆっくりと何枚もの強靭な板がそれぞれの方向へと下がり、入口が現れた。

一同は感心しながら中に入る。


【アナスタシア】「あの・・・閉めなくていいんですか?」

【エメルダ】「ああ、戻る時にまた開けるのは面倒なのでな

       そのままでいい

       どうせ、ここまで辿りつけやしないだろ」


廊下の隅で光学屈折を利用した隠遁を行っていたタリア。


【タリア】「はは・・・まぁバレてるって事だよね」


〇秘密格納庫


扉を抜けて入った場所は非常に広い格納庫上方の通路に続いていた。

様々な作業用のアームが火花を散らしながらせわしく動き回っている。

それだけ広い格納庫に収められているのは、ライトが作った巨人のみ。

研究者らしき人々がせわしく飛び回り、懸命にデータを入力している。

巨人は至る所が凹み、先程の戦いの傷跡を生々しく残していた。


【ライト】「・・・僕の・・・巨人」

【エメルダ】「そうだ、ここに格納して整備しようと・・・してみた」

【ライト】「してみた?」

【エメルダ】「まずは見てもらおう」


エメルダについて歩いていくと、大きな広場に出た。

数人の学者らしき人々が意見の交換をしていた。


【エメルダ】「忙しい所すまんな

       ヨルダはいるか?」


学者達が左右に分かれると、沢山の書類が置かれた大きな机の前に一人の少年が立っていた。


【ヨルダ】「その目は飾りか?」

【エメルダ】「学者達に阻まれて見えなかったんだよ

       そうツンツンしないでくれ」


静かにエメルダから視線を外すと、ライトをじっと見つめる。


【ヨルダ】「君が・・・ライトか」


中性的な見た目と、小柄なせいで女性にも見えてしまう。

いや・・・それどころか・・・似ている・・・彼女に・・・。


【ヨルダ】「・・・似ているかい?」

【ライト】「!」

【ヨルダ】「別に秘密にする事でもない・・・

      僕とヨアンは双子の姉弟だよ」

【ライト】「きょう・・・だい・・・」

【達人】「おーおー結構こっぴどくやられてんなぁ」


二人の緊迫したやり取りを余所に、格納されている巨人を見て大はしゃぎ。


【清】「ちょっとお兄ちゃん

    勝手な事ばかりしないの!」

【達人】「って言ってもよー

     何をすればいいのかさっぱりだぜ

     地球じゃないって言われてもよぉ」

【清】「はぁ・・・お兄ちゃんの脳筋は悩みが無くて、こんな時はうらやましいわ」

【達人】「だろ、お前は考え過ぎなんだって」

【清】「お兄ちゃんはもうちょっと考えなさいよ!」


猫もどきと大男の喧嘩を二人は複雑な表情で眺めていた。


【ヨルダ】「・・・僕達はあんな馬鹿姉弟じゃなかったからな」


アナスタシアが清を抱きしめて至福の表情で喧嘩を止めている時に、エメルダが二人の間に割って入った。


【エメルダ】「積もる話もあるだろうが、今は追撃の恐れがある

       先に要件を片付けよう」


ヨルダは黙ってエメルダを見つめて、小さく溜息をついた。

指先の動きでモニターを展開すると、巨人に関わるデータが詳細に映し出された。


【ヨルダ】「現状、分かっている事は殆どありません

      映像を見ていなかったら、動いたという話も信じません」

【エメルダ】「ほう、お前にそこまで言わせるとは大したもんだ」

【ヨルダ】「現状、これを戦力と数えるのは賛成しません」

【ライト】「な・・・なんで!」


ヨルダは冷たくライトを横目で見る。

目の奥に冷徹な青い光が見えたような気がした。


【ヨルダ】「君は、使い方も分からない殺傷能力の高い武器を、ただ強いというだけで使うというのか?」

【ライト】「・・・」

【ヨルダ】「映像の巨人の強さはよく分かっている

      だが、君自身、巨人をコントロール出来ているのか?」


ライトは何か言いたげに口を開くが言葉が続かない。

そのまま、俯く。


【ヨルダ】「コントロールが出来ない武器が、こちら側に向いた時、それを防ぐ手立てがない・・・それが返事ですよ、司令」

【エメルダ】「なるほど」


キセルをふかしながら、じっと巨人を見つめていたが小さく微笑む。


【エメルダ】「なぁ、巨人の傍に行きたいんだが」

【ヨルダ】「・・・命令ですか?」

【エメルダ】「お願いだ」


ヨルダは小さく溜息をつくと、部屋の隅にある扉へ歩き出した。

一同もそれに続く。

それぞれの思惑が表情を曇らせていたが、能天気な達人と清を抱きしめていられる喜びのアナスタシアだけは至福そうであった。


〇格納庫へ繋がるエレベーター


一同が乗り込むと、光の板はゆっくりと下降を始める。

清はアナスタシアの頭の上でしきりに観察をし、達人は巨人を眺めて喜んでいた。


【ヨルダ】「現状、分かってる事だけ報告します」

【エメルダ】「ああ、そうしてくれ」

【ヨルダ】「巨人は、簡単に言えば金属マテリアルの塊です」

