第47話
♤
「……」
人生でこれほどまでに緊張し、これほどまでに体が熱を帯びて、ここまで吐きそうになった経験は一度もない。
俺は今は、風呂にいる。
家の風呂場。
その浴槽の中。
大人二人が入るには窮屈な、なんの変哲もない狭い浴槽。
なのに。
「どうしたの? 背中、流してあげるよ?」
俺の向かいには、音無がいる。
なぜか。
急にスクール水着姿で風呂場に入ってきた音無は、動揺と焦りで言葉に詰まった俺を見ながらゆっくり湯船につかってきた。
いや、なぜだ?
彼女曰く、「今日頑張ってくれたからそのお礼に背中流してげたくて」だと。
いや、そんなお礼の仕方あるの?
ていうかこの状況、やばくないか?
「黒崎君、どうしたの? お背中流してあげるから先に出て?」
「あ、いや、えと、その、ま、待って音無」
「京香」
「き、京香……あの、俺、ほら裸だし」
「お風呂場だから当然だよ?」
「で、でも」
この状態で風呂を出たらもちろん俺は素っ裸を音無に晒すこととなる。
それはできない。
いや、正確にはしたくない。
別に露出癖もないし、既に興奮でナニがナニしてしまっている俺の下半身を、付き合ったばかりの彼女に見られるのが恥ずかしいのだ。
彼女と風呂に入る。
それは彼女が水着だからとか関係なく、童貞男子にはあまりにもハードルが高いシチュエーションだ。
もう、あちこちが焼き切れそうだ。
……いかん、このままだとのぼせてしまう。
なんとか、一度外に避難しないと。
こんなところで倒れるわけにはいかない。
「お、おとな……京香。あの、目をつぶっててくれないか?」
「なんで? あ、そういうこと?」
音無はすんなりと目を閉じた。
もう、今しかない。
俺は両手で股間を隠しながら、そろっと湯船から体を出す。
そして、ちゃんと音無が目を瞑っているかを恐る恐る確認しながら足を抜いて外へ。
この隙にそのまま脱衣所まで避難しよう。
そう思って扉を開けたその瞬間。
俺の視界は真っ暗になった。
◇
「……ん」
「よかった、目が覚めた! 黒崎君、大丈夫?」
「おと、なし?」
目が覚めたら、目の前には少し涙目の音無の可愛い顔があった。
場所は……脱衣所だ。
音無は……水着のままだ。
「ごめん俺、倒れてた?」
「目を瞑ってたらすごい音がして。見たら倒れてたからびっくりしたよ? お水、飲んで?」
「……うん」
まだ頭がフラフラする。
ゆっくり体を起こしてペットボトルの水をググっと飲み干すと、ようやく意識がはっきりしてきた。
「ふう……のぼせたみたいだな」
「ごめんなさい、変なことしちゃった」
「変なこと……いや、そんなことないよ。俺もびっくりはした、けど」
音無の水着姿を見てさっきまでの光景を思い出すと、また心臓がバクバクと高鳴り体が熱くなる。
再びのぼせて倒れてしまいそうだったので彼女から目を逸らすと、音無は恥ずかしそうに俺に言う。
「あの……一応タオルかけておいたけど、み、見てないから」
「え? あ、ああ、うん。ご、ごめん」
「ううん、大丈夫。あの、私もう少しお風呂入ってるから、先に出てて」
彼女は水着のまま、風呂場へ戻っていった。
俺はゆっくりと立ち上がってから、巻かれたタオルの下にある自身の股間を見つめてから、急いでパンツをはいた。
♡
「……しちゃった」
黒崎君が倒れたからびっくりしちゃった。
でも、咄嗟だったからもちろん不可抗力なんだけど。
キス、しちゃった。
人工呼吸のつもりだったけど。
私がキスしたらすぐに目を覚ましてくれたし。
やっぱり、愛の力?
……えへへ、これで彼の嘘は嘘じゃなくなったね。
ママにも報告しないと。
あとは……。
「今日は同じお布団で寝ようね♡」
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