第6話 半ばの月

 両目を頑なに瞑り、向こう側の竹林のほうに強い光を覚えたので、我に返り、その光点へ集中力を注ぎ込むとその光の靄から人影が見えた。まさか、と思っても、かぐや姫の逸話を思い出し、僕の両足はもう、歩き出していた。

 今夜は中秋の名月。中秋の名月の別名を『半ばの月』というのだ、と教えてくれたのは、小説や演劇が心の底から好きな、紛れもない君だった。君は昔から物語が好きだった。芸能界へデビューを決意したのも決して、自分をアピールするためではなく、心の底から物語が好きだったからではないか、と僕は溢れてくるひがみを見ながら思うのだ。

 千尋草の別名を教えてくれた君。千尋草とは大型の竹のことを指すの、と半ば笑いを誘うように教えてくれた。あの夕間暮れの図書館で古びた歳時記の本を抱えていた君。いつから、こんな風に小川が二手に分かれるように僕と君は分かれてしまったのだろう?

 光点の正体は中央部が光った真竹だった。その光る竹のすぐそばには青白い顔をした君が浮遊霊のように佇んでいた。

「千尋、どうしたんだい。こんなところで」

 君はただ項垂れるばかりだった。

「真尋君、私ね。怖いの」

 君の瞼に涙が光った。

「ツイッターやインスタグラムを見たでしょう。毎日のように嫌がらせの書き込みやメールが届くの。マネージャーも芸能人になったからにはこういうことは慣れるしかないんだ、って何度か宥めてくれたけど、日に日に内容が酷くなったね。中には殺害予告や見ちゃいけないような酷い加工写真まで送ってくる人がいた。この前出演した映画もネット上では酷評の嵐だったし、私を必要としてくれる人なんていないのよ」

 君が泣きながら言うその事実も僕の耳にはしっかりと入っていた。最初、スカウトされたばかりの頃、芸能界入りを積極的に促したのは紛れもない僕だった。君の両親は反対していたのに第三者である僕が勧めたようなものだった。

「違うよ。本当に一部の悪意のある人が勝手にやっているだけだ。ほとんどの人は君を応援している。僕だってその一人だ」

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