第47話 お嬢様には退屈なお話でしたかな
コンラートの離宮には隠された秘密があった。
単に国王位を退いた者が住まう宮ではない。
ひとたび国に危急の時が迫れば、臨時の宮として動くことが出来るのだ。
それゆえにアマーリエが知らない部屋があるのも至極当然のことだった。
大きな
飾り気は全くなく、見た者にどこか冷たい印象を与えた。
円卓は古めかしい石で出来ている。
それは確かに印象に大きな影響を与えていたが、決してそれだけではない
円卓にはアマーリエには理解が難しい
曰く、身分の差を超え、等しく機会を与えんが為である。
セバスチアーンは出来るだけ噛み砕き、根気よく丁寧にアマーリエに教えたものの彼女の頭がそれを理解することを拒否した。
セバスチアーンは修羅場を潜り抜けてきた猛者である。
無理は通さず、「お嬢様には退屈なお話でしたかな」とアマーリエが夢の世界へと旅立つ前に話を終わらせた。
結局のところ、彼女が理解したのは円卓がどこか遠い地にある聖なる山から、切り出された石で作られた尊い聖遺物のようなものであり、何がどう凄いのかは分からないが凄いという程度だった。
「それでは始めようか」
静まりかえった場に厳かなコンラートの言葉が響き、円卓に着いた者らは無言で頷いた。
緊急で招集され、発案者は前国王コンラートである。
さながら円卓会議とでも呼ぶべき厳粛な空気が、部屋を支配する。
アマーリエはどこか他人事のように読み物にある騎士の物語にもこんな場面があった気がするとふと物思いに耽り、現実から逃れようとしていた。
重苦しい空気は立ち込めたままで明るい顔をした者は誰もいない。
参加しているのは錚々たる面々と言っても過言ではない。
当事者たるネドヴェト家から、マルチナ、エヴェリーナ、アマーリエが呼ばれている。
王族であるコンラートとロベルトがいるのも道理に適っていた。
しかし、ビカンとユリアンまでもが会議に呼ばれているのが、アマーリエには納得出来なかった。
彼らは単に巻き込まれただけであり、その原因が自分にあるのではないかと考えたからだ。
ユリアンとロベルトの付き合いが長いとはいえ、エヴェリーナのことがなければ、ここまで深入りすることはなかったのではないか。
そう考えれば、考えるほどにアマーリエの心は痛む。
ビカンにも相談したのが原因で巻き込んだに違いないと考え、彼女の心に暗雲が立ち込めていた。
アマーリエはビカンとの長くはない付き合いで彼が、一人で静かに生きたい人間なのだと知った。
学園に住み、本に囲まれた生活を送り、魔法を研究しているのが何よりも好きな不器用な人間だと知った。
そして、「ごめんなさい」と謝ろうとも「子供は大人を頼るものだ」と意地悪そうな笑みを浮かべながら、ビカンの強がる姿が容易に想像出来た。
巻き込んだのが己に拠るところが大きく、二人が円卓に着くのを何となくではあるが理解したアマーリエだったが、円卓の一角を占める一人の男の姿に首を捻らざるを得なかった。
男は室内であるにも関わらず、頭から顔までを隠す黒塗りの兜を被っている。
時に
打撃を受け流すべく、頭頂部を球形に改良したのがバシネットと呼ばれていた。
戦場に立つ騎士が装着するものであり、平時では脱ぐのが礼節を嗜む者の常識でもあった。
その頭部を覆い尽くした形状のせいで辛うじて、分かるのは目だけである。
騎士の名はトム。
アマーリエがポボルスキー伯爵家の厄介になっていたのと同様にマルチナもとある家の厄介になっていた。
それがマソプスト公爵家であり、そこで出会った風変わりな青年がトムだった。
マルチナは黒い髪でちょっとふざけたところがあるものの中々の好青年と評していたが、アマーリエにはその評価が正しい物か、皆目分からなかった。
兜も脱がない男が好青年とはとても、思えなかったからだ。
兜だけではない。
全身甲冑まで着込んでいた。
兜と同じ黒く塗られた金属製の全身甲冑だった。
まるで黒騎士のようだとアマーリエは思った。
(うん? 黒騎士? 狂える黒いなんたらみたいな呼び方をされてる人がいた気がするんだけど……)
アマーリエは妙なことを思い出し、背筋が凍り付く思いに囚われた。
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