第31話 神はそこにいない

 この世界のこと。

 未来に起こること。

 アマーリエは夢で見たでの出来事を出来るだけ、分かりやすくまとめて話した。


 彼女にとって、『淑女レディへの子守歌ララバイ』という小説の名を出さずにまとめるのは至難の業ではあったが何とか、成し遂げた。

 話し終えた途端、押し寄せた疲労感にアマーリエは長い溜息を吐いた。


「あれは僕がちょうど……」


 そして、ユリアンが話を始めた。

 ユリアンはアマーリエと様子が大分、違った。

 話をまとめるのが得意なのか、非常に分かりやすく要点を伝える話し方だった。

 しかし、「その時、パッと風が吹いて気配を感じ、振り向くとそこには……」と声を潜ませながら、喋る調子はまるで怖い話を聞かせているようだ。

 何とも不思議な話し方である。


 アマーリエは違った意味での不思議を感じていた。

 内容が自分の見た夢と同じようだった。

 内容も非常に似ているとしか、思えずあまりにも一致していることが多く、言い知れぬ恐怖を感じていた。

 鳥肌が立つ思いでアマーリエは話を聞くしかなかった。


 静かに聞いていたビカンは顎に手をやると瞑想するように暫く、目を閉じて考え込んだ。


「ふむ。よく分かった。二人とものようだ。これは似ている話ではない。同じ話とみて、間違いないだろう」


 考えをまとめたビカンが話し始めた。

 心無し声のトーンがいつもより、低く威厳があった。

 有無を言わさないのはいつも通りなのにちょっと違うとアマーリエは、無意識に感じていた。

 これは単なる気のせいではないとはっきりと……。


「複数の人間が同じ夢を見たという事例がない訳ではない。だが……」


 ビカンはそこでわざと言葉を切り、一呼吸置いた。

 部屋の中が静まり返る。

 静寂に支配された空間は重苦しく、何とも言えぬ恐ろしさがある。


「君達が夢の中で出会った少女は本物の女神だ」


 そう言ったビカンが手にしていた分厚い本の頁をめくっていく。

 そして、開かれた頁には大きく、こう書いてあった。

 冥府ヘルヘイムの女王。

 生と死を司る愛の女神。

 その名はヘル、と……。


「神はそこにいない。しかし、だったか」


 ビカンは自嘲するように呟いた。

 アマーリエははっきりと聞き取れなかっただけではなく、内容が難しく理解出来なかった。

 首を捻るしかないアマーリエとは対照的にロベルトとユリアンは、特に表情に変化が見られない。

 呟きが耳に入らなかったのか、それとも理解が出来たということなのか。


 アマーリエは自分だけが分からない顔をしていれば、面倒になると知っていた。

 彼女は分かった振りをして、黙っておくことに決めた。


「君らはこう言うのだろう? 『この世界は小説の中で描かれていた世界と同じだ』と……。そして、『未来を知っている』と言うのだ。違うかね?」


 アマーリエとユリアンは夢で知ったの話だと一言も口に出していない。

 そんなことを言ったとしても荒唐無稽な事象と信じてもらえないと思ったからだ。

 だが、ビカンは小説の話であると断じて見せた。


「その顔は私がどうしてそう考えたのか、分からないとでも言いたげだな。簡単なことだよ。これは試験に出ないから、覚えておく必要はない。だが、よくよく肝に銘じておくといい。何、簡単なことだ。君達と同じことを考えた人間が昔からいた。ただ、それだけのことだよ」


 ビカンはそう言うと僅かに口角を上げる。

 まるで悪戯を成功させた幼子のような表情をだった。

 唯一、夢を見ていないロベルトは毒気を抜かれたとしか思えない顔をしている。

 ユリアンは完全に血の気を失い、青褪めた顔で固まっていた。

 今にも意識が飛んでもおかしくないほどに顔色が悪い。


(あたしもあんな顔色しているのかしら?)


 アマーリエはどこか他人事のようにそんなことをふと考えるのだった……。

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