4.遊園地での取材

 カチューシャを買って付けると、寛が僕に言ってくれた。


「ホテルにチェックインできる時間だな。荷物を置いてこよう」

「分かった」


 大きなボストンバッグを持っている寛と、キャリーケースを引っ張っている僕。二人とも荷物があっては遊園地を楽しむことができない。

 こういうところまで寛は細かく気が利く。


 お城のようになっているホテルのロビーに入ると、取材と称して写真を撮りまくっている僕に構わず、淡々と寛はチェックインの手続きをしていく。

 僕と寛は同室で、男性同士のカップルに見えているのかもしれないが、ホテルの従業員さんもプロなのでそんなことは顔に出さない。


 カードキーを渡されて、エレベーターに乗って部屋まで向かう。

 部屋の中も可愛く統一されていて、僕は写真を撮る手を止められなかった。


 携帯電話を構えてじっくりと写真を撮っている間、寛は気にせずにお茶を淹れて寛いでいた。ティーバッグの紅茶のいい香りがして、僕は喉が渇いていたことに気付く。


 寛は僕の分の紅茶も淹れていてくれた。


「ゆーちゃん、ありがと」

「ここでお手洗い行っとけよ。遊園地の中じゃ混むかもしれないからな」

「はーい!」


 完全に寛が僕の保護者のような気がするが、紅茶を飲んで、お手洗いに行って、僕は手荷物だけを持ってホテルで少し休む。

 今日のことをそういえばタロットカードで占っていなかったので、タロットクロスを机に広げてタロットカードを混ぜる。


 出て来たのは、死神のカードだった。

 意味は、さだめだが、僕には死神の乗っている馬がメリーゴーランドに見えてしまった。


「ここでもひとじゃないものと出会うってこと?」

「どこに行ってもいるもんだな」


 呆れたような寛の言葉に、僕は「気のせいだと思う」と答えた。

 こんなことで楽しめなくなるのはもったいない。


 ホテルから出て、ホテルの外観も写真におさめて、アトラクションに向かう。


 僕には特に参加したいアトラクションはなかったけれど、カチューシャの耳もつけているし、気分は盛り上がってきている。


「ジェットコースター乗ろう! あの水に突入するのも、乗りたい!」

「乗り放題のチケットなんだろ。好きなのに乗ればいい」


 平日だったがひとは多く、並ぶ列は一時間待ちとかが普通だった。

 それでも、辛抱強く待って、僕と寛はアトラクションに乗った。


「僕、ジェットコースター苦手だった」

「だよな」

「気付いてたなら、先に言ってよー!」

「乗りたいって言ったのかーくんだぞ」


 スピードがあるものも、水に濡れるのもあまり得意ではなかったとアトラクションに参加してから気付いた僕だが、次は寛が行きたいところを口にした。


「ホラーハウスだってよ。かーくんは、普段本物見てるから、怖くないだろ?」

「えぇー!? 怖いよー!」

「行ってみよう」


 ホラーハウスに連れて行かれてしまった。

 数名のお客さんが崩れそうな洋館を模した館のロビーに集められる。


「この館には美しい女主人が住んでいました。女主人は自分の美しさが衰えるのを恐れていました。そして、少女の血の風呂に入ることで、美を守ろうとしたのです。ここは吸血鬼の館。血を吸われる前にお逃げください」


