第38話 それがあひるさん部隊だったのだ

 コラー伯爵家邸は落雷により、全焼した。

 在宅していたのは不思議なことにダニエル・コラーただ一人だった。

 ジャンヌ・コラーは、屋敷を離れていたので難を逃れている。

 しかし、無惨な有様となった焼け跡からは未だに遺体が発見されていない。

 ダニエルは霧に包まれたかのように忽然と姿を消した。


 アマーリエは叔父であるダニエル・コラーのことを思い出そうと試みた。

 これで何度目の試みかは分からないが、何度挑もうともダニエルのことを思い出せそうにない。

 両手の指で十分に間に合うほどの付き合いしか、なかったことだけは確かだと思い出した。

 ふとアマーリエの脳裏を掠めるのはそれでも印象に残っていたダニエルのイメージだった。

 背が高く、陰気な印象を受ける人だったと……。

 しかし、外見とは裏腹に優しく、気遣いの出来る人だったことを思い出した。

 見た目から誤解されがちだったが、心の温かい人だったことを……。


 アマーリエは父親がどのような顔をしているのかも覚えていなかった。

 それもあってか、無意識のうちに叔父であるダニエルの中に父親の面影をどこか、探していたのだ。


 そして、火災の原因は落雷によるものだとされた。

 まるで狙って落ちたようにコラー邸を直撃したと目撃証言があったのだ。

 まさに天の怒りが落ちた。

 神が裁きを下したのだとも囁かれていた。

 普段、このような事故現場に赴くことのない近衛騎士団までが動き始め、慎重な捜査が行われていた。


 これだけ、衝撃的な事件が起きているにも関わらず、アマーリエの目の前の世界は何事もなかったように今日も進んでいく。


エミーアマーリエ。どうしたの?」

「ううん。何でもない」


 ダニエルの訃報があり、色々と明るみに出てきた事実があった。

 ただし、アマーリエはそれを正確に把握していない。


 セバスチアーンがもたらした情報を基にして、ビカンを中心にロベルトとユリアンが知恵を出し合い、白熱した話し合いが行われた。

 浮かび上がった事実と対処しなければいけない危機が迫っているのは確かだった。


 エヴェリーナは感覚的に理解していると例えるのがもっともふさわしい。

 艦所が言葉で論理的に説明することはほぼ不可能である。

 しかし、何となくではあるが確かに分かっているのだ。


 ところがアマーリエとサーラに限っては何も分かっていない。

 理解しなければいけない事実があまりにも重すぎるせいだった。

 理解したくないと無意識で考えているのが非常に大きかった。


「はい。これで出来上がりよ」


 アマーリエはキャンバスに描いたあひるにつぶらな瞳を丁寧に描き上げ、仕上げとした。

 彼女の魔力であひるが次々と具現化されていく。

 一羽、二羽……合計五羽のあひるだった。

 リーダー格のあひるの頭には目印として、赤い羽毛の三角帽子を被せて、描いてある。

 一目で分かるようにと配慮したものだった。


 アマーリエはネドヴェト家を脱出する際、エヴェリーナと二人で乗ることが出来る大きなあひるを描いた。

 それが原因で魔力切れが起きたのは明らかだった。


 あのような失敗を二度としてはならないと誓ったアマーリエは少しだけ、頭を使うことにした。

 こうして、誕生したのがである。

 簡単に抱きかかえられる大きさで描かれたので魔力量の消費も抑えられている。


「うわぁ。かわいい~」


 かわいいものに目のないサーラはあひるさん部隊にもう夢中である。

 考えることを苦手とするアマーリエだったが、実はそうなるようにちゃんと考えて描いている。

 全くの無自覚・無意識で行っているのは天性の才能に因るところが大きい。


 ふわふわとした黄色い羽毛。

 つぶらな黒い瞳。

 小さく頼りない翼と短い足。


 よちよちと歩くあひるの姿に酷いことを出来る人など、決していないのだ。


「これはすごいですよ」


 ユリアンも掛け値なしにアマーリエのあひるを褒めた。

 エヴェリーナとサーラはにまっしぐらである。


 あひるさん部隊が心強い戦力となる。

 そう考えているのはアマーリエ一人だけである……。




 コンラートの離宮にが集まっていた。

 今後の対策を練るべく、コンラートが招集した。

 セバスチアーン、ビカン、それにロベルトを加えたメンバーでの難しい会議が行われている。


 それ以外の面々――アマーリエとサーラは庭先にガーデンテーブルセットを用意し、一人で自由に歩けるようになったエヴェリーナの快気祝いにかこつけたお茶会を開いていた。

 ユリアンは会議に加えられず、居心地が悪そうにお茶会で隅の方にいた。


 このお茶会に満を持して、お披露目されたのがかねてから、考えられていた自衛手段を形にしたもの――あひるさん部隊だった。


 対策会議が終わり、ロベルトとビカンもお茶会へと合流した。

 二人とも実際にを目にすると一瞬、ギョッとした顔になったがその反応はまるで違う。


 二人の性格が如何に違うのか、よく分かる反応だった。

 ロベルトは破顔するとあひるを一羽、抱きかかえ、もふもふを堪能していた。

 ビカンは興味が無さそうな顔をしながらも触りたいのを我慢している。

 その様子はまるで素直ではなく、野良で孤高を気取る猫のようだった。

 あのつぶらな瞳に見つめられ、結局はビカンも負けたのは変わらなかったが……。


(あの先生さえも屈服させたあひるちゃんはもう無敵と言っていいよね)


 アマーリエは密かに心の中でそんなことを考え、自らが生み出した傑作を自画自賛していた。


「君達の食事に毒を混ぜていた犯人が分かった」


 ひとしきり、もふもふを堪能していたビカンが、真剣な顔をすると静かに言い放った。

 ビカンの言葉に衝撃を受けたアマーリエとエヴェリーナは顔を見合わせ、言葉を失った。

 あまりにも衝撃的な話だった。


「黒幕はコラー家。いや……正確にはジャネタ・コラーが黒幕だ。屋敷の地下でベラドンナが栽培されていた。それだけではない。地下には大量の人造人間ホムンクルスが廃棄されていたようだ。その特徴が証拠になった」


 ビカンはそこで一旦、話を区切ると全員の顔を見回した。

 誰もが真剣そのものの表情をしている。

 ビカンはそれを確認すると大丈夫と判断したのか、話を続けた。


「アースアイだ」


 アースアイ――ジャネタやベアータの瞳の色だった。

 アマーリエの中にはなぜ、ジャネタが黒幕なのかという疑問よりもきれいで親切な印象しかないジャネタに裏切られていたという悲しみの方が強かった。

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