第40話

「音無、この後なんだけど」


 事故とはいえキスをしてしまった音無の方はやはり見ることができず、下を向いたまま話しかける。


 キスで吹っ飛びかけていたが、俺は今日彼女に告白するつもりなのだ。


 だから相応の場所へ連れていかないといけないというのに、何も考えていない。


 だからといってこのままぶらぶらするわけにもいかないし、とりあえず音無の意見を聞こうと。


「食べたいものとかある?」

「お店? もうすぐ着くよ?」

「……ん?」


 俺はずっとキスのことばかり考えていて当てもなく彷徨っていたつもりだったが、そういえば音無はさっきからどこかを目指すようにスタスタと歩いていたような気がする。


 行きたい店があったのか?


「ここ」


 彼女が指差した先にあったのは、駅前にある少しお高いと評判のレストラン。


 この町で洋食を食べるならここ、とも言われる名店だ。

 

 ちなみに俺も今日ここに行くかどうかは散々検討した。

 しかし高校生にはやはり敷居が高いということで候補から外していたんだけど。


「……ここに行くの?」

「うん。このお店、何かあるの?」

「あ、いやいや大丈夫。じゃあ、ここにしよう」


 様々な不測の事態を想定して、財布には先月の給料を全部入れてきたからさすがに足りないことはない、と思うのだけど。


 なにより音無がここがいいというのなら断る理由はない。

 ケチな男はモテないと言うし、今から好きな子に気持ちを伝えるんだから金のことなんて言ってられない。


 よし、行こう。


「いらっしゃいませ」


 重い扉を開けると、入ってすぐのところにスーツ姿の女性が立っていて俺たちを出迎える。

 

 やばい、ほんとに本格的な店だ。

 ええと、とりあえず席の要望を伝えないと。

 個室がいいのかな……


「え、ええと」

「音無です」

「はい。では奥のお席へどうぞ」

「?」


 まるで予約でもとっていたかのように、店員が俺たちを奥の席へ案内する。


 そして一番奥の個室に通された。

 四人がけのテーブルが少し広めの部屋の真ん中に置かれていて、周囲には高そうなツボや皿が飾られている。   

 床にはベロアの絨毯だ。


 高級感溢れる部屋に俺は戸惑いを隠せない。


「お、音無? こ、こんな部屋」

「いい部屋だね。お話するにはちょうど良いと思わない?」


 どこか嬉しそうにそう言いながら先に席へ着く音無は、何かを訴えかけるように俺をじっと見てくる。


 ……なるほど、俺が今日告白しようとしているのをわかっているんだ。

 女性の勘は鋭いって聞くし。

 告白するならこういう場所でしてほしいという彼女なりの挨拶か。


 ……キスも、したんだし。

 音無は覚えてないかもだけど。


 俺も男だ。


 ご飯を食べ終えたら、彼女にしっかりと気持ちを伝えよう。



 ふふっ、最初は二人でゆっくりご飯食べて。

 食べ終えた頃にパパとママにきてもらって。


 婚前の挨拶。

 覚悟を決めた様子の黒崎君の表情を見る限り、彼もちゃんと気持ちが固まってるみたいだし。


 ……キス、まだしてないけど。


 それだけが不安要素かな。


 うちの親って、結構そういう話好きだから黒崎君ってあれこれ聞かれたらどう答えるのかな。


 キスは結婚してからです、とか?


 ……ドキドキ。


 

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