第33話

「……そろそろ戻るか」


 リビングに逃げて一時間ほどが経過した。

 このままリビングで眠ろうかとも考えたが、それはそれで母さんに見つかったときに事情を説明するのが面倒だと思うからできないという結論に至りどうすればよいか悩んだ末に部屋に戻ることを決めた。

 

 まあ、俺の部屋ではなく音無の使う予定だった部屋に、だけど。

 

 実質繋がっているあの部屋はそういえばだけど俺の部屋側からしか開かないし、彼女と俺の部屋を入れ替えた、ということであればまあ言い訳はなんとでもなる。


 荷物とかがあるなら明日移動させればいいし。

 そう思って部屋の方へ向かう。

 真っ暗な廊下を静かに進み、奥の部屋の扉に手をかけた。


「……あれ?」


 しかし扉が開かない。

 鍵がかかっているようだ。

 でも、なぜ?

 確かにこの部屋は外から鍵をかけられる仕様になっているけど俺はここの鍵なんて見たこともないし昨日までは普通に荷物を置きにいったり出入りしていた。


 なのになぜ?

 もしかして音無?

 いや、それしかないな。音無が自分の荷物を運んできて、用心のために鍵を借りてかけているのだろう。


 しかし困った。

 これでは部屋に入れない。


 んー、どうしよう。音無の荷物を漁るわけにもいかないし、起こして聞くくらいなら最初から起こしてればよかったってなる。


 ほんと、どうしたものか。


「黒崎君?」

「わっ! お、音無?」


 暗闇から声がして、振り向くと音無が立っていた。


「なんでそんなに驚くの?」

「い、いや。寝てると思ったから」

「私の部屋、何か用事?」

「私の部屋? あ、ああここか。いや、別に」

「ふーん」


 暗闇で顔はよく見えないが、音無はなんとなくつまらなさそうだ。


 そして、急に声をかけられてびっくりしたせいか心拍数が上がったままの俺に対して音無はポツリと呟く。


「そんなに私の部屋、入りたい?」

「え? い、いや、別にそういうつもりじゃ」

「おあいこだもんね。私、今日は黒崎君の部屋で寝るから黒崎君は私の部屋で寝ていいよ?」


 そう言いながら、彼女は扉の前に立ってガチャガチャと鍵を開けた。


 そして、ぎいっと軋む音を立てながら扉が開いた。


 俺の隣の部屋。

 今はもう音無の部屋、らしいが。


「ええと、いいの?」

「うん。じゃあ、おやすみなさい黒崎君」


 彼女はそそくさと俺の部屋に戻っていき、さっさと扉を閉めた。


 そして俺は、あれこれと考えることはありながらもとりあえず休みたい一心で音無の部屋へ。


 ようやく暗闇に目が慣れてきたせいか、部屋の明かりをつけなくてもぼんやりとベッドのある位置はわかったのでそのまま布団に入った。



「んー、黒崎君の枕に私の匂いたっぷりつけておいちゃお」


 彼のベッドにうつ伏せながら大きく息を吸って吐く。


 ふふっ、明日が楽しみ。

 それにそれに、今頃彼も、私のベッドで私のつけておいた甘い香りにつつまれてるはず。


 私を感じながら眠ってくれたらって思うと、キュンキュンしちゃうな。


 えへへ、我慢できるかなあ。

 別に男の子だから、私のベッドでしてくれてもいいのに。


「ふふっ、私も……どうしよっかなあ」

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