第17話


 ふふっ、一度言ってみたかったの。

 帰さないって。

 言われてみたい言葉でもあるけど、別にどっちでもいいの。


 意味は……言わなくてもわかるもんね。

 男女が二人っきりでいて、帰りたくないってつまり……だよね?


 私の気が済むまでずっといてくれるよね?


 それに黒崎君ならちゃんと応えてくれるよね?



「……うーん」


 まさかの展開だ。

 音無の気が済むまで帰れないゲームの始まりとは。


 しかしカラオケって何を歌えばいいんだ?

 知ってるアニソンくらいなら歌えそうだけどそんなのはキモいとか思われるのだろうか。


 それとも流行りを行けば行ったで狙ってると思われるのか。


 わからない。

 しかし俺の方をじっと見つめてくる音無に今更やっぱり帰ろうなんて言えるはずもない。


 とりあえず、無難なところをいこう。


「こ、これとかどうだろ? 知ってる?」


 少し前の曲だけど、よくテレビで流れていたりうちの母が流していたので覚えていた曲。

 ベタなラブソングだ。

 他意はない。

 ラップやゴリゴリのロックなんて歌えないし、コアな曲は知らない。

 こういうありがちなバラードくらいしか歌える気がしないという、そんな選曲だ。


「これ……うん、歌って?」

「わ、わかった」


 とりあえず選曲は悪くないようだ。

 さて、あとは肝心の俺の歌唱力だが……


「こほんっ。じゃあ歌うぞ」

「うん」


 乾いた拍手で俺の歌を待ってくれる音無の仕草はやはり可愛い。

 やましい意味はないが、やはり可愛い女子にいいところを見せたいと思うのは男の本能なのか。

 

 人生で一番と言っていいほどに集中して、俺は気持ちを込めて歌う。


「……」


 途中でちらっと音無を見ると、ぼーっと画面を見ながら手を叩いていた。

 聞き入ってくれているのか、それとも……いや、今は集中しないと。


「……ど、どうかな」

 

 歌い終えると少し息が切れていた。

 生まれてこのかた、こんなに大きな声を出したのは初めてだ。


「黒崎君、すごく上手」


 音無が驚いた様子でそう言った。


「ほ、ほんと?」

「うん。声もいいし、好き」

「て、照れるよ。でも、ありがとう」


 なんかめちゃくちゃ褒められた。

 恥ずかしくて言葉が出てこないが、しかしどうやら満足はしてくれたようだ。


 これで音無も納得して帰ってくれそうだな。


「じゃあ音無、そろそろ」

「ねえ、ほんとにカラオケ初めて?」

「え? は、初めてだけど」

「ほんとに? 嘘ついてない?」

「そ、そんな嘘つくわけないじゃないか」

「そう。ならいいんだけど」


 ホッとする俺に鬼気迫る表情で詰め寄る音無だったけど、一体どうしてそんなことを気にするのか俺にはわからないまま。


 とりあえず俺の言うことを信じてくれた様子で座り直すと、「もう少ししたら、でよっか」と言ってジュースを飲んでいた。


 俺は恐る恐る彼女の隣に座る。

 なぜかはわからないが、音無も怒ったりするんだな。


 でもほんとにどうして……ん?


「……」


 音無はなぜかマイクをぎゅっと握りしめていた。

 でも、デンモクは触る気配もない。


 歌いたいからなのか、それとも違うのか。


 俺はそんなことすら聞けず、音無が次に言葉を発するまで無言で彼女を見つめていた。

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