第3話 魔神起動
|〇光の中
【
真っ白で何も見えねぇ!」
【
【達人】「清!」
視界は
こんな訳の分からない状態で清を放り出す事なんて出来る訳がない。
がむしゃらに腕を振って、必死に探す。
その時、微かに何かが指先に触れた。
普通の人なら感じる事も出来ない程の微かな感触。
武道の達人として極限まで鍛え抜かれた感覚が、それを可能にした。
【達人】「見つけたァ‼」
延ばせる限り腕を伸ばし、真っ白い空間を掴む。
達人の手に清の細い腕を掴んだ感触。
【清】「お兄ちゃん!」
【達人】「清!心配すんな!兄ちゃんが何とかしてやるからな!」
【清】「うん・・・うん!」
視界は回復しない。
力一杯引き寄せて、感触だけで強く抱きしめる。
落ちているのか?昇っているのか?どちらが上で、どちらが下か?
全ての感覚が狂っている。
だけど、確かに感じる腕の中の温もりは絶対に離さない。
もうどれだけこの状態が続いているのかも分からない。
【声】「・・・お願い・・・世界を・・・そして、彼を助けて・・・」
また声が響く。
それと同時に何か固い物が触れた。
金属?そんな感じに思えた。
【達人】「一体何なんだよ!俺はともかく、妹を巻き込んだのは許さん!」
【清】「怖い・・・」
【達人】「大丈夫だ・・・兄ちゃんに任せておけ!」
何がどうなってるかなんて、分かりはしない。
けど、予感がする。
この先に、とてつもなく手強くて、経験した事も無い危険が待ち受けている事を。
自分の事はいい。
けど、妹だけは・・・。
そして、世界は唐突に光を失い、二人は見知らぬ場所へと落下した。
〇巨人のコックピット
【ライト】「ヨアン!ヨアーン!」
映像を見ながら叫ぶライトの目の前に、眩い光が現れ、金属の大きな球と何かの物体が落ちて来た。
茫然とそれを見つめる。
【ライト】「な・・・なに?」
落ちて来た球は、突然ガタガタと動き出し叫び始めた。
【達人】「なんだぁ?どうなってんだよ!
清!清は大丈夫か?おい、返事しろ!」
その声を聞いて、もう一つ物体がごそごそと登ってきた。
【清】「き・・・聞こえてるよ、お兄ちゃん」
登った先にある金属球に映る自分の姿。
身体は猫、耳はピンと立ったウサギのようだ。
小さく可愛らしい手が、ゆっくりと自分の顔を触る。
柔らかい肉球から感じる柔らかめの体毛の感触。
【清】「え?え?え?」
【達人】「さっきから目の前でなにやってんだ?この猫」
猫のような姿の清は、達人の声を探してキョロキョロと辺りを探る。
見た事も無い場所に、装置?っと言っていいのか分からない奇妙な物が多数動いている不思議な部屋に茫然とこちらを見ている少年。
だが、達人の姿は見当たらない。
【清】「どこよ?お兄ちゃん」
【達人】「どこって、目の前にいるじゃねぇか」
【清】「・・・目の前って」
そこには鏡代わりに使っていた大きな金属球。
【清】「・・・目の前には大きな金属球しかないけど」
【達人】「・・・は?」
そういえば身体の感覚がいつもと違う。
手足の感覚が無く、動かそうにもどうしていいのか分からない。
昔から鍛えに鍛えて来た身体の感覚が無い。
【達人】「ど・・・どうなんてんだぁ!こりゃぁぁぁ!」
金属球が狭い部屋の中を跳ね回る。
【達人】「って、清が猫になってるぅぅぅぅ!」
耳を押さえ、頭を低くして様子を見ていたが。
【清】「お兄ちゃん?なのかな・・・ちょっと落ちついて、危ないからぁ!」
清の絶叫を受けて、球は動きを止めて、元居た場所へドスンっと音を立てて落ちた。
【達人】「・・・清が猫になって、俺は・・・なんだこれ?もしかして死んだ?夢?」
【清】「夢・・・じゃないわね、感覚がリアルすぎる
それに、私達がいた世界とは・・・かなり違うみたい」
大きな猫の目がじっとライトを見つめる。
その視線にびくっと身を震わせて、身を隠そうとした。
【清】「・・・あなた、何か知ってるの?」
そっと頭を少しだけだして、二人?を見つめる。
【ライト】「い・・・いえ、いきなり二人が光から飛び出してきて・・・」
猫の姿の清は、人間の仕草はそのまま出来るようで、顎下に手の甲を当てて考えに耽る。
【達人】「おい、もしかして清以外にも誰かいんのか?」
【ライト】「は・・・はい、ラ・・・ライトって言います」
【達人】「なんか俺、身体の感覚が変なんだが、どうなってんだよ?」
【ライト】「変って・・・その球の姿が普通じゃないんですか?魔界の人?」
【達人】「球?何言ってんだ?バカか、お前?」
【清】「残念だけど、本当の事よ、お兄ちゃん」
【達人】「・・・は?」
自分の身体の感覚を確かめてみる。
確かにつるっとくるっとしている様な気がする。
音は振動で分かるし、自分が喋ると球が震えて音になっているみたいだ。
【達人】「どうなってんだよ!まじでこれ?マジで死んじゃった?
