第23話 あたしはここに来なければ、いけなかった
アマーリエは前国王であるコンラートを『おじい様』と呼んでいる。
ネドヴェト姉妹の祖父はハヴェル・ネドヴェトという。
このハヴェルの妻であり、アマーリエの祖母にあたるカテジナ。
この女性がコンラートの妹である。
アマーリエがコンラートを大伯父と呼ぶのが正しいということになる。
だが、ここで一つ問題があった。
アマーリエの歯が乳歯から、永久歯へと生え変わる時期だった。
おおおじは歯抜けには言いにくいものがある。
舌を噛みそうになり、言いにくい様子に見えたアマーリエにコンラートは優しく、微笑みかけながら「おじい様でかまわんよ」と言った。
コンラートは白く長い髭を生やし、優しそうな見た目をしている。
それは間違いではない。
彼は見た目通り、とても優しい人柄の男だった。
だから、アマーリエは「ここに来なければ、いけなかった」と改めて、思った。
エヴェリーナを
「セバスさん、
「ああ。心配なさる必……」
「大丈夫よ、
「大丈夫です」
セバスチアーンはトレードマークの口髭をいじりながら答えようとするが、それにかぶせるように口を開いたのはポボルスキー兄妹だった。
サーラの声は少しばかり甲高い部類に入った。
眠気覚ましには丁度いいと感じるアマーリエだったが、なぜこの二人がコンラートの離宮にいるのか。
それが気になって、仕方が無かった。
ユリアン・ポボルスキーはロベルトの
遊びに来ただけと考えられなくもない。
だが、気軽に遊びに来ていい場所ではなかった。
王位を退いたとはいえ、前国王の座す離宮である。
「……ということでございます」
さすがマスター・バトラーの称号は伊達ではないとアマーリエは思った。
セバスチアーンは世界で五指に入る腕利きの筋金入りの執事である。
その職分は多岐に渡り、単に家宰だけではない。
身辺の警護に留まらない荒くれ仕事まで楽にこなす男なのだ。
ユリアンとサーラは二人が同時に喋ろうとするものだから、変なハーモニーを奏でているような滑稽なことになっていた。
内容もまとまっておらず、分かりにくいものがあった。
その点、セバスチアーンは違った。
理路整然とした喋り方といい、落ち着き払ったしゃがれ声といい、まるで講義を行っている老教師のようであり、アマーリエは思わず舟をこぎかけてしまった。
「それで助けてくれた
しかし、アマーリエの言葉に三人とも複雑な顔になり、微妙な空気が場を支配する。
離宮はロベルトの家である。
家長であるコンラートが不在であれば、ロベルトが代わりを務めるのが通例だった。
ところが、彼はこれまで一度も顔を覗かせていない。
これまでのように血縁者のように近い幼馴染の距離感をやめようと提案したのはアマーリエである。
それでもさすがに顔も見せないのは何とも言葉に言い表せない複雑なものが彼女にあった。
「そうですな。セバスめにお任せあれ」
ニッと口角を僅かに上げるとこれから、悪戯でも始めようかという悪戯っ子の如き表情をしたセバスチアーンが部屋を出ていった。
さすがマスター・バトラーと言わざるを得ない。
その無駄の無い動きはエレガントでスマートなものだった。
アマーリエは幼い頃、マスター・バトラーが何なのかとセバスチアーンに尋ねたことがあった。
「ましゅたーばとりゃーって、にゃに?」
「東西南北全てにおいて、最高の執事ということですな」
顎髭を撫でながら、幼児には訳の分からない答えを返すセバスチアーン。
マスター・バトラーの称号を持つ者でも幼子の相手は得意では無かった。
「つまり、
言い直したセバスチアーンだったが、それでもアマーリエには理解が出来ない。
それはアマーリエの中で現在でも大きな疑問として残っていた……。
「もう少し、詳しく説明してもらえるかしら? あまり頭がよくないので、分かんないの」
アマーリエがそう言うと何を意味しているのか、サーラが察した。
サーラも隣にいる自分の
兄妹であれば、ずっと被害を受けてきたに違いないのだとアマーリエは推理した。
頭の回転が速い人間によくあることだった。
自分は分かっているので相手も分かっていると思い込む。
その勘違いから、かなりのペースでペラペラと話を始める。
ユリアンは悪気なく、そうしているようだった。
アマーリエとサーラが話の半分以上を理解出来ていないとそもそも、考えていないのだ。
「わ、わかりました。分かりやすく、ですね」
アマーリエもユリアンのことを勘違いしていたことが分かり、心の中で謝った。
小説の中のユリアンは成長し、青年になった姿で描かれていた。
眼鏡をかけ、冷徹なやり手の政治家となった未来を見たものだから、目の前の彼もそういう性格なのだと思い込んでいたというのが真相である。
実際に接してみれば、ユリアンは分かりやすく、気遣いが出来る優しい性格の少年に思えた。
妹であるサーラへの態度も微笑ましいものがあり、本当に仲の良い兄妹に見える。
(ただ、彼は手加減という単語を辞書に登録すべきじゃないかしら?)
