第5話 君の名前

 竹田千尋が失踪した、というニュース速報が流れたとき、その頃の僕はちょうど、大弓の製作のために新しい真竹を竹林から伐採していた時期だった。今日はその大弓製作の多忙な合間を休んでの映画鑑賞だった。スマートフォンからその不穏な一報を見たとき、不安感だけが心を埋めた。ネット上には過熱した報道や過密スケジュールで心身ともに疲労したからだ、と囁かれていた。

 君の失踪の原因を誰もが欲していた。もっとひどいネットユーザーの中には自死をしたのではないか、という在りもしない書き込みを平気で流す奴らもいた。君にはアンチも多かった。若くして成功し、妬む奴なんて少なからずいたためだった。

 そんなアンチファンは君のSNSにも嫌がらせを続け、そのあまりにも酷い誹謗中傷が時には問題になることもあったくらいだ。僕もツイッターを検索しているときに君への罵詈雑言を見かけ、心苦しくなった時も度々あった。見たくもない情報を遮断しても今の時代は簡単に目に入ってしまう。君が活躍すればするほどアンチファンの書き込みは度が大きくなり、しまいにはその中傷で君も知らないうちに心を病んでしまったのかもしれない。

 君の名前がテレビやネットニュースで見ない日はなかった。僕の心に巣食う心配の種は尽きず、ついには一日で一人前になる若竹のように成長していった。竹はまっすぐで丈夫で成長も早いけどその分枯れるのも早い。一瞬、君の行く末を竹に重ねてしまう僕がいた。脳裏によぎって悪いイメージを振り払うように僕は発作的に図書館から抜け出した。吐き気が止まらない。帰り際に彼岸花が赤々と燃えるように咲いていたのを見かけた。

 夕闇が迫り、鬱々とした気分が優れない中、とうとう僕は帰宅せぬまま、竹林の惣闇の中で一晩を過ごそうとしていた。ネガティブな思考は仕事への諦念へと伝わり、ぐるぐると悪い方向へと進んでいく。竹で製作した手作りの伝統工芸品の大弓なんてどうせ、売れはしない。そもそも、弓道をする学生もあまりいないんじゃないか。子供の数も減れば競技人数だって年々芸賞の一途を辿っているのだ。竹製の弓よりも手軽なグラスカーボンの弓の方が効率的にいいに決まっている……。

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