第2話 絶望とプライド

〇リーデルのお屋敷の離れ


【ライト】「はぁはぁはぁ・・・」


学園から徒歩で20分程度の距離の高台にある大きく威厳のある屋敷がリーデルの住居。

庭も広く一面に四季折々の様々な花が咲き、大きな木は綺麗に整えられていて、品というもの感じる。

その広い庭の端にライトの住居兼倉庫があった。

魔法が使えない為に虐げられ人の視線が怖いライトにとって、趣味に没頭出来る空間は憩いの場所。

廃棄寸前の大きな倉庫を与えられ、そこを趣味の工房として使っていた。

門を抜けても住居の倉庫迄は、更に急いでも10分程かかる。

急いで走ってきたので到着した時には歩く事も覚束ない。


【ライト】「う~ん」


重たく錆びた扉を開けると、魔力スイッチの前で手をひらめかせると空間がパァっと明るくなる。

キョロキョロと辺りを見渡し、奥の壁に面した箱の一つを全身の力を込めて引きずると隠された扉が現れる。

ゆっくりと扉を開けて、手にした魔力電灯を点ける。

そこには、工房の3分の1程の広い空間があった。

ゆっくりと手にした灯りを奥へ向けると巨大な何かに大きな布を被せた物がそこにはあった。


【ライト】「これが・・・世界を救うの?

      そんな物を作ったつもりはないんだけど・・・」


ライトの傍にあるオンボロの机の上に置かれた箱を大事そうに抱えると、布を被った物へと歩みを進めると光に包まれ姿を消した。


〇物体の中


【ライト】「えーと・・・」


ライトは物体の中に入っていた。

そこは人が5人位は余裕で居られる程の空間。

人が座れるらしい席はライトのいる奥の頭一つ高い場所と幾つか人が収まる事が出来る凹みとパネルがあった。

ライトの座っている座席らしい場所には、両手を乗せるだろう場所が定期的に明滅を繰り返していた。


【ライト】「あくまで趣味で作ってただけだから・・・動かした事もないんだ・・・

      っていうか・・・動くの?」


脳裏にヨアンの顔が浮かぶ。

ライトは両親を早めに無くし、引き取り手が無く路頭に迷っていた所をリーデルの父親に拾われた。

それはライトに対して同情をしたのでは無く、自らの領地でみすぼらしい乞食をうろつかせる事を嫌った為。

同年のリーデルの従者の一人として雇われる事になるが、魔法が使えない事が発覚し屋敷仕えから廃棄する予定だった倉庫へと住居を移された。

リーデルは性格的にライトに合わず、幼少の頃より強く当たられていた。

リーデル仕えという事で学園に入ってはいるが、魔法が使えないライトは常に馬鹿にされ、いじめの対象。

そんな中、唯一ライトに親切だったのがヨアンだった。

「予言者」として別格の存在として学園の注目の的。

見た目も可愛らしく言い寄る男も多かった。

そんなヨアンが学園で一番落ちこぼれのライトに手を差し伸べるのは、多くの者達の反感を強く買う事になる。

今まで、人の温かみを感じた事の無かったライトにとって、ヨアンの存在は一筋の光であり、淡い恋心だった。

そのヨアンが、僕を「導く者」と背中を押してくれた。


【ライト】「その期待だけは・・・裏切れない・・・裏切りたく・・・ない」


惨めな今までの人生だったけど、そんな僕が何かをする事が出来るなら。


【ライト】「でも、どうすれば?