【エメルダ】「・・・あれだけの量の金属マテリアルだと?」

【ヨルダ】「はい・・・それに驚くべきはそこではありません

      含有しているオドの量が通常のマテリアルの1000倍以上あります」


エメルダがキセルを落としかけて、暴れながらなんとか回収する。


【エメルダ】「そんな物が・・・あるのか?」

【ヨルダ】「目の前に、たっぷりと」


ヨルダは巨人を指さし、エメルダはまじまじと巨人を見つめる。


【達人】「なぁ、話さっぱりだけど、それって凄い事なのか?」


ヨルダは達人を見て、その奇抜なファッションに目を奪われた。


【ヨルダ】「彼は?」

【エメルダ】「報告書にあっただろう

       現状、所属から何から一切不明の一人と一匹」

【清】「一匹って何よ、一匹って

    私だってちゃんとした人間よ」

【達人】「いやいや、そん姿で人間とか無理だろ!ブハハハハ」

【清】「お前が笑うな!」


怒りの肉球コークスクリューパンチで達人を吹き飛ばす。


【ヨルダ】「ちょっと失礼」


ヨルダは至福の表情で倒れている達人の腕に触れる。

触れた部分が青白く輝き、驚愕に目を見開く。


【ヨルダ】「本当に・・・金属マテリアルで出来てる・・・

      だけど、触れた感触とか体温とか・・・心音だってある・・・こんな事って」

【エメルダ】「何もかも、今までの常識を覆す事ばかり・・・

       だが、それこそが・・・」


横目でエメルダを見た後、ゆっくりと立ち上がる。


【ヨルダ】「あれもこれも出来るような事例ではありませんね

      なら、一つ一つ解決していきましょう」


光の床の下降が止まり、目の前の光の扉が消える。

大きな支柱四本に囲まれた巨人を一同はゆっくりと見上げた。

人型をしているだけの鉄の塊。

それ以外に表現する言葉が存在しない。

だが、これが赤色鎧の巨人へと変貌し、巨人遺骸を葬ったのは事実。


【エメルダ】「あの凹みは修理出来ないのか?」

【ヨルダ】「さっき説明しましたよね

      1000倍以上のオドが含有されているって」

【エメルダ】「ああ」

【ヨルダ】「1000倍っていうのも、測定がそこまでしか出来なかっただけです」

【エメルダ】「・・・」

【ヨルダ】「そんな金属マテリアルを整備する方法が・・・ありません」


エメルダの額に一筋の汗が流れ落ちる。

最高とまでは言わないが、最新でかなり高性能な設備は回されている。

それでも、手も足も出ないとういうのか?

その上で、その巨人をここまで破壊出来る巨人遺骸の破壊力・・・以前の巨人遺骸より・・・強くなっている。

何より、探知も出来ずに接近出来るとなると、脅威レベルは当初考えていたモノより遥かに上だ。


【エメルダ】「・・・通信はまだ回復しないのか?」

【アナスタシア】「え・・・あ・・・はい・・・ま、まだのようです」

【清】「私にばかりかまっていないで、仕事して」

【アナスタシア】「は・・・はい、すいません」

【ヨルダ】「ライト君」

【ライト】「は・・・はい」

【ヨルダ】「これは君が作ったのだろう?

      ならば加工も君が行った筈だ・・・どうやるんだ?」

【ライト】「ど・・・どうやるって言われても・・・」


巨人の傍に駆け寄ると、そっと手を触れて目を閉じる。

突然、格納庫に金属が激しく変形する音が響く。

凹み、歪んでいた箇所が元の形を思い出したかのように直っていく。

ヨルダ達は、その光景を目を見開いたまま見つめる事しか出来なかった。


【リーデル】「いいわよ、その調子でさっさと直しなさい!」


一同の後ろには両手を組んで踏ん反りかえるリーデルと、その後ろで申し訳なさそうに隠れているタリアがいた。


【ライト】「リ・・・リーデル様」


リーデルの登場に驚き、巨人から手が離れた瞬間、直る動きはピタッと止まった。


【リーデル】「まだ直り切ってないわよ、さっさと直しなさい」

【ヨルダ】「リーデル様

      ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ

      何より、ここに来るまでの通路結界をどうやって・・・」


そういって、ハッとエメルダを見ると、小さくウィンクしてとぼけていた。

リーデルはずかずかとヨルダの前に歩みより、にやりと笑う。


【リーデル】「関係大ありよ

       この船は私の物であり、あなた達も全員家の使用人みたいな物

       分かったかしら?」

【ヨルダ】「わかりません

      船はユニオン軍の所有ですし、僕達も同軍所属です

      あなたは領地の主であり、僕達の主ではありません」

【リーデル】「う・・・ぬぬぬ、わ・・・わたしだって軍所属よ

       無関係ではないわ!」

【ヨルダ】「あなたの階級では、ここへの入室は認められていません

      自室へお戻り下さい」

【リーデル】「なんでよ!