すまん、清・・・兄ちゃんお前を助けられなかったぁぁぁぁ!」
【清】「うるさい!ちょっと静かにして!」
【達人】「・・・はい」
清は自分の身体をじっくりと確認していた。
猫のような体躯はしているが、感覚的には人間の姿の時と全く同じ感覚。
ただ、四つん這いの態勢でも一切きつい感じは無いので、良い所取りしているようだ。
声帯も人間の時同様に声が出せる事から、同じようなモノか。
ただ、一つだけ妙な感覚がある。
人の時には感じた事が無いモノが、体内に張り巡らされているのを感じる。
言語化が難しい・・・とういうか知っている知識の中に存在しない。
【清】「ねぇ、ライト・・・っていったっけ?」
【ライト】「は・・・はい」
【清】「ここって地球よね?」
【ライト】「え・・・?ちきゅう?それは地名ですか?」
【清】「・・・じゃここは?」
【ライト】「ここはイシュールメリアルスですよ」
【清】「イシュールメリアルス・・・」
また深く清は考え込んでしまった。
ライトはゆっくりと身を乗り出し、奇妙な侵入者を見つめる。
【達人】「な・・・なぁライトとやら
俺の身体なんとかなんねぇのか?」
【ライト】「え?そういう姿の種族じゃないんですか?」
【達人】「こんなつるっとした身体じゃないんだよ
元の身体じゃないと動くのもままなんねぇ・・・どうにかならねぇかな?」
【ライト】「そ・・・そういわれても・・・」
ライトは恐る恐る金属の球に触れてみる。
どことなく自分が作る金属に似ている気がしたから。
【ライト】「うわ!」
金属に触れた指先から、大量のオドが吸収されていくのが分かる。
金属を錬る時に近い感覚だが、使用されたオドの量が尋常ではなかった。
【達人】「お・・・お・・・」
金属の球が微細な光を放ち、周りの金属を吸収しながら徐々に形を人型へと変わる。
ゆっくりとゆっくりと達人の外見が形成されていく。
【清】「お兄ちゃんが・・・」
発光が収まった時、金属の球は達人の姿へと変貌していた。
全裸の達人は、自分の身体をぺたぺたと触りながら確認していく。
【達人】「お・・・俺の身体ぁぁぁぁ!」
感激のあまり勢いで立ち上がると、清の目の前に達人のモノが飛び出してきた。
【清】「きゃぁあぁぁぁあ!
なんてモノ見せるのよ!この馬鹿ぁ!」
猫のような手から飛び出した爪は、遠慮なく達人のモノへ突き刺さる。
【達人】「ぬごわぁ!」
屈強な180cmを越えた大男が、股間を押さえてビクンビクンしている姿は非常にシュールで滑稽だ。
【清】「なるほど、痛みや弱点も元通りって訳ね」
フっと爪先に息を吹きかけながらライトを見る。
男して理解出来る苦痛を目の当たりにして、憐憫と恐怖の入り混じった顔で達人を見ていた。
【達人】「何恐ろしい実験をしてくれてるんだぁぁぁ・・・清ぃぃぃ」
【清】「レディの目の前に、そんなモノ見せつける方が悪い」
【達人】「何がレデェだ!猫だろ、お前」
【清】「猫が喋るか!
現状把握が出来てないんだから、余計な手間を増やすな!