      これ、特に魔法を刻んでいる訳でもないし・・・形だけなんだけど・・・」


両の手をパネルに当てるとライトのオドが部屋中を廻る。

創造物に自分のオドが満ちて、活力が発生していくのが分かる。

しかし、動き出す気配は無い。

感覚で分かる。

何かが足りない。

手がある場所に手が無いような、動かす事が出来そうなのにどうすれば良いか分からない。

強く拳を握りしめ、力任せにパネルに叩きつけた。


【ライト】「ゴーレムなんて魔法が僕に出来る筈もないし・・・せいぜい鉄をこねくり回して、コレみたいな物が作りたかっただけなんだ・・・」


大事に抱えている箱をじっと見つめる。

ヨアンの他にライトが強く惹かれている物が、その箱である。

倉庫の一画にゴミとして積まれていたのを発見し、一目見て虜になった。

何だかは分からない。

箱の中には囲いに捕らわれたデコボコのパーツらしき物がずらっと並んでいて、見た事も無い文字が並んでいた。

壊してしまうのが怖くて、そっと箱に戻してずっとずっと宝物としてしまってきた。

とうとう我慢できずに箱の絵を模して、粘土細工のように作り出した。

長い時をかけて、やっと全身を完成するに至ったが、出来はライトにとっても満足出来る代物ではない。

ゴーレムには搭乗して扱うモノも描かれているので、その機能を作ろうとしたが魔法が使えないので中にそれらしい空間を作るだけに留まった。

中に搭乗する為の光転移は、リーデルがいらないと捨てた魔法石を組み込んで使えるようにしたものだ。

結論、ただの張りぼてである。


【ライト】「こんな物がどうやって・・・」


その時、外の光景を移すビジョンが現れた。

街は燃え、溢れ出る遺骸に人々が蹂躙されていく地獄が繰り広げられていた。

その光景に目を見開き、ガタガタと震える。


【ライト】「なんだ・・・これ」


軍は出動している。

だが、圧倒的な戦闘力を誇る魔導兵器装備の軍人達が次々に遺骸によって粉砕されていた。

そして、その奥には一際大きい巨人型の遺骸が地響きを立てながらこちらに向かって来ていた。

黒い霧に包まれていながら爛々と輝く赤い瞳を正面に見て、頭を抱えてその場に蹲る。


【ライト】「む・・・・無理無理無理・・・あんなの絶対無理・・・幾ら学園生が緊急時は軍扱いだって言っても・・・あれに向かっていくなんて・・・」


恐怖が全身を支配する。

冷たい汗が全身から溢れ出し、カタカタと小刻みに震える。

あれと戦う位なら、臆病と罵られ無能と蔑まれる方がマシだ。


【ライト】「・・・結局僕は・・・何にもなれやしないんだ・・・」

【ヨアン】「・・・ライト」


頭の中に響く優しくて穏やかな声。

はっと顔を上げると、外を映すビジョンにヨアンの姿が映っていた。

丘と街の教会線上にある古い教会の屋根の上に立ち、迫りくる巨大遺骸に向き合っていた。


【ライト】「ヨアン‼何で‼」

【ヨアン】「ライト・・・聞いて下さい。

      私があなたの道を作ります。」

【ライト】「道・・・」

【ヨアン】「わたしは知っていました。

      この日が来る事を・・・」


震える声がヨアンの状況を伝える。

目の前では地獄の情景と迫りくる遺骸の群れ、その背後には巨大な遺骸が地響きと共に歩み寄ってきていた。


【ライト】「逃げて!逃げてヨアン!」

【ヨアン】「いいえ、これはわたしの運命・・・

      わたし達「予言者」と呼ばれる者の使命・・・」

【ライト】「そんなのどうでもいいよ

      逃げよう・・・どこかに隠れてやり過ごすんだ・・・きっとヴァルキュリアスが来て退治してくれるさ・・・」

【ヨアン】「・・・いいえ、ライト

      誰も救いには来ません・・・ここでアレに立ち向かえるのは・・・あなただけです」


映像のヨアンの指先が巨人の遺骸に向けられる。

絶望という感情がライトの表情を埋め尽くし、わなわなと震えだす。

誰かが巨人遺骸に向けて魔法を放っているのが見えるが、ヨアンを掴もうとする巨人遺骸の腕を止めるには至っていない。


【ライト】「無理だよ・・・出来る訳ないよ・・・

      魔法も使えない・・・これだってタダのハリボテの人形で・・・何も出来ないんだよ」

【ヨアン】「ええ・・・知っています・・・

      今のままでは・・・道は閉ざされてしまう事も・・・」

【ライト】「だったら‼逃げようよ・・・怖いんだ・・・恐ろしいんだ・・・物語の主人公みたいに・・・あんな化け物に立ち向かう勇気なんて僕には・・・」

【ヨアン】「だから・・・あなたの道を繋げる為に・・・これから始まるライトの運命の車輪を・・・わたしが回しましょう」

【ライト】「そんな・・・どうやって・・・」

【ヨアン】「「予言者」の一族は、ある予言を請けて、それを実現する為に代々引き継いできました

      ライト以外にも選ばれた人はいますが・・・わたしはライトこそが真の予言を受け継ぐ者だと確信しています」

