第35話

「おはよう黒崎君」


 朝。

 なんとか理性と格闘しながら眠りについた俺を起こしにやってきたのは寝巻き姿の音無だった。


「あ、おはよう」

「寝れた? なんだか眠そうだけど」

「ま、まあ。音無は?」

「ぐっすり。黒崎君の枕、とてもよかった」

「そ、そう? ならいいんだけど」


 体を起こしながら俺は音無からさりげなく目を逸らす。


 一晩経ったところでこの部屋の独特の香りは消えてはいない。

 加えて目の前にパジャマ姿の音無がいるとなると、また昨日のような興奮が朝から蘇りそうだった。


 ただでさえ溜まっているし。

 早いところ、この煩悩をスッキリさせないと頭がおかしくなりそうだ。


「あ、あの。俺トイレに」

「じゃあ、私も」

「え?」

「あ、ううん。先に下に降りてご飯作っておくね。早く降りてきてね」


 そそくさと音無は部屋を出て行った。


 そして俺は、一度大きく息を吐く。


「はあ……音無のやつ、すっかり家族みたいになってるけど」


 どうしてああも自然体でいられるのか不思議で仕方ない。

 俺はここ最近ずっと緊張しっぱなしだ。


 一度気を休めるためにも自分の部屋に戻って着替えてこよう。


「……ん?」


 隣にある俺の寝室へ入るとすぐに違和感を覚えた。


 昨日までは男臭い爽やかさとは無縁な散らかった部屋だったはずなのに、本棚や机の上がきちんと整頓されている。


 更に。

 昨日悶えさせられた甘い香りがここにも。

 音無の体臭なのか?

 いや、どんな香水よりも魔力があるこの香りが自然に出ているなんてあり得ない、と思いたいが。


「……ダメだ。俺、ずっと音無のこと考えてる」


 多分だけど、自分のことだからわかる。

 俺はもう、我慢できない。

 色々と、抑えきれない。


 だからこそ、早くこの気持ちを音無に伝えたい。


 今日の放課後、デートに誘おう。

 そして付き合ってほしいと、言う。

 母さんには後で話を通しておけばいい。

 よし、早速。


「あのさ音無」


 急いで下に降りて、キッチンの掃除をしていた音無を呼び止める。


「どうしたの? 朝ごはんはもうちょっと」

「ええと、あの、今日の放課後なんだけど……話があるんだ」


 心臓をバクバクさせながら、しかし思い切ってそう話した。

 すると音無は、


「私も、話があるの」


 少し照れくさそうにそう答えた。

 そしてもじもじしながら奥へ引っ込んでいってしまった。


 その様子を見ながら俺は、音無も俺と同じことを考えていたのではないかと、期待に胸が高まった。


 今日、音無に告白する。

 恋人に、なれるかもしれない。


 そんな未来を想像しながら、一人で体を熱くさせていた。



「うん、そういうことだから。えへへ、とてもいい人だから大丈夫」


 実母への電話を終えて、私はふうっと一息。


 まさか黒崎君が私と同じこと考えてたなんてびっくり。


 やっぱり相性がいいんだね私たちって。


 話、しないとね。

 うちの両親にも。


 明日から海外に行っちゃうしその前に顔合わせ。


 えへへ、婚約かあ。

 なんだか緊張して体が火照っちゃう。


 放課後、楽しみだなあ。

 

 

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