第37話
「先生、気分が悪いので保健室に行ってきます」
授業中。
音無が突然立ち上がりそう言った。
まあ、そういうことは音無に限らずたまにあることなので先生も特に驚きはしなかったのだけど。
「黒崎君に連れていってもらってもいいですか?」
その一言で教室がざわついた。
皆が一斉に、俺の方を振り返る。
「まあ構わないが。黒崎、ちゃんと送り届けろよ」
サバサバとした態度でそう言ったのは国語の田村先生。
中年の女性教員の彼女は高校生の色恋なんてものには無関心な様子だから変に勘繰られることもなかったけど。
クラスメイトは話が別だ。
ただでさえここ最近、音無とべったりなせいで噂を立てられているところで音無のこの発言。
皆の疑念が確信に変わった様子だった。
「ええと、音無?」
「黒崎君、早く行こ?」
「あ、ああ」
俺は音無を連れて教室を出た。
逃げるように飛び出した、というのが正解か。
俺は息がつまりそうになりながらそのまま静かな廊下を早歩く。
そして階段の踊り場まできたところでようやく息を吐いた。
「ふう……音無、体調悪いって熱でもあるのか?」
もちろん、まずは音無の体調が心配だった。
しかし
「ごめんなさい」
なぜか謝られた。
「ど、どうして謝るんだよ?」
「……保健室、行こ?」
「う、うん? まあ、そうだな。歩けるか?」
階段の段差に気をつかいながら音無をふりかえると、彼女がそっと手を出してきた。
何気なく俺はその手をとって、音無を支えながら階段を降りる。
そしてそのまま。
保健室の前まで来たところではっとする。
「ご、ごめん」
慌てて手を離した。
うっかりしていたせいで、手を繋いだまま校舎を歩いてしまった。
「ううん、連れてきてくれてありがと」
「う、うん。ええと、もう大丈夫?」
「保健室、くるの初めてだから。一緒に来てくれる?」
「う、うん? まあ、いいけど」
「保険の先生、学校で話したことないし」
「友近先生だっけ? 俺も話したことはないかな」
「じゃあちょうどよかったかも」
「?」
「ううん。行こっか」
不安そうな音無とともに保健室へ。
「失礼します。あ、先生」
こんな調子で放課後は大丈夫なのかなと不安になりながらも、入ってすぐの椅子に座る保健室の先生に声をかけた。
♡
……保健室だ。
かつてここは、この学校のOGでもある歳の離れた私の姉の思い出の場所。
ここで今の旦那さんと初めてキスをした場所だって、聞いたことがある。
験担ぎ。
姉のように私も、親への挨拶の前に彼の心を鷲掴みしておかないと。
まあ、姉の時は保健室の先生の目を盗むのが大変だったみたいだけど。
私は平気。
だって。
保健室の先生。
私のお姉ちゃんだから。
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