というか、なんか着ろ!」
達人はライトが差し出して来たぼろ布をしぶしぶと身にまとう。
【達人】「まぁ急遽だったし、仕方ねぇか
なぁ、ここは何なんだ?まるでアニメでみたコックピットみてぇだけど」
達人の言葉にはっと我に返り、外を映すモニターを見る。
遺骸達の侵攻は止まらず、住民が避難している学園の方へと向かっていく。
ヨアンは何かを託してくれたのに・・・僕に何が出来るんだ・・・。
【清】「お兄ちゃん、身体の感じはどうなの?」
【達人】「う~ん、前と比べると・・・反応が鈍いっていうか、鈍感というか・・・
本調子に比べると二割って所だな」
【清】「私はこんな身体だけど、感覚的には人間だった時と変わりないわ
どういう仕組みなんだろう?」
【達人】「・・・てか、あの化け物なんだ?
映画かなんかか?」
達人の言葉に清も画像を見る。
二人にとってあまりに現実離れした光景は、作り物の映像にしか映らない。
【清】「怪獣モノ?」
【達人】「なんかすげぇリアルだよなぁ
うげぇ、グロ要素もあるのかよ」
軍人が引き裂かれ、喰われる様を見ての感想だった。
【ライト】「な・・・何を言ってるんですか!
遺骸ですよ!遺骸が攻めて来てるんですよ!」
達人と清は顔を見合わせて、小首を傾げる。
【清】「何言ってるんですか?
こんなの現実な訳ないじゃないですか」
【達人】「そうだぜ
現実にあんなでかいのいる訳ねぇし」
自分達の身体に起こった事は一旦忘れて、状況に対する意見を述べる。
二人の反応にライトは言葉を失った
違う・・・この二人は自分達と何もかもが違い過ぎる。
この世界では遺骸という人類の脅威は周知の事実で、子供だって知っている。
なのに、この二人はそんな当たり前の事も分からないなんてあり得ない・・・。
【ライト】「お二人は・・・一体?」
【清】「・・・その質問には、どう答えるべきなのかしら?」
【達人】「なんかすげぇ光に包まれて、必死にもがいていたら、ここにいたって感じ?」
【ライト】「光?」
もしや、その光とは・・・。
【ライト】「ほ・・・他には何かありませんでしたか?」
【達人】「他っていってもなぁ、眩しくてな~んも見えなかったし
球になってるし、訳わからん」
【清】「そういえば、お兄ちゃん
光の中で誰かと話してなかった?」
【達人】「ん?ああ、そういえば・・・なんか助けてとか言ってたなぁ
女の子っぽい声だった気がするんだが・・・」
その言葉に確信した。
この二人はきっと、ヨアンが示した道なんだと。
だけど、どうすればいいんだ?。
それが分かっても、何をすればいいのかが分からない。
いや、落ち着いて考えるんだ・・・ヨアンが命を掛けて作ってくれた道には、きっと意味がある。
僕と僕が作り出した、この巨人が世界を救うと言ってなかったか。
なら、この二人はそれに何らかの関係があるのかもしれない。
【ライト】「あ・・・あの!」
【達人】「あん?」
【ライト】「いきなり、こんな事お願いするのもおかしいんですが・・・」
二人がじっと見つめている。
視線の圧に心が縮み上がっていく・・・だけど、ここで引き下がったらヨアンは無駄死にだ。
僕は、僕は・・・。
ライトの両目から大量の涙が溢れ出していた。
感情が制御出来ない・・・混乱して暴れまわって。
だけど、ヨアンの言葉だけが僕の背を押す。
【ライト】「僕と一緒に・・・あれと戦ってくれませんか!」
【達人】【清】「あれ?」
二人は映し出される巨人遺骸を見る。
【達人】「無理だろ」
【清】「無理ね」
【ライト】「な・・・どうして!」
【達人】「どうしてもこうしても、作りもんと戦えったって・・・なぁ」
【清】「現実だったとしても、どうにもならない質量差、無理でしょ」
【ライト】「でも、このままでは、避難した人達まで殺されてしまう・・・
そんなんじゃ、僕を信じてくれたヨアンに申し訳が立たないんです!」
必死に訴えるライトの目を、達人はじっと見つめた。
ライトの瞳に何かを感じ、大きく頷く。
【達人】「嘘はいってねぇな」
【清】「ちょっとお兄ちゃん」
【達人】「何らかの方法があるんだな?」
ライトは懐から箱を取り出すと、二人に見せた。
【ライト】「僕はオーパーツを似せて、この巨人を作りました
ヨアンの予言では、あの巨人遺骸にも戦える力を持っているそうなんです」
【清】「これって・・・」
【達人】「ガ〇プラじゃねぇか」
【ライト】「がん〇ら?」
【達人】「結局これって何かのアトラクションなのか?」
【ライト】「これを・・・知ってるんですか?」
【達人】「知ってるも何も、男なら大抵の奴は作ったりしてるだろ」
【ライト】「これってみんな作れるんですか!」
【達人】「作れるも何も、そもそもそういうもんだろ、プラモデルって」
【清】「・・・地球を知らず、プラモデルも知らず、外を映しているという映像は現実とは思えない化け物が跋扈して、世界の名前はイシュールメリアルス・・・か」
清はまた顎下に手を当てて考え込む。
【ライト】「お願いです!
