第45話
「では、娘のことをよろしくお願いします」
食事を終えるや否や、改まった様子で音無の両親が頭を下げた。
「そ、そんなこちらこそ! よ、よろしくお願いします」
「ええ、今後とも。さて、あとは若い人たちに任せて帰りましょうか」
音無の両親はさっと立ち上がって足元に置いてあるカゴの中の荷物を手に取る。
「それとこれ。黒崎君のご両親に渡しておいてくれる? 本当は直接ご挨拶しないとだけど、この後すぐに出なくちゃいけなくて」
音無母から、菓子折りを渡された。
包装を見ると、高級チョコレートブランドの名前が印字されていた。
「え、こんな高価なもの」
「いいの、気持ちだから。それに今日からうちの娘がずっとお世話になるんだし」
「……わかりました」
ずっと、という言い回しがひっかかったが、とにかくしばらくは音無が家に住むことに変わりないし、いつまで居るんですかなんて失礼なことは音無のいる前では聞けるはずもない。
もちろん俺からすれば、大好きな子がずっと家にいてくれるならそれはそれで願ったり叶ったりなんだけど。
「あとこれ、黒崎君にも」
「お、俺にですか? これは」
「ええ。高校生には必要なものかな。いらないならそれはそれでいいんだけど」
クスクス笑いながら、小包に入った小さな箱を渡された。
「あ、ありがとうございます。大切に使います」
「そんなにかしこまらなくていいわよ。じゃあまたね、黒崎君」
音無の両親はさっさと部屋から出て行った。
残された俺は、嵐が過ぎた後のように静まり返った部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
そんな俺を向かいの席で静かに見ていた音無はそんな俺に対して、「ありがとね」と。
「音無……いや、びっくりしたけどちゃんと挨拶できてよかったよ」
「……うん。ねっ、帰ったら今日はゆっくりしたいな」
「うん、そうだね。ええと、じゃあ帰ろっか」
そのまま席を立って二人で部屋を出た。
レジへ行くと、すでに会計は済まされていた。
申し訳なく思いながら音無をみると「今日はママもご機嫌さんだったから」とか。
今度会ったらちゃんとお礼をしようと心にとめながら店を出て。
家に向いて少し歩いてる途中でふと我にかえる。
「……」
そういえば、なんて言ったら失礼なのだが、そういえば俺たちは付き合ったのだ。
いつも一緒にいたせいで、こうして一緒に家に帰ってるのも日常と化していたけど、今は状況が違う。
恋人同士なのだ。
そしてその恋人が今日からずっと家にいる、だと?
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでも。お母さんのプレゼントってなんだろうなって」
右手に持っている小包を見る。
軽いし小さいけど、一体何が入ってるんだろう。
「帰ったら使いたい?」
「え、家で使うものなのかな?」
「さあ。でも、家で使うためにくれたのかなって」
「ふうん。じゃあ、使おうかな」
「うん。使お」
音無は中身を知ってるというか、察しがついてるという感じか。
それに彼女も使いたい様子だし。
だとすれば入浴剤か何かか。
まあ、高校生だから云々と言ってたし、せっかく彼女ができたのなら汗の臭いで嫌われるようなことがないようにとお気遣いいただいたところか。
……いつか風呂とかも一緒に入ったりするのかな……いやいや今は変なことは考えるな。
とりあえず無事に家に帰ったら母さんに報告だ。
で、風呂に入ってさっぱりしよう。
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