第34話


「ね、寝れない……」


 ベッドに潜り込んでから気づいた。

 というより理解した。


 もうここはとっくに音無の部屋になっていたということを。


 ベッドに入った瞬間に俺は甘い甘い香りに包まれた。


 独特な、なんとも言えない心地よい香り。

 頭がクラクラするようで、しかし気分は高揚してしまう。


 わかりやすく言えば、ムラムラする。


 ここ最近、音無が家にいることもあって一人でしていないことも原因なのだろうけど。


 とにかく今は寝てしまいたいのに、なぜかどんどんと意識が覚醒してくる。


 ここで音無が明日から寝る。

 そんな場所で今日、俺が寝ている。

 俺が昨日まで寝ていた場所で音無が今日眠っていて。

 そんな場所で明日から俺が眠る。


 考えるほどに体が熱くなる。

 音無のことは好きだけど、正直そういうやらしい目では見ていなかったのに。

 いや、見て見ぬふりをしていただけで、好きな子に対してそういう願望がなかったわけではない、ということだ。

 

 俺も年頃の男子。

 相応の欲もある。

 つまりムラムラする。


 ……でもここは音無の部屋だ。

 いくら自宅とはいえ、人様を泊める部屋を汚すようなことはしたらいけない。


 ああ、でもいい匂いがする。

 音無ともし一緒のベッドで寝たらそれこそ……いやいや、何考えてんだ俺は。


 まだ付き合ってもいないのにそんな飛躍した想像はよくないって。


 とにかく、なんとか意識をそらさないと。


「……音無はもう、寝たのかな」


 さっき部屋に戻っていった音無は俺のベッドで何を思っているんだろうか。


 何も気にせず眠ってるのだろうか。

 少しは俺のこと、考えてくれてるのかな。


「……寝よう」


 あれこれ考えてしまっているうちにようやく部屋の香りにも慣れたのか、少し気分が紛れた。


 明日も起きたら音無がいる。

 それだけで今は十分嬉しい。


 嫌われないように。

 好きになってもらえるように。


 頑張らないと。


 ……でも、何をしたらいいんだろう?



「……黒崎君」


 どうやら隣の黒崎君は寝ちゃったみたい。

 残念、ベッド汚してほしかったのに。

 色々と妄想したけど、いきなりベッドで一緒に寝るのは流石に私も緊張するから。

 せめて彼に汚されたベッドで寝たかった。


 けど、黒崎君はやっぱり誠実な人だもんね。

 まあ、だから両思いなのにまだぎこちないんだろうけど。


 ほんと、きっかけがほしいな。

 好きな人同士なんだからもっと関係を発展させるきっかけ。


 明日は、おはようのキスしちゃおうかな。

 それとも、下着姿で起こしてみようかな。

 裸エプロンとか、好きかな?


 えへへ、黒崎君のためならなんでもできちゃう。

 

「……黒崎君のこと考えてたら、ムズムズしちゃう」


 ベッドの中は黒崎君の匂いがする。

 明日はここで彼が眠る。

 だからこのベッドで私を感じて欲しい。


 私の匂いが染み付くように。

 私に包まれるように。


「黒崎君、ちょっとだけ枕お借りします♡」


 


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