第18話

「まだ帰りたくない」


 沈黙を破った彼女の言葉はそれだった。


 俺はその言葉の意味をあれこれと考えてみたが、やはり音無は家にあまりいたくないようなのだと理解した。


 休日もうちにバイトにくる理由もそれなのかもしれない。

 平日もまっすぐ家に帰りたくないのだろう。


 ただ、家庭内のシビアな問題に口を挟めるほど俺たちは親しくない。


 かといって知らんふりもあまりに冷たい気がする。

 だからというか、色々考えた結果で俺と音無はとりあえずうちの店に戻ってきた。


「あら、京香ちゃん。晩御飯食べて帰る?」


 俺と一緒に音無が戻ってきても何一つ不思議がらずに対応してくれるうちの母に対して音無も「はい、ご馳走になります」と笑顔。


 俺は母さんに呼ばれて厨房へ。

 音無はカウンターに座った。


「なんだよ母さん」

「こんな時間まで一緒だなんて仲良くやってるじゃない。もう京香ちゃんの親には挨拶した?」

「するかよ。ていうか音無、あんまり家に帰りたくないみたいなんだけど親と仲良くないのかなって」

「そうなの? 今朝もお母さんの話とかしてたけど?」

「ふうん。じゃあ違うのかな」


 手を動かしながら首を傾げていると、母さんはうんうんと頷きながら「そんなに気になるなら聞いてきてあげるわよ」と。


 俺の返事も聞かずに音無の方へ行ってしまった。


 その間に俺は音無と自分の晩飯を作っていると、母さんがニヤニヤしながら戻ってきた。


「なんだよ」 

「ほんと、あんたも隅におけないわね。京香ちゃん、今日はうちに泊まるって」

「え、なんで?」


 声がひっくり返った。

 そして手を止めて母さんを見ると、「ほら、代わってあげるから京香ちゃんのとこ行きなさい」と。


 俺を押し退けるように肩をぶつけてきて、さっさと調理を始めた。


「母さん、意味がわからんぞ」

「いいから。京香ちゃん退屈してるでしょ」

「いや、だけど」

「母さんは理解ある方だから。あんたもそれだけ大人になったってことだもんねえ」


 うんうん、と。

 勝手に納得しながら母さんは厨房の奥へと消えていった。


 


 

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