第7話 不安
思わず言った本音に僕は口を塞ぎそうになった。
「君は社会から必要とされている。それは僕が保障する」
瞼の裏にはネット上に浮かぶ悪意が波紋のように広がり続ける。あんな言葉を見れば、誰だって心が弱くなるのは当然だ。僕はそんな悪意にさえも言い返す余裕も勇気もなかった。ただただ怖かった。自分が勧めた結果なのに自分自身が責められているようでただただ怖かったのだ。
「あの書き込みの一人のことを知っているでしょう。真尋君も知っているでしょう」
君に対しての誹謗中傷をやっていたのが僕の同級生だったらしい、とネット上で出回ったとき、僕は自分自身の青春時代を全否定された気がした。あんなにみんな仲が良かったのに裏で平気で酷いことをやっていた仲間がいたのだ。あんなにみんな学校中で大騒ぎして羨望の眼差しで見ていたくせに裏では本当に姑息な奴がいたんだ、と思うと居ても立っても居られなかった。その書き込みをしていたのはあろうことか、同じ弓道部にいた女子部員だったのだ。その決定的な中傷で君の精神状態はズタボロになり、それが失踪の原因にもなったのではないか。
「私の不安を切って」
切って? この竹を切れ、というのか? かぐや姫の物語を思い返す。竹取の翁は光る真竹を鋸で切り、その竹の中から生まれたのがかぐや姫だという。
「不安を切れば、ここから抜け出せるというのか?」
少女の頃より、さらに美しさに磨きをかけた君は首を横に振るばかりだった。何で、あんなひどい言葉や悪意を投げられなければいけなかったのか、僕自身もまた人間を信じられなくなったような気がした。このまま二人で死んでしまいたい。そういう邪念さえも何度も反芻した。
「もう、逃げ出したいの。もう、何もかもがなくなってしまえばいいの。かぐや姫が月の都へと逝ってしまうように」
僕も逃げたいよ。一人前にさえもなれないよ。月影が竹林の中に幻想的に浮かぶ。夜長の秋風が竹林をゆっくりと溶かすように揺らしていく。
「死にたいよね。僕も一緒に死ねるならば死にたいよ」
月の都。かぐや姫と巡り落ちらせるのは、時の権力者の帝さえも叶わぬ願いだった。
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