第30話

「アイスどーぞ」


 なぜかご機嫌な様子で、風呂上がりの俺にとってカップのアイスを渡してくる音無。


 しかし俺が気になるのは音無の様子などではない。


「……これ?」

「あ、バニラ嫌いだった? チョコはあんまり好きじゃないって」

「そ、そうじゃなくて」

「?」


 ほんとうに何もわからない様子でキョトンとする音無には何を察しろと訴えても無駄なのかもしれない。


 しかしだ。

 このアイス、食べかけである。

 しかもスプーンすら、使用済み。


 音無が俺に対して無防備なのは承知だが、ここまでノーガードで来られると俺は自分の理性が心配になってくる。


 しかも間接キスなんかしてしまったら俺は夜に色々耐えられる自信がなくなる。


 いや、もちろん音無は俺を友達だと思って気にしてないのだろうけど……ん?


「あ、あの。さすがにスプーン一緒なのはまずいかな」


 よく考えてみたら、というより冷静になれば音無はもしかしたら天然なのかもしれない。


 このスプーンだって、自分が使ったことを忘れて俺に渡そうとしているんだ。

 うん、きっとそうだ。

 ほんと、クールでしっかりしてるように見えても抜けてるとこがあるんだな。


「うん、だから?」

「……え?」

「私の使ったものだと嫌なの?」

「そ、そうじゃなくて……お、俺とスプーン共有するのなんて」

「嫌じゃないよ?」

「え? そ、それって」

「はい、アイス置いておくね。お風呂、入ってくる」


 音無はアイスを置いてそのままリビングを出て行った。


 俺は一人呆然としながら、食べかけのカップアイスと使われたスプーンを眺めながら。


 音無の言葉の意味を考えていた。



「んー、黒崎君の入ったあとのお風呂だー」


 さっきまで彼が裸で浸かっていた湯船に肩まで浸かってうっとり。


 なんかいつもの倍気持ちいい。


 今頃、アイス食べてるかな。

 黒崎君って優しいし奥手そうだけど、あんまりガツガツしちゃったら淫らな女子って思われちゃうし。

 さりげなく、サイン送ったつもりだけど伝わったかな。


 もう、キスも平気な関係だもんね。

 関節キスなんて気にも留めないもんね。


 えへへ、お風呂から出たら……でも黒崎君ったらもう寝ようとかいいそうだし……あっ、そうだ。


「お風呂上がりはちょっぴり薄着にしちゃおっと」


 

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