第4話 半人前

 高校卒業後、僕は弓師となった。弓師とは青竹を三年もの間、乾燥させ、その呉竹から二メートルほどの『大弓』を拵えるのだ。工程は二百を数え、一人前の弓師職人になるまで、十年はかかる世界だ。皮肉にも君の代名詞となる、かぐや姫とも関わりのある、真竹から生まれる弓師だった。何度も念を押すように僕も君も中高部活動は弓道部だったし、僕の実家が弓師職人だったから真竹とは切っても切れぬ職業柄だったけれども。

 弓を制作しながらテレビや映画で引っ張りだこになる君を何度も画面越しで目撃した。君がどこそこのイケメン芸能人と熱愛しているという出所が不確かなうわさも何度も耳に入った。高校卒業してから何年かは父の元で修業を重ね、まだまだ半人前だった。一人前の弓師になるには十年はかかるんだ。周りから言われた忠告を今更になって骨身にこたえる。

 君が芸能界で華々しくデビューした暁に初めて僕は君の初主演の映画を一人で見に行った。平日だったからあまり人気がない市内の映画館に男一人で鑑賞するなんて何か気味の悪い話だったけど、僕は気になって鑑賞した。手厳しい父からの指導に嫌気も差すここ最近、君が出演しているドラマや映画は嫌でも目に入った。君はそれだけ手が届かないほど有名人になってしまったんだ。映画館の帰りに図書館へ寄った。もう、ここにもあの頃の少年少女だった君と僕はいない。館内に入ると放課後帰りに立ち寄った十代の少年少女が自学自習をしていた。その中にもあの頃の僕らはもういない。

 図書館へ寄ったのは無料WI-FIが使えるからだった。それと弓師に関する古い資料も豊富にあったから時折勉強がてらに読みに行くからだった。暇を持て余すだけでもなく、精神性を落ち着かせるためでもあった。相変わらず、図書館はまるで異世界の西洋洋館をもじったような内観で館内には静かに音楽が流れている。到着すると大弓にまつわる古本を読んで制作の勉強に打ち込み、疲れてきたのでスマートフォンを開くととある速報が目に入った。それは今を時めく君が失踪した、という不穏なニュースだった。

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