【ライト】「僕が・・・そんな大それた者な訳がない・・・魔法もろくに使えず、弱くて惨めな僕が・・・一体何が出来るというんだ!」


巨人遺骸の手がぬぅっとヨアンに伸びていく。


【ライト】「ヨアン‼」


巨大な黒い手に掴まれ、ヨアンの身体が歪に曲がる。

大きく開かれた口から放たれているだろう声は、ライトには届かない。


【ヨアン】「わたしの命と引き換えに・・・ライト・・・わたしの大好きなあなたに道を繋げます」


震える両の手で胸のネックレスを掴み胸の前で強く握り、強く目を閉じて詠唱を始める。

マナとオドが複雑に織り込まれ、余波で生まれる大小色とりどりの光達は、奇跡を願う歌の如く舞う。

巨人遺骸の指の間から赤い液体が滴り落ちて、ヨアンの命の灯が零れ落ちていく。


【ライト】「あ・・・ああ・・・いやだ・・・やめて、やめてくれ・・・」


光の乱舞は更に激しさを増し、それが頂点に達した時、ヨアンの両手は天へと伸びた。

ネックレスの金属が沢山の光の奔流と共に、空へと吸い込まれていった。


【ヨアン】「ライト・・・ごめんなさ・・・」


ヨアンの身体は巨人遺骸の手の中で潰れ、四肢と頭が教会の屋根に落ちて転がり地に伏した。

誰かの攻撃が効いたのか、ヨアンを潰した腕は肘から砕け、落ちていく。

巨人遺骸の咆哮が遺骸の群れを活性化させ、更に勢いづいた。

ライトは言葉無く、ただ涙を流しながら目の前の惨劇を見届ける事しか出来なかった。

そして、何も出来ない、何もしない自分を心の底から憎んだ。


【ライト】「・・・僕は・・・僕は・・・」


〇とある学校の裏庭


高い塀に囲まれた裏庭は日当たりが悪く、人があまり来ないせいか伸び放題の雑草に覆われている。

一本の大きな銀杏の木があり、その下に大柄な二人の男が対峙していた。

二人とも180㎝は越えている。

服の上からでもはっきりと内包された鍛え上げられた筋肉を感じずにはいられない。

二人の間には暴力的な雰囲気が渦巻き、些細な事がきっかけで爆発しそうだ。

それを不機嫌そうに見つめる一人の少女。

綺麗な黒髪ショートで猫のような愛くるしく大きな少し釣り目気味の瞳。

間違いなく美少女という枠組みには入るだろう。

端正な顔には不釣り合いな眉根の皺がびっしりと刻み、二人のやり取りを少し離れた場所で睨みつけている。


【毒島】「おい・・・あの気の抜けた決勝はなんだ?

     てめぇ手を抜いただろ‼」


銀杏の木を背にした男が目の前の男に対し怒鳴りつける。

少し長めの黒髪を無造作に撫でつけただけだが、いかつい顔には妙に似合っていて迫力がある。

気の弱い者なら睨まれただけで逃げ出すだろう。

相手の男は耳をほじり、声の大きさへの不満を見せながらかったるそうだ。

パーカーのフードを引き下ろすと、強い癖に跳ね上がる茶色見がかかった髪。

太い眉は意思の強さを感じさせ、強い瞳の光は自分の力に対して絶対の自信が感じられる。


【達人】「だってよぉ、面白くねぇんだよ

     ルールだなんだとアレすんなコレすんなって、それで勝っても面白くねぇんだ」

【毒島】「ふざけんな‼俺はてめぇに勝つ為に血の滲む特訓をして挑んだんだ

     てめぇの強さがあの程度じゃないって事は何度も苦渋を舐めて来た俺が一番知ってる」

【達人】「だからって裏庭に呼び出すか?

     どんだけ前のヤンキーだよ」


へらへらと受け答えする達人の胸ぐらを強く掴み引き寄せる。

息がかかる程近寄る二人。

二人の周りだけ温度が高くなったと感じる。


【毒島】「ああ、ヤンキー結構じゃねぇか

そんなにルールが嫌いなら、ここでやってやんよ」

【達人】「ほう・・・」


にやりと口の端が吊り上がる。


【達人】「嬉しい事いってくれるねぇ」

【毒島】「てめぇだけだ・・・てめぇだけが俺を見下しやがる

     他の奴等は顔面擦り付けて助けてくれって泣いて喚くのによぉ」

【達人】「そんな事して楽しいのかよ?」

【毒島】「相手より俺が強ぇって感じる事が何より大事なんだよ」

【達人】「けっ、弱い者いじめして俺つえーってか

     そのねじ曲がった根性叩き直してやんよ」

【清】「ちょっとお兄ちゃん!

    そんなの絶対ダメだからね!」


少女は危険な雰囲気に対して口を挟む。

安倍達人の妹で安倍清は、兄の暴走を監視するという役目を必死にこなしていた。

達人は悪人ではないのだが、師匠である祖母にしごかれ続けた事もあり、自分の力を試そうと「悪」と言われる者に対して襲撃をかける事しばしば。

その度に妹の清は警察に何度も身請けをさせられていた。

両親を早くに無くし、祖母の元で暮らす二人は各々の個性を伸ばす修行を徹底的にされており、達人は強靭なフィジカルを活かして武道全般、清は並外れた頭脳を活かした勉学でそれぞれ飛び抜けた成績を収めている。


