手紙の差出人は誰か? 文学少女か、ギャルか、ツンデレか、それとも……?
九傷
手紙の差出人は誰か? 文学少女か、ギャルか、ツンデレか、それとも……?
『ずっと前から、甲谷君のことが好きでした』
そう一言だけ書かれた手紙が、下駄箱に入っていた。
――ラブレター。
メールやSNSが一般化した現代においては、かなり古典的な告白方法と言えるだろう。
しかも、場所は下駄箱である。
ウチは偶然にも鍵のないタイプの下駄箱だが、昨今は盗難やイジメの対策として鍵付きの下駄箱を採用していることも多いため、こういったイベント自体滅多に発生しない。
だから、完全に不意打ちであった。
俺は誰にも見られないよう警戒しながら手紙を回収し、速やかにトイレの個室にこもって内容を確認した。
中身を見るまではラブレターだと確信できなかったが、どうやら本当にラブレターのようなので少しホッとする。
タチの悪いイタズラという可能性も十分あったからだ。
(……いや、安心するのはまだ早いか)
内容自体はラブレターで間違いないと思うが、それ自体がイタズラという可能性はまだ残っている。
何せこのラブレターには、一番重要な差出人の名前が書かれていないのだ。
(筆跡を見る限り、恐らくは女子だと思うが……)
丁寧ながらも少し丸みを感じさせる文字からは、どことなく女の子的な雰囲気がにじみ出ている。
これだけでは女子と断定することはできないが、男子が筆跡を偽装しているという可能性は低いように思えた。
理由は、男子のイタズラにしては凝り過ぎていると思うことと、内容がたった一言だけなので騙す目的としてはパンチ力が弱いように思えるからだ。
もちろん女の子っぽい文字を書く男子もいるだろうし、イタズラに全力を出すタイプもいるだろうが、ここは俺の期待値込みで女子が書いたものと仮定することにしよう。
そのうえで仮に女子のイタズラだとすると、今度は逆に凝ってなさ過ぎる気がする。
もし俺をからかう目的なのであれば、もっと間抜けなムーブを誘う文章を書くのではないだろうか。
そうでなくとも、あえて一言しか書かないという選択を採用する必要性が感じられない。
つまりこのラブレターは、ガチの可能性が高いということだ。
無論、俺がそう思いたいという願望補正もあるが、わざわざ悲観的になる必要もないだろう。
別に待ち合わせの場所が指定されているというワケでもないのだから、俺にデメリットはほぼない。
ということで、以降はこの手紙を本物のラブレターとして扱うものとする。
では、一体誰がこのラブレターを出したのだろうか?
自分で言うのもなんだが、俺には心当たりが全くと言っていいほどない。
別に女子に嫌われているということはないし、むしろ友好的な関係を築けているとは思うのだが、2年間そういった感情を匂わせる行為はほぼなかった……と思う。
ラブレターには「ずっと前から好きでした」と書かれている。
ずっと……というのがどのくらい前からかはわからないが、少なくとも1年は超えているのではないだろうか。
俺も今年から三年だし、同学年に限定すれば長い付き合いのクラスメートも何人かいる。
二年にも心当たりがなくはないが、ラブレターを出すようなタイプではないので選択肢から除外してもいいかもしれない。
新一年生については、完全に候補から除外してもいいだろう。
最も可能性が高い同学年の女子から絞り込むと、最有力候補は一人。
……隣の席の、
若山さんは、最近の女子高生とは思えないほど古風な雰囲気を放っている。
一切乱れることなく真っ直ぐ垂らされた、美しいロングの黒髪。
前髪が水平に切り揃えられている、いわゆる『前髪ぱっつん』と呼ばれる髪型だ。
スカートの丈は恐らくひざ下5センチ程度で、ソックスは常に純白のオーソドックススタイル。
読書が趣味で、性格も口調も穏やかという、多くの男子が惹かれるであろう清楚系女子。
そんな古風な若宮さんであれば、ラブレターという古風な告白方法を選んだとしても不思議はない。
もちろん、それだけでは理由としては弱いのだが、俺にはもう一つだけ心当たりがある。
それは若宮さんと俺が、小中高と同じ学校だったことだ。
よく会話する仲でもなく、遊んだことも一度や二度程度だが、事実上の幼馴染と言っていいだろう。
ラブレターに書かれた「ずっと前から好きでした」という表現も、若宮さんが言うのであればしっくりくる。
ただ、問題なのは何故差出人の名前を書かなかったかだ。
気付いて欲しいという願望からか?
