9.不動明王さんとの会話
僕の幼馴染の寛の背後には不動明王がいた。
「不動明王って、煩悩を抱えた最も救いがたい衆生を力ずくで救う、ものすごく強い守護者ですよね」
「それなら、寛くんが殴ったら幽霊やお化けが消えていくのは理解できるわ。私にも薄っすらと鳥の形の炎の影くらいは見えるわね」
否定されないし、不気味な子だとも言われない。
叔母も滝川先生も僕の言葉を信じて受け入れてくれていた。
叔母に至っては僕が見えるものが少しは見えているようだ。
「かーくんにはちょっと話したことがあるかもしれないけれど、私はタロットカードを使っていると、守護獣さんの声が頭に直接語り掛けて来るのよね。不動明王さんとも話ができるかやってみるね」
タロットクロスの上のカードをデッキに組みこんで、叔母がカードを混ぜ始める。
よく混ざったタロットカードを、叔母は七枚、タロットクロスの上に置いて行った。
六芒星を描くようにしてカードを置いて占う、ヘキサグラムというスプレッドだ。
一枚目が過去、二枚目が現在、三枚目が近未来、四枚目がアドバイス、五枚目が相手の気持ち、六枚目が質問者の気持ち、七枚目の真ん中に置いてあるカードが最終結果だ。
「寛くんと不動明王さんについて占ってみるね」
「お願いします。そんなものが俺についてたのか」
寛は実感がわいていない様子だけれど、叔母が占うというと大人しく聞いている。
叔母は一枚目のカードを捲った。
過去を表すそれは、太陽のカードだった。
意味は、喜び。
絵柄は朝日を告げる鶏である。
「かーくんと寛くんって酉年だっけ?」
「そうですね」
「ちぃちゃん、鶏のチャームを作ってくれたことあるよね」
甥や姪の干支を叔母はちゃんと覚えている。
「酉年で、家族との縁も薄いから、強い守護が必要だと来てくれたみたいだね。妊娠とかの意味もあるから、お母さんのお腹の中にいるときに、安産祈願したお寺とかから来てくれたのかもしれない」
カードの意味だけではなく、タロットカードで守護獣と話ができるという叔母は、詳しく読み説いてくれていた。
二枚目のカードは現在。
出たのはソードのキングだ。
意味は、厳格さ。
混乱に打ち勝つという意味もある。
「その力のおかげで、寛くんは強く守られていて、混乱……つまり、ひとじゃない有象無象に打ち勝てるみたい」
「不動明王様がついていたのか」
「酉年の守り神だから、カンのペンダントをかーくんには上げたことあったね。寛くんにも今度買って来るね」
梵字でカンというのが不動明王を表すようだ。
滝川先生もだが叔母も詳しいのだと感心してしまう。
三枚目のカードは近未来。
ワンドの七が出ている。
意味は、奮闘。
有利な立場から状況を勝ち取るという意味もある。
「これは……かーくんにだけ言った方がいいかもしれない」
「俺は聞かない方がいい系ですか」
「うん。知らない方がいいって言われてる」
その場では叔母はその意味を語らなかった。
四枚目のカードはアドバイスだが、それを飛ばして、叔母は五枚目の相手の気持ちを捲る。
出て来たのはワンドの五。
意味は、勝ち取る。
戦うことによって一つのゴールにたどり着くとかいう意味もある。
「寛くんのためなら、不動明王さんはどれだけでも戦えるって。戦って、不浄なものを倒すことによって、不動明王さんの力がより強くなるとも言っているよ」
「戦えば戦うほど強くなるとか、ゆーちゃん、無敵じゃないか」
「かーくんを守ればいいんだな。かーくんの周囲には変なのがいっぱい出て来るからな」
自分のためではなくて、僕のために戦ってくれるという寛の言葉が嬉しい。
僕がにこにこしていると、寛は全員分のお茶を持ってきてくれた。
叔母が六枚目のカードを捲る。
これは質問者の気持ちだ。
ソードの八が出た。
意味は、忍耐。
助けを求めて待っている状態ともいえる。
「ここはかーくんかなと思ってカードを出したんだけど、かーくんは寛くんに助けてほしいといつも思ってるけど、助けられることに罪悪感があったりするのかな?」
「僕ばかり迷惑かけてるからね」
「それはお互い様だろ。シャドーボクシングなんて楽なもんだぞ」
「寛くんも言ってるし、かーくんは寛くんに頼っていいと思うよ」
叔母に言われて僕は頷いた。