【清】「また怪我人だしたら、ほんとに少年院に送られちゃうよ」


その言葉に毒島はギラついた瞳を清へと向けた。


【毒島】「はぁ・・・なんだと、俺がやられるとでも言うのか?」


大の大人でも震えあがりそうな瞳を受けても清は平然と見つめ返す。


【清】「言いたくは無いけど、大会での実力を見る限りお兄ちゃんの相手にはならないわよ」

【毒島】「なんだと、てめぇ‼」

【清】「その程度の事も分からない実力なんだから、諦めて家に優勝トロフィーを持って帰ってくれない?」


毒島は足元に置かれているトロフィーを見ると、そのまま清の方向へ蹴り飛ばした。

清の横を抜けたトロフィーは壁に激突し壊れ、その鋭い破片が清を傷づけた。


【毒島】「黙ってろ、ブスがぁ!」


そういった毒島の口を達人の片手が掴むとメキメキと音を立てながら食い込んでいく。

そこにはさっきまでの表情とは一変し、鬼の形相の達人がいた。


【達人】「お前、妹に手を出しやがったな・・・ぶっ殺してやるよ」


顎が砕けそうな程強くなっていく達人の腕を強く振り払い、強引に脱出すると殺気でぎらついた目を向けた。

顔にはくっきりと指の跡が残っている。


【毒島】「やっとその気になりやがったか」

【達人】「うっせぇ、暫く飯が食えない身体にしてやるから覚悟しろや」


達人の怒気に毒島は身震いしながらも、歪んだ笑みが浮かび空手の中段の構えを自然と取っていた。

隙の無い構えは毒島も相当の実力者である事を如実に物語っていた。

対して達人は特に構えもせず、握力に物を言わせて指をゴキゴキと鳴らしながら無造作に歩み寄っていく。

痛みに顔を歪めていた清だったが、その姿を見て慌てて達人に飛びついた。


【清】「わ・・・私は大丈夫だから、やめてお兄ちゃん‼」

【達人】「大丈夫だ、すぐに終わるから問題無い」


清を思いやる言葉とは裏腹に鬼の形相のまま毒島へと歩み寄っていく。

この状態の達人が相手を大丈夫な状態で許す筈が無い事をよく知っていた。

清に交際を申し込んで振られた相手が暴走族を使って脅しをかけた事があった。

達人はそれを知った夜に相手と暴走族を全員病院送りにし、全員が何らかの障害が残る程の怪我をさせていた。

相手の素行の問題もあったので大事にはならなかったのだが・・・。

達人は思いやりのある好男子だ。

弱きを助け、強気を挫く・・・達人はまさにそれを具体化したような性格。

だが、現代社会においてそれは空回りする。

正しくない暴力はまかり通り、正しい暴力は規制され、犠牲者が泣き、加害者が笑う。

達人はそういう事が兎に角嫌いだった。

清はそんな兄が大好きだからこそ、兄を抑えなければならないのだ。


【毒島】「おう!かかって来いよ」

【清】「そういう事じゃないってば

    またおばあちゃんにお仕置きフルコースやられる事になるよ」

【達人】「なんもん知るかぁ!

     こいつを叩きのめさないと腹の虫が収まんねぇんだよ!」

【毒島】「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎!

     今度こそてめぇをぶっ殺して・・・」


その時、空が光に包まれた。

伸びて来た光の乱舞が二人を包み真っ白な空間へと飲み込んでいく。


【達人】「な・・・なんだぁ‼」

【清】「何よ・・・これ」


二人の視界は白に染まっていく。

遠くで何かの悲鳴が聞こえたような気もするが、それ所では無い。

光は強さを増し意識まで白く染まった時、何か強い力に導かれるままに虚空へと消えていった。

立ち昇る光の柱を見る事が出来た物は少数。

その内の一人の老婆が、縁側からじっと立ち昇る光を見つめていた。


【老婆】「そうかい、あんたが選ばれたのかい

     いいだろう、今まで叩き込んだ実力

     そして、ここでは決して経験が出来ない強者の中で揉まれておいで」


慈愛と悲しみが老婆の瞳に宿っていた。


〇学園内軍事指令室


学園は軍事基地として作られた物を平時は学園として活用していたものである。

人類の天敵が多いこの世界において有事とは日常茶飯事。

事が起これば訓練通りに軍としての活動拠点へと速やかに変貌する。

宙に舞う様々なデータや映像を映し出すスクリーンが舞い、オペレーターらしきスタッフが指先で独自な動きをすると、動きに合わせた情報が周りに浮かび上がる。

忙しく作業を行うスタッフを、一段高い場所から見下ろしながら次々と伝えられる情報をキセルをふかしながらエメルダは聞いていた。

隣にはアナスタシアが強張った表情で状況を見つめている。


【エメルダ】「・・・避難状況は?」


アナスタシアは指先を動かすと、浮かび上がるモニターをエメルダの方へ移動させた。

紫煙を吐き出しながらモニターの情報を目で追い、ゆっくりと瞳を閉じた。


【エメルダ】「酷いもんだな・・・」

【アナスタシア】「・・・はい」


エメルダはゆっくりと立ち上がり、上着を力任せに掴む。


【アナスタシア】「どちらへ?

