3.取材の遊園地へ

 遊園地。

 それは夢の王国である。


 取材だと鈴木さんはメッセージに書いていた。

 次の作品では、遊園地の着ぐるみに入っている女性と、遊園地に来た女性が恋をするのだ。


 いわゆるガールズラブというジャンルになるけれども、女性向けのガールズラブは珍しいということで僕に企画が立ち上がった。


『今の時代は女性同士、男性同士の恋愛も、普通にありますからね』


 女性同士の恋愛も、男性同士の恋愛も、異性同士の恋愛も、普通にあるもの。

 そう認められる社会ができつつあるのだと、僕は嬉しかった。


『遊園地の着ぐるみの中のひとって男性のイメージがあるでしょう? それが女性だった。そこから恋が始まるんです』


 僕の出した企画は通ったのだが、問題があった。

 作中に出て来る大型の遊園地に僕が行ったことがなかったのだ。


 着ぐるみを着たアクターさんたちがたくさんいる夢の王国。

 一度行ってみたかった場所であることには違いない。

 取材費が出るということで僕は寛に相談してみた。


「ゆーちゃん、夢の国、行ってみない?」

「んん? あれは女子どもが行くところじゃないのか?」


 怪訝な顔の寛に、僕は熱弁する。


「スタッフさんはプロだし、パレードはすごいし、ショーもあるし、あれは一度は行っておきたい場所だよ! ゆーちゃんは、性別とか年齢とかで、そういうことを差別するひとだったのかな?」