時間がありません・・・あの丘に侵入されれば・・・もう打つ手がない」
絞り出すような声に、達人は大きく頷いた。
【達人】「事情はさっぱり分からねぇが、ここまで言われて何もしねぇのは漢じゃねぇ!」
【ライト】「じゃ・・・じゃあ!」
【達人】「俺に何が出来るか分からねぇが、やってやるよ」
【ライト】「でしたら、その光っているパネルに手を置いて下さい
もしかしたら、二人でなら動かす事が出来るのかも・・・」
【清】「ダメよ!お兄ちゃん」
【達人】「なんでだよ?」
【清】「まだ何が何だかさっぱりな状態で、下手な行動はしない方がいいわ」
【達人】「ふ~~ん」
清の言葉そっちのけで、達人はパネルに手を置いた。
【清】「ダメだって!」
【達人】「清、真剣な人の言葉を聞き流すなっとババァに言われただろ
俺は、こいつの目と言葉を信じる!」
【清】「この馬鹿ァ、もう知らないんだから」
【達人】「何よりロボットの操縦なんて・・・なんて・・・最高だろ
おっと、自己紹介がまだだったな、俺は
【ライト】「・・・種族が違うのに?兄妹?」
【清】「その辺は後で後で
お兄ちゃん、さっさとやっちゃって!」
嬉しそうに笑う達人の両腕に幾何学的な文様が走り、光るパネルと繋がっていく。
【達人】「な・・・なんだこれ?
このでっかいやつの感覚が・・・理解でき・・・る・・・」
達人の脳裏にガ〇プラを模しただろう巨人の全体像が浮かび上がる。
丸い頭、寸胴に手足が生えただけの人型の張りぼて・・・それがライトの作り出した巨人の姿だった。
あまりの衝撃で目が点になり、達人の心が幼児退行する程。
【達人】「こ・・・これのどこがモビ〇スーツなんだよ!」
【ライト】「ぼ・・・僕不器用で・・・」
【達人】「見本があるのに不器用にも程ってもんがあるだろ!
木人かよ!」
【清】「な・・・何の話?」
【達人】「今、なんかこう俺達が乗ってるコレの姿が見えたんだけどよ
かっこわりぃぃぃぃ!」
【清】「そんなのどうでもいいじゃない」
【達人】「よくねぇっての!
ロボットだぞ!モ〇ルスーツだぞ!男のロマンだろうがよ
それを・・・それを・・・少林寺三十六房に置いてこいってんだ!」
【ライト】「と・・・兎に角、動かせるの?
だったら、アレをどうにかしないと・・・」
【達人】「夢がぁ・・・ロマンがぁ・・・あんまりだぁ・・・」
【清】「やると決めたんでしょ!
いいから行きなさいよ!」
強烈な肉球猫パンチが達人の顔面に炸裂。
【達人】「ごふぅ・・・こ・・・こうならヤケだ
巨大な何かを操縦出来るって事で・・・事で・・・ぐす・・・」
【清】「くじけるな!」
再度、肉球猫パンチが炸裂した。
強烈な一撃ながら、どこかご褒美をもらったような表情である。
【達人】「ちょ・・・ちょっと癖になりそうだが
やるしかねぇな!」
達人の両腕の文様が強く輝き、部屋全体に同じように輝く魔方陣が浮かび上がる。
【達人】「ぬぐ・・・ぐぅ・・・ぬぅぅぅぅ」
強烈に力んでいる達人の姿とは裏腹に、巨人はピクリとも動かない。
額から汗が流れ落ち、食いしばった歯からはキリキリという音が響く。
【清】「・・・動かないね」
【ライト】「・・・そもそもそんな機能作ってないですし・・・」
【達人】【清】「はぁ!」
二人が仰天表情でライトを見た。
びくっと身を震わせて必死にライトが謝る。
【ライト】「だって、これは僕が趣味で作ってただけのハリボテで・・・
この箱みたいのを作ってみただけで・・・」
達人は少し考えると、繋がっている両腕の文様を見つめる。
【達人】「いや・・・どう作ったかはともかく・・・こいつの感覚と俺の身体の感覚が・・・なんていうか・・・こう・・・繋がる?っていうか」