 アナウンスが流れて、奥に続く扉が軋む音を立てながら開かれる。

 その時点で僕は怖くて寛の後ろに隠れていた。寛の方が小柄なのではみ出してしまうのは仕方がない。


「偽物だろ。平気平気」


 寛は落ち着いた様子で歩いて行く。

 洋館の中は迷路になっているようだ。

 薄暗く、上からお化けの人形が垂れ下がって来たり、スリーディー映像でお化けが映し出されたりする。


『助けて……血を奪われてしまう……』


 駆け寄って来る血まみれのキャストさんに、寛は特に何も感じていないようだった。

 ずんずんと進んでいく。

 落ち着いて寛は進んでいるのだが、迷路になっているので、行き止まりに当たってしまった。

 道を戻ろうとすると、首の長い生き物がこちらを見ていた。


「ゆーちゃん、あれ、見える?」

「どれだ? 何もないぞ」

「嘘ぉ!? 本物!?」


 ガタガタと震えて寛の後ろに隠れると、寛がシャドーボクシングの構えを取る。


「どこだ?」

「目の前! 真ん前だよ!」

「ここか?」

「あ、逃げた!」


 殴られそうになって首の長い生き物は逃げ回っている。

 この世に未練でもあるのだろうか。


『ここに来た後に、彼女が二股してたことが分かった。結婚の約束もしていたのに!』


 苦悶の表情のその生き物は、元は人間だったようだ。

 僕が見えるのは、元が人間で死んだ相手と、元々人間ではないあやかしだった。


 今回は元は人間のパターンだ。


「ここにいてもつらいだけだよ。ゆーちゃん、成仏させてあげて」

「おう! どこだ?」

「右! そこ! そこだよ!」


 殴り付ける寛の拳が当たると、その首の長い生き物は消えて行った。

 ほっとして僕は寛とホラーハウスを出た。


「俺が殴ると成仏できるのかな?」

「多分成仏できるんだと思うよ」


 変な首の長い生き物になっていた人物は、男性の姿に戻って天に昇って行った。寛が殴るといつもそうなのだ。


 人間でないものは痛みを感じて逃げ出して、元が人間だったものは昇天していく。

 寛の拳にどうしてそんな力があるのか分からないけれど、僕はとても助かっていた。


「ゆーちゃんがいてくれて良かった」

「シャドーボクシングくらいならどれだけでもしてやるよ」


 遊園地のキャラクターの耳をつけて拳を握る寛は、ちょっとシュールだったけれど、格好よかった。


 パレードの時間が近付いてきているので、僕と寛は移動した。

 パレードが回ってくる場所は既にひとが多くいたが、それでも背の高い僕は見えそうだった。


「ゆーちゃん、見える?」

「俺は見えなくてもいいよ。かーくんが見えればいいだろ」

「それじゃ、ゆーちゃんが楽しくないよ」

「別に、俺は俺で楽しいからいいんだよ」


 パレードが見えなくても寛は楽しいという。

 それはどういうことなのだろう。


「パレードを見てるやつらの心境ってどんなだろうなとか、こういうときにひとはこういう感情になるんだなって、人間観察してるだけで、俺は楽しいよ」


 そういえば寛の趣味は人間観察だった。

 ホラーハウスに行きたがったのも、恐怖の状態で人間がどう動くかを知っておきたかったのだろう。


「ひとの気持ちを察することができないと、小料理屋なんてやってられないからな」


 接客業は察するのが仕事だという寛に、僕はとてもそんなことはできないだろうと感じていた。


 可愛い着ぐるみのキャラクターの写真もたくさん撮って、大満足のパレードだった。

 ホテルに戻る途中も、僕は今日一日のことを思い返していた。


 ホラーハウスでのハプニングは怖かったけれど、それも寛のおかげで何とかなった。


「晩ご飯、どうする?」

「ホテルのレストランで豪華に食べちゃわない?」

「支払い、かーくんの番だぞ」

「取材で経費で落としてもらう」

「なら、遠慮なく食べるよ」


 ホテルのレストランに行くと、予約が一件キャンセルされたとかで、ちょうどよく入ることができた。

 お城の晩餐会をイメージしたレストラン内で、コース料理を頼んで、食べる。


 僕の方が食べるのが遅いので、寛を待たせることになってしまうけれど、寛はゆっくりと紅茶を飲んで待っていてくれた。


 僕も寛もアルコールは飲まない。


「ノンアルコールのキャラクタードリンク、頼んでもいいかな?」

「経費なんだから好きにしたらいい」

「ゆーちゃんも頼んでよ。一人だけだと恥ずかしい」

「なんか、甘そうだな」


 苦笑しながらも寛は僕の我が儘に付き合ってくれる。


 レストランで夕食を食べ終わってから、僕と寛は部屋に戻った。

 ベッドは別々で、寛はさっさとシャワーを浴びて備え付けのパジャマ姿になってベッドに倒れ込んでいる。


 僕は机についてタロットカードを混ぜていた。


「ゆーちゃん、明日はすぐに帰る?」

「お土産買わないといけないな」

「そうだね。どんなお土産がいいかなぁ」


 両親に兄弟に祖父母に何を買おうか考えながらタロットカードを捲ると、ペンタクルの四が出た。

 意味は、所有欲。

 お金の心配をしなければいけないという意味もある。


「散財しないようにタロットカードに言われちゃった」

「家族一人一人に買おうと思ってたんだろ? 大きい箱のお菓子とかでいいってことじゃね?」


 寛の解釈に、僕は寛にもタロットカードにも見抜かれていたことを知るのだった。

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