         司令官がこの場を離れるべきではないと思いますが?」

【エメルダ】「・・・ここは副司令官に任せる」

【アナスタシア】「何を言ってるんですか‼

         席について指示を」


キセルを深く吸うと大きく紫煙を吐き出す。


【エメルダ】「ここには成績優秀な副司令官が何人もいるしな

       私は私の出来る事をやろう」

【アナスタシア】「でしたら」

【エメルダ】「ここで私が副司令官達以上の何かが出来る事は無い

       なら、違う場所で自分の出来る事をやるだけだ」

【アナスタシア】「でしたら、私も」

【エメルダ】「ならん!」


強く激しい風に打ち付けられた気がした。

帽子が飛び、アナスタシアの髪留めが飛び、長くしなやかな髪が激しく波打ち、ゆっくりと降りていく・・・ような気がした。

それは、アナスタシアが感じたイメージ。

そのイメージから醒めた時にはエメルダの姿は消えていた。


【アナスタシア】「あ・・・やられた」


力なく肩を落とし、大きく溜息をついた。


〇港町


【リーデル】「く・・・この‼」


どれだけの敵を消し炭にしただろうか。

タリアにはああ言ったものの、圧倒的な物量の前に徐々に苦戦を強いられていた。

幾つかの軍隊も応援に駆けつけてはくれたが、全て目の前で餌食となった。

自分が守るべき街が、領民達が無残に食い散らかされていく様を見せつけられリーデルは泣きながら戦っていた。

自分では気が付いていない。

悔しさや後悔、そして嫉妬が入り混じり、訳の分からない激情が身体を駆け巡る。

強い衝動が魔法の威力を上げる。

だが、制御の効かない魔法の乱発は確実にリーデルのオドを通常以上に消費していた。

本人の自覚無く限界は近づく。


【リーデル】「私が・・・私が・・・お父様に任された大事な大事な街を・・・

       こんな無残を晒せば・・・また・・・わたしは・・・」


眩暈がした。

単純な事だ。

魔法の使い過ぎ・・・最近では魔導の道具に頼り純粋な魔法での戦闘なんてどれだけぶりだろうか?