【清】「お兄ちゃんの感覚が、この巨人と繋がるの?」
【達人】「なんちゅうか、そんな感じってしか言えないんだけどよ
なんか動かせそうな気はするんだよな」
【ライト】「だったら!」
【達人】「重い」
きょとんとする清とライト。
じっと達人を見つめ、言葉の続きを待つ。
【達人】「だから、すっげぇ重いんだよ、コレ
まじ半端ねぇ」
【清】「だって、お兄ちゃん、ベンチプレス150キロ上げるじゃない」
【達人】「この身体も本調子には程遠いし、150キロよりも重いとすら感じる」
【ライト】「あ・・・あれは!」
外を映し出すモニターには、巨人遺骸に挑むエメルダとリーデルの姿があった。
必死に学園への侵攻を食い止めようと戦ってはいるが、二人とも限界らしく徐々に押されている。
【ライト】「リ・・・リーデル様・・・」
【達人】「様?何?お前の好きな子?」
【ライト】「ち・・・違いますよ、僕の主人です
この屋敷の主です」
【清】「・・・でも、あれ劣勢なんじゃない?」
【ライト】「は・・・はい、かなりまずいです・・・です・・・」
ライトの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
【ライト】「僕は・・・僕を大切にしてくれた人を失いました・・・
皆を、世界を救ってと・・・その道を・・・作ってくれると・・・
だけど・・・だけど・・・僕は何も出来ない!
恩ある人を見殺しにする事しか出来ない・・・うう・・・うわぁぁぁぁ!」
ずっと堪えていた。
いや、堪えていた自覚は無かった。
ただ、今が必死で思考が麻痺していた。
目の前で起きている事が、あまりに大きすぎて手に負えなくなっていたんだ。
だから、目の前に起こる事に場当たり的に反応するばかりで、何かをするっていう考えなんて持てなかった。
こうして、失っていくモノを指折り数えてみると、感情の堰が一気に崩壊した。
悲しみ、怒り、絶望、恐怖・・・そして自分が何もしてこなかった後悔。
あの時、あの瞬間、僕が身を挺してでも何かをすれば変わっていた事も、救える命もあったんじゃないか?
ヨアンだって・・・死なずに済んだんじゃないか?
とても自分が狡くて、矮小で、すごく惨めな存在になった気がした。
【ライト】「僕は・・・ヨアンが言うみたいに・・・何か出来るような人じゃ・・・」
【達人】「じゃないっとか言うんじゃねぇぞ」
達人の言葉に涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
【達人】「今もこれが現実なのかどうかっていうのは怪しいんだけどよ
お前の背を押してくれた想いは本物だって分かった」
【連】「・・・お兄ちゃん」
【達人】「出会ったばかりだけどよ・・・本気は伝わった
ならば、お前の怒りも後悔も、この俺が・・・・」
バンっと両手パネルに叩きつけると、文様の輝きは増し、巨人そのものに活力が漲るのが分かった。
【達人】「ぶった倒してやらぁ‼」
巨体が軋み始める。
微妙だが、少しづつ少しづつ動き出している。
【達人】「くそ重てぇ・・・が!」
達人は激しく鼻血を噴き出した。
そして、歪な笑みを浮かべ、暴れまわる巨人遺骸を睨みつける。
【達人】「ド根性ぉぉぉぉぉ!」
巨人が一歩踏み出す。
コックピット内にあまり振動は感じないが、動き出した事は分かった。
【ライト】「・・・う・・・動いた・・・き・・・奇跡だ」
【清】「・・・本当に信じられない馬鹿だわ」
【達人】「うるせぇ!男がやると決めたなら、奇跡の一つや二つ起こしてやるぜぇ!