……いや、それよりも決別に近い意味の可能性が高いような気がする
叶わぬ恋であるがゆえに、ただ思いを伝えるにとどめるというのは、悲恋の物語などではよくある展開だ。
そう考えれば「好きでした」と過去形なのも……って違う違う。
文章上「~でした」と書かれているからといって、必ずしも過去のこととは限らない。
この場合「ずっと~でした」という流れなので、過去から現在までを含んだ表現だと言える。日本語難しい。
しかし、決別のために書かれたラブレターであるのならば、俺はどう動くべきなのだろうか。
さっきまでテンション爆アゲだったというのに、冷静になった今はマイナス近くまで落ち込んでしまった。
……ただ、それを顔に出すのはマズイ気がする。
もし手紙の差出人が今のテンションだだ下がりの俺を見れば、確実に嫌な気持ちになるハズだ。
どんな意味があるにしろ、自分のラブレターが原因で相手のテンションが下がっているのを見たら、普通の感性を持っていればショックを受けるだろう。
差出人不明とはいえ、俺を好いてくれる人にそんな思いはして欲しくないので、できる限り楽しいことを考えてテンションを上げていく。
(……よし、行くか)
俺は戦いに臨む面持ちでトイレを後にした。
◇
教室に戻ると、既に8割くらいの生徒が登校して来ているようであった。
俺はかなり早くから登校していたが、長いことトイレに
「おはようございます、
「っ! お、おはよう、若山さん」
着席すると、早速若山さんが声をかけてくる。
一瞬動揺したが、すぐに平静を装って挨拶を返す。
「ちょっとお腹の調子が悪くてね。トイレに籠っていたんだ」
「まあ!? それは大変ですね! もう平気なのですか?」
「うん。全て出し切ったからね」
「こ、甲谷君! そんなことを爽やかな笑顔で言わないでください……」
「ハハ! ごめんごめん!」
俺と若山さんは、いつもこんな他愛のない会話をするような間柄である。
文字通りの友達で、それ以上でも以下でもない関係だ。
「でも甲谷君、なんだかその……、いつもよりも気分が良さそうに、見えます。そ、そんなに、凄かったん……(ゴニョゴニョ)」
最後の方はゴニョゴニョしてて聞き取れなかったが、若山さんはどうやら俺がウンコを出し切ったから気分が良いと勘違いしているようだ。
酷い勘違いだが、もし若山さんが手紙の差出人なのであれば、これは演技という可能性が高い。
……いや、あり得るのか? 少なくとも俺の観察力では全く演技に見えない。
「
そんな俺達の会話に割り込むようなカタチで、派手な見た目をした女子が背中に抱きついてくる。
「お、おはよう、目黒川さん」
彼女の名前は
髪はピンクがかった銀髪(?)で、顔は濃いめのメイクがされているものの愛嬌があり、胸元ははだけて豊満なおっぱいの谷間が
見た目通りの陽キャで、クラスカーストでは一軍に属している。
なので、どちらかと言えば三軍寄りな俺とは本来関りのないタイプなのだが、一年の頃にタチの悪いオッサンに絡まれているところを助けて以来、妙に懐かれて今に至っている。
そういう意味では目黒川さんもまた差出人候補ではあるのだが、可能性としてはかなり低いと思っている。
好意は持たれているのだろうが、それはあくまでも友愛に近い感情なので勘違いは禁物だ。
今されているハグにしても、彼女は元々スキンシップが激しい方なので、このくらいの接触であれば日常茶飯事と言える。
それで勘違いする者も多いので、もう少し手加減して欲しい。
まあそもそも、彼女とは毎晩のように〇ineでメッセージをやり取りしているので、あえて手紙を出す理由もない。
それでも候補から除外しないのは、フィクションだとこういう意外性のあるキャラが犯人というパターンが多いからだ。
恋愛モノだとギャップ萌え要素もあるので、むしろイメージと遠ざかるほど可能性が高くなってくると言える。
「め、目黒川さん、ダメですよ! そんな、抱きつくなんて……、はしたないです……」
「え~、こんなん今時普通っしょ? ホラ、しずっちも一緒に! 正面からサンドイッチしよ!」
「サ、サンド……!? む、無理です!」
サ、サンドイッチ……、だと……
そんな背徳的な提案をしてくるとは、目黒川さん、一体何が狙いだ……?
まさか、俺を動揺させてボロを出させる気か?