寛にずっと頼りきりの人生はどうかと思っていたが、寛は僕を助けることに何も抵抗感はないようだ。
「猫さんが来たから、これから状況も変わるだろうしね」
叔母に言われて僕の後ろで丸くなっている二股の尻尾の猫を見る。叔母の膝の上にいる猫と柄がそっくりだから、叔母のところからやってきたに違いない。
最終結果のカードを捲った叔母が、「ふむ」と呟く。
出たカードは、カップの三だった。
意味は、共感。
仲間と楽しく過ごすなんて意味もある。
「これからもかーくんと寛くんは一緒に楽しくやっていけるって出てるよよかったね」
「そっか、安心した」
「老人ホームまで一緒だからな」
寛に言われて僕が笑うと、叔母さんはアドバイスのカードを捲った。
そこには、塔のカードがある。
意味は、破壊。
塔のカードというのは、死神のカードと同じくらい、占いをするものにとってはショックの大きなものだ。
全てが破壊されるという意味を持っているのだから。
「これも、寛くんには言わない方がいいかもしれないね」
占いというものは全部を伝えればいいというものではない。
本人が知ることで未来が変わってしまうようなことがあるのならば、伝えない方がいいことがある。
僕の占いでそれを知っている寛はあっさりと引き下がった。
全員分のお盆を持って厨房に戻って行く。
寛の姿が見えなくなってから、僕は叔母に聞いてみた。
「近未来のカードと、アドバイスのカード、なんだったのかな?」
「もしかして、このお店に、ひとじゃないお客さんが来てる?」
叔母の問いかけに僕は驚いてしまう。
この前来ていたのは、僕には赤鬼に見えて、寛には普通の着物の男性に見えた。寛はプロレスラーかお相撲さんと言っていたが、僕はそうではないことに気付いている。
「そういうお客さんがこれから来ることになるかもしれない。アドバイスもだけど、近未来も、そういう暗示が出てた。それをうまくさばければ、このお店は立て直るよ」
「ひとじゃないお客さんを入れるの!?」
「ちゃんとお金は払って行ったんでしょう? 寛くんには不動明王さんもついてるし大丈夫」
叔母に言われて僕は言葉を失う。
寛のお店がひとじゃない生き物のたまり場になる。
そうなると、僕は怖くて来ることができなくなるかもしれない。
「そいつら、危害を加えたりしないのかな?」
「それは大丈夫だよ。寛くんがいる限りね」
叔母の言葉に少しだけ安心するけれど、僕はこのお店が変わるかもしれないということにショックを受けていた。
「甥っ子くんの守護獣は、千早さんと同じ、猫ちゃんなんですね」
「そうですね。かーくんのは尻尾が二股に割れてるけど、柄とかは私の猫さんとそっくりです」
「羨ましいなぁ。私も猫ちゃんがよかった」
背中にきらきらしい玄武やグリフォンを背負っている滝川先生から言われても嬉しくない。
なんでこんな強い幻獣を滝川先生は連れているのだろう。
「滝川先生はずっと強い守護獣を連れてるんですか?」
だから売れているし、重版されるのだろうかと羨ましく思っていると、滝川先生が死んだ魚の目のようになる。
「こいつら、消えるときしか役に立たないし、譲れるもんなら譲りたいですよ」
「すごく眩しいですよ?」
「見た目だけで、中身は幼児か児童なんです! 私の背中は託児所でも、保育園でも、学童保育でもない!」
滝川先生は滝川先生で悩みがあるようだ。
「滝川さんとは何度も守護獣を旅立たせているんだけど、何度旅立たせても、また新しい守護獣が付いてくるのよね」
「守護獣がいないひともいるんだよね? 僕はずっといなかったし」
「いないひとは、運気が下がったり、健康にも影響したりして大変みたいなのよ。私もいなかった時期があったらしいけど、そのときは酷かったからね」
僕が生まれる前に叔母はブラックな職場に勤めていたという話は聞いている。それで心と体を壊して、今は日常生活も碌に送れないようになってしまった。
「かーくんのところに猫さんの縁者が行ってよかったわ。かーくんは守られるもんね」
「僕も安心してる」
これからは寛にかける迷惑も減るのかもしれない。
それは、尻尾が二股になった猫の活躍次第だが、猫は畳の上で丸くなって欠伸をしていた。
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