7.守護獣との出会い
巨体の男性は、アジフライを食べて感激していた。
「こんなうまいものは食べたことがない! 仲間にも食べさせたい!」
「大歓迎ですよ。昼は十一時から、夜は十八時から開店してます」
寛は普通に対応しているけれど、僕にはその巨体の男性が赤鬼にしか見えなかった。びくびくしながら目を逸らしていると、巨体の男性はちゃんとお金を支払って帰って行った。
レジを覗いてお金を確認する。
透かしもきっちりとあるし、本物のお札にしか見えない。
「かーくん、あのお客さんが気になるのか?」
「う、うん、ちょっと」
「デカかったよな。プロレスラーとか、お相撲さんとかかな?」
そういう意味で気になっているわけではないのだが、寛はそう思ったようだ。
お札にも何も仕掛けはないようだったから、僕は気にしないことにした。
昼の三時には店が閉まるので、その間は出ていようかと思ったけれど、女将さんが桜餅とお茶を用意してくれた。
「すみません、これも料金請求してくださいね」
「もちろんよ。佐藤さんは本当にいいお客様だわ」
ころころと笑う女将さんに、僕は感謝して、桜餅から桜の葉っぱを外して一口齧った。淡いピンク色に着色されたもち米に、餡子が包まれている。
もっちりとした食感に、濃い目のお茶がよく合う。
桜餅をいただいて、僕は夕方までお店で仕事をさせてもらった。
仕事の休憩には、タロットカードを使う。
タロットクロスをテーブルに広げて、タロットカードを混ぜていく。
カウンターではなくテーブル席に僕を座らせてくれるのは、タロットカードを心置きなく使わせてくれるためだった。
七枚のカードをV字型に並べて占うホースシューというスプレッドを使う。
一枚目が過去、二枚目が現在、三枚目が近未来、四枚目がアドバイス、五枚目が周囲の状況、六枚目が障害となっているもの、七枚目が最終結果だった。
一枚目のカードはペンタクルの五の逆位置。
意味は、困難。
逆位置なので、困難から救われつつあることが示されている。
「店の経営が上向いてくるかも」
僕が呟くと、店の中を掃除していた寛が手を止めて僕のテーブルを覗き込んでくる。
「どうすればいいんだ?」
「二枚目が、ワンドの九で、そなえる、だから、なんにでも臨機応変に備えられるようになっていれば大丈夫ってことかな」
僕が解説をすると、寛は頷いている。
そういえば、僕には鬼に見えたお客さんが来ていた。
これからひとではないお客さんが増えるのだろうか。
考えながら三枚目を捲る。
三枚目は審判の正位置だった。
意味は、解放。
重要な人物という意味もあったはずだ。
「これから重要な人物と出会う? 誰だろう? 分からないけど、そのひととの関係性をきっちりしておいた方がいいみたいだね」
「重要な人物か。分かった」
占いを信じる方ではないのだが、寛は僕の占いだけは信じてくれていた。僕がよく怪奇現象に遭っているし、それを寛が祓っているので、僕が見えるということが寛には分かっているのだろう。
僕はひとではない世界に片足を突っ込んでしまっている。
続いて開くのは、アドバイスのカード。
ペンタクルのキングの逆位置だ。
意味は、貢献。
マニアックさを活かしてというアドバイスがあったはずだ。
「この店ならではの個性を活かしていくといいと出てるね」
「なるほど?」
それがひとではないものを受け入れることならば、僕は怖くてあまり店に来られなくなってしまうが、それでも僕は寛の店が繁盛してほしかった。
周囲の状況は、カップの二だ。
意味は、相互理解。
「周囲の理解を得られるようになるし、協力者も現れそうだね」
「明るい未来でよかった」
安心している寛に、続いて障害となっていることのカードを捲る。
ペンタクルのエースの正位置が出た。
意味は、実力。
「今の現状に満足してる?」
「ちょっと、最近はそういうところがあった」
「もうちょっと上を目指した方がいいかもしれないね」
