8.僕の能力向上
父は五人兄弟で、叔母は父の一番下の妹で、干支が一回り離れている。
僕との年齢差も二十歳にならないくらいなので、小さい頃から「ちぃちゃん」と呼んで懐いていた。
叔母は僕がひとではないものが見えることを知っている、数少ないひとだった。
それは、叔母にも見えるというのだ。
「かーくんも見えるっちゃね。私はお化けとか幽霊とか怖いものは見えんっちゃけど、ひとのそばで守護してる守護獣が見えるとよ」
普段は訛りのない喋り方をする叔母は、家族の前では訛った喋り方をする。
「僕はお化けとか幽霊が見えて、怖いと」
「何とかしてあげたいっちゃけどね。かーくんの後ろに守護獣がおらんのも関係しとるのかもしれんね」
そのとき僕の後ろには守護獣がいなかったらしい。
相談したのは小学生でタロットカードをもらってすぐのころで、叔母とはお互いに言い合っていた。
「スピリチュアルなことは信じんっちゃけどね、私」
「僕も、そういうことは信じない」
信じないのに何故見えているのか。
信じるひとたちに見えればいいのに。
僕も叔母も不公平感を覚えていた。
僕のところに来た二股の尻尾の生き物が、叔母のところから遣わされた守護獣ならば、僕は叔母に会わなければいけない。
叔母と連絡を取ると、メッセージがすぐに返ってくる。
叔母もアクセサリー作家で在宅仕事なので返事がしやすいのだ。
『かーくんが会いたがってた作家の友達、遠征でこっちに来てるから、一緒に会おうか』
メッセージを見て僕は携帯電話を取り落としそうになった。
叔母の友人のミステリー作家は僕よりもかなり先輩で、何作もヒット作品を出している。
ものすごく売れるタイプではないが、発売から一年くらいして話題に取り上げられて、急に重版がかかったりするすごい作家なのだ。
「かーくん携帯落としたよ」
「ゆーちゃん、僕、尊敬してる先生に会えるかもしれない」
「そりゃよかったな」
素っ気ない返事だが、寛の「よかったな」にはそれ以上も以下も意味はこもっていない。心から良かったと言っているし、僕を馬鹿にするようなことは絶対にないのだ。
「緊張して何も喋れないかもしれない」
「二人きりで会うのか?」
「ううん、ちぃちゃん……叔母さんも一緒」
「それなら大丈夫だろう」
苦笑している寛に、僕は縋り付くようにして頼む。
熊のような体型の僕がほっそりと小柄な寛に縋り付いている光景はあまり美しくないかもしれないが、それは気にしないことにする。
「ゆーちゃん、同席してくれよー!」
僕の懇願に寛はさらりと答えた。
「俺の店で会えばいいだけじゃないか?」
「それだ!」
寛の店で会えば寛もいるし、寛のお店にお金が落ちる。寛の店の経営が厳しくなっていることは確かなのだからお客は一人でも多い方がいい。
僕は叔母さんに寛の店で会うようにメッセージを送った。
叔母さんと先輩作家さんと会う当日、僕は緊張していたけれど、パンダの描かれたバッグにタロットクロスとタロットカードの入ったポーチを入れて、ノートパソコンも入れて、部屋を出た。
寛の店に行くまでの間、緊張で喉がからからになる。
店に入るとお座敷に通された。
お座敷には長い髪を簪で纏めた叔母さんと、長い髪を三つ編みにして垂らしている女性がいた。
「
「これが
「可愛いんですよー大きくなっても」
和やかに叔母と滝川先生という作家さんは話しているが、僕は眩しさに目が眩んでいた。
叔母さんの膝の上や足元には、時々、猫が見えることがあった。それが本当に猫なのか怪しかったが、その猫は叔母さんを守っているようだった。
僕のところに来た尻尾が二股になっている猫も、叔母さんの猫と柄が同じなので、叔母さんの猫に言われて来たのは間違いない。
問題は滝川先生というひとの背後だった。
やたらと光り輝くものがいる。
「グリフォンと、尻尾が蛇の亀……ってことは、玄武!?」
