第16話

「あ、あの。曲、決めなくていいの?」

「ねえ、好き?」

「う、うん?」


 二人っきりになったあと、俺の隣でずっと音無がそんな質問をしてくる。

 しかしなんのことなのかさっぱりわからない。

 今は猫もどこにも見当たらない……ん?


「あ、ああ好きだよ」

「可愛い?」

「うん、可愛いよ」

「えへへ、よかった」


 俺は見つけた。

 彼女のスマホの背中に描かれた可愛い猫を。

 そしてわざとらしく画面を伏せてテーブルに置いているということはつまり、この猫をアピールしてるってことなんだろう。


 一瞬、ほんとにドキドキさせられたけど、まあ、つい最近知り合ったばかりの音無に迫られる理由がないからな。


 しかしほんとに猫好きなんだな。

 

「あら、二人とも歌わないで何してるのよ」


 明日菜さんが戻ってきた。

 すると、音無はつまらなさそうにため息をついて明日菜さんを冷たい目で見ていた。


「こら京香、そんな怖い顔しないでよ」

「だって」

「あら、もしかしてお取り込み中だった? 黒崎君もなかなかやるわね」

「ち、違いますよ! ええと、俺も飲み物とってきます」


 ニヤニヤする明日菜さんにへんな勘ぐりを入れられて、俺は気まずさから一度部屋を出た。


 そしてドリンクバーへ向かう途中、ふと考える。

 明日菜さんのあの様子だと、やっぱり音無に彼氏とかはいないのかな?


 ……だとすれば、式場とか産婦人科とか何の話だったんだ?



「明日菜、そろそろ帰る?」

「目がギラギラしてるわよあんた。なに、良い感じなの?」

「うん、好きって言われた」

「え、まじで? それほんと?」

「うん。好きだよね? って聞いたら、うんって」

「なんか言わせてる気がするなあ……でもまあ、うまくいきそうならそれに越したことはないか」

「でしょ? だから、ほら」

「あーもうわかったわかった。でも、ちゃんと付き合ってからも私の相手しなさいよ?」

「うん。明日菜、ありがとう」



「お待たせ……ん?」


 部屋に戻ると、なぜか音無が一人っきりだった。


「明日菜ね、用事ができたから帰ったみたい」

「そ、そっか。急だな」

「うん、急な用事」

「じ、じゃあ俺たちも」

「ねっ、なんか歌って?」

「え?」


 音無はなぜか嬉しそうに、俺の袖を掴む。


 そしてデンモクを俺の前に差し出してくると、「納得するまで帰さないからね」と。


 再び、少し笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る