おらぁぁぁ!」
二歩目の歩行が行われ、巨体は倉庫をぶち壊して、その姿を現した。
まだ動きはぎごちない。
だが、動く筈の無い巨人は、確実に動き出し敵に向けて歩み始めていた。
【達人】「うがぁぁぁ!くそ重てぇぇぇぇぇ!」
清は外を映すモニターをじっくり眺めると達人に向き直る。
【清】「お兄ちゃん!そこから少し左に向かって歩いて!」
【達人】「か・・・簡単に言うんじゃねぇよ・・・これ動かすだけで・・・まじ・・・きちぃんだよ・・・ぬごぉ!」
【清】「分かってる、だからソコに行って!」
【ライト】「ど・・・どうして・・・」
ライトに顔を向ける。
【清】「これって元々動かす用に作ってないんでしょ?」
【ライト】「う・・・うん」
【清】「けど・・・動いている
おそらく、この世界の道理が働いているんでしょ」
【ライト】「この世界の?」
【清】「その事は、後でじっくり話しましょう
元々動く筈が無いモノが動いている訳だから、動かし難いのは当たり前
でも、お兄ちゃんは「重い」と言った」
【ライト】「う・・・うん、言ってた」
【清】「なら、ここには重力があるんだわ
訳が分からない世界でも、理解出来る法則があるなら利用出来る!」
清の指定の場所へ、ぎごちない動きの巨人は辿り着く。
【清】「今よ!倒れちゃえ!」
【達人】「はぁ⁉倒れたら起き上がる自信ねぇぞ!」
【清】「どっちみち、このまま歩いて行ったって時間かかるし、満足に動けないなら
少ない動きで最大の効果を得るまでよ!」
【達人】「おお!熱いな!妹よ
おっしゃぁ!やったるぜ!」
巨体がグラリと倒れ込んでいく。
大きさもあり、それはとても緩慢だ。
【清】「この体型と斜面があれば、後は勝手に運んでくれるわ」
非常に重い物が地に伏す低い音が断続的に響き、そのまま巨人はゆっくりと斜面を転がり始めた。
回転は徐々に速くなり、重力により加速しながら丘を下る。
だが、コックピットの中はさほど振動も回転もしていなかった。
【清】「歩き出した時の振動の無さから、こうなる事は予想出来た
お兄ちゃん、このままでいけば38秒後に接触するわ
今度は集中して右腕を動かす準備をして」
【達人】「分かったぜぇ!任せろ」
巨人の加速は既に凄まじい勢いになり、巨人遺骸へ向かい転がっていくのだった。
〇丘陵手前
【エメルダ】「はぁはぁ・・・ちょっとは魔導装備持ってきた方が良かったかねぇ・・・」
【リーデル】「はぁはぁ・・・偉そうに言ってても・・・あんたもオド切れじゃない・・・はぁはぁ」
二人とも大きく肩で息をしながら、遺骸の群れと巨人遺骸に立ち向かっていた。
限界なんてとう過ぎている。
それぞれの使命感がぎりぎりの所で踏み止まらせていた。
しかし、それも時間の問題だ。
満身創痍、オド切れによる倦怠感と不快感。
いっそ、このまま殺された方が楽なんじゃないかっと考えそうになる。
【リーデル】「ま・・・まだ動きださないか・・・」
【エメルダ】「動きだしたとしても・・・こちらはアウトだけどね」
【リーデル】「く・・・こんな所で・・・こんな所で死ぬなんてまっぴらだわ!
わたしはまだやる事があるの!絶対に死ぬもんか!」
エメルダは胸元からキセルを取り出すと、深く吸い込み煙を吐き出す。
口元は小さく微笑んでいた。
【エメルダ】「運よく、高レベルマナ気流が来るっなんて事は期待出来ないか」
【リーデル】「当たり前でしょ、ここはマナ濃度が安定している場所を選んで作られた街なんだから」
【エメルダ】「そうだった・・・まぁしょうがない」
エメルダの手の平がリーデルの胸元に置かれる。
衝撃が全身を襲い、リーデルの身体が学園の方へ向けて宙を舞う。
【エメルダ】「ま・・・ここは年上としての責任を果たさないと・・・ね」
【リーデル】「な・・・」
手足をバタつかせて止まろうと試みるが、宙を舞う速度は落ちない。
【リーデル】「なんで・・・勝手な事を!」
リーデルに向かって手を振ろうとしていたエメルダの目に、信じられない物が飛び込んできた。
【エメルダ】「は?」
それは人型をした巨大な何かが、斜面を豪快に転がりながら接近してくる様子だった。
それの移動コースは、間違いなくリーデルを轢いてしまう。
【エメルダ】「やば!」
巨体はどんどん速度を上げて転がって来る。
エメルダは閃光となり、リーデルを抱える。
その瞬間、巨体は二人の横をすれすれで通り過ぎた。
巻き上がる風に二人の身体は木の葉のように宙を舞う。
【清】「お兄ちゃん!今よ!
思いっきり右手を突き出して」
【達人】「おっしゃぁぁぁぁぁ!」
回転のエネルギーを使って繰り出される右手の一撃は巨人遺骸の顔面を捉えた。
体液を振りまきながら、巨人遺骸は背後に倒れる。
【達人】「おっしゃぁぁ!どんなもんよ!
