第21話

「あ」


 風呂から出ていつものように何気なくリビングへ行くと、いつも誰もいないはずのソファに小さな人影が見えた。


「お疲れ様。早かったね」

「う、うん」


 テレビを見つめたまま、音無が声をかけてくる。

 いつも俺が楽しみにしているスポーツ特番がついていた。


 音無の姿を見ると、さっきまで必死に押し殺していた気持ちがまたモヤモヤと燻り始める。


「……あの、母さんは」

「出かけてくるって。お父さんも」

「そ、そう。ええと、音無ってこうして誰かの家によく言ったりするの?」


 何気ない質問のつもりだったけど。

 その言葉に音無は振り向いて不機嫌な顔をした。


「しないもん。初めてだし」

「そ、そっか」

「座らないの?」

「え? う、うんお邪魔します」


 なんとも言えないムスっとした表情に圧倒されながら、借りてきた猫のように俺は音無の隣へ。


 まるで彼女の家にお邪魔したような気分だ。

 それくらい音無は自然というか、ずっと前からここにいるような雰囲気さえ感じさせる。


「……」

「黒崎君。この番組、好きなんだよね?」

「う、うん。言ったっけ?」

「ううん。でも知ってる」

「そ、そっか」


 母さんから聞いたのだろうか。

 でも、音無もこの番組を見ていたということはスポーツを観るのが好きなのかな。

 趣味が合うのなら話題もあるはず。


 この気まずい空気をなんとかしないと。


「ええと、野球とかよく観るの?」

「ううん、全然」

「じゃあ、サッカーとか」

「ううん、スポーツはあんまりわからないの」

「そ、そっか」


 どうやらそうでもない様子。

 また会話が途切れてしまった。


 うーん、どうしたものか。

 

「黒崎君は、好き?」

「え? お、俺は好きだよ」

「うん。激しいの好き?」

「う、うん? いや、まあどちらかといえば落ち着いてるほうが」

「よかった。私も。最初はゆっくりがいいかな」


 音無はうんうんと頷く。

 なんかよくわからないけど、スポーツのことだよな?

 興味はある、ということでいいのか?

 ……誘ってみるか。


「こ、今度一緒にしてみる?」

「今度?」

「え、いや、まあ時間がある時に」

「……」


 音無は少し嫌そうな顔をした。

 それを見てすぐに俺は誘いを撤回しようとしたが。


 俺より先に音無は言った。


「今から、しない?」


 その言葉に俺はなんと返したらいいかわからず黙ってしまう。


 今から?

 いや、なにを?


 こんな夜にキャッチボールでもはじめるのか?


「嫌?」

「そ、そんなことないけど……ええと、今から?」

「うん。だって」


 少しもじもじしながら、やがて立ち上がるとテレビの電源を切って。


 音無は呟く。


「夜は長いから」

 

 

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