第44話


「へえ」


 音無の母がニヤリと笑った。


 俺は彼女からの圧力に耐えきれず、音無もいる前だというのにとんでもない告白をしてしまった。

 

 音無と、キスをしたと。

 

 不可抗力であり一方的ではなく一瞬の出来事ではあったけど。


 どうあれしてしまったことは事実である。

 俺はこの母親の前で嘘はつけなかった。


 なにせ。


「ふーん、嘘はついてないみたいね。もう、それならよかったわー。心配したんだからー私。もしうちの娘と遊び半分なんてことがあったら……ねえ?」

「あ、遊びなんてそんな……僕は真剣ですから!」


 皿の上に置いてあったフォークをぎゅっと握りしめて俺の方に向けて、なぜかニコニコ笑う音無母。

 こんな人に嘘をついたら何をされるかわかったものじゃない。


 もちろん大事な一人娘を心配するが故の行動なのだろうけど。


 ニコニコしているようで目が全く笑っていない。


 ……俺は無事に帰れるのだろうか。


「ママ、いい加減にして」

「あ、ごめんごめん。ま、固い話はこれくらいにしてデザートでもよばれましょっか」


 これまたすごい剣幕で母を睨む音無に、流石の音無母も少し慌てた様子で我にかえってフォークを手放す。

 

 そこでようやくホッとしたわけだが、助け舟をくれて助かったと音無の方を見るとなぜか目を逸らされた。


 その反応を見て、やばいことをしたかもしれないと後悔が襲ってくる。


 音無はキスしたことを覚えていないんだ。

 だから俺が言ったことが嘘だとしたら、なんて事言うんだと怒るのも無理ない話だし。

 もし本当に自分の知らないところでキスなんかされてたとしたら、俺のことを軽蔑するに違いない。


 ……せっかく告白がうまくいったのに。

 もう、嫌われたかもしれない。


 そんな絶望感に苛まれている最中に、店員が空気を読まずにデザートを運んでやってきた。



「……」


 キス、したの?

 え、嘘じゃないよね?


 黒崎君のあの様子は、誤魔化してるというより自白したって感じだったし。

 ママは人の嘘を見抜くのがとても得意だし。


 ……じゃあ、いつ?

 も、もしかして寝てる間にこっそり唇を……ううっ、嬉しい!


 さっきまでおどおどしてた私がバカみたい。


 でも、キスしてくれてたんなら言ってくれたらいいのになあ。


 想いあって結構になるし、こうして両親との顔合わせも終わったわけだし、今更隠すほどのことじゃないのにね。


 ふふっ、だけどほんとに黒崎君頑張ってくれた。

 私のために、一生懸命。

 嬉しい。

 好き。 今日は労ってあげないと。


 今日はあ。


 お風呂で、背中流してあげるね。

 

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