久しぶりに感じるオド不足による脱力感、倦怠感、どれだけ目に力を籠めても直ぐにピントがぼやける。

黒い波のような物が次々に迫ってきている。

理解は出来る・・・だが、行動出来ない。

呼吸は粗くなり、意識を繋ぎとめているだけでも気力を消費され続ける。


【リーデル】「・・・だからと言って・・・負けてられるか

       ここで私が引いたら、領民が喰われる・・・それだけは家名にかけて絶対に許さない」


唇を嚙み千切り、口一杯に広がる血を飲み干して残ったオドを振り絞り、エーテルを取り込み体内で魔力を生成する。


【リーデル】「ここから消えて無くなれぇぇぇ‼」


突き出した腕からは、天翔ける龍が如き炎が生み出され遺骸の波は次々に消し炭に変わり崩れ落ちていく。

飽くなき炎の龍は次々に遺骸に襲い掛かり一帯の遺骸の群れを滅ぼしていく・・・かに見えた。

現実は、突き出した腕から小さな火花が出た程度。

冷たい汗が流れ落ち、突き出した腕も震えながら力無く降ろされた。

瞼も痙攣し、ピンボケの視界を維持するのも限界に達しようとしていた。

黒い津波がリーデルを飲み込もうとしたその時、竜巻が発生し巻き込まれた遺骸達は引き裂かれ身体の部位を、中身を撒き散らしていく。


【タリア】「わり!遅くなった」


魔導装備に身を固めたタリアを見つめ、全身の力が抜け落ちる。

崩れ落ちそうになるリーデルを受け止めると弱った竜巻を蹴散らして進撃してくる遺骸の群れを見た。


【タリア】「まじ?こんなのと装備無しでやり合ってたとか頭おかしくね?」


スーツの回路が煌めき装備へと伝達される。

肩口から一気に振り下ろされた右手からは刃のような真空波が生じ、前列の遺骸共を真っ二つにした。

だが、倒した以上に溢れ出る遺骸の群れ。

スーツの中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じる。

周りを見れば、先んじて出撃した部隊の破片が至る所に散乱していた。

生唾を飲み込む音が今まで感じた事が無い程大きく響く。


【タリア】「・・・こりゃ無理だろ」


リーデルを抱えたまま、じりじりと後ずさる。


【リーデル】「だめ・・・よ」


荒い呼吸をしながら震える身体を強引にねじ伏せてタリアを掴む。

この状態でも意識を失わないリーデルに驚愕するしかない。

オド枯渇の苦しさはよく知っている。

身体の中から冷たくなって臓器という臓器が機能していないんじゃないかと感じる程の不快感と悪寒。

いっそ、死んだら楽になれるんじゃないかと思う程だ。

それでも、リーデルはまだ意識を繋ぎ、立ち上がろうとしている。


【タリア】「あんたの使命感は大したもんだよ

      でも、無理だ・・・今回の遺骸の進軍を止める事は出来ないって」

【リーデル】「それ・・・でも・・・」


震える小鹿の如く立ち上がり、襲い掛かろうと迫りくる遺骸の群れを睨みつける。


【リーデル】「それでも・・・ここで止めなければ・・・後ろにいる領民が殺されてしまう・・・ここの責任者として・・・それだけは絶対にさせない

       自分の命惜しさに領民を見捨てるなら、貴族たる資格なんてないわ!」


魔導装備も無しに、ここまで食い止められていたのも、この狂気にも似た使命感ならではという事。


【タリア】「でも、実際どうすんのさ?これ」


現状、戦闘が出来ている者は少なく、時が経つにつれ、その数も減っていく。

侵入に気が付かなかった時点で負けは確定していた。

初動が遅すぎた為に、まともな作戦も展開出来ず、ただただ消耗戦を繰り返すのみ。


【リーデル】「・・・少しでも領民を避難させ、出港さえ出来れば・・・」

【タリア】「あれって完成してたのか?」

【リーデル】「完成度は半分位よ

       でも、動かす事は出来る・・・あのいけ好かない司令官なら絶対にそうするわ」

【タリア】「・・・でもさ、うちら・・・それに乗れるかな?」


タリアの目に、遺骸の群れの奥に見える巨大な人型遺骸の姿が映る。

授業で戦時中の遺骸について教わった事はある。

だが、実物は桁違いだった。

ああすれば勝てるとか、こうすれば倒せるとか・・・そんな考えを一瞬にして無にしてしまう死そのもの。

勝利する姿は想像出来ず、自分がどんな無残な死に方をするのだろうかと、マイナス方向にしか考えられなくなった。


【リーデル】「死んでたまるもんですか・・・姉さん達よりも私が最強だと証明するまで、絶対に」

【タリア】「・・・わーったよ」


リーデルに魔導装備を与えても、この状態では無駄だ。

オドが枯渇している以上、魔力の生成は無理だろう。

魔導はどこまで言っても魔力の強化を担う為、魔力の生成が出来ないリーデルにおいては枷にしかならない。

タリアにしても、リーデルのピンチに大技の竜巻を熾した為、精々風のブレードを数回撃つのがやっとだ。

頭の中で色々な思い出が廻る。

巨人遺骸が近づく振動に、笑えてしまう程の絶望が全身を包む。

まだ死にたくないなぁ、やりたい事一杯あったし、やらなきゃならん事もあったんだけど

・・・ここまでかなぁ、悔しいなぁ。

引き攣った笑いを浮かべながら無造作に腕を振る。

真空の刃が襲いかかる遺骸の群れを何度か切り裂いた。

だが、押し寄せる波を幾つか止めた所で後から続いてくる波を止められる訳もない。

疲労感が全身に押し寄せ抱えているリーデルが重い。

このままリーデルを投げたら、喰われてもらっている内に逃げられないかな?とも考える。

だが、そんな事をしても死期を多少延ばすだけだと分かっている。


【タリア】「あ~あ、ここまでかな・・・」


血に飢え爛々と光る赤い目、凄まじい臭気をまき散らす口があらゆる場所を喰らおうと大きく開いて迫ってくる。

力任せに噛み付いてるから歯がボロボロだな・・・最後にこんな事考えて逝くなんてねぇ

・・・まじ最悪

生温い吐息が肌に触れる。

強く目を閉じて来るだろう強烈な痛みに全身が強張る。

瞬間、強く目を閉じているのに明るいと感じる程の光が辺りを包み、遅れて凄まじい音が響いた。

鼓膜が破れたかもしれない、耳の奥にじーんとした痛みを感じて悲鳴を上げるが自分の声が聞こえない。

肌から感じる熱風が徐々に収まり鼻につく匂いが漂ってきた所で、ゆっくりと目を開く。

ボロボロの炭となって風に吹かれ塵へと帰っていく遺骸の群れ。

正面には腰まである長めの髪を風になびかせ、キセルの煙を吐き出すエメルダが立っていた。


【エメルダ】「危機一髪、なんかヒーローっぽくない?」


ニィっと子供っぽい笑みを見せつけながら二人を見る。


【タリア】「は・・・はは・・・んな事言ってる場合じゃないっしょ・・・」


タリアの言葉にカッと目を見開き、大きく手を振って大袈裟にポーズをとる。


【エメルダ】「こんな時だからこそ、鼓舞は必要だろう!」

【リーデル】【タリア】「・・・」


迫りくる死に対しても、一切変わる事の無いエメルダのスタンスは二人の状況認識を混乱させるばかりであった。


【エメルダ】「・・・コホン・・・兎に角、お前達は学園に避難しろ

       ここは暫く引き受ける」

【リーデル】「はっ!・・・引き受けるですって?」


タリアから身を放し、怒りに歪んだ顔でエメルダに詰め寄る。


【リーデル】「司令官様が居ながら、こうまで敵の侵入を許すってどうなのさ?」


言葉に視線を落としながらキセルを一服すると、煙を吐き出した。


【エメルダ】「・・・まぁ返す言葉もないねぇ

       けど、今はそんな事言い合ってる場合じゃないだろ」

【リーデル】「だから、あんたに任せろって?

       私の街を?領民を?」

【エメルダ】「オドが枯渇したお前等よりは、マシだろうよ」


殴りかかろうとするリーデルを必死にタリアが抑え込んだ。


【タリア】「リーデル!落ち着けって!