……甘いな! 俺がこの程度のことで動揺すると思ったら――
「な、なので、こうして手を握るくらいなら……」
そう言って若山さんは席を寄せ、俺の手を握ってくる。
「っ!? 若宮さん!?」
「だ、だって、こういうときは、空気を読まなければいけないんですよね?」
実は若山さんは、自分が古風だと言われていることを少し気にしている。
そのため、時折こうやって周囲の空気を読もうとして空回りすることがある。
「ちょっと目黒川! また静流ちゃんをからかって!」
そんな若山さんのことを遠目で監視していたのか、一人の少女が割り込んでくる。
「アンタもアンタよ! 抵抗しないでデレデレしちゃって!」
「ご、ごめん、常盤さん」
彼女の名前は
若山さんの幼馴染であり、つまり俺とも長い付き合いなのだが、昔から俺に対する態度が厳しい。
そんなツンツンした常盤さんだが、彼女もまた差出人候補だ。
理由は簡単で、彼女がヒロイン(仮)の親友キャラだからである。
大抵の学園モノラブコメで登場するヒロインの親友キャラは、ほとんどの場合主人公に惚れる。
あとから好きになるパターンもあれば、ヒロインより前から好きだったパターンなど色々あるが、最終的に負けヒロインになることが多い。
現実ではあり得ない。そう思う者も多いだろうが――
「あの、常盤さん、そろそろ手、放してくれるかな?」
「っ!?」
常盤さんは慌てたように手を引っ込め、それを隠すように手で覆い、顔を赤らめている。
このようにフィクションにおけるテンプレ的反応をしてくれるので、俺も勘違いしたくなるのだ。
現実ではただ嫌われているだけという可能性が大いにあるのだが、夢を見るくらいは許して欲しい。
そんなワケで候補はこの三名なのだが、これはもちろん俺の願望も含まれている。
ぶっちゃけこの三人であれば、誰であってもOKするだろう。
理由は単純で、俺の好感度が既に三人とも最高数値に近いからだ。
この数値を超えるのは、恐らく家族くらいなのではないかと思う。
つまり、もし三人の誰かに好きと言われれば、俺はその瞬間その相手に対する好感度がMAXとなるため、全員に可能性があるということだ。
名乗ってくれてさえいれば、俺は誰でも受け入れる準備があったというのに――
「っ! 兄さんから離れなさい!」
突如として教室の後ろの扉が開け放たれ、真新しい制服を着た女子が教室に入ってくる。
「乙姫!? 何故ここに!? 入学式はどうした!?」
女子の名前は
「そんなものはどうでもいいです! 悪い予兆があったので、兄さんを監視していました」
「予兆? なんのことだ?」
「先日、その目黒川という女から〇ineで、兄さんにお花見の誘いがありました。それから家のポストと、兄さんの下駄箱にも手紙が投函されていました。全て兄さんの目に触れる前に私の手で処分しています」
「「「「な、なんだってー!?」」」」
俺達4人は揃ってMM〇的反応をする。
「じゃあ、まさか、今朝の手紙は……」
「……私です。兄さんがモテ過ぎで、悔しかったので」
だからといって、人の手紙を読まれる前に処分するのは大分酷いと思うが……
しかし、それなら名前を書けなかったことにも納得がいく。何せ乙姫は実妹だからな。色々アウトである。
「それで、もう開き直って聞きますが、兄さん、返事は?」
しかもこれ、マジなやつか。
……ならば答えは決まっている。
「俺も好きだぞ。乙姫のことを一番愛している」
「っ! 兄さん!」
だって俺は、家族を一番愛しているからな!
~おしまい~
※おまけ
ハッピーエンドォォォォーー!!
ってんなワケあるかい!
主人公は本気で家族に対する好感度が一番高いと思っているので、妹が一番好きなのは間違っていないのですが、果たしてどうするつもりなのか……
しかも他の三人の好意も確認できたワケなので、この後色々な修羅場が予想されますね!
ちなみに、破棄されたそれぞれの手紙の内容は以下になります。
>目黒川(〇ineメッセージ。主人公は風呂中)
「明日って絶対桜満開っしょ? でさ、桜っていえばウチらが初めて会ったのも花見のときだったじゃん? だからさ……、今年はウチと一緒に花見しない? ちょっと色々話したいことあるしさ~」
>常盤(ご近所のため家に投函)
「明日、始業式が終わったら時間ある? ちょっと話あるから、ウチに寄って」
>若山(早朝に下駄箱に投入)
「突然のお手紙申し訳ありません。本当は直接お伝えできれば良いのですが、教室ではどうしても人に聞かれてしまいますので、こうして手紙をしたためさせていただきました。甲谷君は、中学校の裏にある神社の桜を覚えていますか? 今日の放課後、そこでお待ちしています。覚えていたらで構いませんので、宜しくお願いいたします」
これを削除……容赦ない!
恐るべし妹!
スマホのロックも意味なし!
手紙の差出人は誰か? 文学少女か、ギャルか、ツンデレか、それとも……? 九傷 @Konokizu2
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