第2話 墓までもたないこの憤怒


 ユキナオの声は続く。


《あー、SNSじゃ早くも噂になってますねぇ。

 こんなのに呼ばれて、里見さん可哀想って》

「うるせー! 言うな! 言うんじゃねぇ!!」

《あと、『これが世紀末クソゲーの宣伝に加担するVども』みたいな書き込みも見ましたよ。里見さんやゲストさんたちのリストつきで》

「ば、バカ! やめろ、人の気も知らないでー!!」


 あぁ、もう終わりだ。

 Vtuberとしてここまで来るのに、俺がどれだけ苦労したと思っているんだ。

 Vtuberはみんな楽しくやっているように見えても、その裏は決して楽ばかりじゃないんだぞ。

 何がどんなきっかけで炎上するか分からんこの世の中、毎日毎日の配信で、俺が一言一句にどれだけ気を遣っていると!


 ――なのによりにもよって、このクソゲー公式生配信によって。

 俺は『世紀末級超クソゲーの宣伝に加担したV』呼ばわりされちまう! ていうか既にされちまってる!!



《まぁ、落ち着いてください里見さん。

 ごじライブっ!からだと、里見さん以外にもくりむさんが出演しますよね?》


 くりむ――というのは、くりむ・デービス。俺たちの後輩。

 ごじライブっ!が誇る女性ライバーであり、俺やユキナオと同格のゲーマー。小悪魔の恰好に可愛らしいパンダ耳を生やした少女だ。

 俺に負けず劣らずの長時間配信と、推しができるとゲームにのめりこむことで有名。但し――


《僕は正直、里見さんよりくりむさんのメンタルの方が心配です》

「は、はっきり言うなぁ……」

《ゲーム発売時刻以降、心配した同期が何度もLIMEしたけど、全然返ってこないらしいし》

「……重傷かも」

《一度だけ返ってきたけど、たったの4文字『しにたい』とか書かれてたそうで》

「ヤベえぇえぇ!!」


 とまぁ、彼女は結構なメンヘラキャラでも有名。

 ゲーム内で推しカプが爆破された時のヘラっぷりは、切り抜き動画が量産されるレベル。


《だ、大丈夫ですよ。何だかんだで彼女だってプロですし……》

「不安すぎる……この前俺とのコラボ配信で、『あの女……あたしのウィン君を……死んでも許さねぇ』ってずっと言ってて、さすがにコメントざわついてたんだけど」

《それも彼女の芸風だし……

 でも、分かりました。

 とりあえず僕、当日サポートしますよ》

「えっ!? もしかして、一緒に来てくれるのか!?

 でもユキナオ、あの公式悪魔どもから招待されてないよな?」

《勿論、直接出演は無理です。だから、裏で待機してる的な感じになりますけど……

 デスコードで一旦、対策会議しましょう。くりむさんも交えて》

「あ、ありがとう~! 心の友よ~!!」

《だって里見さんたちがこれでおかしな炎上したら、コラボやらで仲良くしてる僕にも飛び火しますからねぇ》

「ま、まぁ……それでも嬉しいよ」






 そして数時間後に始まった、3人交えてのデスコードによる緊急対策会議。

 くりむが来るかが不安だったが、何とかメンタルを取り戻したらしい。やはり配信者たる者、こういうケジメはちゃんとしないとな。

 大ダメージを喰らった俺たちのかわりに、音頭をとって対策を考えてくれるユキナオ。


「ここはやはり、何も知らない・何も感じていない・いつものコラボと何も変わらない風で切り抜ける他ないでしょうね。

 間違っても生配信中、『このゲームはクソゲーだ! みんな絶対にプレイするんじゃねぇ!!』なんて叫び出したら駄目ですよ」

「むしろそれ、視聴者ほぼ全員が期待すると思うよ……この駄目ゲーやった視聴者なら。

 みんなから救世主って言われるよ? 英雄になれるよ?」


 すかさず突っ込むくりむ。俺も全く同感。

 しかしユキナオはぴしゃりと撥ねつけた。


「絶対に駄目です。

 今後お二人にスエ天ゲームズからのコラボが来なくなるのは勿論、スエ天のゲーム配信を断られる可能性さえある。

 最悪、お二人のみならず、ごじライブっ!の配信者全員が、スエ天関連の配信が出来なくなる可能性も……」

「そ、そこまでかよ?」

「そしてさらにマズイのは、『生配信中にコラボ相手の信用を著しく落とす暴言を吐くVtuberを抱える会社』という印象が、ごじライブっ!についてしまうことですよ。

 そうなったら……分かりますね?」


 俺もくりむも無言になってしまう。

 そうなればスエ天ゲームズのみならず、全ての企業コラボが不可能になる危険性さえ……

 ヘタすると全てのゲーム配信が……

 今や100人近いごじライブっ!のVtuberが、食い扶持を失うかも知れない。


「あと当然ですけど、公式生放送中は勿論、今後のお二人の配信でこのゲームをクソゲー呼ばわりするのもアウトですからね。

 仮に『ファイナルキングダム14』が出て、それが神ゲーだったとしても、『13なんてあったっけ? ナンバリング間違ってない?』とか言ったりするのもダメです」

「つまりこのクソゲーに対する俺らの憤怒、墓までもってけってことかよ!!」

「まぁ、思う存分吐いてもいいですよ?

 今後スエ天関連ソフトの配信が出来なくなってもいいなら。里見さんのみならずウチの配信者全員が、ですけど」


 それは困る……今でもスエ天ゲームズの配信何本か抱えているのに。

 その上に仲間100人を人質に取られては、どうしようもない。


「だけどさぁ……

 そもそも、このクソゲーとのコラボした時点で、あたしたちの信用ガタ落ちじゃない?

 どっちにせよ詰んでるなら、生配信中にクソゲー絶叫した方が好感度は上がるし、何より大幅に被害者は減ると思うよ?」


 くりむの意見ももっともだ。これが若さか。

 だが――


「やはり駄目だ、くりむ。

 視聴者はたとえクソゲーを掴まされても、クソゲー!里見は詐欺師!!と叫んで放り出せばいいだけだ。

 だが俺たちは、仲間100人の命を背負わされている。重すぎる」

「うぅ……理屈は分かったよ。だけど納得は出来ないな。

 生放送中にキレて叫ばない自信がない」


 俺もそれは同じ。

 するとユキナオは提案してきた。


「じゃあ、こうしましょう。

 お二人が口を滑らせかけたら――」



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