化け物野郎が!」
エメルダの力でなんとか着地出来た二人は、倒れ込んだままの人型の巨大な物を茫然と見つめていた。
【リーデル】「これって・・・」
【エメルダ】「知ってるのか?」
【リーデル】「知ってるっていうか・・・確か、ライトが倉庫で作ってたガラクタじゃないの?」
【エメルダ】「ガラクタ?」
巨人は何とか立ち上がろうとしているようだが、うまく動けないようだった。
遺骸の群れが襲い掛かるも、質量の差で傷すらつけられない。
結果的に、丘陵手前で遺骸の群れを押し留める壁となっていた。
【エメルダ】「こりゃいい!天の助けってやつだ」
リーデルは立ち上がると、巨人に向かい声を張り上げた。
【リーデル】「ライト!いるんでしょ!」
〇コックピット内
リーデルの叫びにライトがびくっと身を震わせる。
【達人】「なんだよ・・・あの女が怖いのか?」
【ライト】「いや、怖いっていうか・・・その・・・」
【清】「いいじゃない、正々堂々、自分が救ってあげたんだって名乗れば」
【ライト】「む・・・むむむむ・・・無理無理無理だよ、そんなの」
【達人】「へ・・・あの化け物倒したってぇのに弱気だな」
【ライト】「倒したのは・・・僕じゃなくて・・・お二人だから」
【清】「だって、これ作ったの、あなたなんでしょ?」
【達人】「そうそう、これ無ければあんな化け物やれなかったぜ」
映像では返事が無い事に業を煮やしたリーデルが巨人の足の部分を蹴飛ばしていた。
〇ゴーレムの足元
【リーデル】「何とか言いなさないよ!
この役立たず!」
【エメルダ】「今回ほど役に立ってる事はないと思うぞ」
リーデルはエメルダを睨みつける。
【リーデル】「うちの使用人に口出ししないでくれる」
【エメルダ】「一応、うちの生徒で部下でもあるんだがな
当然、お前も」
【リーデル】「はぁ?なんでわたしがあんたの部下になるのよ
お父様に言って、断固抗議させてもらうわ」
【エメルダ】「へいへい、勝手にして・・・く・・・」
手にしていたキセルがポトリと落ちた。
その視線にリーデルが振り返る。
そこには、顔面を砕かれた巨人遺骸がむくりと起き上がってきた所だった。
ぶら下がっている顎が黒い霧の中から飛び出し、大量の体液を滝のように流していた。
自らの腕で強引に戻すと、立ち上がり恐怖の咆哮をする。
空気が震え、びりびりと肌を泡立たせる。
【エメルダ】「まだ動くのか・・・普通重症で身動きなんて出来ないレベルだが・・・遺骸は人の範疇では測れないな」
巨人遺骸は、動けずにいる巨人に向かい、高く腕を売り上げると力任せに振り下ろした。
固い金属がひしゃげる鈍い音が響き、外にいる二人の鼓膜を破りそうになる。
辛うじて手で耳を塞ぎ防ぎはしたが、キーンという高い音が残った。
凄まじい唸り声をあげながら、何度も何度も拳を振り下ろす。
轟音が響く度にゴーレムの身体が、衝撃でバタバタと動く。
【リーデル】「ちょっと・・・これまずいんじゃないの?」
〇コックピット内
【清】「ちょ・・・ちょっとお兄ちゃん
何とかして!」
【達人】「出来てたらとっくにやってるわ
くっそ、重すぎて体を起こす事が出来ねぇ」
【ライト】「うわぁぁぁ」
丘を転げ落ちる回転にもあまり振動を伝えなかったコックピット内も、殴られる衝撃は激しい振動として伝える。
金属がひしゃげる音が内部にも響く。
【達人】「くそ程頑丈なお陰で・・・今は持ってるけどよ」
【清】「うん、このまま攻撃を受け続ければ・・・」
【ライト】「・・・うう」
モニターには外部で遺骸の群れに襲われ始めている二人の姿を映していた。
【ライト】「二人が!」
【清】「え?」
巨人遺骸が巨人に攻撃を始めたと同時に、遺骸の群れは攻撃の対象を生き残りの二人に変えて襲い掛かり始めていた。
【達人】「・・・おい、二人をこの中に入れろ!
外よりは安全だろ!」
【ライト】「でも、攻撃されてるし・・・」
【達人】「それでも、まだ多少は持ちそうだ
外の二人は、やばそうだぜ」
ライトは小さく頷く。
【ライト】「リーデル様、エメルダ先生!