 僕の問いかけに寛が背筋を伸ばす。


「俺は差別なんかしない! かーくんが行きたいなら行けばいい」

「ゆーちゃん、一緒に来てくれないの!?」


 僕は一人旅をしたことがない。

 旅自体ほとんどしたことがない。

 編集の鈴木さんが手配してくれるとはいえ、一人で行って楽しめるものなのか疑問が残る。


「何で、俺が……」

「ゆーちゃん、来てくれないんだ」

「あぁ、分かったよ!」


 しょんぼりすると寛はすぐに僕のために行くと言ってくれる。にへっと笑いかけると、ため息をつかれた。


「そろそろ、かーくんも一人で行動できるようにならなきゃいけないぞ?」

「二十六年間無理だったんだから、これからも無理だよ」

「一生このままかよ」

「ゆーちゃんと一緒の老人ホームに入るからね」


 笑って言ったが、寛は僕の言葉を否定しなかった。


 編集の鈴木さんには宿は二人分取ってもらって、友人と行くということでチケットも二人分用意してもらった。

 叔母に作ってもらったマスクチャームを付けて、マスクをつけていると、寛もマスクチャームをつけている。


 遊園地に行くために作ってもらったマスクチャームを、寛は律義につけているのだ。

 葡萄に似ているデザインのビーズで作られたマスクチャームは、男性には可愛すぎるかもしれないが、僕は気に入っていたし、寛もそういうことを気にするタイプではない。


 新幹線の乗り場まで連れて行ってもらって、チケットに書かれた新幹線に乗せてもらう。

 途中でお昼ご飯を買うのも完璧だ。

 行く途中に寄って来た寛の勤める小料理屋さんで、お持ち帰りもしているのだ。


 今日は女将さんとバイトさんだけだったけれど、お弁当は昨日のうちに仕込んであるのでしっかりと出来上がっていた。


「すみません、行ってきます」

「楽しんで来てね」


 女将さんに声をかけられて、寛は二人分のお弁当を受け取ってバスに乗った。

 そこから新幹線の乗り場に行って、今は寛と二人で並んで新幹線の指定席に座っている。


 小さい頃から新幹線はよく乗っていた。

 母方の祖父母の元に行くときに家族と一緒に乗っていたのだ。


 父方の祖父母は近くに住んでいるのだが、母方の祖父母は少し遠いところに住んでいた。僕が会えるのはお正月くらいだったが、それでも母方の祖父母は優しくしてくれた。


 その祖父母も僕が大学に入る前に亡くなってしまった。


 祖父母のことを思ってしんみりしていると、寛が顔を覗き込んでくる。


「大丈夫か? 酔ってないか?」

「平気だよ」

「水分とっとけよ」


 ちょっと素っ気ないところはあるけど寛は優しい。


「お手洗いは前の方だからな。気分が悪くなったらすぐ言えよ?」


 ちょっと世話焼きすぎるところもあると思うのだが、そこもまた僕にはありがたかった。

 新幹線に酔うこともなく、お弁当を食べて、僕と寛は話をする。


「この煮物、ゆーちゃんが作ったでしょ?」

「お、分かるか?」

「すごく美味しいよ」


 やっと料理の味付けを任されるようになった寛は、嬉しそうだった。

 野菜の煮物や、難しい魚の煮つけも寛が味付けをする。

 魚の煮つけは全然生臭くなくて、とても美味しかった。


「揚げ物とかが人気なのかもしれないけど、うちの客層だと揚げ物はきついって年齢も多いからなぁ」

「ゆーちゃんのお煮つけは美味しいよ」

「かーくんは魚好きだもんな。最近の若いひとは魚をあまり食べないみたいなんだよ」


 寛の勤める小料理屋は、九州の美味しいお魚の料理で売っているのだが、それをあまり好まないのが最近の若者だという。

 客層はどうしても年齢が高くなってしまって、長く続いているパンデミックのせいで客足が遠のいているのが現状のようだ。


 令和の始めの頃に起きたパンデミックは今もまだ終わってはいない。

 ワクチンは半年ごとに打ち続けなければいけないし、インフルエンザよりも高い確率で死者が出るし、マスクはつけ続けなければいけない。


 それでも努力して飲食店は感染対策をしつつ営業しているのだが、経営が厳しいのは確かだった。


「パンデミック前のことなんて、僕はよく知らないからなぁ」

「俺もそうだな」


 物心ついたときにはパンデミックが起きていて、その中で育った僕と寛にとっては、これがもう日常になっていた。


 新幹線から降りると、駅からバスが出ている。

 それに乗り換えて僕と寛は遊園地に向かった。


「遊園地の中のホテルを取ってあるんだって」

「それって、カップルが行くやつじゃないのか?」

「僕とゆーちゃんがカップル?」

「それだけはないな」


 僕も寛もアセクシャルなので恋愛はしない。

 恋愛関係になることがないと分かっているので、一緒に泊まっても何の問題はない。

 シェアハウスをしているので、日常的に一緒にいる時間の方が長いくらいだ。


 バスから降りると長蛇の列になっているかと思えば、それほどでもなかった。

 そこそこの長い列を待って並んで入っていくと、着ぐるみを着たアクターさんに迎えられる。


 仕草だけで歓迎を伝えて来るアクターさんにワクワクしながら僕はまず、ショップに入る。

 夢の国と言えば、キャラクターの耳の付いたカチューシャだろう。


 買おうと手に取っていると、女性の声が聞こえた。


「大きい方は普通だけど、小柄な方のひと、格好よくない?」

「えー? 私は身長は百七十はあって欲しいかな」

「それなら、あんたが大きい方に行けばいいわよ。私が小柄な方に行くから」


 声をかけようとしているのだろう。

 聞こえているので、どうしようと身を固くしていると、寛が口を開いた。


「かーくん、それ、買うのか?」

「う、うん」

「そういう作法なのか?」

「作法じゃないけど、ここではつけてると楽しいんだよ」


 説明すると、寛は納得する。


「俺の分も買っといて。どれでも適当でいいから。次の支払いは俺がするから」


 僕と寛との間にはルールのようなものがあった。

 店で物を買うときには、割り勘にしない代わりに、お弁当を寛が払ったら、今回は僕が払う、その次は寛が払うなどという順番で払っていくのだ。

 それでだいたい採算は取れているはずだからお互いにこのルールに納得している。


「なんだ、カップルか」

「声かけるのやめた!」


 僕と寛はカップルではないのだが、女性たちはそう思ったようだ。

 それだけ僕と寛の会話が親し気に聞こえたのだろう。


 声をかけられなかったことに僕は安心して、買ったカチューシャを身につけた。寛も身につけていて、憮然としているが遊園地を楽しんでいる様子だった。

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