二重人格のボクがデータ人間化したら二人になっちゃった!

楠樹 暖

二重人格のボクがデータ人間化したら二人になっちゃった!

 人類に突き付けられた二つの選択――滅亡を受け入れるか、カタチを変えてでも生き延びるか。

 世界の滅亡が近づくなか、ボクのところにもやっとデータ人間化の案内が届いた。間に合わないんじゃないかとヒヤヒヤした。これで人類が滅亡しても大丈夫だ。

 サーバーに人格をコピーしてデータ人間として生きる。人類が生き延びるために残された、たった一つの方法。データ人間化の順番が回ってきたボクも早速データセンターへと向かった。

「魂をデジタル化するにあたり色々決めていただくことがございます。まずは移住先のサーバーをどこにするかです」

「そっちで決めてくれないのですか?」

「はい、お客様の方でお選びいただくこととなっております。一度決めたら変更はできませんのでご注意ください」

「えっ!? そうなの?」

「他も決めていただくことがございます。セキュリティ対策オプションを付けるか、データ安心オプションを付けるか。今でしたら、動画見放題とセットでお安くなっております」

「そんなにいっぱいあったら決められないよ……」

 頭がパニックになり、目の前が真っ白になった。

 気がつくと契約書にサインをし終わったところだった。

「では、デジタイズルームへどうぞ」

 連れていかれたのは魂をデジタル化するための装置がある部屋だ。ここで頭の中の人格を吸い上げてデータ人間化する。ヘッドギアを被りデータ人間化の作業が開始された。


「電脳世界カタスへようこそ」

 データ人間化に成功したようだ。自分の体は凄くリアルで、とてもデータで構成されているとは思えない。そして、目の前に凄くリアルな自分がもう一人……。

「あれ? ボクがもう一人!?」

「よう、オレ」

「お客様は、二つの人格をお持ちのようでした。解離性同一性障害、いわゆる二重人格です。一つの体に二つの魂が存在していたため二人のデータ人間が生まれてしまったというわけです。よくあることです。中には一人が、二十四人のデータ人間になってしまったという報告もございます」

「一人にはできないのですか?」

「カウンセリングを受ければ一つの人格に統合して、一人のデータ人間にマージすることができます。いいのですか? せっかく二つの命なのに、一つを消してしまっても」

 そういわれると相手を抹殺してしまうようでいい気がしない。

 どうしよう? どうしよう?

 いつもなら悩み始めたら頭が真っ白になって、気が付いたらどっちかに決まっていたのに、今回はなかなか決まらない。

「いつまでも悩んでいたって答えは出ないぜ。いつもはオレが決めていたんだからな」

 もう一人のボクが自信ありげに言う。

「このままでいいぜ。せっかく動ける体を手に入れたんだ。これからは自由に生きるぜ」

「はい分かりました。でも、部屋の手配が間に合いませんので、しばらくお二人で生活ください」

 こうして、二人のボクの共同生活が始まった。

 ボクの名前は鬼頭翔馬。もう一人のオレ君も同じ名前なわけなんだけどややこしいので第一人格であるボクは鬼頭・一郎・翔馬、第二人格であるオレ君は鬼頭・二郎・翔馬と名乗ることにした。

 二郎はボクが困ったときに出てくる人格だという。選択に迷ったときはいつも二郎が出て決めてくれていた。

「父親に叱られた記憶はあるか?」と二郎が聞いてきた。父親は優しいイメージしか残っていない。

「いつも代わりにオレが叱られていたからな」

 そうだったのか……。

「お前を助けるのがオレの役目だったのさ」

 頼もしくも思える反面、ボクから二郎が離れた今、ちゃんと生活できるか不安でもある。


 電脳世界の生活は快適である。物理世界となんら遜色はない。物理世界では今次々と隕石が落ちている最中だ。すでに最初の三日で世界の大半の人類は亡くなってしまった。地下深くに設置されたデータセンターは被害を免れ今も運用を続けている。

 そんな中、政府からボクら二人に要請がかかった。

「あなたがた二人のうちどちらかに外に出て作業をしてもらいたい」

 ボクらのサーバーが設置されているデータセンターは地下深くといえども万全ではない。被害が及びそうな巨大隕石の落下予測地点がこの近くだという。そのため、サーバーを別の地区へ運ぶ必要がある。リモートで操作できればいいのだけれども、細かく散った大気中の隕鉄の作用で電波が届きにくくなっており、データセンターから離れた場合に動かなくなってしまうのである。そのため作業用の機械の体【EXボディ】に魂を移し直接作業することで電波障害の影響を受けずにサーバー移設を行うのである。

 しかし、危険もある。データ人間法により一人のデータ人間が存在できるのは一か所のみとされており、EXボディに魂を移した場合はサーバー上からは削除されてしまう。もし作業中にEXボディに何かあった場合は死んでしまうということだ。

「そんな危険な作業をどうしてボクたちに?」

「あなた方二人が選ばれたのには理由が三つあります。一つはあなた方が元々一人の人間だったということです。どちらかが死んでも一人の人間が一人になるだけです。次に、データ人間化の契約時に『政府の要請に応じる』という一文にチェックを入れていることです」

「ボクは覚えがないけど……」

「オレがチェックしたぜ。どうする一郎? どっちが行く?」

「うーん、うーん……。決められないよ」

「オレは自由にさせてもらうぜ」

 決断をできないボクに代わって二郎が前に出た。

「オレが行く。これがオレの自由だ」

「二郎……」

「言ったろ、『お前を助けるのがオレの役目だ』って」

 こうして、二郎はEXボディに魂を移して物理世界へと出て行った。

 世界がまるごと入ったサーバーといえどもそのサイズは意外と小さく、人一人が抱えられるような板のようなものである。人と同じサイズのEXボディでも移動は容易である。

 サーバーが取り外される前に電脳世界がスリープ状態へと移行した。次に起動したときは移設が完了した時だ。あるいは二度と起動しないのか……。

 意識の断絶は一瞬だった。

 電脳世界は再起動をし、スリープ状態から既に三日が過ぎていた。

 サーバーが移設先に設置され一安心である。これで残りの隕石群が過ぎるのを待つだけだ。

 サーバーが移設先のデータセンターの機能を掌握し、周りの様子が映し出された。

 そこには破損したEXボディが一体、データセンターとの繋がりを失い横たわっていた。

 無線の呼びかけにも応答しない二郎。もはやサーバーに戻ることはなかった。

「どうして二郎がこんな目にあわなければいけないんです!」

 やり場のなかった憤りが政府の役人に向けられた。

「ですから、理由は三つあると。一つはあなた方が元々一人の人間だったということです。どちらかが死んでも一人の人間が一人になっただけです」

「ひどい……。それでも人が一人死んだんだぞ!」

「次に、『政府の要請に応じる』にチェックをしたこと。チェックをしたのはあなた方です」

「そ、それはそうだけど……」

「最後の理由ですが……」

「三つ目はオレから話そう」

 そこには二郎の姿があった。

「三つめはデータ安心オプションを付けたからさ。万が一データが破損してもバックアップ時点に復旧してもらえるという。あんまり付けている人多くないんだとよ。オレに感謝しろよ」

「二郎!」

「お前を守るのがオレの役目だって言ったろ。お前を一人になんてするもんか」

 たとえ物理の体が滅んでも、朽ち果てないものがここにある。

 二人で一つの生活はまだまだ始まったばかりだ。


(了)

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