アマーリエは不満と愚痴を心の中で吐きながら、そう思った。
自分は確かに
だが、小さな子に読み聞かせるような言い方はさすがにきついと思わなかったのだろうか。
分かりやすくはあったものの、アマーリエもサーラも一応は十二歳である。
少しくらいは考慮に入れて欲しいと考えるアマーリエだったが、言葉にはしない。
グッと堪えるのだった。
「ポボルスキー伯爵令息の説明はとても、分かりやすかったです」
「そ、それは良かったです」
さりげなく嫌味を言ったつもりのアマーリエだが、ユリアンは普通に受け取った。
にへらと微笑むユリアンの様子を見るとそれほど警戒する必要もないし、悪い人ではなさそうだとアマーリエは改めて思う。
サーラは難しい話に余程、耐性がないのだろう。
器用に座ったまま、うつらうつらとしている。
そのまま、そっとしておくことにしたアマーリエは分かったことをまとめてみることに決めた。
描く絵を具現化させる特殊な魔法にはどうやら、制限があるということが分かった。
静物の具現化に関して、比較的自由なのも判明した。
魔法の一種だから、体内の魔力をある程度消費するのは同じだが、そこに一定のルールがあることも分かってきた。
静物は絵から具現化する際に魔力を消費し、それきりである。
いわゆる使い切り型だった。
消費するのはその時だけなのだ。
だから、エヴェリーナの身代わり人形も動かない物=静物として、認識された。
部屋で暇つぶしに描き、具現化された蝶々は静物ではない。
動く物なので具現化してから、動かしている間、ずっと魔力を消費するものだった。
蝶々は小さいので消費魔力が少なかったから、感じなかっただけに過ぎない。
あひるちゃん一号は人間が二人乗っても大丈夫な大きさだ。
おまけに空を飛ぶという動く物でもある。
常に具現化し続ける魔力を供給するのはアマーリエの魔力に依存している。
当然のように限界が来る。
それで急に消えてしまったのだ。
落下した二人は地面とキスをするしかない状況で救助の手を差し伸べたのが偶々、目撃したロベルト達だった。
慌てて、馬車を走らせたロベルトの発動した風の魔法がクッションのように展開し、落下の衝撃を和らげた。
二人にとって、ロベルトは命の恩人である。
だがそれよりも驚くべき事実があった。
癒しの魔法をかけたのがサーラだったということだ。
サーラは「あたちの魔法なんて、よわよわだから」と謙遜しているが、例え微弱な癒しであろうとも聖女認定される風潮があった。
「よし。待ってるよりも直接、言ってくるわ」
「ええ!? ち、ちょっとお待ちください」
思い立ったアマーリエは早速、動こうとするがユリアンは慌てて、それを止めようとする。
うつらうつらどころではなく、既に夢の中の住人と化したサーラが寄りかかってるので動けない。
これ幸いとばかりに口角を上げ、悪そうな顔をしたアマーリエは制止を振り切った。
ユリアンはかなり焦った様子を見せるが、アマーリエはそんな声が聞こえない振りをして、そのまま行こうとする。
アマーリエは部屋を出ようと扉に手をかけ、勢いよく開けるとそこには硬直しているロベルトの姿があった。
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