第42話

「ふんふんふーん」 


 俺はトイレから戻る時、ついつい鼻歌が漏れていた。


 だって、今さっき俺は人生で初めて彼女という存在ができたんだから。

 そりゃ鼻歌くらい歌いたくなる。


 部屋に戻れば、ずっと恋焦がれていた同級生が俺を待ってくれている。


 彼女として。

 ああ、最高だ。


 ……いかん、だらしない顔をしてたら嫌われてしまう。


 さてと、ちゃんと気を引き締めてだな。

 シャツの襟元も整えて、と。


「ごめん、遅くなった……あれ?」


 部屋の扉を開けると、席に座っていたのは音無と……両脇に大人が二人?

 座っててもわかるくらいすらっとした随分と綺麗な女性と、もう一人。

 スーツ姿のエリートサラリーマンみたいな風貌の男性。


 いや、誰?


「おお、君が黒崎君か。会えて嬉しいよ」


 手前に座っていた男性がニコニコしながら立ち上がりこっちへ向かってくる。


「あ、あの……」

「ははは、驚かせて悪かったね。僕は京香の父、そしてあっちが私の妻だ」

「あ、ああなるほどお父さんでしたか……お父さん!?」


 思わず大声が出てしまった。


「はは、そんなに大声で言わなくても」

「す、すみませんつい」

「謝ることはないよ。無理を言って今日来させてもらったのはこっちだし」

「ど、どうしてですか?」

「ふむ。まあ立ち話もなんだから座ろうか」


 音無の父と名乗る男性はそのまま席に戻る。

 俺も、とりあえず促されるまま彼らの対面へ座る。


「ええと、音無。これって」

「黒崎君。今はみんな音無だよ? パパに話しかけてるの? それともママ?」

「あ、いや、その……き、京香さん、これって」

「うちの両親もね、黒崎君に会いたかったの」

「え、なんで?」

「もちろん、お付き合いしてるからだよ」


 音無が当たり前のように言った。

 確かに俺と音無は今現在付き合っていて、娘の交際相手を相手の親がみてみたいと思うことに違和感はないけど。


 ついさっき、だぞ?

 俺たちが付き合ったのって。

 

 で、その後俺がトイレに立ったのはつい十分ほど前。


 あの間に音無が両親に報告して、近くにいた二人がここにきたってことか?


 ……いや、まあそんなとこなんだろう。

 それに、今はそんなことよりこの局面をどうするかのほうが先だ。


 まだ手も繋いだことないような付き合いたての彼女とのことを一体なんと説明したら……いや。


 キス、したんだっけ。

 で、でもあれは不可抗力だ。

 それに音無も覚えてないんだし。


「どうしたんだい黒崎君?」

「え、あ、いえ別に」

「パパ、彼も緊張してるんだからそんなに詰め寄ったらかわいそうよ?」


 戸惑う俺にフォローを入れてくれたのは、音無母。

 ほんと、綺麗な人だ。

 親子ほど年齢が離れているとわかっていても見惚れてしまうレベルに美人だ。

 余計に緊張してしまう……。


「黒崎君、私は京香の母です。よろしくね」

「は、はい」

「ふふっ、京香から聞いた通り誠実そうな人。さてと、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」


 音無母がニンマリと笑い、吸い込まれそうなほど綺麗な瞳をこっちにまっすぐ向けながら。


 一言。


「京香と、もうキスはした?」

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