       ライトは許可されてるし、あの時いた変な奴もいるじゃない!

       わたしだって関係者よ」

【ヨルダ】「それはあなたが判断する事ではありません

      速やかにお戻りを」


淡々と正論を述べるヨルダにリーデルの顔は真っ赤になっていく。


【エメルダ】「やめとけやめとけ

       口で言い争っても、ヨルダには勝てんぞ」

【リーデル】「ラ・・・ライト!さっさと直しなさい!」

【タリア】「あ~あ、八つ当たり」


リーデルの一睨みで、タリアは視線を逸らせて素知らぬ顔。


【ライト】「は・・・はい・・・た・・・ただ今・・・」


再度、巨人に触れようとしたが、突然糸が切れたかのように倒れてしまった。

ヨルダが駆け寄り、状況を確認。


【ヨルダ】「大丈夫、極度の疲労によるものです

      あれだけの戦いの後です・・・当然といえば当然」

【リーデル】「わたしは何ともないわよ」

【ヨルダ】「巨人についてはまだ分からない事だらけです

      ただ、彼が重要な役割なのは間違いないでしょう

      今は休ませた方がいい」


ヨルダの言葉を無視して、ライトの胸ぐらを掴むと強烈な平手を頬に炸裂させた。

肉を打つ強烈な音が作業をしていた者達の動きを止める。


【リーデル】「何寝てるのよ!

       さっさと起きて、修理しなさい!このグズ!」

【ライト】「・・・う」


うめき声をあげるが、目を覚まさないライトに向けてもう一撃振り下ろそうとした時、その腕を掴まれた。


【達人】「なぁ姉ちゃん、さすがにそれは無いだろうが」


達人を睨み、腕を振りほどこうとした。

だが、ぴくりと動かない。


【リーデル】「離しなさい!あんたわたしが誰だか分かってるの?」

【達人】「知らねぇ

     でもよ、気を失うまで疲れてる奴を無理矢理暴力で起こすってどうよ?」

【リーデル】「放せと・・・言ってるのよ!」


掴まれていない腕を達人に向けると、火球が飛び出した。

爆音が起こり達人は炎と煙に巻かれた。

だが、掴まれた腕はそのままリーデルを拘束し、動かす事は出来なかった。


【達人】「へぇ、本当に魔法ってあんのか

     おもしれぇな、清」

【リーデル】「なん・・・で・・・」


加減はした・・・。

それは、暫く火傷で身動きが取れなくなる位の加減だ。

しかし、煙が消えた時、左手で火球を受け止め火傷すら無い達人の姿だった。


【清】「ちょっとお兄ちゃん

    私に当たったらどうするのよ!」

【達人】「あんなしょぼい攻撃なんて簡単に受けられるから大丈夫だよ」

【リーデル】「しょ・・・ぼい?」


リーデルの頭の中で何かがプツンと切れた。

全身が赤色の光を纏い、周りの空気が熱によって歪む。


【達人】「へぇ、こんな事も出来るの?

     魔法、おもろ」

【清】「ちょ・・・お兄ちゃん

    熱い」

【達人】「そりゃやばいな」


軽々とリーデルを達人の顔の前まで引き上げた。


【達人】「華奢な姉ちゃんを殴るのもなんだからよ

     ちょっと飛ばすわ」

【リーデル】「え?」


野球のボールを投げるかのように、リーデルを軽々と放り投げる。

整備用の道具入れに激突してリーデルは悲鳴を上げた。


【達人】「あっちゃ~、受け身も出来ないで戦闘とかやるのかよ」

【エメルダ】「アナスタシア、達人達をどこかへ連れていけ

       ヨルダ、ライトの治療室へ」


二人は頷き、即行動に移る。


【アナスタシア】「こちらへ」

【清】「あ、そうだ、アナスタシアさん」

【アナスタシア】「はい?」

【清】「外が見える所へ連れて行ってくれませんか?」


ちらっとエメルダを見ると、小さく頷く。


【アナスタシア】「分かりました

         こちらへ」

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