「かーくんも守護獣が見えるようになったんだ」
「僕のところにも来たんだよ。その影響か、見えるんだけど、なにこれ、眩しい!?」
霊力が強いというのだろうか。
神格が高いというのだろうか。
グリフォンも玄武もものすごい輝きを放っている。
そんなものを背負って人間は平気で生きていられるものなのだろうか。
「玄武……本人は亀だって言い張ってるんだけど、これは元々いたんだよね」
「グリフォンは、地方公演を見に行ったらついて来ちゃったんですよね。年齢を言え!」
「占ってみます?」
座敷席なので僕と叔母と滝川先生だけで喋れる。
叔母はテーブルにタロットクロスを広げて、タロットカードを混ぜ始めた。
叔母のタロットカードを僕のタロットカードは同じもので、叔母の方が使いこまれて年季が入っているが、基本的なカードは同じだ。それを叔母は逆位置を使わずに占って、僕は逆位置も使って占う。
逆位置のない叔母のタロットの混ぜ方は、トランプなどと同じ、手の中でカードをくるやり方だった。
叔母がタロットカードを一枚引く。
捲って出て来たのは、ペンタクルの七。
意味は、成長。
それを叔母が読み説く。
「七の数字が出ましたね。精神年齢七歳かもしれないです。しかも、意味が成長だから、これから育っていく感じですね」
「またかー!? また育ててどこかに帰さなきゃいけないのか!?」
この滝川先生というひとは、どこかに行くたびにものすごい力の強い守護獣を連れて来るのだが、その守護獣がみんな精神年齢が幼くて、滝川先生の元で修行をするとどこかしかるべき場所に帰ってしまうということを続けているようだった。
今回は取材のために観に来た叔母と滝川先生が推している劇団の地方公演で、グリフォンが増えたようなのだ。
「すっぽんも精神年齢は低いんでしょう? 霊獣なのになんで!?」
「人間の世界のことがよく分かってないみたいですよ」
滝川先生は霊験あらたかな玄武を「すっぽん」と呼んでいる。
そんなことができるなんて驚きだが、「すっぽん」と呼ばれても、玄武は光を放ちながら、涙目で滝川先生にくっ付いている。
「ランチ三つお待ち。俺もここで食っていいって」
「よかった、ゆーちゃん。叔母さんは知ってると思うけど、不動寺寛だよ。僕の幼馴染で、見えないけど、殴ったら幽霊やお化けが倒せるんだ」
「何を殴ってるか俺にはさっぱり分からないんですけどね」
今日のランチは海鮮丼だ。
マグロとサーモンとアボカドと卵黄の乗った丼にお醤油をかけて、少しワサビを乗せて食べる。
卵黄を崩してつけて食べると尚美味しい。
「すごい、豪華なランチですね」
「かーくん、サーモン食べる?」
「もらう!」
叔母は生魚が好きではない。食べられないことはないのだが、好んで食べない。マグロはなんとか食べられるのだが、サーモンはそれほど好きではないので、僕がもらう。
白米も三分の一くらいもらって、もりもりと食べていると、滝川先生が目を細めていた。
「若い男の子って感じだわ」
「可愛いでしょう?」
「可愛い。千早さんの気持ちが分かります」
叔母は滝川先生には「千早さん」と呼ばれているようだった。
寛も座敷に上がり込んで賄を食べているが、寛の後ろに僕は奇妙なものが見えた気がした。
「ちぃちゃん、あれ、なんだっけ?」
「あれ?」
「毘沙門天じゃなくて、阿弥陀如来でもなくて……」
昨日まで見えなかったものが急に見えるようになる。
そんなことがあるのだと、僕は経験上知っていた。
それは僕の能力が守護獣の猫が来たことによって上がったことを示している。
「不動明王! 不動明王だ!」
僕が言うと、寛の後ろにいる片手に剣、もう片方の手に投げ縄のようなものを持った、鳥の形の炎を背負った不動明王がこちらを見た気がした。
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