      実際、今のうちらじゃなんも出来んって」

【リーデル】「うっさい!タリアは先に戻ってて!

       この街の住民を守るのは領主の務め!ましてや今のこいつに任せられる訳ない!」

【エメルダ】「言うじゃないか、小娘

       けど、根性だけでなんとか出来る戦場なんて・・・ないんだよ」


一気に増すエメルダの存在感と迫力。

逆上していたリーデルすら、生唾を飲み込み、言葉を失った。

それでも気を取り直し怒りによって力を振り絞る。


【リーデル】「な・・・なんて言われようと絶対に引かない!」


煙をリーデルの顔に吹きかけ、煙たがっているのを見てニヤリと笑う。


【エメルダ】「タリア、こいつは私に任せな

       お前は一足先に戻って色々手伝ってやってくれ」

【タリア】「手伝う?」

【エメルダ】「行けば分かるよ」

【リーデル】「行って、タリア」


少し躊躇いながらも意を決して、学園の方へ走り出す。


【エメルダ】「戦況はすこぶる悪い

       おそらく、ここがデッドラインになる」

【リーデル】「はぁはぁ・・・そんな事は分かってる

       でも、なんで魔導装備をしてこなかったの?」


エメルダは指令室を出たままの恰好だ。


【エメルダ】「魔導装備は好きじゃないんだよ

       効率だけ求める時は、小さめのを使う事はあるが」

【リーデル】「・・・魔導装備を使わず・・・」


まだ煙を上げ崩れ落ちていく遺骸の残骸を見る。

果たして自分が魔導装備をした上で、これだけの成果を出す事が出来るだろうか?