「料理もそこそこできるようになってきたし、甘えてたかもしれないな」
寛は心当たりがあったようだ。
最終結果のカードを捲るとワンドのナイトの正位置だった。
意味は、出発。
新しいことに挑戦する暗示だ。
「これからお店は再出発する感じだね。新しいことに挑戦していくカードが出てる」
「やっぱり、唐揚げ定食とか、若いひとに人気の出るものもメニューに取り入れて行くか。アジフライ定食、ものすごい人気だったからな」
僕の占いで寛は色々と考えることがあったようだった。
僕は最後に寛に言う。
「僕はスピリチュアルなことは信じてないんだよね。占いは統計学と心理学と思ってる。ラッキーカラーが青って言われたら、青を身につけてることで、普段気付かないラッキーなことに気付く、みたいな」
いつもの口上だが寛は遮らずに聞いてくれる。
「占いは本人の気付きと思ってるからね」
「分かってるよ。占ってくれてありがとう」
お礼を言われて僕も頭を下げる。
タロットカードを纏めていると、寛がお茶を淹れてくれた。
「かーくんは見えるのにスピリチュアルなことを信じてないって不思議だな」
「見えるのと信じるのは違うよ。まぁ、見えるのは僕の意志じゃないし」
「かーくん、見えるの嫌がってるもんな」
「見えないひとが羨ましいよ」
僕がため息を吐くと寛が苦笑する。
時間はいつの間にか夕方になっていた。
寛は僕のお祝いの料理のために厨房に入る。
座敷席に通されて、刺身の盛り合わせを出された。
僕の好きなしめ鯖と、鯵の刺身と、鯛の刺身と、マグロの刺身に、サザエもあった。
「こんなに贅沢な!?」
「お祝いだろう? 乾杯しよう」
僕も寛もアルコールは飲めないので、烏龍茶で乾杯をした。
十八時から夜は開店するので、まだ十七時半なので少しの間は寛もお座敷にいられる。
順番に料理が出て来るのが苦手なのを知っているので、野菜の煮物も、鰤大根も、ご飯も、貝汁も全部出て来る。
寛は刺し身だけ一緒に食べて慌ただしく厨房に戻って行く。
途中で顔を出して、僕に声をかける。
「重版、おめでとうな」
「ありがとう、ゆーちゃん!」
お礼を言って、僕は美味しいコース料理をいただいたのだった。
部屋に戻ってくると、静かで暗い室内に、異常な空気が漂っていた。
これはよくないと思って逃げ出そうとするが、肩を掴まれる。
逃げ出したいのにどうしようもできずに、僕は体が動かなくなった。
ぎらりと光る一つだけの目、乱食いの牙の間からだらだらと涎が垂れて、生臭い匂いが漂っている。
まだ寛は帰って来ない。
どうすればいいのか分からずに、逃げ出すことも、動くこともできない僕の背中から『にゃー』という鳴き声が聞こえた。
『にゃー』……?
この部屋では動物は飼っていないはずだ。
振り向くことができないままに、動けないでいると僕の後ろから巨大な影が浮かび上がった。
猫科の大型獣が飛び出してきて、僕を食べようとする一つ目の化け物はぺろりと食べられてしまった。
動けるようになって、振り返ると尻尾が二股になっている猫が、満足そうに舌で手を舐めて顔を洗っている。
「君は、誰?」
僕の問いかけに、尻尾が二股になっている猫は『にゃーん』と鳴いて答えている。
どこから来たのか分からないが、僕を助けてくれる相手が寛以外に現れたようだ。
タロットカードなら分かるかもしれないと、テーブルにタロットクロスを広げて、カードを出すと、ペンタクルの十だった。
意味は、継承。
頭の中に言葉が流れ込んでくる。
『あなたの叔母様の守護獣に言われて来たの。あなたが心配だったみたい』と僕に言って来る。
守護獣とはなんだろう。
叔母にはそんなものが見えていたのか。
タロットカードを僕に出会わせてくれたのも叔母だった。
もしかすると叔母にも僕と同じ力があるのかもしれない。
一度叔母に話を聞いてみる必要があるかもしれないと思っていた。
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