どこでもいいから触れて下さい!」
〇外
【エメルダ】「これに・・・触ればいいのか?」
【リーデル】「なんでわたしがあんたに命令されなきゃいけないのよ!」
エメルダはリーデルを抱えると、巨人の身体に触れた。
【エメルダ】「時と場合を考えろ、バカ娘」
【リーデル】「誰がバカよ!この無能司令!」
二人の身体が光に包まれ、コックピットの中に落ちて来た。
【清】「ふぎゅう」
リーデルが落ちた場所は、清の真上でお尻に潰される形になった。
エメルダはくるりと身を翻し、一番奥のライトの背後に着地した。
失われた筈のオドが身体に満ちていく感覚に思わず自らの手を見つめてしまう。
【エメルダ】「これは・・・なんだ?」
【リーデル】「ライト!何勝手にこんな物作ってるのよ!」
【ライト】「も・・・申し訳ありません、お嬢様」
【清】「い・・・いから、さっさとどいてよ!
重いのよ」
【リーデル】「な・・・誰が重いっていうのよ」
リーデルと猫型の清と目があった。
ぴょーんと飛びのくと、エメルダの背後に回った。
【リーデル】「な・・・ななな・・・喋る動物って・・・」
その時、また衝撃がコックピットを叩きつける。
【達人】「まずいな・・・かなりへこまされてきてる・・・
このままくらってたら、ここを潰されかねないぜ」
【リーデル】「てか、あんた誰よ?」
【達人】「今はそんな場合じゃねぇだろ」
その時、殴れられる衝撃とは違う振動が伝わってきた。
それは地響き。
丘の上にある学園辺りから響き渡っていた。
【エメルダ】「やっと起動したか・・・みんなよくやってくれた」
丘はひび割れ、巨大な土煙を上げながら下から巨大な物が浮上してきていた。
それは船だった。
学園を艦橋に見立てた、巨大な船が地下より浮上してきた。
戦艦という方が正しい見た目で、巨大な砲門が幾つか見て取れる。
その大きさはライト達が乗る巨人の何十倍もある。
【達人】「すっげ・・・まじでここどこよ?ヤ〇トかよ・・・」
【清】「・・・色々知りたい所ね」
巨人遺骸の攻撃が止まった。
視線は浮上してきた巨大船へと向けられ、立ち上がる。
【エメルダ】「いかん!起動はしたが・・・今、あれの攻撃を受けたらひとたまりもない!」
【リーデル】「避難した領民とか、生徒達もいるのよ!
なんとかしなさいよ!ライト」
【ライト】「そ・・・そう言われても、どうやって動かすのか・・・」
ライトの言葉に、リーデルの目が吊り上がり胸ぐらを掴むとぐいっと引き上げる。
【リーデル】「どうもこうも無いわよ!
今、何か出来るのはわたし達だけなのよ!
どうにかするのよ!」
【清】「ちょっと落ち着きなさいよ
激昂したって、何も生まれないわ」
【リーデル】「黙りなさい!この畜生!」
【清】「ちく・・・しょう?」
体毛に覆われていても、額辺りの血管がビキビキと青筋立てていくのが、達人にははっきりと見えていた。
【清】「これを動かすのがどれ程大変か・・・一つ席が空いているから
試してみたらどうかしら?」
【リーデル】「はん!こんな落ちこぼれに出来たんだから、わたしなら簡単に決まってるわ
なんせ、超優秀ですから」
【清】「はいはい、そうですか
御託はいいから、さっさと超優秀な所、見せて貰えません?」
二人の間に火花が散る。
リーデルは身を翻すと、達人の前にある3つ目の操縦席らしき場所へ収まる。
リーデルは不思議な感覚に見舞われていた。
枯渇し体を支えるのが手一杯だったのが、この中に入ってからは全く感じない。
いや、むしろオドが漲っている。
【リーデル】「やってやるわよ!」
パネルの魔方陣に両手を叩きつける。
文様が両腕に走り、輝き始める・・・が、一瞬にしてそれは消え失せた。
【リーデル】「ちょ・・・ちょっと、何よ、コレ」
【清】「超優秀ってこんな事が出来るんだ」
【リーデル】「うるさいわね!毛皮剥いで置物にするわよ!」
【エメルダ】「そんな事言ってる場合じゃない
本当にまずいね・・・これは」
巨人遺骸は歩きから、徐々に加速し、とうとう走り出した。
生徒や避難民を乗せた船に向かって。
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