先の大戦で英雄の一人と称えられ「ホワイトライトニング」の二つ名を与えられたエメルダ。

疲れとは別の冷たい汗が流れ落ちた。


【リーデル】「お父様が・・・無理にここの司令官に引き抜いたって聞いたけど・・・」

【エメルダ】「・・・ちっと借りがあってな」


二人の足元が徐々に振動していく。

巨人の遺骸が接近している振動だ。

どれだけ群れの遺骸を倒しても、アレがいるだけで全てが無に帰す程の存在。


【エメルダ】「出来れば倒したいが・・・あれとやり合うには準備が足りないな」

【リーデル】「・・・起動までどれ位時間が必要なの?」

【エメルダ】「ちょっと遅れ気味だ

       なんせ突然過ぎた」


巨人遺骸が迫って来るのに合わせて、キセルの灰を捨てると懐にしまう。


【リーデル】「答えになってないんだけど」

【エメルダ】「一杯必要、OK?」


エメルダの態度にイラつきながらも、迫りくる巨人遺骸の脅威へと意識を移す。

生命力の力であるオドが枯渇して、頭が回らない。

強い言葉とは裏腹に全身に力が入らない。

横目で様子を伺っていたエメルダがリーデルの肩をポンっと叩いた。


【エメルダ】「アタッカーは私がやる

       お前はサポートだ」

【リーデル】「はぁ・・・ふざけないでよ

       この街を守るのに命を掛けないでいたらお父様に合わせる顔が無いわ!」

【エメルダ】「今は戦闘中

       上官の命令は絶対だ」

【リーデル】「う・・・ぐ・・・」


言葉に詰まると同時にオド不足による倦怠感と不快感が全身を廻り、強烈な吐き気が襲い掛かる。

鼻を衝く匂いと口に広がる苦みに耐えて無理矢理留飲する。


【エメルダ】「・・・無理だろ、これ以上」

【リーデル】「はぁはぁ、そんな心配より、アレどうにかしないさいよ」


地響きと共に迫り来る巨人型遺骸。

キセルの煙を巨人遺骸に向けて吐き出しながら、指先で頭を掻いた。


【エメルダ】「・・・どうしたもんかねぇ・・・アレ」


緊張感の無い態度に心底苛立たしさを感じ、その感情を隠しもせずに噛み付く。


【リーデル】「それでも大戦の英雄だったの⁈

       昔にもアレはいたって教わったんだけど!」

【エメルダ】「先に分かっていて、準備万端で多少の犠牲で倒せるってやつだぞ

       現状、無理」

【リーデル】「!!!!!」


言葉を失い口の端から血が流れ落ちる程歯を食いしばると、タリアが置いていった剣を手に取りフラフラと巨人遺骸の方へ歩き始めた。


【リーデル】「・・・何が英雄

       そんなモノ、今アレをぶっ殺してなってやるわ!」


だが、意気込みとは反対に暫く歩くと剣を杖代わりにその場にしゃがみ込む。

気力だけではどうにも出来ない・・・自分の弱さに嫌気がさす。

もしも、これが姉達なら状況は違うのか?いや、そもそもこんな事態にすらなっていないのか?大きすぎる姉達のプレッシャーがリーデルの心をへし折る。


【エメルダ】「優秀な姉達がいるってのも大変だな」


その言葉にエメルダを睨みつける。


【リーデル】「あなたに・・・何が分かるの?」

【エメルダ】「分からんよ、でもあの二人とは知り合いだからな

       お前の話もよく聞いてたよ」

【リーデル】「はっ・・・さぞかし出来の悪い妹って馬鹿にしてたでしょうね」


エメルダはフっと笑いながらキセルの灰を捨てる。


【エメルダ】「どうだったかねぇ」


胸の谷間にキセルをしまうと、リーデルの腕を取り立ち上がらせる。


【エメルダ】「まぁ今はそんな事より、アレの対応だな

       今出来る事は、私達を囮に時間を稼ぐ・・・これしか出来ないな」

【リーデル】「わ・・・わたしがもっと・・・もっと強かったら・・・」

【エメルダ】「ともかく、奴の注意をこっちに引き付ける・・・覚悟は決めろよ」


無言で頷く。

エメルダの腕から閃光が放たれ、巨人遺骸の目の下辺りを焼く。

巨人遺骸の顔が二人に向いたと思った瞬間、グリンと違う方へ向いた。


【エメルダ】「なんだ?」


二人は巨人遺骸が見た方向へ視線を向けた。

そこには古びた教会の上に立つ一人の少女がいた。


【リーデル】「・・・ヨアン?」

【エメルダ】「あんな所で何を・・・」


巨人遺骸の進路がヨアンに向かって変わった。

進行速度も上がり、祈りの姿勢で立つヨアンに向かっていく。


【エメルダ】「くそ・・・まずいな」


その言葉が発せられた時には、エメルダの姿は巨人遺骸に向かい飛び出していた。

急に支えを失い地に倒れながら、その圧倒的な実力を見せつけられる。

全身に雷を纏い、音を置き去りに巨人遺骸へと迫る。


【エメルダ】「いい女を無視とは・・・連れないんじゃないか?」


巨人遺骸の顔面が閃光に染まる。

空気が瞬間に膨張し、破裂する音が辺り一面に響き渡った。


【エメルダ】「!!」


ダメージが入ったのか、入らなかったのか・・・巨人遺骸は一切動じない。

それどころか速度を上げ、一気にヨアンへと掴みかかる。


【巨人遺骸】「ぐあぁああぁぁああああっぁぁあああ」


意味不明の叫びを上げながら、ヨアンを掴み力任せに持ち上げる。


【エメルダ】「こっちを見ろ‼」


無数の閃光が放たれ、巨人遺骸の腕を焼く。

生肉が焼ける独特の異臭が鼻を突く。

ずるりと巨人遺骸の腕の皮膚が焼け落ちていった。

それでも、巨人遺骸は止まらない。

ヨアンの何かの詠唱が聞こえる・・・所々に血を吐いているだろう濁った音を交えながら。


【エメルダ】「放せぇぇぇ!」


巨大の雷が巨人遺骸の腕に直撃した。

肉が焦げる匂いが更に強くなる。

グチャ・・・

肉が潰れる音。

ヨアンが何かを叫び、そのまま鮮血に染まった。

見開いたエメルダの瞳に、力尽きていくヨアンの姿が焼き付く。


【エメルダ】「ま・・・また救えなかった・・・私は・・・また・・・」


ヨアンを潰した腕が、肘から落ちていく。

その瞬間、激しい光が立ち昇り辺りを眩しく染めていった。


【リーデル】「・・・何よ・・・アレ・・・」


状況は最悪。

目の前で優遇していた大事な「予言者」を殺され、未だ巨人遺骸の脅威は無くなってはいない。

それでも、ヨアンによって生み出された光は美しく、目を離す事が出来ない。

そのリーデルの前に、エメルダが落ちて打ち付けられた。


【エメルダ】「う・・・ぐ・・・わ・・・私は・・・また・・・」


顔に髪がかかり、表情を読み取る事は出来ない。

だが、血を吐くように絞り出す言葉は胸に刺さった。

片腕を失った巨人遺骸は凄まじい叫びを上げながら、暴れだした。

腕を振る度、足を踏み鳴らす度、街は破壊され粉塵が巻き上がる。

破壊される街を歯ぎしりしながら睨みつけると、震える身体を抑え込んで必死に立ち上がる。


【リーデル】「この化け物!私はここだ!ここにいる‼

       今ここで殺さなければ、私がお前を殺すぞ!」


目元を腕で拭うと、口の中の血や唾をまき散らしながら叫ぶ。

その姿を見て、エメルダも震える身体をそのままに立ち上がる。

身体が重い・・・無計画に魔法を放ち過ぎた・・・オドが尽きかけているのが分かる。


【エメルダ】「はっ・・・部下の手前、何時までも寝てる訳にもいかんな」


立ち昇っていた光は徐々に消えていく。

巨人遺骸の顔がエメルダの方へと向き直る。


【エメルダ】「そうそう、お前の腕を落としたのは私だよ

       悔しかったらかかって来な」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る