第14話

「じゃあ二人とも上がっていいわよ。京香ちゃん、明日もお願いね。そうそう、晩御飯はどうする?」


 三時がきて、ようやくバイトが終わった。

 で、母さんは早速音無に絡んでる。  

 ていうか晩飯くらい自分の家で食べるだろ普通。


「じゃあ、夜にまたお邪魔します」


 音無はこともなげにそう言った。

 え、夜もくるの?


「音無、家に帰らなくていいのか?」

「うん。今月は両親とも飲み会とか多くていないから。迷惑?」

「ぜ、全然。音無がいいなら、いいんだけど」


 もちろん俺は全然かまわないのだが、音無は仕事が終わったあともここでご飯を食べて帰るらしい。

 ほんとに、家族みたいだな。

 母さんに俺とのことをあれこれ言われてる件とか、気にしてないのかな?

 

「じゃあ、とりあえず行ってくるよ」

「二人とも気をつけて。相馬、くれぐれも京香ちゃんをよろしくね」

「はいはい」


 もうどっちが本当の子供かわからないような心配の仕方だ。

 まあ、それだけ音無のことを可愛がってくれてるのはいいことだけど。


 などと、呆れながら二人で店を出た。


「で、どこ待ち合わせ?」

「……聞いてない」

「え、そうなの?」

「多分こっち。明日菜、いつも駅前の方で遊ぶから」


 と、駅前へ向いて音無が歩き出したので俺もついて行くことに。


 あっちの方って、カラオケとかゲーセンとかいっぱいあるけど、それだからガラの悪い先輩たちの溜まり場ってイメージがあるからあんまいかないんだよな。


 やっぱり音無はギャルだから、そういうのも平気なのだろうか。


「いつもは明日菜さんと何するの?」

「……成宮」

「へ?」

「明日菜の苗字は、成宮だよ」

「そ、そうなんだ。成宮さんって言うんだ」

「うん」

「で、明日菜さんとは」

「成宮」

「な、成宮さんとはいつもどこに?」

「カラオケとか。明日菜が好きだから」

「へー。何歌うの?」

「明日菜のこと、気になるの?」

「え? いや、そうじゃなくて音無が、だけど」

「あ、うん。私は聞いてるだけ」

「そ、そうなんだ」

「相馬君は? カラオケとか行くの?」

「俺? いや、まあ」


 恥ずかしいというか、かっこ悪い話なのだが。

 俺は高校生にもなってカラオケに行ったことがなかった。


 中学生の頃からずっと店の手伝いで忙しく、友人もあまりいなかったし恋人なんてもちろんいないからそういう機会がなかったのだ。


 もちろんカラオケがどういうところかくらいは知ってるけど、さすがに高校生でカラオケに行ったことがないというのもどうかと。


 悩んでいると音無が俺を覗き込む。


「な、なに?」

「行ったことあるの? 誰と?」

「え、いや、それは……実は一回もないんだ」

「ないの?」

「う、うん。店の手伝いばっかで友達と遊びに行くとか、なくてさ」


 なんとなくだけど、嘘をついたらとんでもないことになりそうな気がして、正直に答えた。


 すると。


「そっか。ふふっ、じゃあ今日が初めてだね」


 音無が笑った。

 初めて、嬉しそうに俺に笑顔を見せた。


「あ」

「どうしたの?」

「い、いや。と、とにかく駅前だよな。早く行こう」


 控えめな笑みだったけど、俺は一瞬でその笑顔の虜になっていた。

 

 多分、顔も真っ赤だったと思う。

 だからこそ、すぐに目を逸らして音無を避けるように先を行った。


 音無は不思議そうに俺についてくる。

 でも、俺はそのまま振り返ることもできず、ただ無言で駅を目指して。


 結局一言も喋らないまま駅前に到着した。

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